※ 諸外国の地名や人物・事象が登場しますが実際の事件・人物には一切関係ありません。いかなる人物・事象に対しても一切毀誉褒貶はない事を誓います。
※ 「最終回後にもし生き残っていたら」というパラレルですので、原作には一切関係ありません。苦手な方はお控え下さい。
(前編はこちらから→)
すっごく途中です。多分明日には出来るはず……。
※ 「最終回後にもし生き残っていたら」というパラレルですので、原作には一切関係ありません。苦手な方はお控え下さい。
(前編はこちらから→)
すっごく途中です。多分明日には出来るはず……。
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サリエリであるよりは・後編
「……泣くほど悲しいんで?」
「……忘れてしまった」
視界の中で暗い天井と阿紫花の顔が揺らいでいた。
腕で目を覆い、ジョージはただ呟いた。
湿った声ではない。客観的な観察を報告するような声だった。
「これが『悲しい』という気持ちなのか」
「……アンタがそう思うなら」
「そうか」
顔の上に置いた腕で涙を拭い、ジョージは阿紫花を見た。
白目が無い銀目である。どこを見ているのか、など分かるはずは無い。
だが阿紫花には分かった。
「ンな目で、見ねえで下せえ……」
そっと、ジョージの額に額をくっつけた。
「そういうのイヤなんですよ。あたし。湿っぽいのは御免でさ。アンタのそのツラ見てっと、こっちまで湿っぽくならあ。最初に会った時、アンタ空威張りだったっけな。自分は人間じゃねえ、弱い連中とは違うんだ、って」
「そんな事もあったな」
「あン時のアンタよりゃあ、今のがずっとマシですぜ」
「そうか?どんな風にマシなんだ」
「どんなって……そういう事を気にするようになったトコとかかね。あたしの意見とか、前は全然だったじゃねえか」
「……そうだな。……すまなかった」
「……あの朝、アンタが来なかったらあたしゃ死んでたんでね。だから許したげやす。あン時ゃ女に渡した金で最後の金だったし?銃持ったマフィアに殺されンのも悪くねえと思ってたし?」
喉の奥で笑う阿紫花のその声が、まるで猫のようで、ひどく頼りなかった。
「死ぬはずだったあたしを金で誘って連れてった」
「……迷惑だったか。あの時死なせてやれば良かったか」
くす、と、阿紫花が笑った気がした。
「だったらこんなトコまでついて来やしねえよ。馬鹿らし。あたしゃただ、やり返すのも悪くねえと思うようになりやしてね。あたしを金で釣って生かしたどっかの誰かみてえに、何でもいいからどっかの誰かの一人旅を邪魔してやろうと思いやしてね」
「何?私は別に」
君と同じように死ぬつもりはない、と口を突いて出かけた言葉を、阿紫花が押し止めた。
「分かってやすよ。あんたはあたしじゃねえから。……そんな弱くねえだろう」
「君は弱くないだろう」
ジョージの何気ないその言葉に、阿紫花がかすかに笑った。
それは否定にも肯定にも見えた。曖昧で小さくて消え入りそうなその笑みの意味を問おうとして、それがひどく残酷な事に思えた。暴いてはいけない心もある。
逡巡し戸惑うジョージを見下ろし、阿紫花がまた笑った。
「……どっちがいい?」
問いかけておきながら、答えを待たず阿紫花はジョージの唇に吸い付いた。
荒い息ときしむベッドのスプリングと、有機的な匂いに慣れた自分に気付く。香水や整髪料の残り香。阿紫花の匂い以外だったら引き剥がして放り投げたくなる他人の匂いに、すっかり慣れてしまった。
「
「……泣くほど悲しいんで?」
「……忘れてしまった」
視界の中で暗い天井と阿紫花の顔が揺らいでいた。
腕で目を覆い、ジョージはただ呟いた。
湿った声ではない。客観的な観察を報告するような声だった。
「これが『悲しい』という気持ちなのか」
「……アンタがそう思うなら」
「そうか」
顔の上に置いた腕で涙を拭い、ジョージは阿紫花を見た。
白目が無い銀目である。どこを見ているのか、など分かるはずは無い。
だが阿紫花には分かった。
「ンな目で、見ねえで下せえ……」
そっと、ジョージの額に額をくっつけた。
「そういうのイヤなんですよ。あたし。湿っぽいのは御免でさ。アンタのそのツラ見てっと、こっちまで湿っぽくならあ。最初に会った時、アンタ空威張りだったっけな。自分は人間じゃねえ、弱い連中とは違うんだ、って」
「そんな事もあったな」
「あン時のアンタよりゃあ、今のがずっとマシですぜ」
「そうか?どんな風にマシなんだ」
「どんなって……そういう事を気にするようになったトコとかかね。あたしの意見とか、前は全然だったじゃねえか」
「……そうだな。……すまなかった」
「……あの朝、アンタが来なかったらあたしゃ死んでたんでね。だから許したげやす。あン時ゃ女に渡した金で最後の金だったし?銃持ったマフィアに殺されンのも悪くねえと思ってたし?」
喉の奥で笑う阿紫花のその声が、まるで猫のようで、ひどく頼りなかった。
「死ぬはずだったあたしを金で誘って連れてった」
「……迷惑だったか。あの時死なせてやれば良かったか」
くす、と、阿紫花が笑った気がした。
「だったらこんなトコまでついて来やしねえよ。馬鹿らし。あたしゃただ、やり返すのも悪くねえと思うようになりやしてね。あたしを金で釣って生かしたどっかの誰かみてえに、何でもいいからどっかの誰かの一人旅を邪魔してやろうと思いやしてね」
「何?私は別に」
君と同じように死ぬつもりはない、と口を突いて出かけた言葉を、阿紫花が押し止めた。
「分かってやすよ。あんたはあたしじゃねえから。……そんな弱くねえだろう」
「君は弱くないだろう」
ジョージの何気ないその言葉に、阿紫花がかすかに笑った。
それは否定にも肯定にも見えた。曖昧で小さくて消え入りそうなその笑みの意味を問おうとして、それがひどく残酷な事に思えた。暴いてはいけない心もある。
逡巡し戸惑うジョージを見下ろし、阿紫花がまた笑った。
「……どっちがいい?」
問いかけておきながら、答えを待たず阿紫花はジョージの唇に吸い付いた。
荒い息ときしむベッドのスプリングと、有機的な匂いに慣れた自分に気付く。香水や整髪料の残り香。阿紫花の匂い以外だったら引き剥がして放り投げたくなる他人の匂いに、すっかり慣れてしまった。
「
※ 諸外国の地名や人物・事象が登場しますが実際の事件・人物には一切関係ありません。いかなる人物・事象に対しても一切毀誉褒貶はない事を誓います。
※ 「最終回後にもし生き残っていたら」というパラレルですので、原作には一切関係ありません。苦手な方はお控え下さい。
※ 「最終回後にもし生き残っていたら」というパラレルですので、原作には一切関係ありません。苦手な方はお控え下さい。
サリエリであるよりは
駅を出てその顔を見つけた時、それが意外であると感じた。それと同時に、「厄介だな」とも。
ジョージは仏頂面で問う。
「……何をしている」
「煙草吸う場所探してる」
東洋人にしては手足の長い均整の取れた体の持ち主が、そう言った。わずかに癖のある黒髪が揺れて、ジョージを見る。
「アンタ、知りやせん?……あたし煙草吸いてえ」
くすんだ灰色の石畳の上に荷物もほとんど持たず、まるで地元民のように洒落っ気を欠いた姿。それが強烈な違和感と、場に馴染んだ感覚を与えてくる。
思えばいつもこうだ。どこにいても彼は「そこに最初からある異物」の顔で風景に溶け込む。高級リゾートにも、場末にも。最初からいるような顔で。
最初に出会った場所でもそうだった。
「……煙草など吸う場所はないよ。禁煙ばっかりだ。もうここもそうだ」
「何しに来た?」と言いかけてやめた。
問うても仕方が無い。
ショルダーバッグを肩にかけ直し、ジョージは違う事を問うた。
「荷物はそれだけか?コートのポケットに全部?その格好で飛行機に乗ったのか?手ぶらで」
「ええ。いつも通りね」
見慣れたコートを着たきりの阿紫花が、おもしろくもなさそうに肩をすくめる。
くすんだ灰色の石畳の足元に、同じ色彩の町並みが並んでいる。夕闇を引き寄せつつある灰色の街が、青く暗く沈んでいく。その中で阿紫花のコートのモスグリーンが暗い青に馴染んで、まるで海底に突き落とされたように孤独に見えた。
空の暗い青の中、影絵となりつつある街路樹が、風に吹かれて揺れている。星が見えない曇天の中、石畳の寒々しさが強烈に肌に迫ってくる。夕時の街灯の光は未だほの暗く、きっと真夜中よりも暗かった。
「ここは英国とは違うんだぞ?あっちより寒い。今だって寒いだろう?」
「……ええ。寒ィな。それに雨が降りそうだ。……」
「傘も持たずに来たのは失敗だったな。--来い。ホテルも決めてなかったんだろう?泊めてやる。私の部屋でよければな」
「……」
「ほら、早く来い。私もまだチェックインしてないんだ」
引き寄せて掴んだ阿紫花の手の冷たさに、ジョージはいつでも心まで冷えそうになる。表面だけ熱を分かち合って、芯までは絶対に交わらない、と拒まれているようだ。
だがそのまま、歩き出した。
「どっちから来た?ミュンヘンか」
「ヒースロー空港からミュンヘン行った。そっから、バス乗って来た。英語で全部通じンのな。国境でパスポート調べられっかと思ってたが、それもなかったし」
「ないさ。EUになってからパスチェックは甘くなる一方だ。それに日本人はあまりチェックされない」
「へえ?」
「犯罪を犯すために入国する日本人はほとんどいない、と思っているからな。こっちの人間は」
「へえ。あたしみてえな人間もいンのにな」
「まったくだ」
ジョージの言葉に、悪辣に、しかし楽しそうに小さく阿紫花が笑った。
ワインを口に含み、阿紫花は尻の位置を正すように椅子に座り直す。年代ものの赤ワインだが、少し渋いと感じたのだろう。そんな顔だった。デキャントを失敗したのか、とジョージはワインの味を確かめるが、違うようだ。単に阿紫花の舌に合わないのだろう。
料理にもほとんど手をつけていない。チーズが入ったサラダも、トマトの煮込みも、好みの味ではなかったのだろう。かろうじて牛肉のシチューだけは半分以上食べたが、それだって大した量ではない。
だが口に合わなくても酒は飲むらしい。さっきからワインをちびちびと飲んでばかりいる。ワインの合間にフォークで料理を突付く、という感じだ。
酒だけで必要なカロリーを摂ろうとする阿紫花には、ジョージも呆れるばかりだ。しかも食事のテーブルでも煙草を手放せない性質だ。いつもならすぐさま煙草を吹かすところだ。
「煙草吸いてえ」
「……この辺はまだ全面禁煙なんてしてないが、少し控えたらどうだ。どうせ来る途中でも吸っていたんだろう?ヘビーでチェーンだものな。肺癌になるぞ」
「……なっかもな」
阿紫花は淡々と呟き、しかし煙草の箱を取り出そうとはしなかった。ただワイングラスを傾けている。
狭いながらに小さな舞台がある、ありきたりな居酒屋(ビストロ)のようなレストランだ。ピアノはないが、数人の楽団の演奏なら充分なスペースだ。
ビラのように格安が売りの観光客向けのレストランではない。近所の人間も食事に来るだろう、どこにでもある食堂だ。建物の上がホテルになってはいるが、そのホテルも、大手のチェーン経営のような派手さは無い。チェックインの際に見たが、地味で、薄暗い廊下だった。
もしかしたら、阿紫花はそれも気に入らないのかもしれない。口に合わない料理も、派手さのない宿も、不味いワインも、何もかも。
年季の入ったレースのテーブルクロスに置いていたナプキンで口元を拭き、ジョージは静かに聞いてみた。
「……こういうのは、嫌いか?」
「アンタはお好きなんで?」
「……怒っているのか?」
「何に?」
はぐらかしているのか、本心を見せない気なのか。阿紫花のさりげない口調に苛立つ自分に、ジョージは気付く。
首を振って嘆息した。
「君は、何しに来たんだ?私の後を追って来たりして」
「後を追う?違ェよ、あたしのが先に来てた」
「フウやメイド人形から聞いて、私の先回りをしたんだろう?行動こそ私の先を行ったかも知れないが、やってる事は後追いだよ」
「どっちでもいいですけど。--別に。理由なんざねえよ。アンタがヨーロッパ旅行行くって言うから、邪魔してやろうと思ってよ。一人旅ってな気ままでいいやな。自由で、一人で……」
ふと言葉を切った阿紫花の続き、ジョージは待つ。言葉をかければかけるだけ、阿紫花の口車に乗せられるだけだ。
沈黙が続き、聞こえてくる周囲のテーブルの会話の中身を理解し始めた頃、阿紫花が口を開いた。
「……邪魔してやりやすよ」
