印刷 高速道路 1000円 機械仕掛けの林檎 イエスタディ・ネバーモア  忍者ブログ
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 途中から生き残りパラレル。ううむ、原作通りでも良かっただろうか。

 十億手に入れてフランスへ行く前の阿紫花。
 羽佐間と。

 イエスタディ・ネバーモア

 向けられた銃口の冷たい輝きに、羽佐間は息を呑んだ。
「お別れ、しやしょ」
 阿紫花は煙草を咥え、何も見ていない瞳で羽佐間を見た。
 一人ぼっちの目だ、と。
 羽佐間は思った。

 そこらの女、まして洋の母親よりも、羽佐間と阿紫花の付き合いは長い。他のハグレ者が揶揄のネタにするほどだ。そこに性的な関係をほのめかして。
 羽佐間がそのからかいに、本気でいきり立ったとしても、
「すいやせんねえ、あたしのお守りばっかさせちまってさ」
 阿紫花はその度に苦笑して場を収める。羽佐間はそれが嫌だった。
 阿紫花は馬鹿にされても怒らない。いくつになっても小娘のような高見にさえ笑っている。まして尾崎や増村の下卑た皮肉など、どこ吹く風という顔で聞かぬフリだ。仕事で仮に先導役を預けられても、阿紫花は彼らを叱ったり偉ぶったりする事なく、淡々と仕事だけこなす。だからこそ、我の強いハグレ者たちでも時に協力体制を取る事が出来たのだが。
 羽佐間が気に入らないのは、阿紫花の口ぶりだ。
「すいやせんねえ。こんなあたしに、長い事つき合わせちまって……いいんですよ?いつでも、捨ててくれちまって」
 阿紫花を知らぬ者は大概、こんな事を言われて気を良くする。羽佐間も最初そうだった。しかしふと気づいた。夜の街で遊びなれた頃だっただろうか。
 阿紫花の言葉は要するに、
「気に入らなきゃどこへなりとも行きな」
 という意味ではないのか、と。
 阿紫花の言葉にはいつも陰がある。裏ではない、陰だ。それに気づいて羽佐間はぞっとした。

 阿紫花という男は不思議な男だった。
 人を垂らし込む才に恵まれすぎて、それで不幸になっている。女ならば夜の街に沈んで名を残しただろう、そんな才だ。男にとっては正しく徒(あだ)である。
 特別顔立ちが整っているわけではない。いや、整っているがどこか作りかけの人形めいていて人を不安にさせる。触れたら切れそうな切れ長の目元も、取って食われそうな、ぞくりとさせるものがある。
 完成品足り得ない人形のような、見る者を不安させるその目が何より人を不幸にする。
 たとえ絶世の美女だろうとも、「これ」なければただの美女。そんなぞくりと背筋の粟立つような、あるいは内腿が疼くような、そんな気配を持つ者はざらにはいない。どれほど夜の街を眺めてみても、その気配を持つ人間はそうはいない。
 美醜や老若を問わない。状況も意思も関与しない。一度背筋が震えたらすべて持っていかれる。恐怖して、あるいは幸福に包まれて、望んで誰しも不幸になる。
 だが当の本人は笑って嘯く。
「あたしに勝手にのぼせ上がるヤツが馬鹿なのさ」
 だから阿紫花というのは、つくづく裏の世界が似合う男なのだ。用があれば男でもたらし込む。
 不穏な男だ。

