印刷 高速道路 1000円 機械仕掛けの林檎 一撃で終わる  忍者ブログ
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 生き残りパラレル。
 ロンドンでジョージを待ってる阿紫花の話。

 はい、少女漫画。(?)

 一撃で終わる

 日本に帰るのも面倒だし(組関係への義理立てやら、村への挨拶やら)、ロンドンもなかなか面白いようで、阿紫花はフウの屋敷に留まっていた。別に居てくれと言われたのでもないし、居たいと言ったワケでもない。ただ宿代が浮くのと、人形があるから屋敷に居ただけだ。
 自動人形の組み方を眺めているのも面白い。フウは文書や書籍でその知識を残すつもりはないらしく、それだけが不便だったが阿紫花は慣れた。もとより人形遣いに教科書などないし、黒賀村でもそれは同じ。見て覚える、技は盗む、習うより慣れろ。
 世間などどうでもいいくせに、基本的な部分で職人気質な所で気があった。

「メカニックがいると、あたしも楽だよ」
 フウは紅茶を啜り、手元のテーブルの上に極細の電極針を置いた。針金の先に髪の毛ほどの針が点いた、電極だ。
 自動人形を作る工房の中だ。現代的で、無機質な機械類が並んでいる。フウの自動人形は思考と内部こそ無機質だが、有機的な身体は人間の質感を保持させている。使い勝手を謝れば変質も腐敗もする有機素材を組み立てるには、人間に施す以上に精密で繊細な作業が必要になるらしい。周囲の機械類はどれも浸透圧や体液循環、皮膚触感保持といったものばかりだ。
「ああ、ギイさんもジョージもいやすね」
 熱心に人形の頭蓋殻のチタンを磨いていた阿紫花は、それをライトに透かす。
「美人にしてやりやすよ、っと……」
「君も悪くない腕だと思うよ、あたしは。根気はないが集中力もあるし、何より興味があるんだろう?人形に」
「あ~、そりゃね。昔から歯車とか見るのは好きですがね。でも正直、綺麗なだけのオネエチャン人形にゃ興味ねえな。人間に近づけるってのもどうでもいいし。あたしが好きなのは、ドンパチ出来る人形くらいでさ」
 阿紫花はタバコの灰を灰皿に落とし、
「メイド人形たちもドンパチは出来ンでしょうけど、あたしが操るって類のモンじゃねえ。そいつがちょいとね」
「そうかい。--ああ、もう昼だ。昼食は?」
「あたしはもうちっと、こいつら見てやりやすよ。こっちの人に合わせて食事してたら、あっという間に体重が二倍くらいになっちまう。あの朝飯だけで一日腹いっぱいでさ。たいしてうまくもねえ飯--こりゃ失礼。この屋敷の主に言うこっちゃねえや。よく太りやせんね、フウさん」
「君が不健康なんだよ、阿紫花君。酒を夕食にする癖はもうやめた方がいい。ジョージ君にあたしが叱られる」
 フウは面白くも無いその冗談に笑い、
「たまには日本食も出すように言ってみるかね」
「鍋食いたい」
「鍋?そんな硬いものを?」
「……」

「鍋、というのは日本の煮込み料理だよ。大き目の土鍋や金属鍋に、肉や魚や野菜といったその時々の具材を入れて、だし汁で煮る。ポトフみたいな感じだったかな。一般家庭や飲食店では、個別に振舞われるのではなく、鍋を卓の中心に置いてそれぞれ好きに取り分けたり箸でつついて食べるのは普通だ」
 カフェ・オ・レをボールで飲み、ギイはそう説明した。
 向かいで旗の立ったオムレツを食べていたフウが目を丸くし、
「鍋一杯に作るのかい。量的に考えても、一人じゃ食べられない食事って事かい?しかも大人数で一つの鍋に手を伸ばすって、……それはフォンデュみたいに軽食なのかい?」
「いや、菓子に応用できるフォンデュとは違う。日本のスモウレスラーの食事にもされるようなボリュームのあるケースもある。魚の内臓を主に使ったり、根菜を用いたものも」
 ギイの説明に、フウはますます食欲が失せるように、
「日本の料理ってのは何とも不可思議だね」
「ロンドンにも和食レストランはあるだろう。シェフを一度呼んでみたらどうだい。阿紫花なぞより余程マシな日本人が作ってくれるはずだ」
「そうだねえ……ジョージ君が帰ってきたら考えてみよう」
 人形の残党もまずいない現在ではあるが、今は逆に人間が、人形のデータを求めて暗躍している。軍事的な利用価値を考えると、無理も無い。
「軍人崩れのインテリマフィアを相手にさせるなら、ジョージは向いているだろう。対人歩兵やスカッドが通用しない体なんだし、そういう仕事が向いているんだろうな。だが僕は芸術家と軍力の繋がりについてはヒトラーの前例もあるから危険視している。アーティズムと戦争が結びつくのは最悪だ」
「大丈夫さ、彼のピアノ好きは子ども向けだ。それに軍隊には楽隊がいないとね。……」