「……何でもいいがな。どうせ私も予定の無い旅だ。一緒に行動するなら、行き先は早めに決めよう。行きたい場所はあるか?城は?歩いて城まで登るか、ケーブルカーか?劇場やコンサートホールもあるしな。モザルトの生まれた家でも見に行くか?近いぞ」
「もっと近くに行きてえんだが」
「は?どこだ」
「まずはアンタの部屋のベッドかな」
ジョージがぎょっとして阿紫花の顔を見返す。
「日本語なんざ分かンねえよ、みんな」
泡食ったようなジョージの顔に、阿紫花はかすかに笑った。
「ヨーロッパの田舎って、みんな同じに見えンな」
カーテンの隙間から、街の夜景を見つめて阿紫花が呟いた。
「薄暗くて、石ばっかりで、なんもねえ」
「東京と一緒にするな。あの街がおかしいんだろう。こっちは日曜は休む、夕方5時以降は営業しない、が半ば当然なんだ。働きすぎだ、日本人は。この街と東京を比べたのか?」
「いや、ラスベガス」
「どこと比べてるんだ……」
呆れて言うが、阿紫花にすればアメリカのラスベガスもヨーロッパも同じなのだろう。島国の悲しさで、英国人も「中国と日本は地続き」とか平気で言う。地続きの隣国がほとんどないと、他国の地理に鈍感になる。
ジョージはベッドを見下ろした。一見すればダブルベッドだ。
「……セパレートのベッドだな。分ければ離せる」
「?」
「ダブルでもツインでも使えるベッドって事だ」
「……どっちでもいいや。好きな方にしてくれ」
「……」
「風呂入ってくっから。ここバスタブあんのな。こっちにしちゃ上等じゃねーか。外見は地味でぱっとしねえホテルの癖してエアコンもあるし、アンタ、いいホテル知ってんのな」
「適当に選んだだけだ」
「あっそ」
そう言い置いてバスルームに消えた阿紫花を見送り、ジョージはベッドを動かした。
一緒に寝ても良かったが、今ひとつそんな気にならない夜だ。疲れている訳でも、気持ちに余裕が無い訳でもない。ただ阿紫花の存在を、億劫に感じている。
一人で来る予定だったのに、それを邪魔する。邪魔する理由を言わずに。そんな男なら居ない方がマシだ。
適当にベッドを引き離して、シーツを敷きなおした。ダブルベッドの方が大きく感じる。一個一個では狭く小さなベッドに、ツインにした事を少し後悔した。
まるで今の自分たちのようだ、と思いついて苦笑する。自分たちは最初から別個だった。
分かりきっているのに、一つだと錯覚する自分がおこがましくて惨めだった。
明日の朝にシャワーを浴びればいい、とりあえず今日は寝てしまえば阿紫花の顔を見ずに済む。そう思ってベッドに潜り込んだ。
何もかもが、真剣に向き合おうとすればするほど滑稽だった。
ここに存在する理由も分からないほど、状況も自分も、滑稽だった。
囁く声で目が覚めた。
目を開けると、阿紫花が腹の上に乗っていた。
目を閉じてからそれほど時間も経っていないようだ。バスローブ一枚の阿紫花の髪の毛は湿っていたし、薄闇の向こうの壁掛け時計を見ると9時前だった。横になってから30分程度しか経っていない。
「……どうした」
「一緒に寝ようと思いやして」
「は?さっきベッドを好きにしろと」
「狭くても出来ンでしょ。狭い方が好きなのかと思ってよ。さっきの食堂みてえにさ」
「……」
「怒った?別に怒らせる気はねえよ。そんなんどうでもいいし」
「私の感情などどうでもいいんだな。私も同じだ。寝ろ。私のベッドから消えろ」
「なんであたしがアンタの言う事聞く必要があるんで?……」
阿紫花の顔が近づいてくる。キスする程近い距離で、先ほどの囁き声が聞こえた。
「絶対にアンタの言う事なんざ聞かねえ。アンタどうでもいい事しか言わねえからよ。聞くだけ無駄でさ」
「それは君だろう?何を言っている。いつもはぐらかして、誤魔化して、結局話題を変えるのは君の方だ。君は大事な事は何一つ言わない」
「アンタも同じじゃねえか。偉そうに御託ほざくんじゃねえよ」
「……!」
「殴ンのか?何でもいいぜ。そんなん慣れてら。アンタを殴った事はあったがよ、アンタに殴られた事はなかったな。今やンのか?いいぜ、やれよ。やりたきゃやれよ」
完全に、売り言葉に買い言葉、というヤツだ。阿紫花もわざと煽っているようにしか思えない。自分を怒らせてどうしたいのか分からない。謝罪が欲しいのか、殴り合いがしたいのか。
殴られたい訳ではないだろう。そんな趣味はないと思う。困惑を抱えて押し黙るジョージに、阿紫花は諦めを浮かべて嘆息した。
頑是無い幼子を見る目で、阿紫花は呟いた。
「……あたしを殴っても、あたしは簡単には壊れたりしねえよ」
諭すような声だった。
「簡単に死んだりしねえ。すぐに死んだりもしねえ。アンタに比べりゃまだ若ェからな。あたしなんかにまだ先があンのも怖ェがな」
「……」
「一人で来て良かったかよ。アンタが人間だった街に、一人で来て、一人で、何を見れるってんだ。何が聞こえるってんだ。もうアンタを知ってる人間はもうとっくに誰もいねえのに、一人で何をしに、生まれた街に帰ってきた?」
不思議な感情だった。
目の前の阿紫花の顔が滲んで、ゆるくぼやけた。
自分が泣いているのだと気付き、それを手で拭った。
悲しくはなかった。悔しくもなかった。すべて阿紫花の言う通りだった。思い知って絶望するのとも違う。
ただ「別れ際の悲しみとはこういうものだっただろうか」と、ちらと思った。墓標を幾度を訪れたようた空虚な悲しみに急激に襲われた。
もう誰もいない。--そんな事は分かりきったはずだった。あれから何年経った?指折り数えるのも馬鹿らしいほどの歳月が通り過ぎた。
家族ももう死んだ。あのピアノ教師も頓死した。しろがねになって、そんな事はどうでもいいと、切り捨てたはずだった。新聞記事や風の便りで訃報を聞いても、その時は何も考えないようにして、その通りになった。考えず、何も見ず、何も聞かず、--すべてを通り過ぎて来た。
すべてを置いて街を出たはずだった。何もかも置いて、ピアノへの情熱も、家族の事も、何もかも。
だが本当に置いて行かれたのは自分だった。
それを考えたくなくて、今まで一度も足を踏み入れなかったのに。
(後編に続く→)
駅を出てその顔を見つけた時、それが意外であると感じた。それと同時に、「厄介だな」とも。
ジョージは仏頂面で問う。
「……何をしている」
「煙草吸う場所探してる」
東洋人にしては手足の長い均整の取れた体の持ち主が、そう言った。わずかに癖のある黒髪が揺れて、ジョージを見る。
「アンタ、知りやせん?……あたし煙草吸いてえ」
くすんだ灰色の石畳の上に荷物もほとんど持たず、まるで地元民のように洒落っ気を欠いた姿。それが強烈な違和感と、場に馴染んだ感覚を与えてくる。
思えばいつもこうだ。どこにいても彼は「そこに最初からある異物」の顔で風景に溶け込む。高級リゾートにも、場末にも。最初からいるような顔で。
最初に出会った場所でもそうだった。
「……煙草など吸う場所はないよ。禁煙ばっかりだ。もうここもそうだ」
「何しに来た?」と言いかけてやめた。
問うても仕方が無い。
ショルダーバッグを肩にかけ直し、ジョージは違う事を問うた。
「荷物はそれだけか?コートのポケットに全部?その格好で飛行機に乗ったのか?手ぶらで」
「ええ。いつも通りね」
見慣れたコートを着たきりの阿紫花が、おもしろくもなさそうに肩をすくめる。
くすんだ灰色の石畳の足元に、同じ色彩の町並みが並んでいる。夕闇を引き寄せつつある灰色の街が、青く暗く沈んでいく。その中で阿紫花のコートのモスグリーンが暗い青に馴染んで、まるで海底に突き落とされたように孤独に見えた。
空の暗い青の中、影絵となりつつある街路樹が、風に吹かれて揺れている。星が見えない曇天の中、石畳の寒々しさが強烈に肌に迫ってくる。夕時の街灯の光は未だほの暗く、きっと真夜中よりも暗かった。
「ここは英国とは違うんだぞ?あっちより寒い。今だって寒いだろう?」
「……ええ。寒ィな。それに雨が降りそうだ。……」
「傘も持たずに来たのは失敗だったな。--来い。ホテルも決めてなかったんだろう?泊めてやる。私の部屋でよければな」
「……」
「ほら、早く来い。私もまだチェックインしてないんだ」
引き寄せて掴んだ阿紫花の手の冷たさに、ジョージはいつでも心まで冷えそうになる。表面だけ熱を分かち合って、芯までは絶対に交わらない、と拒まれているようだ。
だがそのまま、歩き出した。
「どっちから来た?ミュンヘンか」
「ヒースロー空港からミュンヘン行った。そっから、バス乗って来た。英語で全部通じンのな。国境でパスポート調べられっかと思ってたが、それもなかったし」
「ないさ。EUになってからパスチェックは甘くなる一方だ。それに日本人はあまりチェックされない」
「へえ?」
「犯罪を犯すために入国する日本人はほとんどいない、と思っているからな。こっちの人間は」
「へえ。あたしみてえな人間もいンのにな」
「まったくだ」
ジョージの言葉に、悪辣に、しかし楽しそうに小さく阿紫花が笑った。
ワインを口に含み、阿紫花は尻の位置を正すように椅子に座り直す。年代ものの赤ワインだが、少し渋いと感じたのだろう。そんな顔だった。デキャントを失敗したのか、とジョージはワインの味を確かめるが、違うようだ。単に阿紫花の舌に合わないのだろう。
料理にもほとんど手をつけていない。チーズが入ったサラダも、トマトの煮込みも、好みの味ではなかったのだろう。かろうじて牛肉のシチューだけは半分以上食べたが、それだって大した量ではない。
だが口に合わなくても酒は飲むらしい。さっきからワインをちびちびと飲んでばかりいる。ワインの合間にフォークで料理を突付く、という感じだ。
酒だけで必要なカロリーを摂ろうとする阿紫花には、ジョージも呆れるばかりだ。しかも食事のテーブルでも煙草を手放せない性質だ。いつもならすぐさま煙草を吹かすところだ。
「煙草吸いてえ」
「……この辺はまだ全面禁煙なんてしてないが、少し控えたらどうだ。どうせ来る途中でも吸っていたんだろう?ヘビーでチェーンだものな。肺癌になるぞ」
「……なっかもな」
阿紫花は淡々と呟き、しかし煙草の箱を取り出そうとはしなかった。ただワイングラスを傾けている。
狭いながらに小さな舞台がある、ありきたりな居酒屋(ビストロ)のようなレストランだ。ピアノはないが、数人の楽団の演奏なら充分なスペースだ。
ビラのように格安が売りの観光客向けのレストランではない。近所の人間も食事に来るだろう、どこにでもある食堂だ。建物の上がホテルになってはいるが、そのホテルも、大手のチェーン経営のような派手さは無い。チェックインの際に見たが、地味で、薄暗い廊下だった。
もしかしたら、阿紫花はそれも気に入らないのかもしれない。口に合わない料理も、派手さのない宿も、不味いワインも、何もかも。
年季の入ったレースのテーブルクロスに置いていたナプキンで口元を拭き、ジョージは静かに聞いてみた。
「……こういうのは、嫌いか?」
「アンタはお好きなんで?」
「……怒っているのか?」
「何に?」
はぐらかしているのか、本心を見せない気なのか。阿紫花のさりげない口調に苛立つ自分に、ジョージは気付く。
首を振って嘆息した。
「君は、何しに来たんだ?私の後を追って来たりして」
「後を追う?違ェよ、あたしのが先に来てた」
「フウやメイド人形から聞いて、私の先回りをしたんだろう?行動こそ私の先を行ったかも知れないが、やってる事は後追いだよ」
「どっちでもいいですけど。--別に。理由なんざねえよ。アンタがヨーロッパ旅行行くって言うから、邪魔してやろうと思ってよ。一人旅ってな気ままでいいやな。自由で、一人で……」
ふと言葉を切った阿紫花の続き、ジョージは待つ。言葉をかければかけるだけ、阿紫花の口車に乗せられるだけだ。
沈黙が続き、聞こえてくる周囲のテーブルの会話の中身を理解し始めた頃、阿紫花が口を開いた。
「……邪魔してやりやすよ」
「……何でもいいがな。どうせ私も予定の無い旅だ。一緒に行動するなら、行き先は早めに決めよう。行きたい場所はあるか?城は?歩いて城まで登るか、ケーブルカーか?劇場やコンサートホールもあるしな。モザルトの生まれた家でも見に行くか?近いぞ」
「もっと近くに行きてえんだが」
「は?どこだ」
「まずはアンタの部屋のベッドかな」
ジョージがぎょっとして阿紫花の顔を見返す。
「日本語なんざ分かンねえよ、みんな」
泡食ったようなジョージの顔に、阿紫花はかすかに笑った。
「ヨーロッパの田舎って、みんな同じに見えンな」
カーテンの隙間から、街の夜景を見つめて阿紫花が呟いた。