 拘留先の拘置所で警察官を落としてきた時は、つきあいの長い羽佐間ですら目をむいた。迎えに行った帰りの車の中で聴けば、ろくでもない警官どもだったと言う。
「あたしから才賀との繋がりを聞き出そうて胆だったんでしょうけどよ。へっ、こっちが煙草欲しがっただけでスイッチ入っちまってよ。脅すすかすの取調べが、こっちの体の取調べだ。馬鹿じゃねえのかっての」
 殴ったり蹴られたり、というのではない。
「少し色目使っただけでヤニ下がりやがってよ。あたしのケツにサオ突っ込んでオナニーなさってやがったよ。馬鹿臭ェ」
 阿紫花はそれでも警官の携帯電話の番号を羽佐間にちらつかせ、
「だがま、公安の人間だからちっと仲良くしてやらァ。用が済めば消しゃいいや。それまでは情報貰やいい。……ホント、便利だなァ。馬鹿な男ってのは」
 まるで携帯電話の番号の登録を消去するように、阿紫花はそう笑った。
 羽佐間は内心で腹を立てていた。
 簡単に体を許す阿紫花にもだが、それ以上に才賀に腹が立った。
 阿紫花が拘留されたのは、かねてより関係のあった組の三下の障害に関係しているとかいないとかの、不当拘留だった。証拠も無いのに、阿紫花が騒ぎ立てまいとしての事としか思えない。拘留したのが公安関係の人間だった事も、羽佐間にしてみれば悪夢のような出来事だった。
 才賀の力があれば、そんな不当な処置などすぐさま解く事が出来たはずだ。しかし貞義も阿紫花もそれは望まなかった。羽佐間がいくら貞義の屋敷に出向いたとしても、阿紫花のようにこっそり敷居をまたぐなど許されるはずもなく追い出された。阿紫花は阿紫花で、拘留中レイプまがいの暴行にあっている癖に平然とした顔しか羽佐間に見せない。
 二週間が経過したある日、突然阿紫花は出所した。元々不当拘留であるのだから、いつ出てきても当然ではあった。しかし羽佐間は「貞義が裏からやっと手を回したのでないか」と勘繰り、苛立ちを募らせた。貞義の財力と権力なら、あらゆる分野に影響力を示せるはずなのだ。それなのに阿紫花のためには尽力しなかった。
「あたしと旦那との繋がりなんぞ、公にゃ出来やせんでしょ。これでいいんでさ……。あたしらはハグレ者だ。日陰者だ。日の目を見てなさる旦那が、あたしの事なんかで動くはずがねえ」
 阿紫花は煙草をふかしてそう笑うだけだ。
 羽佐間にはそれが気に入らない。
 確かに、才賀と黒賀のハグレ者は、殺しという仕事の雇い主と使用人の関係ではある。しかし阿紫花は貞義と付き合いが長いはずだ。それがどこまでの関係かは、羽佐間ですら明確には理解できない。しかし貞義の屋敷に数日留まり、ふらつく足で戻ってきた阿紫花の様子を見ていると見当が付いた。
 羽佐間の腕に崩れ落ち、旦那、と、かさついた唇でやるせなく呟いて眠ってしまった阿紫花の顔--。
 どうにかしてやりたい、と思ったが何をどうすればいいのか、四十前のただのヤクザ崩れの男には分かるはずもなく。
 羽佐間はただ貞義に憤りを、阿紫花に隠れた恋慕を募らせていくだけだ。

 --ある日の夜、阿紫花のマンション(昔人を騙して買わせたらしい)に行くと、マンションのロビーで阿紫花は男と抱き合っていた。誰もいないからいいものの、半ば無理矢理に阿紫花を捉えて、背広姿の男は強引にキスをして何やら苛立った様子で囁いていた。
 阿紫花がやるせない顔で何か囁き返し、男はやっと納得した様子で去っていった。帰り際、阿紫花がキスを返すと、男はやっと笑みを見せたが、どこかしら卑屈に見えて羽佐間には不快だった。
 男が自動ドアから出て行って、羽佐間はようやく物陰から顔を覗かせた。
「羽佐間。よう、どしたい?」
 明るい声と顔で阿紫花は問う。いったいどちらが本当の顔だ。
「兄貴、……さっき、ここで」
「ああ。見てやがったのかい?いいけどよ、癖になっから盗み見はすんなよ?--警官でさ。前の逮捕の時の」
 阿紫花は声を潜め、
「とうとう警官クビになってやんの。無理もねえやなあ」
 阿紫花によると。
 あの警官から情報を落とせるだけ落としたらしい。
「証拠品の揉み消しまでさせちまったからなあ。そいつはまだバレてねえんだが、他にも組の事件の経過やらガサ入れの日時やら……ああ、ヤクの押収品、前に横流しさせたっけな。そういうのがバレそうなんだとさ。ザマァねえや」
「……兄貴、まさか本気になっちゃ……」
 先ほどのキスの様子を見ていた羽佐間が問うと、阿紫花は平手で羽佐間の額を殴り、
「冗談じゃねえ。誰が使い捨ての人間に本気になるかよ。もう捨て時さ。生ゴミになるだけ。後は--分かンだろ。あたしらの稼業なんだったよ」
「けど……兄貴、さっきキスまでしてたじゃねえか」
 まるで中学生のように眉をしかめた羽佐間に、阿紫花は鼻で笑った。
「男なんてあたしは好かねえよ。どいつもこいつもあたしのケツでオナニーしてるだけでさ。ヒィヒィハァハァ喚いてアイシテルだのなんだの言いやがっけど、ありゃ全部自分に言ってんのさ。テメエが可愛いだけさ、男なんて」

