印刷 高速道路 1000円 機械仕掛けの林檎 サリエリであるよりは・前編 忍者ブログ
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 ※ 諸外国の地名や人物・事象が登場しますが実際の事件・人物には一切関係ありません。いかなる人物・事象に対しても一切毀誉褒貶はない事を誓います。
 ※ 「最終回後にもし生き残っていたら」というパラレルですので、原作には一切関係ありません。苦手な方はお控え下さい。

 サリエリであるよりは

 駅を出てその顔を見つけた時、それが意外であると感じた。それと同時に、「厄介だな」とも。
 ジョージは仏頂面で問う。
「……何をしている」
「煙草吸う場所探してる」
 東洋人にしては手足の長い均整の取れた体の持ち主が、そう言った。わずかに癖のある黒髪が揺れて、ジョージを見る。
「アンタ、知りやせん?……あたし煙草吸いてえ」
 くすんだ灰色の石畳の上に荷物もほとんど持たず、まるで地元民のように洒落っ気を欠いた姿。それが強烈な違和感と、場に馴染んだ感覚を与えてくる。
 思えばいつもこうだ。どこにいても彼は「そこに最初からある異物」の顔で風景に溶け込む。高級リゾートにも、場末にも。最初からいるような顔で。
 最初に出会った場所でもそうだった。

「……煙草など吸う場所はないよ。禁煙ばっかりだ。もうここもそうだ」
 「何しに来た?」と言いかけてやめた。
 問うても仕方が無い。
 ショルダーバッグを肩にかけ直し、ジョージは違う事を問うた。
「荷物はそれだけか?コートのポケットに全部?その格好で飛行機に乗ったのか?手ぶらで」
「ええ。いつも通りね」
 見慣れたコートを着たきりの阿紫花が、おもしろくもなさそうに肩をすくめる。
 くすんだ灰色の石畳の足元に、同じ色彩の町並みが並んでいる。夕闇を引き寄せつつある灰色の街が、青く暗く沈んでいく。その中で阿紫花のコートのモスグリーンが暗い青に馴染んで、まるで海底に突き落とされたように孤独に見えた。
 空の暗い青の中、影絵となりつつある街路樹が、風に吹かれて揺れている。星が見えない曇天の中、石畳の寒々しさが強烈に肌に迫ってくる。夕時の街灯の光は未だほの暗く、きっと真夜中よりも暗かった。
「ここは英国とは違うんだぞ?あっちより寒い。今だって寒いだろう?」
「……ええ。寒ィな。それに雨が降りそうだ。……」
「傘も持たずに来たのは失敗だったな。--来い。ホテルも決めてなかったんだろう?泊めてやる。私の部屋でよければな」
「……」
「ほら、早く来い。私もまだチェックインしてないんだ」
 引き寄せて掴んだ阿紫花の手の冷たさに、ジョージはいつでも心まで冷えそうになる。表面だけ熱を分かち合って、芯までは絶対に交わらない、と拒まれているようだ。
 だがそのまま、歩き出した。