 当のジョージはこの時アラブの砂漠で自動人形を改造したオイルダラーの私設軍隊と交戦中だったが、それは置いといて。

「それにしても、阿紫花君だ。大人数で食べる食事を要求したんだ。……もしかして、淋しいのかね」
「ジョージがいないからか?まさか。ブリクストンの怪しげなバーに毎週出入りしてるよ。アイリッシュウィスキーと緑の目の金髪を口説くのに夢中さ。ちょっと前まではハックニーのバーだったがね」
 日本人ならベルサイズやカムデンへ行けと言うんだ、とギイが呆れるのも「まあまあ」とフウはなだめ、
「それにしても大人しくしていると思わないかね。てっきり、人形に夢中なのかと思ったが、そうでもない。仕事の覚えも早いし、日本人だね、細かい仕事もきちんとこなす。しかし--さほど情熱的でもないね。そういう子なのかも知れないが」
「阿紫花はいつだって冷めてるように見えるよ。口先だけ笑っている。--だがジョージとイリノイへ向かった前後は割りと楽しそうだったように見えたんだがな。ジョージをからかっている内は本人も楽しそうだ」
「……長距離移動ヘリを出すから、早く戻らせるか。なんかねえ、見ていて少し切ないんだよ」
「NATOの音速機を借りた方が早い。それに阿紫花のそういう部分は、ただの女たらしのテクニックだ。騙されない方がいい」
 ギイは手厳しく人差し指を出し、
「あれはそうやって男も女もたらし込んでいささかの罪悪も覚えない人間だ。気をつけたまえ。気がついたら養子縁組や遺産相続の書類にサインしているかも知れないぞ」
「面白いね、そいつは稀代の悪女、いやドン・ファンだ」
「ドン・ファンはストレートだったよ。女専門だ。ま、阿紫花は今の所待つ身を楽しんでいるから、世界の財の3分の一は守られるだろうがね」
「もしそうなったら世界経済の危機すら阿紫花君のせいかい?それは笑えるね」
「ジョージに頑張ってもらわないとなあ。世界の平和はあのカタブツにかかっているんだね」

 ……当のカタブツはその時砂漠で爆撃の中「ハクション!……粉塵の濃度にフィルタが追いつかなくなったかな」と首を傾げていた。が、それもまあ置いといて。

「避けているような感じもするけどね。ジョージ君が」
 フウの言葉に、ギイはボールから口を離し、
「……そうかい?」
「阿紫花君の出かけている夜ばかり狙って戻ってくる。戻ってすぐ出かけるように輸送機の手配をしてあるんだよ。航空機の使用だって、彼の体じゃあたしが手を回さないと乗れないんだ。書類を見ればすぐに分かるよ。阿紫花君の出かけているだろう時間を選んでいるね、あれは。時間の調整なんか現地ですればいいのに、ヒースローで六時間も過ごしているからおかしいと思った。すぐに戻ってくればいいのに、この屋敷に戻ったのは夜の十時過ぎだ。そしてすぐ空港へ逆戻り」
「ああ……。それはおかしいな。……それで、かな。阿紫花の通っていたバーが、以前よりこの屋敷に近くなっている。どうして変えたのか、は言わなかったが」
「出かけてしまってからすぐに戻ってこれるようにかい。……面倒な。いっそアメリカみたいに同性結婚出来るようにイギリスの法律変えちゃうか。上院下院と首相に圧力かけて。あ、女王陛下にもう一つ王冠を送ったらどうだろう。あのダイヤモンド付いたヤツ」
「そんな事で金を使うのはどうかと思うよ、僕は。本人たちの意見も聞かずにそんな事してもね」
「まあそうか。……それでね、あたしは考えたのさ。どうして必死に互いの意思を確かめ合わないのか、と。しづらい理由が何かあるんだろうが、それはそこ、無理にでもさせればいいんじゃないかって」
「精力剤でも一服盛るのかい」
「綺麗な顔して下ネタはやめなさい。確かめ合うのは体じゃないよ、意思だってば」
「大して変わらん」
 さらりとギイは言い、フウは「そうだけども」と人差し指で眉間を押さえる。
「とにかくだよ。ジョージ君が帰ってきた時、阿紫花君がこの屋敷に居ればいいんだ。ジョージ君の輸送機のタイムスケジュールをこちらで把握しておいた上で、阿紫花君に教えてやればいい」
「まあ……いいんじゃないか?それで彼らが何か解決出来るなら」
「興味ないのかい?」
「なくはないが、……そうだな。まだ聴いた事が無い」
「?」
 首を傾げるフウに、ギイは苦笑し、
「ジョージのピアノさ。僕はまだ聴いてない。阿紫花を避けなくなったら、彼はこの屋敷のピアノを弾くかと思ってさ……」