「薄暗くて、石ばっかりで、なんもねえ」
「東京と一緒にするな。あの街がおかしいんだろう。こっちは日曜は休む、夕方5時以降は営業しない、が半ば当然なんだ。働きすぎだ、日本人は。この街と東京を比べたのか?」
「いや、ラスベガス」
「どこと比べてるんだ……」
呆れて言うが、阿紫花にすればアメリカのラスベガスもヨーロッパも同じなのだろう。島国の悲しさで、英国人も「中国と日本は地続き」とか平気で言う。地続きの隣国がほとんどないと、他国の地理に鈍感になる。
ジョージはベッドを見下ろした。一見すればダブルベッドだ。
「……セパレートのベッドだな。分ければ離せる」
「?」
「ダブルでもツインでも使えるベッドって事だ」
「……どっちでもいいや。好きな方にしてくれ」
「……」
「風呂入ってくっから。ここバスタブあんのな。こっちにしちゃ上等じゃねーか。外見は地味でぱっとしねえホテルの癖してエアコンもあるし、アンタ、いいホテル知ってんのな」
「適当に選んだだけだ」
「あっそ」
そう言い置いてバスルームに消えた阿紫花を見送り、ジョージはベッドを動かした。
一緒に寝ても良かったが、今ひとつそんな気にならない夜だ。疲れている訳でも、気持ちに余裕が無い訳でもない。ただ阿紫花の存在を、億劫に感じている。
一人で来る予定だったのに、それを邪魔する。邪魔する理由を言わずに。そんな男なら居ない方がマシだ。
適当にベッドを引き離して、シーツを敷きなおした。ダブルベッドの方が大きく感じる。一個一個では狭く小さなベッドに、ツインにした事を少し後悔した。
まるで今の自分たちのようだ、と思いついて苦笑する。自分たちは最初から別個だった。
分かりきっているのに、一つだと錯覚する自分がおこがましくて惨めだった。
明日の朝にシャワーを浴びればいい、とりあえず今日は寝てしまえば阿紫花の顔を見ずに済む。そう思ってベッドに潜り込んだ。
何もかもが、真剣に向き合おうとすればするほど滑稽だった。
ここに存在する理由も分からないほど、状況も自分も、滑稽だった。
囁く声で目が覚めた。
目を開けると、阿紫花が腹の上に乗っていた。
目を閉じてからそれほど時間も経っていないようだ。バスローブ一枚の阿紫花の髪の毛は湿っていたし、薄闇の向こうの壁掛け時計を見ると9時前だった。横になってから30分程度しか経っていない。
「……どうした」
「一緒に寝ようと思いやして」
「は?さっきベッドを好きにしろと」
「狭くても出来ンでしょ。狭い方が好きなのかと思ってよ。さっきの食堂みてえにさ」
「……」
「怒った?別に怒らせる気はねえよ。そんなんどうでもいいし」
「私の感情などどうでもいいんだな。私も同じだ。寝ろ。私のベッドから消えろ」
「なんであたしがアンタの言う事聞く必要があるんで?……」
阿紫花の顔が近づいてくる。キスする程近い距離で、先ほどの囁き声が聞こえた。
「絶対にアンタの言う事なんざ聞かねえ。アンタどうでもいい事しか言わねえからよ。聞くだけ無駄でさ」
「それは君だろう?何を言っている。いつもはぐらかして、誤魔化して、結局話題を変えるのは君の方だ。君は大事な事は何一つ言わない」
「アンタも同じじゃねえか。偉そうに御託ほざくんじゃねえよ」
「……!」
「殴ンのか?何でもいいぜ。そんなん慣れてら。アンタを殴った事はあったがよ、アンタに殴られた事はなかったな。今やンのか?いいぜ、やれよ。やりたきゃやれよ」
完全に、売り言葉に買い言葉、というヤツだ。阿紫花もわざと煽っているようにしか思えない。自分を怒らせてどうしたいのか分からない。謝罪が欲しいのか、殴り合いがしたいのか。
殴られたい訳ではないだろう。そんな趣味はないと思う。困惑を抱えて押し黙るジョージに、阿紫花は諦めを浮かべて嘆息した。
頑是無い幼子を見る目で、阿紫花は呟いた。
「……あたしを殴っても、あたしは簡単には壊れたりしねえよ」
諭すような声だった。
「簡単に死んだりしねえ。すぐに死んだりもしねえ。アンタに比べりゃまだ若ェからな。あたしなんかにまだ先があンのも怖ェがな」
「……」
「一人で来て良かったかよ。アンタが人間だった街に、一人で来て、一人で、何を見れるってんだ。何が聞こえるってんだ。もうアンタを知ってる人間はもうとっくに誰もいねえのに、一人で何をしに、生まれた街に帰ってきた?」
不思議な感情だった。
目の前の阿紫花の顔が滲んで、ゆるくぼやけた。
自分が泣いているのだと気付き、それを手で拭った。
悲しくはなかった。悔しくもなかった。すべて阿紫花の言う通りだった。思い知って絶望するのとも違う。
ただ「別れ際の悲しみとはこういうものだっただろうか」と、ちらと思った。墓標を幾度を訪れたようた空虚な悲しみに急激に襲われた。
もう誰もいない。--そんな事は分かりきったはずだった。あれから何年経った?指折り数えるのも馬鹿らしいほどの歳月が通り過ぎた。
家族ももう死んだ。あのピアノ教師も頓死した。しろがねになって、そんな事はどうでもいいと、切り捨てたはずだった。新聞記事や風の便りで訃報を聞いても、その時は何も考えないようにして、その通りになった。考えず、何も見ず、何も聞かず、--すべてを通り過ぎて来た。
すべてを置いて街を出たはずだった。何もかも置いて、ピアノへの情熱も、家族の事も、何もかも。
だが本当に置いて行かれたのは自分だった。
それを考えたくなくて、今まで一度も足を踏み入れなかったのに。
(後編に続く→)
男性同士の性的な描写がありますので閲覧にはご注意を。
未成年者の閲覧も禁止します。
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ポーカー・ゲーム
年に数回も使われないカジノルームの設備は古めかしかったがどれも小奇麗だった。掃除を欠かさないメイド人形たちの勤勉さを思うと同時に、そんな小奇麗な空間に似つかわしくない男の存在に、ジョージはうんざりと首を振る。
ジョージの椅子の向かいの席では、阿紫花が煙草を吹かしながらテーブルの上の手札を見下ろしている。
「カモってな、一目で分かるモンだが、アンタ自分がどっちか判別する見方知ってやす?」
ブランデーを一口含み、阿紫花は煙草を吹かす。
阿紫花の手元の灰皿には、吸殻が山となっている。吸い過ぎだ。
ジョージは眉をしかめ、
「知らないな」
「相手のツラ見てカモに出来ねえと思ったら、テメエがカモんなるしかねえんでさ」
ククク、とチェシャ猫のように阿紫花が笑んで手札を晒した。
「フルハウスでさ。アンタは?」
「ストレート」
「アンタの負け。……アンタ、あたしの顔見て、どう思う?……」
そう言った顔は紛れもなく、獲物を前にした顔だった。
「脱いで。全部脱いで。そのやらしいブツ隠してる布切れ全部ね」
椅子に腰を下ろし、阿紫花は高く足を組んでベッドの前のジョージを眺めている。
「ヒーターの前じゃなきゃダメ?……」
そう揶揄した阿紫花の吐く息が白い。暖房を点けていなかった冷えた空気の寝室の中、ジョージはコートを脱いだ。室温がマイナスでも平気だ。それより阿紫花の方が寒そうだ。
タンクトップを脱ぎながら、ジョージが言った。
「ガウンを着たらどうだ。後ろにあるじゃないか」
「いいからとっとと脱ぎなよ。負けたら言う事聞く約束じゃねーか。負けたヤツぁ黙って言う事聞いてりゃいいんだ」
阿紫花の右手にはブランデーのボトルがある。酒のせいで寒くないのか、とも思うが……。
黙ってジョージはブーツとズボンを脱いだ。下着一枚になったジョージの前に、阿紫花がふらふらとやって来る。
阿紫花は上目遣いで見上げてくる。下着の上からふくらみを撫で回し、
「綺麗な顔の痩せた女と、オッパイでかいブスだったら、あたしブスと寝やすけどね。ジョージさんイイ体してっからあたしの好みでさ。……ベッドに、寝て」
押し倒されるように背後のベッドに二人して寝転がった。
阿紫花の冷えた体に腕を回す。互いの体をまさぐった。
ふと阿紫花が鼻で哂った。
「エロ臭ェパンツ履いてっから、……勃つとすぐ分かンのな。わざと?」
「何が……」
ただの黒のビキニパンツだ。履き心地がいいから履いているだけの。
だが阿紫花はにやにやと笑い、
「やらしいパンツ……あたしが興奮すると思って履いてンのかい?……」
「まさか。……興奮するか?」
「どうでしょ?……でも結構、悪くねえよ」
唇が重なる。互いの口内を舌でまさぐっている間に、阿紫花の手に、下着が下にずらされる。器用なものだ。キスもうまい。
いつも女相手にどんな手つきでせまっているのか分かるようで、ジョージは少しイラついた。それでも抱きしめる腕に力は込めたまま。
そんな気持ちなどお構いナシに、阿紫花が哂った。
「ほーら、お外ですぜ」
下着をずらされて、半ば反応しかけていたそれを露わにされて、ジョージはかすかに驚いた。
「おんもに出てェ、って……ありゃ、寒くてちっと萎んだな。『坊や』は根性ねえじゃねーか、ジョージ」
「……で、その坊やと何して遊んでくれるのかな」
「タマころがしでもしようかね?口がいい?手がいい?--坊や」
ニヤニヤと笑みながら、着衣のままの阿紫花はジョージの腹の上に腰を下ろして酒をあおった。そしてそのまま、ジョージの唇に口内の酒を流し込んだ。
苦いそれを、ジョージが思わず飲み下す。
「……何か、飲ませたか?酒以外に」
「さあ?どうでもいいじゃねえか。アンタ、今晩はあたしの好きなように動くお人形さんだ。あたしが何しても、文句ねえ約束じゃねえか?……」
阿紫花はくすりと笑い、ジョージの腹の上から退いて立ち上がった。
「シャワー浴びてくっから。準備しねーとよ。イイ子で待ってな、坊や」
阿紫花がバスルームに消えると、ジョージは寝転がったままため息をした。
ポーカーで勝負、と阿紫花が言い出した時に逃げれば良かったのだ。賭け事などほとんど経験が無いのに、「あたしが強ェワケじゃねーのに、逃げるんで?……」と、暗に弱いと揶揄されて気に障った。配られたカードを腹立ち紛れに受け取って、ストレートでコールした。悪い手ではなかったはずだ。阿紫花が手札を二枚交換してフルハウスを決めるなど、普通なら考えにくい。
イカサマだ。--そう咎めたてる気にもならなかった。現行犯で咎めなければ意味が無いのだ。犬の躾と一緒で、後から責めても拗ねるだけだろう。
それに、たまにはいいか、と思ってしまったのだ。自分が負けてしまうのも、阿紫花が勝つのも、あっていいか、と。
「……たまには、な」
そう呟いて、起き上がってナイトテーブルの上の阿紫花の煙草を貰おうとした。
だが、腕が上がらない。
それだけではない。上体が起こせない。
「なんだこれは」
幾度も試みるが体が動かない。力の込め方が分からなくなったかのようだ。四肢が反応しない。腹筋にも力が入らない。
「アシハナ!……」
叫び、阿紫花がバスルームから出てくるのを待った。
絶対何かされた。先ほどの酒に何か入っていたのかも知れない。いや、その公算が大きい。それしか考えられない。絶対そうだ。
「アシハナ!」
「へえ。どうかなすったんで?……」
がちゃりとバスルームの扉が開く。濡れた髪のまま、阿紫花がバスローブをまとって現れる。
「体が。動かないんだ」
「……。……-Oの連中への対策って、ジョージさん、フウのじいさんが考えてなかったと思いやす?……」
阿紫花はぽたぽたと水を滴らせたまま、ベッドに近づいてくる。
「何の話だ」
「だから、-Oの連中をダメにする手、ってヤツを、フウのじいさんが考えてなかったのか、って話……」
頭髪の水気をタオルで飛ばし、阿紫花は動けないジョージの傍に腰を下ろす。煙草に手を伸ばし、かちり、と、ライターで火をつけた。
「案外結構考えてたみたいですぜ。すっげー強力な磁石で-O体内のコンピュータ誤作動させる、とか、衛星から中性子爆弾、とか、-Oの通信ネットワークにウイルス流すとかね」
「……」
「ま、どれもこれも現実に実行するとなると人間にも被害が出るし、型落ちとはいえ、連中と共通の機械部品使ってるアンタにも被害は出ただろうぜ。あのフウのじいさんの事だからそれでもきっと、効果があると思ったらアンタの事なんざお構いナシに、核ミサイルだろうがコンピュータウイルスだろうが使っただろうがな」
阿紫花は馬鹿ではないのだ。興味のある事に関しては。
ジョージは見えない話の筋に嫌気が差していたが、珍しくまともに話す阿紫花の声を聞き入っていた。いつもこの調子で喋ればいいのだ。少しは賢く見えるから。