「うっわ、阿紫花さん言うなあ。使い捨ての男は生ゴミ!ハハハ、あたしも言ってみたいわ」
 高見は小娘のように笑い、しかし、しばらくしてぽつりと、
「--分かるかもね」
 と、呟いた。
 深夜のファミレスに、やけにその声が大きく響いた。
 時計の針は二時を回っている。繁華街に近い駅前のファミレスには、酔っ払いや夜更かしな人間がちらほらと座っているだけだ。
「分かるって、何が」
「ん~、なんつかさ。違うじゃん、男と女は。使う場所も、感じる部分も、考える事も」
 高見は小娘のように紫にぬりたくった唇でビールを飲み、
「だからもちろんうまくいかない事もあるし、全然考えが合わないとかあるじゃない」
「あんだろう、そりゃ」
「でもさ、男と男だったら、って考えてもどうしようもないワケよ。勘所が分かってるとか、考え方が近いとか、そんなのどうでもいいし、どうしようもない。結局人間なんて一人じゃん?たとえセックスしてても、一人一人なのよ。愛とか希望とかさ、そんな嘘みたいな言葉並べたって結局腰振って出してハイ終わり。誰だって冷めてる」
 いつまで経っても小娘のようだと思っていた女の口からそんな言葉が出てきて、羽佐間はたじろぐ。
「アソコに入れられたって結局の所それは他人のイチモツであり、ただの肉の塊じゃない。例えば女だってホスト買ったりするじゃない?あるいは出会い系とかで、愛のないセックスする。それだって見方変えれば『男のチンチンでオナニーしてる』だけなのよ。女だって相手が男なら何でもいいや、ってケースは存在するし、女だから貞操観念に固執するって話はおかしい。あたしは知らないけど、レイプされてもケロリとしてる女だっているだろうし、逆にされて、死にたくなるほど苦しむ男だっている」
「……」
「全然違うんだよね。人間って。それぞれ自分を抱えてて、自分ひとりだって思ってるからさ。で、うまくいかない事を性別とか相手のせいにして少しごまかしてたりもする。男と女の間には深くて暗い溝があって当然なんだ--とかさ」
 ちうう、と、高見は音を立ててビールを啜る。童顔な上に化粧が災いして、本当に小娘に見える。
「そこいくと、阿紫花さんてスゴイよね」
「え?」
「多分もうどうでもいいんだと思うよ。男なんて。女も--あの人は男にされてる事を女にするのがイヤだから女大事にする振りしてるけど--本気になんてなる事ないでしょ。イヤミだよね、スゴイけど。思ったことない?コイツ、スカしててムカつくなァ、って。あたしはいつも思うよ」
「……」
「あの人誰も見ないじゃない。こっちも人形繰りしか能のない馬鹿だから、気づかないフリしてっけど。あの人がリーダーやってっとうまくいくから従ってるけど。イヤにならない?こっちの事ゾワゾワさせるだけさせといて、いつだってひらりひらり避けて、本気にならないじゃない。羽佐間さん、あんたもイヤにならない?」