「どっちから来た?ミュンヘンか」
「ヒースロー空港からミュンヘン行った。そっから、バス乗って来た。英語で全部通じンのな。国境でパスポート調べられっかと思ってたが、それもなかったし」
「ないさ。EUになってからパスチェックは甘くなる一方だ。それに日本人はあまりチェックされない」
「へえ?」
「犯罪を犯すために入国する日本人はほとんどいない、と思っているからな。こっちの人間は」
「へえ。あたしみてえな人間もいンのにな」
「まったくだ」
 ジョージの言葉に、悪辣に、しかし楽しそうに小さく阿紫花が笑った。
 ワインを口に含み、阿紫花は尻の位置を正すように椅子に座り直す。年代ものの赤ワインだが、少し渋いと感じたのだろう。そんな顔だった。デキャントを失敗したのか、とジョージはワインの味を確かめるが、違うようだ。単に阿紫花の舌に合わないのだろう。
 料理にもほとんど手をつけていない。チーズが入ったサラダも、トマトの煮込みも、好みの味ではなかったのだろう。かろうじて牛肉のシチューだけは半分以上食べたが、それだって大した量ではない。
 だが口に合わなくても酒は飲むらしい。さっきからワインをちびちびと飲んでばかりいる。ワインの合間にフォークで料理を突付く、という感じだ。
 酒だけで必要なカロリーを摂ろうとする阿紫花には、ジョージも呆れるばかりだ。しかも食事のテーブルでも煙草を手放せない性質だ。いつもならすぐさま煙草を吹かすところだ。
「煙草吸いてえ」
「……この辺はまだ全面禁煙なんてしてないが、少し控えたらどうだ。どうせ来る途中でも吸っていたんだろう?ヘビーでチェーンだものな。肺癌になるぞ」
「……なっかもな」
 阿紫花は淡々と呟き、しかし煙草の箱を取り出そうとはしなかった。ただワイングラスを傾けている。
 狭いながらに小さな舞台がある、ありきたりな居酒屋(ビストロ)のようなレストランだ。ピアノはないが、数人の楽団の演奏なら充分なスペースだ。
 ビラのように格安が売りの観光客向けのレストランではない。近所の人間も食事に来るだろう、どこにでもある食堂だ。建物の上がホテルになってはいるが、そのホテルも、大手のチェーン経営のような派手さは無い。チェックインの際に見たが、地味で、薄暗い廊下だった。
 もしかしたら、阿紫花はそれも気に入らないのかもしれない。口に合わない料理も、派手さのない宿も、不味いワインも、何もかも。
 年季の入ったレースのテーブルクロスに置いていたナプキンで口元を拭き、ジョージは静かに聞いてみた。
「……こういうのは、嫌いか?」
「アンタはお好きなんで?」
「……怒っているのか?」
「何に?」
 はぐらかしているのか、本心を見せない気なのか。阿紫花のさりげない口調に苛立つ自分に、ジョージは気付く。
 首を振って嘆息した。
「君は、何しに来たんだ?私の後を追って来たりして」
「後を追う?違ェよ、あたしのが先に来てた」
「フウやメイド人形から聞いて、私の先回りをしたんだろう?行動こそ私の先を行ったかも知れないが、やってる事は後追いだよ」
「どっちでもいいですけど。--別に。理由なんざねえよ。アンタがヨーロッパ旅行行くって言うから、邪魔してやろうと思ってよ。一人旅ってな気ままでいいやな。自由で、一人で……」
 ふと言葉を切った阿紫花の続き、ジョージは待つ。言葉をかければかけるだけ、阿紫花の口車に乗せられるだけだ。
 沈黙が続き、聞こえてくる周囲のテーブルの会話の中身を理解し始めた頃、阿紫花が口を開いた。
「……邪魔してやりやすよ」
「……何でもいいがな。どうせ私も予定の無い旅だ。一緒に行動するなら、行き先は早めに決めよう。行きたい場所はあるか?城は?歩いて城まで登るか、ケーブルカーか?劇場やコンサートホールもあるしな。モザルトの生まれた家でも見に行くか?近いぞ」
「もっと近くに行きてえんだが」
「は?どこだ」
「まずはアンタの部屋のベッドかな」
 ジョージがぎょっとして阿紫花の顔を見返す。
「日本語なんざ分かンねえよ、みんな」
 泡食ったようなジョージの顔に、阿紫花はかすかに笑った。

「ヨーロッパの田舎って、みんな同じに見えンな」
 カーテンの隙間から、街の夜景を見つめて阿紫花が呟いた。
「薄暗くて、石ばっかりで、なんもねえ」
「東京と一緒にするな。あの街がおかしいんだろう。こっちは日曜は休む、夕方5時以降は営業しない、が半ば当然なんだ。働きすぎだ、日本人は。この街と東京を比べたのか?」
「いや、ラスベガス」
「どこと比べてるんだ……」
 呆れて言うが、阿紫花にすればアメリカのラスベガスもヨーロッパも同じなのだろう。島国の悲しさで、英国人も「中国と日本は地続き」とか平気で言う。地続きの隣国がほとんどないと、他国の地理に鈍感になる。
 ジョージはベッドを見下ろした。一見すればダブルベッドだ。
「……セパレートのベッドだな。分ければ離せる」
「?」
「ダブルでもツインでも使えるベッドって事だ」
「……どっちでもいいや。好きな方にしてくれ」
「……」
「風呂入ってくっから。ここバスタブあんのな。こっちにしちゃ上等じゃねーか。外見は地味でぱっとしねえホテルの癖してエアコンもあるし、アンタ、いいホテル知ってんのな」
「適当に選んだだけだ」
「あっそ」
 そう言い置いてバスルームに消えた阿紫花を見送り、ジョージはベッドを動かした。