「効果がある案として、機械部分の機能さえ一時的にマイクロマシンで麻痺させちまえば……人間でも勝てるかも、って思ったんだと。対-O専用の擬似神経麻痺マイクロマシンを流して、連中を麻痺させちまえば人間でも壊せるし、アンタの体も一時的に動けないだけで済む」
「なんだと?」
「もし人間が全員いなくなっても、そいつがありゃ、少なくとも-Oは体が動けねえ間に自動人形にぶっ殺されていなくなったでしょうから。ま、今となっちゃ、どうでもいい話だし?そんなブツ誰も見向きもしなかったワケですけども。--地下の工房で偶然見つけちまいやしてね。-Oや、しろがね-Oの機械部分に働くマイクロマシンのデータと現物。……少し中身弄ってもいいか、ジョージさんに使っても大丈夫か、フウさんに確かめやしてね」
「それで……私で試したのか!」
「ご名答。どうですかい?体全然動かねえ、糸が切れたお人形の気分は」
阿紫花の舌が、ぬるりと頬を撫でた。
「二時間くれえはそのまんま……」
心理的な嫌悪で、ジョージは眉をしかめた。
「どうしてこんな事を」
「さあ?なんかやりたくなったから--でしょうかね。大丈夫でさ。二時間で戻るし、あたしもアンタのケツ掘ろうなんて思ってねえよ。ただちょいと、好き勝手人の体弄繰り回す気分を、味わいたくなっただけ」
阿紫花の舌が乳首を舐めた感触に、ジョージが息を詰める。
「ちなみに、機械部分だけだから。動かねえの。生身か、有機神経通ってる部分は反応あるし、……機械のシステムで制御してこらえる、ってのは、出来ねえかも知れねえけど」
ククク、と阿紫花が哂う。
「いつもみてえには、アンタ、イクの堪えらんねえかもな。あたしは全然構わねえが」
言いながら、煙草の煙を吸い込んで、ジョージの性器を撫でながら乳首に吐きかけた。
ヒーターの効果がやっと表れ始めた、それでも寒い室内で、その吐息はひどく揺らいで空中を彷徨った。
阿紫花の髪は濡れたままだ。寒いだろう、と、その髪の水気を弾こうとして腕が動かないのを思い出した。
「……なら、精々楽しませるんだな」
だから出来る限りの悪態をついた。
なのに阿紫花は微笑み、
「ヒィヒィ言わせてやりやすよ」
そう言って唇に吸い付いた。
ちゃぷ、ちゃぷ、と水音が立つ。
その水音のすぐ近くを、阿紫花の頭が上下している。
「……ここ、弄ってねえ、ってのが、ね……」
舌でしゃぶりながら、阿紫花が吐息交じりに呟く。
「結構、意外だったり、すんだけど……」
「……そんな所を弄ったところで、自動人形が壊せるはず無いだろうが」
「へっ、……こっから、ビーム出したりしたらあたし笑い死にしやすがね。滑稽な芸見せりゃ自動人形てな、鈍くなるってんだ……充分、そんなのも通用すんじゃねえかと思う、がな」
「ハ……、あの司令なら、やりかねない改造ではあるがな」
「……」
黒髪が上下して、時折、話すために顔を上げる阿紫花と目が合う。話しながらも舌先が動いて、確かに生身の快感を伝えてくる。
その髪に触れたい。
ジョージの眼差しに、察したように阿紫花は哂い、
「やっぱ、動けねえ、って、イヤなモン?口ン中ブチ込んでやろうって、悔しくなる?」
「ああ。だがそれより、髪を撫でたい」
「……」
阿紫花が一瞬、止まった。
しかしすぐに、
「……こっちの坊やは、充分楽しんでるようだがな」
悪辣に口角を歪め、強く吸った。咽喉奥で締め上げる。
えづくような咽喉の動きに、ジョージが「苦しいだろう」と声を掛けても、「これが気持ちいいんだろうが」と吐き捨てて、お構いナシだ。
「……確か、に……耐えられない、というのは、ある、かもな……」
荒い息でジョージが呟く。いつもより快感が強い。いや、快感に耐える事が出来ない。心理的なものもあるかも知れないが、やはり機械部分の制御が関係しているのか、と、どこか冷めた頭で考える。
「でかく育ってやがんぜ、ジョージ……」
感に堪えない、という声で阿紫花が囁いて、深く、幾度も口内で吸い上げた。
その声に、呆気ないほど性急に、一度目の快楽を吐き出した。
「……う、っ、」
吐き出されるそれと、まだ肉の内に残るそれを吸い上げて、わざと顔を見せたまま阿紫花は飲み下す。
「カワイイ声、出ンじゃねーか」
そのまま、またイッたばかりの性器を舐め上げた。
「!! やめろ!あ、うあっ、それをやめろ!」
「くすぐってえ?」
「分かっているなら--」
「ちょっとなら、気持ちよくねえ?」
触れるか触れないか、の舌の愛撫だ。
射精後特有の、言葉に出来ないかすかな不快感か、それとも快感なのか。分からないが確かに反応はしているようだ。
「ぐ……う、っ」
「あ、なんか出そう?先っぽ……」
「もう舐めるな!もう……っ」
先端を執拗に、しかし繊細に舌で割る動きに、苦しいような喘ぎしか出てこない。
もし下肢が自由に動いていたら、腰を引いて拒絶していただろう。ジョージは悲鳴に似た声で叫んだ。
「やめろ!……頼むから」
びくり、と。生身のその部分が震え、透明な汁気が滲む。
「はは、ガマン汁出た。気持ち良かった?」
「……ああ。もう触るな」
「そうもいかねえ。あたしまだ、気持ちよくなってねーんでね。……」
阿紫花が起き上がり、ジョージのへそのあたりをを跨ぐように腰を下ろす。
勃っている。その先端をジョージの顔に向け、阿紫花は哂う。
「舐めて」
口元にあてがわれたそれを、特にためらいもなくジョージは含んだ。
阿紫花をそれを見下ろし、わずかに腰を引いた。
「……犬っころみてえ。舐めろって言や、舐めンですね、アンタ……」
「舐めろと言ったのは君だろう」
「……しゃぶって。舐めて。もっと、……」
咽喉を突くような勢いで、ジョージの口内にそれを突き立てる。
異物に咽喉が痙攣する。
吐きそうになって眉をしかめたジョージに、阿紫花がまた腰を引く。
「……苦しい?」
「……別に。それより、前だけじゃ物足りないんじゃないか?いつものように体が動いていたら、同時に責めてやれるのにな」
「……じゃ、ケツ舐めなよ。竿くれえテメエで扱くからよ」
言い終わらない内に、顔の上に阿紫花の尻が乗せられる。
肉の薄い、しかし弾力のある尻だ。圧迫感はあるが、苦しくは無いから先ほどよりはマシか。
尻肉の奥の、皺の寄った襞に舌で触れた。唾液を塗りこめるように幾度も舐める。
「あ……」
吐息と共に漏れるような阿紫花の声が、頭上から聞こえた。同時に、性器を擦るかすかな音も。
「っ、あ、イイ……」
舌先で、探るように襞の奥に触れる。
「あ、あ……」
内部が蠢いている。受け入れるのに慣れた体だ。
「は、はは……なあ、どんな気分?なあ?潔癖だったアンタが、あたしに顔にケツ乗せられて、ケツの穴舐めさせられてよ。しかも身動き取れねえカラダにさせられてよ。惨めな気分とかならねえ?……あ、待て、待て、待てったら。……」
言葉で責めているつもりの最中に後孔を舌でこじられ、阿紫花が太ももを強張らせる。
「熱心、に、舐めやがんの、な……っ、待っ、舌、入れ、んなっ……」
阿紫花はとうとう性器を掴んでいた手を離し、前かがみにシーツに手をついた。何度も唾を飲み込んでいる。
「あ……ン、イイ、……」
腰が上下に揺れている。より強く圧迫され、「まさかこれだけでイかないだろうな」と、ジョージは一抹の不安と期待を覚える。
「なるようになれ」とばかりに舌を押し込んでかき回した。
「ああっ、……ン」
阿紫花の短い喘ぎ声の後、不意に顔の上の尻が退いた。視界がわずかに明るくなる。
腹の上に阿紫花が座っている。後ろ手で上体を起こし、性器を晒して、足を開いて。
「足りね……」
目を伏せた阿紫花が浅く、しかし色づいたため息をもらす。立ち上がった先端がぴくりと動いた。
ジョージの視線の先に、先ほどまで舐めていた後孔がちらりと見えた。今すぐにでも押し倒して、全身のいろいろな部品にむしゃぶりつきたいような衝動に襲われる。
舌先より確かな指先で存分にほぐして、押し入る寸前の開いた肉の喘ぎ声を聞きたい。潤滑油を塗り込めた後孔の内部を責めたてて、抑えられないだろう水音が聞きたい。肉と肉がぶつかり合う音や、阿紫花の快楽の悲鳴が聞きたい。
自由が利かない癖に硬く滾る己の下肢の熱に、ジョージは唇を噛んだ。
その顔を見た阿紫花が、小さく哂った。
「……待て、って言ってんだろーが。すぐに入れさせてやっから。ちょいと、慣らさねえといけねえけどな。アンタ動けねーから、テメエでやりやすぜ。見てるだけってな、どんな気分?悔しい?」
「……さぞいい見世物を見せてくれるんだろうな?夢中になって一人でイかないようにな。いつも堪え性がないからな、お前の坊やは」
「へっ、見てるだけでイッちまわねえようにしときなよ」
ナイトテーブルの引き出しからジェルを取り出し、阿紫花はジョージの腹の上で足を開いたまま、見せ付けるようにゆっくり後孔に塗り込めた。
ジェルのぬめりをいきわたらせるように、指一本だけを何度も出し入れする。
「もっと体を倒してくれないか?あまり見えない」
「倒すと、背中に硬いモンが当たるんですけどね。へし折っていいなら倒れやすよ」
軽口を叩きながらも、阿紫花は少し上体を背面に倒した。丸見え、とまではいかないが、指が出し入れしている先が見やすくなった。
指に弄ばれ赤く充血した粘膜が、ジェルに塗れてぬらぬらと蠢いている。何か、別の生物めいてさえいる淫靡さだった。
「見てるだけ、ってな、辛ェだろ?……いっつもだったら、アンタ、あたしの感じるトコ責めまくって……搾りやがるからな」
「今日はあまり責めないようだな。自分でやるとそんなものか。私だったらもっと深く入れるがな。……そうそう、うまいうまい。その辺りで指を曲げて……そうそう」
「っ……」
前立腺を自分で刺激するように言葉で誘導され、阿紫花が息を詰める。どこが感じるか、など分かりきっているが、声で指示されての自慰にふけっているような気分になってくる。
他の人間とも同じような事はあったが、自分は見せて感じる性質ではなかったはずなのだが。阿紫花は唾を飲み込んだ。
ジョージはそんな事お構いなしに、
「もっとジェルを使わないと、後で痛いだろう。それに、指が足りないな?三本は飲み込まないと」
三本--阿紫花はジョージの手をちらりと見た。白くて長い指だ。いつもだったらその指たちが、執拗に内部を責めたてるのだ。もういい、と阿紫花が悲鳴混じりに言っても執拗に--。
思い出して、つい指を締め上げた。締めた指先が偶然、前立腺の裏をいい具合に撫で、思わず「ヒッ」と小さく鳴いた。
「そうそう、そういう声も」
「……うるせえな。口だけ動かすくれえなら黙ってな」
照れ隠しに伝法に罵るが、ジョージはどこ吹く風、だ。気を悪くした様子も無い。
阿紫花はジェルをさらに塗りこめ、指を、三本後孔に押し入れた。
柔らかくほぐれかけていた其処は、さして苦もなく飲み込んだ。しかしさすがに、異物感がある。
「は……っ」
息を漏らし、目を閉じて首をのけぞらせていると、ジョージの声がした。
「アシハナ、こちらを見ろ。一人で楽しんでいる気か?」
「……」
「私を見たまま、慣らせ。その方が感じるだろう?」
「……ケッ……、……感じンのは、アンタの方でしょ?」
一瞬吐き捨てて、阿紫花はジョージを見た。
ジェルを撒き散らすような激しさで指を出し入れしながら、
「へ……ど、うせ、体が動いたら、ああして、やろうとか、こうして、とか、考えるだけ、なんだろ……今……ぁ」
「……」
「どう、したい?もし、体が動いてたら、どう、した?」
赤い顔で、快楽に溺れる寸前の声で、阿紫花が問いかけの形で懇願する。
素直に「どうしたいか」言ってやるのも馬鹿らしかった。
体の自由を奪ったのは阿紫花だ。腹の上で自慰にふけられても、いつものように責めたてるような精神的な満足感など微塵も感じない。むしろじりじりと焼け付くような苦く焦げた衝動が不快で不愉快だ。
体さえ動けば、阿紫花が自ら弄る以上にダイレクトに感じさせる事が出来て、自分も満足するのに、なぜそれを放棄したのかが分からない。
主導権を握りたいがため、だとすれば杜撰な見込みで事に及んでいるとしか言い様が無い。本人が気付いているのか、いないのか、は定かではなかったが、阿紫花はいつも精神的、肉体的な主導権を放棄したがっているように見えた。主体性がないのではない。受身に回って、何もかも与えられて翻弄されて、モノのように扱われたがっているように見えた。
抱きしめても、どこを見ているのか分からない事がある。手酷く扱っても何も言わない。ただぼんやりと、抱きつく先があればいい、というような顔で抱かれるだけ。