「あ、羽佐間。今日は遅かったじゃねえか」
 朝である。直前までどこかで飲んでいたのか、朝日の中居間で寝転がっていた阿紫花は機嫌がよかった。帰宅した羽佐間の持っていたコンビニ袋に気づき、
「アイス持ってねえ?咽喉渇きやした」
 じゃれつく阿紫花をいなすように、羽佐間はソファに腰を下ろし、
「ねえですよ。余計乾きますよ……。水、冷蔵庫に買って置きましたぜ」
「あ~、あんがとさん」
 邪気のない笑みで、阿紫花は立ち上がり冷蔵庫から水を出してラッパ飲みしている。
 羽佐間には警戒していない。羽佐間には分かる。
「……」
「あ。羽佐間?アレ、始末しやしたから」
 え、と羽佐間が聞き返す。
「ほら、警官。始末しやしたから。もう大丈夫」
 絶句した羽佐間に近づき、阿紫花はソファに寝転がった。
「眠いんでやんの」
「兄貴、始末って」
「拳銃持ってたから、アタマ、吹き飛ばし……ファ」
 阿紫花は羽佐間の膝枕を借りたまま、
「糸だけでも出来まさ……あたし、人形使いだから」
「……兄貴」
「羽佐間ァ、……眠い。眠いんでさ」
「……兄貴。寝るなら、布団に行きやしょ。運んでやりますから」
 阿紫花は抵抗しない。抱き上げられても、目を閉じて眠りの入り口をまどろんでいる。
 羽佐間がもし。
 阿紫花に手を出しても、おそらく阿紫花は抵抗しないだろう。
 だが同時に「生ゴミ」扱いされる運命を背負う事になる。
 羽佐間が阿紫花に対してまったくの性的なアピールをせず、阿紫花の眼差しを他と同じように見返すから成立する無抵抗なのだ。
 阿紫花の軽い体を抱きしめ、羽佐間は思う。
 高見は阿紫花を勘違いしている。阿紫花が好き勝手に男を弄んでいると思い込んでいる。逆だ。弄ばれているのは、本当は阿紫花の方だ。望みもしないのに好き勝手に体を使われて、勝手に本気になられて。情報を引き出したり犯罪に手を染めさせるのは意趣返しだろう。しかしそれとて、最初に阿紫花におかしな真似をするのは相手の方だ。その挙句に殺されても、羽佐間としては同じ男として「馬鹿なヤツ」と思うだけだ。
 --阿紫花の寝顔を見下ろして、羽佐間は思う。
 阿紫花は誰一人として愛してなどいないのだろう。
 羽佐間の事も、ましてや、貞義の事も。
(一人ぼっちなんだな)
 だからこそ、阿紫花には触れまい。--羽佐間はそう思った。
 誰か一人くらいそんな人間が必要なのだ。この人には。


 ……カチリ、と。
 撃鉄を起こす音が耳に付いた。
 暗闇だ。
「……兄、貴?」
「羽佐間。十億、あたしが貰いやす」
 ゆっくりと振り向くと、阿紫花が立っていた。
 道に迷ったと阿紫花が言うので、車を停めて周囲を見回すために車を降りたところだった。
 辺りに民家はない。明かりなどない。
「兄貴?何、言って」
「十億円は大きいだろ。あたしらの稼ぎの何万年分か分からねえや。あたし、残りの人生楽して生きたいんでね。あんたが死ねば独り占めだ」
「兄貴……!」
 羽佐間は耳を疑った。
 阿紫花は銃を構えたまま煙草を咥え、
「お別れ、しやしょ」
 そう言った。
「兄貴……!そんな、--そんな一人ぼっちな目で言わねえで下せえよ!」
 羽佐間は叫ぶ。
「金なんかいいっすよ!そりゃ、金は大事ですけど!兄貴がいなくなったら、俺……」
「羽佐間、拳銃出せよ」
「へ……」
「拳銃構えてまで、あたしに同じ事言えるか?金なんかいらねえ、あたししかいらねえ、って。あたしの後ろに十億の現ナマが見えたら、あんただってあたしを撃つさ」
「兄……」
「出しゃあがれ!」
 ビリリ、と威圧するように阿紫花は怒鳴った。
 羽佐間は拳銃を内ポケットから出し、--構えた。
「……撃てねえよ、兄貴」
「撃ちゃあいい。やれよ。簡単だ。いつだってやってきたじゃねえか。他の連中と同じように、あたしのアタマ吹き飛ばしなせェよ」
「出来ねえよ!」
「やれ!十億!あんたに全部くれてやっからよ!ガキや嫁さんにくれてるなりテメエで使うなりしろってんだ!」
「……!」
 ドン、と。
 暗闇に銃声が響いた。