『いい子にしていろ』
 人形の目玉の内部の擬似水晶体を取り付け、阿紫花は思い出す。
『会ったら話す』
 人形のような目をしたジョージはそう言って、その時回復していなかった自分を置いて行った。人形や人間相手のドンパチに、行ってしまった。
 以来、会っていない。
 半年も、会っていない。
「……フラれちまいやしたかね」
 人形の目玉の外側の軟質膜を慎重に閉じて、阿紫花は呟き、目玉を天井の蛍光灯に透かした。
 美しい鮮やかな青い虹彩だ。光に透けて、きらきら輝いている。焦点を絞る機能のために、幾枚も重なった稼働レンズが透けて深い色合いを作っている。
「お前ェさんは美人にしてやっからよ……」
 そう呟いた。
「人形だって、いい人の一人や二人見つけられるようによ……」
「阿紫花」
 突然の声に、阿紫花はしゃっくりに似た声を上げた。
「ひゃっ」
「男がそんな声で驚くなよ」
 ギイだ。
「順調かい。それが今度の人形の目?」
「え、ええ……、まあ。どうでさ、綺麗でやしょ」
「青……」
 ギイはかすかに微笑んだ。阿紫花は気づかない。
「--今夜は屋敷にいるかい?」
「へ?……」
「屋敷にいたら、君のいい人がやって来るかも知れないんだが」
 ギイは茶化すでもなく、
「今夜はいたまえ。会いたいだろう」
「え、ええ?」
「この世の旅行はやがて数時間程度で世界を一回りできるだろうと予言した科学者が居たけど、まだそこまでじゃない。でもマッハで飛べば、なんでもない距離なんだなこれが……」
「?」
 ギイはひらひらと手を振り、
「そういうわけだ。今夜だよ。阿紫花。君のいい人を、君は捕まえたまえ」 
 
「どういう事だ。兵装を解いたF-22でEUを突っ切るなんて正気の沙汰か!」
「それは違う、ジョージ君。あれはアメリカ空軍が持ってるのをコピーしてあたしがNATOに売った次世代機だよ。世界情勢を省みて軍備性能こそボーイングのものより下げてあるが、輸送速度や積載はむしろコストに見合った--」
「誰が音速機の説明をしろと言った」
 ジョージはヒビの入ったサングラスの手の中で圧し折り、
「なぜ私が、奥歯の砕けるような音速でイギリスに戻されなくてはならなかったのか、という事だ。何かあったのか」
「砕けたって再生--」
「貴方も乗ってみるか?……」
「……いや、結構だよあたしは」
 書斎でジョージに詰め寄られ、フウは「降参!」とばかりにギイに目を遣る。
 部屋の隅で控えていたギイは「やれやれ」と呟き、
「今晩は食事が無い」
「は?」
「阿紫花の要求にこたえようと、『鍋』という日本料理をメイドに作らせようとしたんだが、インプットデータに金属とガラス質の調理用器具としての鍋のデータが入ってしまってね。アウトプットデータがこの世のものとは思えないものになってしまった。まあ、君なら平気そうだが」
「それと私に何の関係が!」
「だから、阿紫花に本物の『鍋』がどんなものか教えてもらってきてくれ。今ならレストランも開いているし、屋台も出てるから自分たちで食べてきてくれ。ハイドパークなんてどうだ?セントラルに近いから暴漢に注意して行きたまえ」
「ちょっと待て。……ギイ」
 怒りで震えるジョージに、ギイは平然と、
「どこで待つんだ」
「それは日本の切り返し方か?阿紫花もやっていたぞ。……どうして私が」
「君だからだ」
 ギイは言った。
「君以外の誰が行くんだ。あのだらしない日本人の馬鹿なギャングと」
「……」
「地下の工房だ。行かないと改良中のボラのデータを全部テムズに投げ込む」