そんな生きた人形の顔に比べれば、必死に自慰を見せ付ける今の顔の方がずっといい、とは思う。
だがそんな破綻と矛盾を繰り返す人間に付き合っていられるほど、ジョージは人間が出来てはいないのだ。
無下にされれば腹も立つし、やられたらやり返したくもなる。衝動に身を任せる事もあれば、にべにはねのけて足蹴にしたい時もある。
もっと器用な人間と付き合えば、阿紫花はマトモになれるのではないか、と思う。器用で賢くてセックスの上手い、しかしそこそこ品性と自制を忘れない出来た人間なら、こんな無様に抱き合ったりしないだろう。思い悩みながら抱き合うのは、疲れる。
「ジョー、ジ……」
縋るような目で、阿紫花が呟いた。
愛しているはずなのに、その意味が素通りする。
(それなのに君は)
私たちはいつも、愛ではない何かで、抱き合っている。
(私といる)
そう思ってやっと、ジョージは阿紫花が惜しくなった。
愛ではないと自分に言い聞かせながらも。
続きますw
年に数回も使われないカジノルームの設備は古めかしかったがどれも小奇麗だった。掃除を欠かさないメイド人形たちの勤勉さを思うと同時に、そんな小奇麗な空間に似つかわしくない男の存在に、ジョージはうんざりと首を振る。
ジョージの椅子の向かいの席では、阿紫花が煙草を吹かしながらテーブルの上の手札を見下ろしている。
「カモってな、一目で分かるモンだが、アンタ自分がどっちか判別する見方知ってやす?」
ブランデーを一口含み、阿紫花は煙草を吹かす。
阿紫花の手元の灰皿には、吸殻が山となっている。吸い過ぎだ。
ジョージは眉をしかめ、
「知らないな」
「相手のツラ見てカモに出来ねえと思ったら、テメエがカモんなるしかねえんでさ」
ククク、とチェシャ猫のように阿紫花が笑んで手札を晒した。
「フルハウスでさ。アンタは?」
「ストレート」
「アンタの負け。……アンタ、あたしの顔見て、どう思う?……」
そう言った顔は紛れもなく、獲物を前にした顔だった。
「脱いで。全部脱いで。そのやらしいブツ隠してる布切れ全部ね」
椅子に腰を下ろし、阿紫花は高く足を組んでベッドの前のジョージを眺めている。
「ヒーターの前じゃなきゃダメ?……」
そう揶揄した阿紫花の吐く息が白い。暖房を点けていなかった冷えた空気の寝室の中、ジョージはコートを脱いだ。室温がマイナスでも平気だ。それより阿紫花の方が寒そうだ。
タンクトップを脱ぎながら、ジョージが言った。
「ガウンを着たらどうだ。後ろにあるじゃないか」
「いいからとっとと脱ぎなよ。負けたら言う事聞く約束じゃねーか。負けたヤツぁ黙って言う事聞いてりゃいいんだ」
阿紫花の右手にはブランデーのボトルがある。酒のせいで寒くないのか、とも思うが……。
黙ってジョージはブーツとズボンを脱いだ。下着一枚になったジョージの前に、阿紫花がふらふらとやって来る。
阿紫花は上目遣いで見上げてくる。下着の上からふくらみを撫で回し、
「綺麗な顔の痩せた女と、オッパイでかいブスだったら、あたしブスと寝やすけどね。ジョージさんイイ体してっからあたしの好みでさ。……ベッドに、寝て」
押し倒されるように背後のベッドに二人して寝転がった。
阿紫花の冷えた体に腕を回す。互いの体をまさぐった。
ふと阿紫花が鼻で哂った。
「エロ臭ェパンツ履いてっから、……勃つとすぐ分かンのな。わざと?」
「何が……」
ただの黒のビキニパンツだ。履き心地がいいから履いているだけの。
だが阿紫花はにやにやと笑い、
「やらしいパンツ……あたしが興奮すると思って履いてンのかい?……」
「まさか。……興奮するか?」
「どうでしょ?……でも結構、悪くねえよ」
唇が重なる。互いの口内を舌でまさぐっている間に、阿紫花の手に、下着が下にずらされる。器用なものだ。キスもうまい。
いつも女相手にどんな手つきでせまっているのか分かるようで、ジョージは少しイラついた。それでも抱きしめる腕に力は込めたまま。
そんな気持ちなどお構いナシに、阿紫花が哂った。
「ほーら、お外ですぜ」
下着をずらされて、半ば反応しかけていたそれを露わにされて、ジョージはかすかに驚いた。
「おんもに出てェ、って……ありゃ、寒くてちっと萎んだな。『坊や』は根性ねえじゃねーか、ジョージ」
「……で、その坊やと何して遊んでくれるのかな」
「タマころがしでもしようかね?口がいい?手がいい?--坊や」
ニヤニヤと笑みながら、着衣のままの阿紫花はジョージの腹の上に腰を下ろして酒をあおった。そしてそのまま、ジョージの唇に口内の酒を流し込んだ。
苦いそれを、ジョージが思わず飲み下す。
「……何か、飲ませたか?酒以外に」
「さあ?どうでもいいじゃねえか。アンタ、今晩はあたしの好きなように動くお人形さんだ。あたしが何しても、文句ねえ約束じゃねえか?……」
阿紫花はくすりと笑い、ジョージの腹の上から退いて立ち上がった。
「シャワー浴びてくっから。準備しねーとよ。イイ子で待ってな、坊や」
阿紫花がバスルームに消えると、ジョージは寝転がったままため息をした。
ポーカーで勝負、と阿紫花が言い出した時に逃げれば良かったのだ。賭け事などほとんど経験が無いのに、「あたしが強ェワケじゃねーのに、逃げるんで?……」と、暗に弱いと揶揄されて気に障った。配られたカードを腹立ち紛れに受け取って、ストレートでコールした。悪い手ではなかったはずだ。阿紫花が手札を二枚交換してフルハウスを決めるなど、普通なら考えにくい。
イカサマだ。--そう咎めたてる気にもならなかった。現行犯で咎めなければ意味が無いのだ。犬の躾と一緒で、後から責めても拗ねるだけだろう。
それに、たまにはいいか、と思ってしまったのだ。自分が負けてしまうのも、阿紫花が勝つのも、あっていいか、と。
「……たまには、な」
そう呟いて、起き上がってナイトテーブルの上の阿紫花の煙草を貰おうとした。
だが、腕が上がらない。
それだけではない。上体が起こせない。
「なんだこれは」
幾度も試みるが体が動かない。力の込め方が分からなくなったかのようだ。四肢が反応しない。腹筋にも力が入らない。
「アシハナ!……」
叫び、阿紫花がバスルームから出てくるのを待った。
絶対何かされた。先ほどの酒に何か入っていたのかも知れない。いや、その公算が大きい。それしか考えられない。絶対そうだ。
「アシハナ!」
「へえ。どうかなすったんで?……」
がちゃりとバスルームの扉が開く。濡れた髪のまま、阿紫花がバスローブをまとって現れる。
「体が。動かないんだ」
「……。……-Oの連中への対策って、ジョージさん、フウのじいさんが考えてなかったと思いやす?……」
阿紫花はぽたぽたと水を滴らせたまま、ベッドに近づいてくる。
「何の話だ」
「だから、-Oの連中をダメにする手、ってヤツを、フウのじいさんが考えてなかったのか、って話……」
頭髪の水気をタオルで飛ばし、阿紫花は動けないジョージの傍に腰を下ろす。煙草に手を伸ばし、かちり、と、ライターで火をつけた。
「案外結構考えてたみたいですぜ。すっげー強力な磁石で-O体内のコンピュータ誤作動させる、とか、衛星から中性子爆弾、とか、-Oの通信ネットワークにウイルス流すとかね」
「……」
「ま、どれもこれも現実に実行するとなると人間にも被害が出るし、型落ちとはいえ、連中と共通の機械部品使ってるアンタにも被害は出ただろうぜ。あのフウのじいさんの事だからそれでもきっと、効果があると思ったらアンタの事なんざお構いナシに、核ミサイルだろうがコンピュータウイルスだろうが使っただろうがな」
阿紫花は馬鹿ではないのだ。興味のある事に関しては。
ジョージは見えない話の筋に嫌気が差していたが、珍しくまともに話す阿紫花の声を聞き入っていた。いつもこの調子で喋ればいいのだ。少しは賢く見えるから。
「効果がある案として、機械部分の機能さえ一時的にマイクロマシンで麻痺させちまえば……人間でも勝てるかも、って思ったんだと。対-O専用の擬似神経麻痺マイクロマシンを流して、連中を麻痺させちまえば人間でも壊せるし、アンタの体も一時的に動けないだけで済む」
「なんだと?」
「もし人間が全員いなくなっても、そいつがありゃ、少なくとも-Oは体が動けねえ間に自動人形にぶっ殺されていなくなったでしょうから。ま、今となっちゃ、どうでもいい話だし?そんなブツ誰も見向きもしなかったワケですけども。--地下の工房で偶然見つけちまいやしてね。-Oや、しろがね-Oの機械部分に働くマイクロマシンのデータと現物。……少し中身弄ってもいいか、ジョージさんに使っても大丈夫か、フウさんに確かめやしてね」
「それで……私で試したのか!」
「ご名答。どうですかい?体全然動かねえ、糸が切れたお人形の気分は」
阿紫花の舌が、ぬるりと頬を撫でた。
「二時間くれえはそのまんま……」
心理的な嫌悪で、ジョージは眉をしかめた。
「どうしてこんな事を」
「さあ?なんかやりたくなったから--でしょうかね。大丈夫でさ。二時間で戻るし、あたしもアンタのケツ掘ろうなんて思ってねえよ。ただちょいと、好き勝手人の体弄繰り回す気分を、味わいたくなっただけ」
阿紫花の舌が乳首を舐めた感触に、ジョージが息を詰める。
「ちなみに、機械部分だけだから。動かねえの。生身か、有機神経通ってる部分は反応あるし、……機械のシステムで制御してこらえる、ってのは、出来ねえかも知れねえけど」
ククク、と阿紫花が哂う。
「いつもみてえには、アンタ、イクの堪えらんねえかもな。あたしは全然構わねえが」
言いながら、煙草の煙を吸い込んで、ジョージの性器を撫でながら乳首に吐きかけた。
ヒーターの効果がやっと表れ始めた、それでも寒い室内で、その吐息はひどく揺らいで空中を彷徨った。
阿紫花の髪は濡れたままだ。寒いだろう、と、その髪の水気を弾こうとして腕が動かないのを思い出した。
「……なら、精々楽しませるんだな」
だから出来る限りの悪態をついた。
なのに阿紫花は微笑み、
「ヒィヒィ言わせてやりやすよ」
そう言って唇に吸い付いた。
ちゃぷ、ちゃぷ、と水音が立つ。
その水音のすぐ近くを、阿紫花の頭が上下している。
「……ここ、弄ってねえ、ってのが、ね……」
舌でしゃぶりながら、阿紫花が吐息交じりに呟く。
「結構、意外だったり、すんだけど……」
「……そんな所を弄ったところで、自動人形が壊せるはず無いだろうが」
「へっ、……こっから、ビーム出したりしたらあたし笑い死にしやすがね。滑稽な芸見せりゃ自動人形てな、鈍くなるってんだ……充分、そんなのも通用すんじゃねえかと思う、がな」
「ハ……、あの司令なら、やりかねない改造ではあるがな」
「……」
黒髪が上下して、時折、話すために顔を上げる阿紫花と目が合う。話しながらも舌先が動いて、確かに生身の快感を伝えてくる。
その髪に触れたい。
ジョージの眼差しに、察したように阿紫花は哂い、
「やっぱ、動けねえ、って、イヤなモン?口ン中ブチ込んでやろうって、悔しくなる?」
「ああ。だがそれより、髪を撫でたい」
「……」
阿紫花が一瞬、止まった。
しかしすぐに、
「……こっちの坊やは、充分楽しんでるようだがな」
悪辣に口角を歪め、強く吸った。咽喉奥で締め上げる。
えづくような咽喉の動きに、ジョージが「苦しいだろう」と声を掛けても、「これが気持ちいいんだろうが」と吐き捨てて、お構いナシだ。
「……確か、に……耐えられない、というのは、ある、かもな……」
荒い息でジョージが呟く。いつもより快感が強い。いや、快感に耐える事が出来ない。心理的なものもあるかも知れないが、やはり機械部分の制御が関係しているのか、と、どこか冷めた頭で考える。
「でかく育ってやがんぜ、ジョージ……」
感に堪えない、という声で阿紫花が囁いて、深く、幾度も口内で吸い上げた。
その声に、呆気ないほど性急に、一度目の快楽を吐き出した。
「……う、っ、」
吐き出されるそれと、まだ肉の内に残るそれを吸い上げて、わざと顔を見せたまま阿紫花は飲み下す。
「カワイイ声、出ンじゃねーか」
そのまま、またイッたばかりの性器を舐め上げた。
「!! やめろ!あ、うあっ、それをやめろ!」
「くすぐってえ?」
「分かっているなら--」
「ちょっとなら、気持ちよくねえ?」
触れるか触れないか、の舌の愛撫だ。
射精後特有の、言葉に出来ないかすかな不快感か、それとも快感なのか。分からないが確かに反応はしているようだ。
「ぐ……う、っ」
「あ、なんか出そう?先っぽ……」
「もう舐めるな!もう……っ」
先端を執拗に、しかし繊細に舌で割る動きに、苦しいような喘ぎしか出てこない。