 びゃあ、と、森の暗がりで鳥が鳴いた。
 眠りを妨げられた鳥がばさばさと勢いづいて暗い夜空に舞い上がる。
「……兄貴」
 羽佐間は拳銃を懐にしまい込んだ。
「俺には出来ねェ」
 阿紫花は拳銃を構えたまま、
「じゃああたしが撃つか?」
「俺を撃つなら、どうぞ、覚悟はしてまさ。俺だって殺しで食ってる」
「……」
「俺を殺して、それで兄貴が満足なら、どうぞ。俺は兄貴に、兄貴でいてほしい。そのためなら、なんだっていいんだ……」
 阿紫花を見ると。
 奇妙な顔で羽佐間を見ていた。
 自我に気づいた人形のように滑稽で、悲劇的な顔で。
 自分のこめかみに銃口を当てた。
「兄貴……!」
 羽佐間は気づき、慌てて阿紫花に駆け寄り銃を下ろさせた。
 本気で撃つ気はなかったようで、阿紫花は大人しく銃を下ろした。
 目を見開いて、暗闇の向こうの湖面を見つめている。
 阿紫花を抱きしめ、羽佐間は呟いた。泣きたくなっていた。
「どうして……」
「……たって、……か」
「え?」
「生きてたって、仕方ねえじゃねえか」
 阿紫花は言った。
「旦那もいねえ。人形もねえ。あんたはあたしを抱かねえ。嫁さんとガキ捨てて、あたしと外国へ逃げてくれるワケもねえ」
 それをしてどうなるのだ。人を愛さない阿紫花に追従したとしても、他の男と同じようにいつか始末されるだけだ。
「兄貴……兄貴ィ……」
 泣きたくなって、羽佐間は阿紫花を抱きしめた。
「俺は……兄貴とは、いつでも兄貴と舎弟でいてえ」
 振り絞る声で、羽佐間は阿紫花を抱きしめた。
「兄貴は俺の、大事な兄貴だ。兄貴を好き勝手にした連中みてえには出来ねえよ。俺は、兄貴が帰ってくるのを待ってたい。迎えていたい」
「……帰ってくる、って、分からねえじゃねえか」
「それでもいいんだ。俺は、兄貴をずっと、待ってる」
 泣き出した羽佐間の涙が、阿紫花の顔に落ちる。
 阿紫花はそれを受け入れている。
「あたしを……待って、」
「ええ、ええ……!」
「あたし、……どこ行きやしょ?……」
 どこでも行けやすもンねえ、と。
 阿紫花は羽佐間の涙を受け入れたまま、うっすらと笑みを浮かべて問うた。




 それが、別れの顛末だった。
 感動的な別れの後、阿紫花はフランスへ旅立ち。
 自動人形との壮絶な決戦を経て。
 黒賀村へと少しだけ戻ってきた。
 羽佐間はと言えば。
 ゾナハ病を味わって回復して。
 故郷にふらりと戻ってきた。
 記憶の中の阿紫花はあの日のまま、羽佐間の涙を顔で受け止めて、まるで泣いているように微笑んだままだ。
 なかなか感動的というか、阿紫花らしくない顔で微笑んでいるので、羽佐間の記憶に強く残った。
 しかし。