 風が冷たい。イギリスの風はいつでも湿っていて、なんだかどこかオイル混じりの吐瀉物の臭いがする。街の臭い、というものがどこにでもあるものだが、英国のこれは特殊な気がする。
 栄光と繁栄と、その陰の貧困と堕落、そして流れていった時代の輝きも。すべて入り混じった臭いだ。
 歴史の臭いは決して芳しいものではない。それを思うにはうってつけの場所だ。
 かつてここにはクリスタルパレスがあり、世界の注目を浴びた。そして元王妃を偲ぶ噴水が流れている。その流れの意味を考えると、かつてスラムだったドッグランズの繁栄も、現在のブリクストンの半スラムも大して意味などないように思えて来る。すべては流れ行く。そして戻らず、不変などない。
 人は迷い逡巡する。時の流れは求めるのは決断だ。その正否はともかくも、まず決断し前に進む事だけを時は求める。その結果がどうであれ、迷ってはならないのだ。……。
 ジョージは前を歩く阿紫花の背を見つめ、考え事をしながら喋る。内容は今日の出来事。動作性能に定評のあるPCのように、インとアウトでまったく違う。
「……それで、戦車の装備があるのにそいつらはラクダに乗って」
「ふーん。……」
「笑えるだろう、対空戦車とラクダだぞ」
「へえ……」
 阿紫花は気のない様子で頷く。
 そういえば、風が冷たいのに阿紫花はシャツ一枚だ。熱でもあるのか、と思ったが違うようだ。
「寒くないか」
「……」
 ジョージの言葉に、阿紫花は振り向いた。
「寒ィ。どっかの誰かさんのせいで」
「ギイか?こんな夜の公園を指定した」
「……」
 阿紫花は「だめだこりゃ」という顔で項垂れる。彼にしては珍しい光景だ。
「……酒でもひっかけてくりゃ良かった」
「え?」
「ジョージさん、この半年、なんであたしを避けてた?」
「それは……」
「こちとら半年も放って置かれて、それでもあんたと真っ向向き合えるほど、面の皮厚かねェんでさ。あんた、あたしに『待ってろ』っつった。だから待ってたじゃねえか。三回目も迎えに来ンだと思い込んで」
「……」
「二度あることは三度あるっつーけど、今度のはねえって事ですかい。あんた一人でドンパチやってよ、あたし一人で、人形弄りかよ。……もう、ダメって事ですかい」
 違う。そう言いかけてやめた。
 どう言語化したらいい。阿紫花がどうこう、ではない。連れて行きたくない、と思うだけだ。戦車や爆撃の下に、二度と連れて行きたくないだけだ。
 だがそれを阿紫花が望んでいる。阿紫花が望みを曲げるとは思えないし、最初に言ったではないか。「知らない世界」。それを見せると。
 暴力と武力行使のみの戦場など、見せたいと思うはずが無い。だがそこでジョージは生きている。阿紫花がヤクザの世界にいるのと同じ厚みで、そこに立っている。だからこそ、より楽な道を進ませるべきなのだ。
 兵士など、この男には向いていない。軍隊音楽も、優しいピアノも。阿紫花には向いていない。
(思えば私たちは)
 こんなに違っているんだな、と、今更思う。
 変わってしまったのか、素地が見えるようになっただけか。それは分からない。だが移り変わるすべての前で、自分たちにだけ固執して立ち止まっていてはいけない。阿紫花の望みを容れてやっても、阿紫花の身が危険なだけだ。そこにジョージが立つ限り。
「……フウの人形作りの手伝いは、どうだ」
「普通」
「続けられそうなら、続けるといい。退屈はしないだろう。もし退屈なら、日本に戻ってもいいだろう」
「……」
「ヤクザでもいいさ。平和で暮らせ」
「……ついて来いって、言わねえのか」
 そんな権利はもう無い。
「……もう、一人でもお前はどこにでも行ける。私も、どこにも行ける。それぞれ別個でも」
 阿紫花は目だけわずかに見開いている。
 ジョージは辛くなったがその眼差しを見返し、
「もう終わりにしよう」
「……」
「……帰ろう。寒いだろう」
 ジョージがふと目を反らし、顔を上げると。
 阿紫花は笑いながら、
「はは……。本当、寒ィや」
 泣いているのか、と思ったが違った。
 阿紫花はにんまりと笑み、
「じゃ、ここでさよならしやしょ」
「……」
「あ~あ。いっつもこうだ」
 阿紫花は、ずんずんと歩いていく。そして、学生たちだろうか、若い10人ほどのいささか柄の悪いグループに向かっていく。座り込んで酒を飲んでいた彼らは、
「何、アンタ。混ざりたいの?」
「オッサン、何人?日本?」
 などと陽気に言い合っている。
 そう言えばサッカーの国際試合があったかな。それで浮かれているのかもしれない。
 阿紫花はすぐに彼らに溶け込んでしまう。
 笑っている。
 それを見て、ジョージは背を向けた。
 --これでいい。これで。
 鼻先に、冷たく湿った風を感じる。
 これで阿紫花が少しでも平和なら。
 満足だ。