もし下肢が自由に動いていたら、腰を引いて拒絶していただろう。ジョージは悲鳴に似た声で叫んだ。
「やめろ!……頼むから」
びくり、と。生身のその部分が震え、透明な汁気が滲む。
「はは、ガマン汁出た。気持ち良かった?」
「……ああ。もう触るな」
「そうもいかねえ。あたしまだ、気持ちよくなってねーんでね。……」
阿紫花が起き上がり、ジョージのへそのあたりをを跨ぐように腰を下ろす。
勃っている。その先端をジョージの顔に向け、阿紫花は哂う。
「舐めて」
口元にあてがわれたそれを、特にためらいもなくジョージは含んだ。
阿紫花をそれを見下ろし、わずかに腰を引いた。
「……犬っころみてえ。舐めろって言や、舐めンですね、アンタ……」
「舐めろと言ったのは君だろう」
「……しゃぶって。舐めて。もっと、……」
咽喉を突くような勢いで、ジョージの口内にそれを突き立てる。
異物に咽喉が痙攣する。
吐きそうになって眉をしかめたジョージに、阿紫花がまた腰を引く。
「……苦しい?」
「……別に。それより、前だけじゃ物足りないんじゃないか?いつものように体が動いていたら、同時に責めてやれるのにな」
「……じゃ、ケツ舐めなよ。竿くれえテメエで扱くからよ」
言い終わらない内に、顔の上に阿紫花の尻が乗せられる。
肉の薄い、しかし弾力のある尻だ。圧迫感はあるが、苦しくは無いから先ほどよりはマシか。
尻肉の奥の、皺の寄った襞に舌で触れた。唾液を塗りこめるように幾度も舐める。
「あ……」
吐息と共に漏れるような阿紫花の声が、頭上から聞こえた。同時に、性器を擦るかすかな音も。
「っ、あ、イイ……」
舌先で、探るように襞の奥に触れる。
「あ、あ……」
内部が蠢いている。受け入れるのに慣れた体だ。
「は、はは……なあ、どんな気分?なあ?潔癖だったアンタが、あたしに顔にケツ乗せられて、ケツの穴舐めさせられてよ。しかも身動き取れねえカラダにさせられてよ。惨めな気分とかならねえ?……あ、待て、待て、待てったら。……」
言葉で責めているつもりの最中に後孔を舌でこじられ、阿紫花が太ももを強張らせる。
「熱心、に、舐めやがんの、な……っ、待っ、舌、入れ、んなっ……」
阿紫花はとうとう性器を掴んでいた手を離し、前かがみにシーツに手をついた。何度も唾を飲み込んでいる。
「あ……ン、イイ、……」
腰が上下に揺れている。より強く圧迫され、「まさかこれだけでイかないだろうな」と、ジョージは一抹の不安と期待を覚える。
「なるようになれ」とばかりに舌を押し込んでかき回した。
「ああっ、……ン」
阿紫花の短い喘ぎ声の後、不意に顔の上の尻が退いた。視界がわずかに明るくなる。
腹の上に阿紫花が座っている。後ろ手で上体を起こし、性器を晒して、足を開いて。
「足りね……」
目を伏せた阿紫花が浅く、しかし色づいたため息をもらす。立ち上がった先端がぴくりと動いた。
ジョージの視線の先に、先ほどまで舐めていた後孔がちらりと見えた。今すぐにでも押し倒して、全身のいろいろな部品にむしゃぶりつきたいような衝動に襲われる。
舌先より確かな指先で存分にほぐして、押し入る寸前の開いた肉の喘ぎ声を聞きたい。潤滑油を塗り込めた後孔の内部を責めたてて、抑えられないだろう水音が聞きたい。肉と肉がぶつかり合う音や、阿紫花の快楽の悲鳴が聞きたい。
自由が利かない癖に硬く滾る己の下肢の熱に、ジョージは唇を噛んだ。
その顔を見た阿紫花が、小さく哂った。
「……待て、って言ってんだろーが。すぐに入れさせてやっから。ちょいと、慣らさねえといけねえけどな。アンタ動けねーから、テメエでやりやすぜ。見てるだけってな、どんな気分?悔しい?」
「……さぞいい見世物を見せてくれるんだろうな?夢中になって一人でイかないようにな。いつも堪え性がないからな、お前の坊やは」
「へっ、見てるだけでイッちまわねえようにしときなよ」
ナイトテーブルの引き出しからジェルを取り出し、阿紫花はジョージの腹の上で足を開いたまま、見せ付けるようにゆっくり後孔に塗り込めた。
ジェルのぬめりをいきわたらせるように、指一本だけを何度も出し入れする。
「もっと体を倒してくれないか?あまり見えない」
「倒すと、背中に硬いモンが当たるんですけどね。へし折っていいなら倒れやすよ」
軽口を叩きながらも、阿紫花は少し上体を背面に倒した。丸見え、とまではいかないが、指が出し入れしている先が見やすくなった。
指に弄ばれ赤く充血した粘膜が、ジェルに塗れてぬらぬらと蠢いている。何か、別の生物めいてさえいる淫靡さだった。
「見てるだけ、ってな、辛ェだろ?……いっつもだったら、アンタ、あたしの感じるトコ責めまくって……搾りやがるからな」
「今日はあまり責めないようだな。自分でやるとそんなものか。私だったらもっと深く入れるがな。……そうそう、うまいうまい。その辺りで指を曲げて……そうそう」
「っ……」
前立腺を自分で刺激するように言葉で誘導され、阿紫花が息を詰める。どこが感じるか、など分かりきっているが、声で指示されての自慰にふけっているような気分になってくる。
他の人間とも同じような事はあったが、自分は見せて感じる性質ではなかったはずなのだが。阿紫花は唾を飲み込んだ。
ジョージはそんな事お構いなしに、
「もっとジェルを使わないと、後で痛いだろう。それに、指が足りないな?三本は飲み込まないと」
三本--阿紫花はジョージの手をちらりと見た。白くて長い指だ。いつもだったらその指たちが、執拗に内部を責めたてるのだ。もういい、と阿紫花が悲鳴混じりに言っても執拗に--。
思い出して、つい指を締め上げた。締めた指先が偶然、前立腺の裏をいい具合に撫で、思わず「ヒッ」と小さく鳴いた。
「そうそう、そういう声も」
「……うるせえな。口だけ動かすくれえなら黙ってな」
照れ隠しに伝法に罵るが、ジョージはどこ吹く風、だ。気を悪くした様子も無い。
阿紫花はジェルをさらに塗りこめ、指を、三本後孔に押し入れた。
柔らかくほぐれかけていた其処は、さして苦もなく飲み込んだ。しかしさすがに、異物感がある。
「は……っ」
息を漏らし、目を閉じて首をのけぞらせていると、ジョージの声がした。
「アシハナ、こちらを見ろ。一人で楽しんでいる気か?」
「……」
「私を見たまま、慣らせ。その方が感じるだろう?」
「……ケッ……、……感じンのは、アンタの方でしょ?」
一瞬吐き捨てて、阿紫花はジョージを見た。
ジェルを撒き散らすような激しさで指を出し入れしながら、
「へ……ど、うせ、体が動いたら、ああして、やろうとか、こうして、とか、考えるだけ、なんだろ……今……ぁ」
「……」
「どう、したい?もし、体が動いてたら、どう、した?」
赤い顔で、快楽に溺れる寸前の声で、阿紫花が問いかけの形で懇願する。
素直に「どうしたいか」言ってやるのも馬鹿らしかった。
体の自由を奪ったのは阿紫花だ。腹の上で自慰にふけられても、いつものように責めたてるような精神的な満足感など微塵も感じない。むしろじりじりと焼け付くような苦く焦げた衝動が不快で不愉快だ。
体さえ動けば、阿紫花が自ら弄る以上にダイレクトに感じさせる事が出来て、自分も満足するのに、なぜそれを放棄したのかが分からない。
主導権を握りたいがため、だとすれば杜撰な見込みで事に及んでいるとしか言い様が無い。本人が気付いているのか、いないのか、は定かではなかったが、阿紫花はいつも精神的、肉体的な主導権を放棄したがっているように見えた。主体性がないのではない。受身に回って、何もかも与えられて翻弄されて、モノのように扱われたがっているように見えた。
抱きしめても、どこを見ているのか分からない事がある。手酷く扱っても何も言わない。ただぼんやりと、抱きつく先があればいい、というような顔で抱かれるだけ。
そんな生きた人形の顔に比べれば、必死に自慰を見せ付ける今の顔の方がずっといい、とは思う。
だがそんな破綻と矛盾を繰り返す人間に付き合っていられるほど、ジョージは人間が出来てはいないのだ。
無下にされれば腹も立つし、やられたらやり返したくもなる。衝動に身を任せる事もあれば、にべにはねのけて足蹴にしたい時もある。
もっと器用な人間と付き合えば、阿紫花はマトモになれるのではないか、と思う。器用で賢くてセックスの上手い、しかしそこそこ品性と自制を忘れない出来た人間なら、こんな無様に抱き合ったりしないだろう。思い悩みながら抱き合うのは、疲れる。
「ジョー、ジ……」
縋るような目で、阿紫花が呟いた。
愛しているはずなのに、その意味が素通りする。
(それなのに君は)
私たちはいつも、愛ではない何かで、抱き合っている。
(私といる)
そう思ってやっと、ジョージは阿紫花が惜しくなった。
愛ではないと自分に言い聞かせながらも。
続きますw
前回の続き。18禁、性表現がありますので、閲覧には要注意。
前回⇒
前回⇒
すべからく溺死
いつだって後ろから獣同士の交接のように貫かれて、うなじに鼻息をかけられるだけだった。生理的の漏れる喘ぎ声に勝手に興奮されて、勢いづかれて手荒く突かれては引き離されるだけ。挙句に中に放出された白濁を、惨めたらしく自分の手で処理するだけ。性交の最中に殴られて出た鼻血や折れた奥歯の始末をしながら。
男が終われば今度は女の相手。女はいい。柔らかくて暖かくて、いい匂いがして。イク顔も、男よりずっと綺麗だ。そして皆、愛されたがっている生き物だ。甘い声を欲しがっている。守ってくれる腕を欲しがっている。欲しがるものを与えてやりさえすれば、女どもは「誰かに優しく出来る」自分を確認させてくれる。
危うい精神のバランスを取るにはちょうどいい。マイナスをプラスで補う。薄い刃の上に立つような精神状態で夜の街をうろついた。
だがどこにも愛などない。薄ら寒く湿った粘膜の接触を繰り返すだけ。
誰も愛さない。
快楽は好きだ。だがそんなモノは誰が相手でも手に入る。誰が相手でも同じ事。ならば精々それを利用して、ずるくしぶとく生きて、他人を蹴落としていくだけだ。
阿紫花にとってのセックスなど、物事を有利に運ぶための茶番劇でしかなかった。
ズルゥ、と、受け入れた熱が奥に押し入ってくる。長くて太い。
阿紫花は息を詰まらせ、異物感を散らそう首をのけぞらせた。
「痛むか?……」
壊れ物を扱うようにジョージは阿紫花の頬に触れる。脇に押し開いた阿紫花の足の先が強張っている。引き攣っている。
「大丈……夫……。……へ、へへ。でけェから、ちょいと、……っ、くらくら、しやがる」
「出来そうか?」
「たりめェじゃねえか……、最後まで、全部入れ、なせェ、よ、っ」
言い終わらぬ内に、後孔の奥までゆっくり貫かれる。
溺れる者が助けを求めるように、阿紫花はジョージの体を抱きしめ、しがみついた。あ、ああ、と切れ切れに声が漏れた。
ジョージは阿紫花の首筋に顔を埋め、
「すまない。優しく出来そうにない」
道に迷い苛ついたような声で囁いた。
阿紫花は苦笑し、ジョージの髪を掴んだ。
「好きに、しやがれ。何でもいい、……早く、早く、」
女にするように優しくされたいと思った事は無い。それに今は、
「早く……!」
感じたい。頭の中にあるのは、それだけだった。
最中に何を喚いたか、覚えていない。
息が上がって、くらくらと溺れるような感覚の中で何度も達した。最後の方など、ほとんど射精もせずに達する感覚だけ繰り返していたように思う。
たがの外れた激しさで互いに貪り合った。
「ヒッ、ああ、あ、メチャクチャになって、る」
ジョージの上に載って腰を使いながら、阿紫花は天井の動かないファンを見上げて咽喉をのけぞらせた。
「あたしの中、あんたで、いっぱいンなって」
ひぅ、と阿紫花は咽喉を鳴らす。壊れるような激しさで下から突き上げられ、がくがくと腰が震えた。たまらずジョージの腹の上に置いた手に力を込めるが、その両手首を纏めて腹の上に押さえ込まれる。
手首を戒められ、自由の利かない腰が浮く勢いで、下から突き上げられあ、阿紫花は息を止めた。
ぐちゅぐちゅと粟立つような勢いで腰を使いながら、ジョージは平然と言葉をかける。「気持ちいいか?」「こうされたいか?」という単純な問いかけだ。
だが阿紫花は答えられない。聞いてはいるが、脳が理解しない。熱に浮かされたように声を漏らしながら喘ぐだけだ。
「壊れ、壊れる」
快感と熱に侵され、行為に溺れながら阿紫花はうわ言を繰り返した。
「あたし、ダメ、もっと、もっと、あ、ああ、っ壊して、全部、……」
ほとんど透明な液体しか放てなくなった阿紫花の先端から、それでも滴が飛び散る。先だって放出した欲情の証が腹や胸から垂れ、後孔から漏れるジョージの精液と混ざり合っている。