「納得いかねえ……」
 阿紫花家の軒先で、羽佐間はそう呟いた。
「Pardon?……いや、何か」
 阿紫花家の縁側に、見慣れない外国人が座っている。
 それだけならいいが、その膝には平馬が乗っている。
 隣では長女がノートにガリガリ書き込みながら、
「ド・モルガンの法則って、この場合に演算値を虚数で求めても実数を出せるの?」
 と、外国語のような言葉を投げかけている。
「邪魔しないでよ!菊姉、マニアックな話題しかないんだもん。ジョージちん、次だよ」
 次女は寝転がって将棋の駒を弄っているし、三女は外国人の背後で、
「平馬!ちょっと、櫛取って!丸いヤツ!かんざしも!」
「面倒臭~。なあ~、百合姉、ジョージの髪で美容院ごっこすんのヤメたら?髪抜けそうで怖ェよ」
「どうして平馬が怖がるのよ。もうちょっとだけ!--ごめんね、ジョージさん。クラスの女の子と、お互い髪の毛纏めっこしてお祭り行く約束しちゃったの」
 そのクラスの女の子とやらはよほど長い髪の毛なのだろうか。ジョージの長い髪の毛を、百合はくるくる纏めて三つ編みやお団子を作って試している。
「菊姉練習させてくれないんだもの」
「素人に任せたら髪の毛痛むでしょ。それにワタクシは、PLCの演算回路を独力で組み立てるの。自由研究なんだから」
「ジョージちん手伝ったら独力じゃないじゃん。お、その手で来ましたか~!ジョージちん本当に将棋初心者?」

 ……馴染みすぎだろう。
「阿紫花の知人か?阿紫花は今出かけている」
 見れば分からあ!と叫ばなかったのは、ジョージと呼ばれるこの外国人の周囲に阿紫花の弟妹がいたせいだ。彼らに悪印象をもたれては、今後阿紫花にどんな顔をされるか分からない。
「……いや、兄貴、スイカ好きだったからよ」
 お中元代わりと言っては何だが、羽佐間はスイカを差し出し、縁側に置いた。
「……あんた、兄貴の知り合いかい」
「……阿紫花と私は」
 ジョージが言いかけ、すかさず三姉妹が、
「お友達なのよねッ!」
「そう!フランスで知り合ったお友達の!」
「ジョージちんで~す。あ、本名はジョージ・ラローシュって言うよ」
 ……明るい口調で言っても、不自然は不自然だ。
 羽佐間は三姉妹の態度に不信を抱いている。
「え?その……いや、もしかしたらあんた、」
 兄貴のコレなのか?--そう問いかけようとした瞬間。
「お~、羽佐間じゃねえか。どしたい」
 阿紫花の声がした。
「兄貴……!」
「おう、元気だったかよ」
 阿紫花は笑った。屈託ない笑みで。
 それだけで羽佐間は胸が詰まりそうになる。
(兄貴……!)
「兄……!」
 感極まって抱きつこうとする羽佐間を素通りし、阿紫花はスイカに夢中になる。
「あ、スイカじゃねえか。羽佐間か?あんがとな。やった、見ろよジョージさん。……百合、お前ぇ、前から見てみろって。笑えて仕方ねえ。ぷくくくく」
「え?」
 阿紫花の言葉に、菊とれんげが顔を上げる。
 途端に噴出した。
「可愛いじゃないの……!」
「ジョージちんさあ、……プーッ、笑いなよ、すっごい盛ってるよ。キャバ嬢かって感じ」
 「……こうか?」とジョージは笑みを作ろうとするが、歯が痛いようにしか見えない笑みだ。
「ジョージさん、は、っははは、怖ェ!笑顔超怖ェ!」
 阿紫花は大笑いで羽佐間に同意を求めてきた。
「な!?テメエもそう思うだろ!?」
「……」
(兄貴……笑ってる)
 羽佐間の胸の内に、いくつかの考えが去来する。
 阿紫花の過去を、この外国人にブチまけたら、どうなるだろうか、とか。ブチ壊れたら、今度こそ自分は阿紫花に触れてもいいのじゃないか、とか。でもこの外国人も銀髪だしおそらくしろがねだろうから、それくらいじゃどうもしない神経かもな、とか。
 ……阿紫花が笑ってるから、これでいいんじゃないか、とか。
 羽佐間は色々考えて。

「はは……おっかしいですねえ」
 笑ったのだが、何故かそれは少し泣きそうな笑みにしかならなかった。

 END

 原作の羽佐間の消息が気になる。案外阿紫花に始末されていても、私は驚かない。
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