 一緒に寝ても良かったが、今ひとつそんな気にならない夜だ。疲れている訳でも、気持ちに余裕が無い訳でもない。ただ阿紫花の存在を、億劫に感じている。
 一人で来る予定だったのに、それを邪魔する。邪魔する理由を言わずに。そんな男なら居ない方がマシだ。
 適当にベッドを引き離して、シーツを敷きなおした。ダブルベッドの方が大きく感じる。一個一個では狭く小さなベッドに、ツインにした事を少し後悔した。
 まるで今の自分たちのようだ、と思いついて苦笑する。自分たちは最初から別個だった。
 分かりきっているのに、一つだと錯覚する自分がおこがましくて惨めだった。
 明日の朝にシャワーを浴びればいい、とりあえず今日は寝てしまえば阿紫花の顔を見ずに済む。そう思ってベッドに潜り込んだ。
 何もかもが、真剣に向き合おうとすればするほど滑稽だった。
 ここに存在する理由も分からないほど、状況も自分も、滑稽だった。

 囁く声で目が覚めた。
 目を開けると、阿紫花が腹の上に乗っていた。
 目を閉じてからそれほど時間も経っていないようだ。バスローブ一枚の阿紫花の髪の毛は湿っていたし、薄闇の向こうの壁掛け時計を見ると9時前だった。横になってから30分程度しか経っていない。
「……どうした」 
「一緒に寝ようと思いやして」
「は?さっきベッドを好きにしろと」
「狭くても出来ンでしょ。狭い方が好きなのかと思ってよ。さっきの食堂みてえにさ」
「……」
「怒った?別に怒らせる気はねえよ。そんなんどうでもいいし」
「私の感情などどうでもいいんだな。私も同じだ。寝ろ。私のベッドから消えろ」
「なんであたしがアンタの言う事聞く必要があるんで?……」
 阿紫花の顔が近づいてくる。キスする程近い距離で、先ほどの囁き声が聞こえた。
「絶対にアンタの言う事なんざ聞かねえ。アンタどうでもいい事しか言わねえからよ。聞くだけ無駄でさ」
「それは君だろう?何を言っている。いつもはぐらかして、誤魔化して、結局話題を変えるのは君の方だ。君は大事な事は何一つ言わない」
「アンタも同じじゃねえか。偉そうに御託ほざくんじゃねえよ」
「……!」
「殴ンのか?何でもいいぜ。そんなん慣れてら。アンタを殴った事はあったがよ、アンタに殴られた事はなかったな。今やンのか?いいぜ、やれよ。やりたきゃやれよ」
 完全に、売り言葉に買い言葉、というヤツだ。阿紫花もわざと煽っているようにしか思えない。自分を怒らせてどうしたいのか分からない。謝罪が欲しいのか、殴り合いがしたいのか。
 殴られたい訳ではないだろう。そんな趣味はないと思う。困惑を抱えて押し黙るジョージに、阿紫花は諦めを浮かべて嘆息した。
 頑是無い幼子を見る目で、阿紫花は呟いた。
「……あたしを殴っても、あたしは簡単には壊れたりしねえよ」
 諭すような声だった。
「簡単に死んだりしねえ。すぐに死んだりもしねえ。アンタに比べりゃまだ若ェからな。あたしなんかにまだ先があンのも怖ェがな」
「……」
「一人で来て良かったかよ。アンタが人間だった街に、一人で来て、一人で、何を見れるってんだ。何が聞こえるってんだ。もうアンタを知ってる人間はもうとっくに誰もいねえのに、一人で何をしに、生まれた街に帰ってきた?」
 
 不思議な感情だった。
 目の前の阿紫花の顔が滲んで、ゆるくぼやけた。
 自分が泣いているのだと気付き、それを手で拭った。
 悲しくはなかった。悔しくもなかった。すべて阿紫花の言う通りだった。思い知って絶望するのとも違う。
 ただ「別れ際の悲しみとはこういうものだっただろうか」と、ちらと思った。墓標を幾度を訪れたようた空虚な悲しみに急激に襲われた。
 もう誰もいない。--そんな事は分かりきったはずだった。あれから何年経った?指折り数えるのも馬鹿らしいほどの歳月が通り過ぎた。
 家族ももう死んだ。あのピアノ教師も頓死した。しろがねになって、そんな事はどうでもいいと、切り捨てたはずだった。新聞記事や風の便りで訃報を聞いても、その時は何も考えないようにして、その通りになった。考えず、何も見ず、何も聞かず、--すべてを通り過ぎて来た。
 すべてを置いて街を出たはずだった。何もかも置いて、ピアノへの情熱も、家族の事も、何もかも。
 だが本当に置いて行かれたのは自分だった。
 それを考えたくなくて、今まで一度も足を踏み入れなかったのに。



 (後編に続く→)
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