ぬかるんでどちらの肉とも分からなくなるような感覚。
溺れる。そう思った。
このまま溺れて死んでしまいたい。
そう思った瞬間。
無理矢理に抱き込まれた。上に載っていた阿紫花の体を捕らえ直し、ジョージは腰を突き入れた。
内部でジョージの肉がランダムに、無茶苦茶に暴れている。その動きにすら快楽を求めて、阿紫花の腰ががくがくと揺れる。
激し過ぎるその動きに、腰が浮いてしまっている。抽送の度、後孔から滴りが小さく飛び散った。
空気を含んだいやらしい水音が耳に付く。忘我の淵で阿紫花は喚いた。すがり付いて必要の無い許しを請う。
カーテンの隙間から、朝の陽光がちらついている。長い時間ずっとイき過ぎてもう何もかも逃げ出したくなるほどだったが、それでも体の内部が足りぬと蠢いている。
三日しかない。三日だけ。後はきっと、こんなには溺れてはくれない。
これまでにないほど欲深い己を、そして行為への耽溺を懺悔するように、阿紫花はわめき頭を振った。
「ひっ、ひぃっ、やめ、堪忍、堪忍し--」
「許さない」
一体何時間行為を続けるつもりなのか、ジョージはそう言って、阿紫花の唇を噛み付くように貪った。
「絶対にやめない。許してもやらない。逃がさない。足りない」
「あああ、」と、阿紫花の体がまたびくびくと震え始める。射精できないのに快感だけが持続している。
悲鳴にしかならない声で、阿紫花は叫んだ。
「っ、ああ、っ足り……ねェ?まだ?まだ、欲しいのかよ!っ」
「ああ、足りない。もっと奥まで、もっと、」
本気で犯り殺されるかも知れない、と頭の隅で恐怖と快哉を同時に叫ぶ自分が居る。このままもう半日も抱かれ続けたら、また昏睡状態くらいにはなれるかも知れない。それともジョージの体液でタフになっているだろうから、まだまだ耐えられるかも知れない。どちらでもいい。
好きな男に死ぬほど抱きしめられるってのは、悪くない。そんな死に方は、悪くない。
しかし、
「ジョ、ジ、……ジョージ」
ただの人間である阿紫花の体力の限界はとうに超えていて。
ジョージの名前を呼びながら、阿紫花は気を失った。
海に沈むように暗くぼやける視界で、「アシハナ」と、ジョージが呼んだ気がした。
身に落ちるその重みがこれほど嬉しかった事は無い。
阿紫花は目を開け、自分がジョージの腕の下になっている事にうっすら笑った。
以前サハラ砂漠で昏睡状態に陥って、目が覚めるとジョージはいなかった。その時阿紫花は、シケたツラして英語しか喋らない軍医をシカトして、さっさと基地を出た。英語がよく分からなかったのもムカついたが、何よりジョージがいないのが気に障った。
それが今は、目覚めるとジョージがいる。眠っている。
無機質な銀色の瞳は閉じられている。色素の薄い顔色だ。
あれだけ一晩中抱き合ったのに、疲労した様子は無い。既に昼を過ぎたが、それでも短い睡眠しか阿紫花は取っていない。髭も伸びているし、涙やよだれの痕もヒドそうだ。今の自分はきっと最悪の顔だろう、と阿紫花はうんざりした。
裸で寝ていたのに、寒さは感じなかった。季節もあるが、男二人で寝ていればそれなりに暑苦しい。阿紫花はジョージの腕の下から起き出した。
寝ている間に、ある程度身を清めてくれていたようだ。腹や胸に散った乾いた精液の感触も無い。下腹部もだ。体内の残滓が後孔から太ももを伝う感覚も無い。
シャワーを浴びて来よう、と、阿紫花は立ち上がろうとした。ベッドの外に足を放る。
「!」
がたがたがた、と音がして、ジョージは目を開けた。
自分にしては随分深く眠ったらしい。睡眠時の異常はなかったようだ。眠っている間、人形や武器の気配や音は感知しなかった。
「アシハナ?」
阿紫花がいない。
「アシハナ……!」
「痛ェ……」
阿紫花は、ベッドの脇に項垂れて座り込んでいた。転んだか尻餅をつくかしたようだ。
「どうした!」
「腰が、立たねェ」
「え?」
「腰が、抜けやした」
阿紫花はジョージを睨み、
「あんだけ動かされりゃ、腰も抜けまさ」
阿紫花が睨んでいるのだが、ジョージは。
「……そうか。……くっ」
小さく喉の奥で笑ったように見えた。
(笑った)
阿紫花は一瞬呆気に取られるが、すぐに睨み、
「何笑ってんでさ!あんたのせいじゃねえかい!」
「いや、笑ってない。……良かった。これで逃げられないじゃないか」
後の二日(正味一日半)は、ただひたすら抱き合うのに費やされた。
食事などほとんど摂っていない。阿紫花が眠っている間にジョージが買ってきた(不味い)パンくらいだ。
狭い室内のほとんどで抱き合った。体がおかしくなっても構いはしない、と阿紫花は腹を括っていたが、そうはならなかった。普通半日も使えば局部など開いて赤く腫れ上がるものだが、それもない。おそらく体液のせいだろう。阿紫花はその効能を存分に活用した。
考えられるだけのやり方すべてで抱き合った。無理をされても良かった。されたかった。体中の水分すべてが干上がってしまうほど快楽を吐き出し、ぬかるんだ後孔に溢れるほど注ぎ込まれて。
過去にないほど、快楽を、そして相手を貪った。
「……君は思ったより、賢そうだね。阿紫花君」
世界一の大富豪は、そう言ってパイプの煙を吐いて阿紫花を見た。
鋭さは無いが、奥行きのある眼差しだ。阿紫花はフウを値踏みし、
「そうでやすかねえ?そりゃ、ありがてえね……」
フウの屋敷だ。ジョージに連れられてフウの元へ来たのはほんの数十分前だ。
阿紫花はやつれた顔だった。顔色も悪いが、目だけは輝いている。
やつれ切った顔立ちよりも白い、真っ白なスーツを着ていた。
ジョージはいない。契約について話すから、と人払いをされたのだ。
「ジョージに五日もくれてやってくれて、感謝しやすぜ。おかげでこちとら、イイ目見させて頂きやした。殺されっかってェくれェ、イイ思いしやしたぜ」
「それは良かった。五日もあれば、二日で君を見つけ出すだろうと思っていたからね。後の三日をどう使おうが、君らの自由だし、それにそれが、君の要望だったからねえ」
サハラ砂漠から帰還し、連合軍の基地で目覚めた阿紫花はフウからのメッセージを受けた。
事情は明かせないが、人形遣いである阿紫花をいつかまた必要とするかもしれないとの事。その時は出来るだけジョージを交渉人にするとの事。
暗にジョージと阿紫花の関係を示唆させる文面が気に入らなかった。その時、蟲目の存在を知らなかった阿紫花は、ジョージにこの事を報せるべきかとも考えたが、しなかった。自分を置いて行った男に何を言えばいいのか分からなかったし、--また迎えに来ればいいと思った。こちらから動く事は無い。
阿紫花はことさらフウと連絡を取ろうとはしなかったが、いつでも監視の目がある事だけは理解していた。無茶な真似をして反応を見ていたという事もあるが、それでもフウは人形遣いの腕を必要としていた。
ジョージに見つけ出される三日前。阿紫花は酒場で男に携帯電話を渡された。フウの監視である男はすぐに去ったが、電話の向こうのフウは馴れ馴れしく、
「契約しないかね。二百億だ。そして何なら、銀髪の玩具の兵隊も付けよう」
銀髪--『しろがね』はもう世界に数人しか残っていない、と認識していた阿紫花は電話の向こうを睨んだ。脅迫か、と思った。
だが話していると高圧的な空気はないし、それにフウの口ぶりが気に入った。悪くないジイサンのようだ。
「いいですぜ。やりやしょ。でも一個だけ、我侭してェな」
「なんだい?」
「ジョージさんなら二日もありゃあたしを見つけて運んでいくでしょうね。でも五日与えてたら、後の三日、どうすっかな、と思いやしてねえ。あたしこれでも狙った獲物は必ず撃ち落としてきた男なんですがね、……一匹、逃がしちまったのがいやしてね。もう一回会ったら絶対に落とそうって思ってンでさ。……」
「……三日。全部で五日。OK。それと二百億円だ」
「ドル」
「……二百億ドル。OK」
フウは電話の向こうで笑った。
「会うのが楽しみだよ、日本の人形使い」
「あんたのおかげで、楽しめやした。……ホント、死ぬほど……」
ニィ、と、阿紫花は微笑んでフウを見つめた。
戦う者としての人生を捨て、ただ老いた『しろがね』は、その笑みを畏怖するように見返した。
(死ぬほど抱き合った)
真っ赤に溺れていく。
(二度とはねェよ)
人生で二度は無い--交わりだった。
夕日が廊下の大窓から見える。阿紫花は煙草を咥え、それを睨んだ。
フン、と夕日から顔を逸らし、客間を目指した。ジョージが待たされている。契約が済んだ事を伝えなくては。
「あ、ジョージさん」
廊下の向こうから、ジョージが歩いてくる。メイド人形が話し合いが終わった事を告げたのだろう、阿紫花の顔を見るとジョージは歩を早めた。
「ジョージさん、おかげさんで--」
「来い」
話も聞かず、ぐい、と阿紫花の手首をジョージは引いた。
「ジョージ、ジョージィ……ッ」
折角下ろした白のスーツもぐしゃぐしゃだ。
ジョージの居室の書斎机の上に押し倒され、阿紫花は息を荒げていた。
もう行為には飽きたと思っていたのに、数日間丹念に開かれた体が愛撫に応えてしまう。
自分は今憔悴しきった顔で、色気もへったくれもないはずなのだ。それなのにジョージは動きを止めない。局部だけ取り出して、阿紫花の内部に抽送し続けている。
「言っただろう」
ジョージは言った。
「逃がさない。足りない」
真っ赤な夕日が差し込んでいて、そう言ったジョージの顔も赤く染まっていた。
「っ……」
溺れている--。そう思った。
苦しくて、視界が赤くて、綺麗で。
何もかも投げ出してただ溺れたかった。
鍵を掛けた扉の外から、「ジョージ、僕だ。ギイだ。日本人の客は来たのかい?人形の運搬の件で話があるんだ」と、育ちのよさそうな男の声がした。
それでもジョージは何も返さず、ただ阿紫花を押さえ込んでいる。どんどん、と強くノックされても、ジョージは何も言わない。やがてドアの向こうの誰かは「いないのか?気配はするんだがなあ」と呟いて去った。
「ジョージ、……」
「なんだ」
「……」
自分の顔に垂れてくるジョージの長い銀髪を掴み、阿紫花は言った。
「続き、しやしょうや」
溺れるだけ、溺れるだけだ。
「ジョージ、っ、……」
これまでの生き方など変えられない。それにそんな事、どうでもいい。
今はただ、溺れて、息の根が止まるほど貪っていたい。
「--っ」
ぐぷ、と、奥に吐き出されたものが音を立てた。
ああ、--あたしを溺れさすのはコイツだ。
阿紫花は自分の中に滴ったそれを意識の片隅に、自分もジョージの手の中に放った。
白い大きな手の隙間から、ぽたり、と。
夕日に照らされて色づいた白濁が滴った。
くらり、と。
天と地が逆転した。
青空が近づいたように見えて、阿紫花は思わず座り込んだ。
「はぁ……へ、へへ……」
煙草を取り出した。
ジョージが返してくれた煙草だ。
「眠ィ……」
左半身はもう孔だらけだ。経口の大きい散弾銃のような銃撃は避けられなかったし、--避けようとも思わなかった。
人形は倒したが、すでに阿紫花からは大量の血液が流れ出してしまったようだ。はあはあとわずかに息を荒げ、それを煙草の煙で抑えこんだ。
血が足りなくなると酸素の運搬が出来なくなる。出血多量となると、陸にいながら溺れるような感覚に落ちいって死んでいく。肺が機能していても同じ事なのだ。
--溺れていく。
阿紫花は青空を見上げた。
「……三回目は、あたしがしてやるよ……」
三回目の迎えを待つなどもうしない。
会いたいのはどうしてなのかなど、もう考えなかった。この気持ちに名前があってもなくても、どうでもよかった。
ただこの溺れるような気持ちを知らずに生き続けるよりはずっと、いい結末だった。
煙草を吸い込んだことで余計にくらりと視界が揺れた。まるで空が近づいてくるような、不思議な感覚だった。その感覚に身をゆだね、阿紫花は目を閉じた。溺れるような息苦しさはゆっくりと去っていく。
瞼の奥に赤く、--瞼の血管の赤が映った。
いつかの夕日の色に、よく似ていた。
涙が一筋だけ左頬を流れた。
後悔はなかった。
END
悲しいお話。
すべからく、って言うのは「すべてこうなるべき」という意味らしい。
誰かを愛してしまうってのは悲しい事でもある。
いつだって後ろから獣同士の交接のように貫かれて、うなじに鼻息をかけられるだけだった。生理的の漏れる喘ぎ声に勝手に興奮されて、勢いづかれて手荒く突かれては引き離されるだけ。挙句に中に放出された白濁を、惨めたらしく自分の手で処理するだけ。性交の最中に殴られて出た鼻血や折れた奥歯の始末をしながら。