 ジョージがそう思った瞬間だった。
 がしゃん!とガラスの割れる音がした。
 ジョージが音の残響の終わらぬうちにすばやく振り向くと。
 瓶を片手に、阿紫花が若い男の頭に瓶を振り下ろしていた。
 何をしている!と心の中でジョージは叫ぶ。
 きゃあきゃあ、と狂騒の熱と阿紫花への非難に、柄の悪い若者たちが沸き立つ。
「いい子で待ってたって、意味ねえもの」
 阿紫花は日本語でそう呟いた。
「あんたがいねえなら、死んだって同じじゃねえか」
 阿紫花が振り向く。
「殺されたほうがマシでさ」
「……!」
 若者たちの叫びが大きくなって。
 瓶で殴られた男が別の瓶で阿紫花を殴ろうとした瞬間。
 ジョージは阿紫花の手をとっていた。

 阿紫花がやっとついていける速度で、ジョージは走り出した。
「走れ!」
「……連れて行く気がないなら、いいから、離し--」
「……お前はッ!」
 心底いらだった声で、ジョージは小さく叫んだ。
「どうして私と居たがるんだ!こんなつまらない人間と!お前の事など何も知らない、お前の好きなモノもやりたい事も何も分からない人間と!」
 殴られた男を介抱するのに精一杯なのと、酒が入っていたせいで若者たちは追ってこない。本当に無茶な話だ。
 はあはあ、と阿紫花は息を切らせている。日頃から不摂生なのもあるが、ジョージの足が速すぎる。
 それでも荒い息の下で叫んだ。
「理由、なんか、ねェよ!なん、で、そんなん、いるんでさ」
 振り向き、阿紫花の顔を見ると。
「一緒に行きてェ、って、理由なんか」
 悔しそうに歯を食いしばり、ジョージを見ていた。
「あたしが行きてェから行くだけでさ!ジョージ!逃げんなよ!今更逃げてんのはテメェじゃねえか!」
「……!」
 ジョージは足を止めた。
 急には停まれない阿紫花が、勢いのままぶつかってくる。
 それを、抱きしめた。

「鍋って、本当にこんな料理なのかい?」
「いいんじゃないか?僕は昔東京の飲み屋で似たものを食べた記憶がある」
 ギイとフウは、珍しく小さなテーブルで向かい合って、
「大根の厚く切って煮たヤツだろ、魚の練り物に、ウインナーも入ってるし。完璧じゃないか?」
「このリボンみたいなのは?」
「コンブだ。だしをとったり、コレを食べたり、いろいろ重宝するらしい」
 知識だけメイド人形に与えた結果。
 『鍋』は完璧に『おでん』と化していたが。
「ああ、案外美味しいね。この黄色いのがいい」
「それは巾着。中身は餅とか肉野菜だ」
「なんだかこう……厚いグラスの安い酒でも飲みたくなるね」
「阿紫花なら分かってくれそうだな」
 ギイが言うと、メイド人形が二人の戻りを告げてくれた。
「え?早いな。泊まって来るかと思っていたのに」
「いいじゃないか。4人で食べよう。鍋ってそういうモンなんだろ」
「そうだな。聞いてみるか」

 数分後。
 「これは鍋じゃねえ」と言いそうになって阿紫花は踏みとどまった。
 何故か誇らしげなギイや、「悪くないね、日本料理も」と大吟醸を傾けるフウ、そして「さっきの連中から損害賠償が出る前に一度英国を出るか……いやいっそ阿紫花が屋敷から出なければバレないか?」などとブツブツ悩むジョージに、何も。
 言えなくなって阿紫花は、
「うめえよ、うん……」
 さっき人様の脳天を瓶で殴った自分に、たっぷりからしを付けた大根をくれてやった。

 END

 そんなのもいいじゃない。
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