男が終われば今度は女の相手。女はいい。柔らかくて暖かくて、いい匂いがして。イク顔も、男よりずっと綺麗だ。そして皆、愛されたがっている生き物だ。甘い声を欲しがっている。守ってくれる腕を欲しがっている。欲しがるものを与えてやりさえすれば、女どもは「誰かに優しく出来る」自分を確認させてくれる。
危うい精神のバランスを取るにはちょうどいい。マイナスをプラスで補う。薄い刃の上に立つような精神状態で夜の街をうろついた。
だがどこにも愛などない。薄ら寒く湿った粘膜の接触を繰り返すだけ。
誰も愛さない。
快楽は好きだ。だがそんなモノは誰が相手でも手に入る。誰が相手でも同じ事。ならば精々それを利用して、ずるくしぶとく生きて、他人を蹴落としていくだけだ。
阿紫花にとってのセックスなど、物事を有利に運ぶための茶番劇でしかなかった。
ズルゥ、と、受け入れた熱が奥に押し入ってくる。長くて太い。
阿紫花は息を詰まらせ、異物感を散らそう首をのけぞらせた。
「痛むか?……」
壊れ物を扱うようにジョージは阿紫花の頬に触れる。脇に押し開いた阿紫花の足の先が強張っている。引き攣っている。
「大丈……夫……。……へ、へへ。でけェから、ちょいと、……っ、くらくら、しやがる」
「出来そうか?」
「たりめェじゃねえか……、最後まで、全部入れ、なせェ、よ、っ」
言い終わらぬ内に、後孔の奥までゆっくり貫かれる。
溺れる者が助けを求めるように、阿紫花はジョージの体を抱きしめ、しがみついた。あ、ああ、と切れ切れに声が漏れた。
ジョージは阿紫花の首筋に顔を埋め、
「すまない。優しく出来そうにない」
道に迷い苛ついたような声で囁いた。
阿紫花は苦笑し、ジョージの髪を掴んだ。
「好きに、しやがれ。何でもいい、……早く、早く、」
女にするように優しくされたいと思った事は無い。それに今は、
「早く……!」
感じたい。頭の中にあるのは、それだけだった。
最中に何を喚いたか、覚えていない。
息が上がって、くらくらと溺れるような感覚の中で何度も達した。最後の方など、ほとんど射精もせずに達する感覚だけ繰り返していたように思う。
たがの外れた激しさで互いに貪り合った。
「ヒッ、ああ、あ、メチャクチャになって、る」
ジョージの上に載って腰を使いながら、阿紫花は天井の動かないファンを見上げて咽喉をのけぞらせた。
「あたしの中、あんたで、いっぱいンなって」
ひぅ、と阿紫花は咽喉を鳴らす。壊れるような激しさで下から突き上げられ、がくがくと腰が震えた。たまらずジョージの腹の上に置いた手に力を込めるが、その両手首を纏めて腹の上に押さえ込まれる。
手首を戒められ、自由の利かない腰が浮く勢いで、下から突き上げられあ、阿紫花は息を止めた。
ぐちゅぐちゅと粟立つような勢いで腰を使いながら、ジョージは平然と言葉をかける。「気持ちいいか?」「こうされたいか?」という単純な問いかけだ。
だが阿紫花は答えられない。聞いてはいるが、脳が理解しない。熱に浮かされたように声を漏らしながら喘ぐだけだ。
「壊れ、壊れる」
快感と熱に侵され、行為に溺れながら阿紫花はうわ言を繰り返した。
「あたし、ダメ、もっと、もっと、あ、ああ、っ壊して、全部、……」
ほとんど透明な液体しか放てなくなった阿紫花の先端から、それでも滴が飛び散る。先だって放出した欲情の証が腹や胸から垂れ、後孔から漏れるジョージの精液と混ざり合っている。
ぬかるんでどちらの肉とも分からなくなるような感覚。
溺れる。そう思った。
このまま溺れて死んでしまいたい。
そう思った瞬間。
無理矢理に抱き込まれた。上に載っていた阿紫花の体を捕らえ直し、ジョージは腰を突き入れた。
内部でジョージの肉がランダムに、無茶苦茶に暴れている。その動きにすら快楽を求めて、阿紫花の腰ががくがくと揺れる。
激し過ぎるその動きに、腰が浮いてしまっている。抽送の度、後孔から滴りが小さく飛び散った。
空気を含んだいやらしい水音が耳に付く。忘我の淵で阿紫花は喚いた。すがり付いて必要の無い許しを請う。
カーテンの隙間から、朝の陽光がちらついている。長い時間ずっとイき過ぎてもう何もかも逃げ出したくなるほどだったが、それでも体の内部が足りぬと蠢いている。
三日しかない。三日だけ。後はきっと、こんなには溺れてはくれない。
これまでにないほど欲深い己を、そして行為への耽溺を懺悔するように、阿紫花はわめき頭を振った。
「ひっ、ひぃっ、やめ、堪忍、堪忍し--」
「許さない」
一体何時間行為を続けるつもりなのか、ジョージはそう言って、阿紫花の唇を噛み付くように貪った。
「絶対にやめない。許してもやらない。逃がさない。足りない」
「あああ、」と、阿紫花の体がまたびくびくと震え始める。射精できないのに快感だけが持続している。
悲鳴にしかならない声で、阿紫花は叫んだ。
「っ、ああ、っ足り……ねェ?まだ?まだ、欲しいのかよ!っ」
「ああ、足りない。もっと奥まで、もっと、」
本気で犯り殺されるかも知れない、と頭の隅で恐怖と快哉を同時に叫ぶ自分が居る。このままもう半日も抱かれ続けたら、また昏睡状態くらいにはなれるかも知れない。それともジョージの体液でタフになっているだろうから、まだまだ耐えられるかも知れない。どちらでもいい。
好きな男に死ぬほど抱きしめられるってのは、悪くない。そんな死に方は、悪くない。
しかし、
「ジョ、ジ、……ジョージ」
ただの人間である阿紫花の体力の限界はとうに超えていて。
ジョージの名前を呼びながら、阿紫花は気を失った。
海に沈むように暗くぼやける視界で、「アシハナ」と、ジョージが呼んだ気がした。
身に落ちるその重みがこれほど嬉しかった事は無い。
阿紫花は目を開け、自分がジョージの腕の下になっている事にうっすら笑った。
以前サハラ砂漠で昏睡状態に陥って、目が覚めるとジョージはいなかった。その時阿紫花は、シケたツラして英語しか喋らない軍医をシカトして、さっさと基地を出た。英語がよく分からなかったのもムカついたが、何よりジョージがいないのが気に障った。
それが今は、目覚めるとジョージがいる。眠っている。
無機質な銀色の瞳は閉じられている。色素の薄い顔色だ。
あれだけ一晩中抱き合ったのに、疲労した様子は無い。既に昼を過ぎたが、それでも短い睡眠しか阿紫花は取っていない。髭も伸びているし、涙やよだれの痕もヒドそうだ。今の自分はきっと最悪の顔だろう、と阿紫花はうんざりした。
裸で寝ていたのに、寒さは感じなかった。季節もあるが、男二人で寝ていればそれなりに暑苦しい。阿紫花はジョージの腕の下から起き出した。
寝ている間に、ある程度身を清めてくれていたようだ。腹や胸に散った乾いた精液の感触も無い。下腹部もだ。体内の残滓が後孔から太ももを伝う感覚も無い。
シャワーを浴びて来よう、と、阿紫花は立ち上がろうとした。ベッドの外に足を放る。
「!」
がたがたがた、と音がして、ジョージは目を開けた。
自分にしては随分深く眠ったらしい。睡眠時の異常はなかったようだ。眠っている間、人形や武器の気配や音は感知しなかった。
「アシハナ?」
阿紫花がいない。
「アシハナ……!」
「痛ェ……」
阿紫花は、ベッドの脇に項垂れて座り込んでいた。転んだか尻餅をつくかしたようだ。
「どうした!」
「腰が、立たねェ」
「え?」
「腰が、抜けやした」
阿紫花はジョージを睨み、
「あんだけ動かされりゃ、腰も抜けまさ」
阿紫花が睨んでいるのだが、ジョージは。
「……そうか。……くっ」
小さく喉の奥で笑ったように見えた。
(笑った)
阿紫花は一瞬呆気に取られるが、すぐに睨み、
「何笑ってんでさ!あんたのせいじゃねえかい!」
「いや、笑ってない。……良かった。これで逃げられないじゃないか」
後の二日(正味一日半)は、ただひたすら抱き合うのに費やされた。
食事などほとんど摂っていない。阿紫花が眠っている間にジョージが買ってきた(不味い)パンくらいだ。
狭い室内のほとんどで抱き合った。体がおかしくなっても構いはしない、と阿紫花は腹を括っていたが、そうはならなかった。普通半日も使えば局部など開いて赤く腫れ上がるものだが、それもない。おそらく体液のせいだろう。阿紫花はその効能を存分に活用した。
考えられるだけのやり方すべてで抱き合った。無理をされても良かった。されたかった。体中の水分すべてが干上がってしまうほど快楽を吐き出し、ぬかるんだ後孔に溢れるほど注ぎ込まれて。
過去にないほど、快楽を、そして相手を貪った。
「……君は思ったより、賢そうだね。阿紫花君」
世界一の大富豪は、そう言ってパイプの煙を吐いて阿紫花を見た。
鋭さは無いが、奥行きのある眼差しだ。阿紫花はフウを値踏みし、
「そうでやすかねえ?そりゃ、ありがてえね……」
フウの屋敷だ。ジョージに連れられてフウの元へ来たのはほんの数十分前だ。
阿紫花はやつれた顔だった。顔色も悪いが、目だけは輝いている。
やつれ切った顔立ちよりも白い、真っ白なスーツを着ていた。
ジョージはいない。契約について話すから、と人払いをされたのだ。
「ジョージに五日もくれてやってくれて、感謝しやすぜ。おかげでこちとら、イイ目見させて頂きやした。殺されっかってェくれェ、イイ思いしやしたぜ」
「それは良かった。五日もあれば、二日で君を見つけ出すだろうと思っていたからね。後の三日をどう使おうが、君らの自由だし、それにそれが、君の要望だったからねえ」
サハラ砂漠から帰還し、連合軍の基地で目覚めた阿紫花はフウからのメッセージを受けた。
事情は明かせないが、人形遣いである阿紫花をいつかまた必要とするかもしれないとの事。その時は出来るだけジョージを交渉人にするとの事。
暗にジョージと阿紫花の関係を示唆させる文面が気に入らなかった。その時、蟲目の存在を知らなかった阿紫花は、ジョージにこの事を報せるべきかとも考えたが、しなかった。自分を置いて行った男に何を言えばいいのか分からなかったし、--また迎えに来ればいいと思った。こちらから動く事は無い。
阿紫花はことさらフウと連絡を取ろうとはしなかったが、いつでも監視の目がある事だけは理解していた。無茶な真似をして反応を見ていたという事もあるが、それでもフウは人形遣いの腕を必要としていた。
ジョージに見つけ出される三日前。阿紫花は酒場で男に携帯電話を渡された。フウの監視である男はすぐに去ったが、電話の向こうのフウは馴れ馴れしく、
「契約しないかね。二百億だ。そして何なら、銀髪の玩具の兵隊も付けよう」
銀髪--『しろがね』はもう世界に数人しか残っていない、と認識していた阿紫花は電話の向こうを睨んだ。脅迫か、と思った。
だが話していると高圧的な空気はないし、それにフウの口ぶりが気に入った。悪くないジイサンのようだ。
「いいですぜ。やりやしょ。でも一個だけ、我侭してェな」
「なんだい?」
「ジョージさんなら二日もありゃあたしを見つけて運んでいくでしょうね。でも五日与えてたら、後の三日、どうすっかな、と思いやしてねえ。あたしこれでも狙った獲物は必ず撃ち落としてきた男なんですがね、……一匹、逃がしちまったのがいやしてね。もう一回会ったら絶対に落とそうって思ってンでさ。……」
「……三日。全部で五日。OK。それと二百億円だ」
「ドル」
「……二百億ドル。OK」
フウは電話の向こうで笑った。
「会うのが楽しみだよ、日本の人形使い」
「あんたのおかげで、楽しめやした。……ホント、死ぬほど……」
ニィ、と、阿紫花は微笑んでフウを見つめた。
戦う者としての人生を捨て、ただ老いた『しろがね』は、その笑みを畏怖するように見返した。
(死ぬほど抱き合った)
真っ赤に溺れていく。
(二度とはねェよ)
人生で二度は無い--交わりだった。
夕日が廊下の大窓から見える。阿紫花は煙草を咥え、それを睨んだ。
フン、と夕日から顔を逸らし、客間を目指した。ジョージが待たされている。契約が済んだ事を伝えなくては。
「あ、ジョージさん」
廊下の向こうから、ジョージが歩いてくる。メイド人形が話し合いが終わった事を告げたのだろう、阿紫花の顔を見るとジョージは歩を早めた。
「ジョージさん、おかげさんで--」
「来い」
話も聞かず、ぐい、と阿紫花の手首をジョージは引いた。
「ジョージ、ジョージィ……ッ」
折角下ろした白のスーツもぐしゃぐしゃだ。
ジョージの居室の書斎机の上に押し倒され、阿紫花は息を荒げていた。
もう行為には飽きたと思っていたのに、数日間丹念に開かれた体が愛撫に応えてしまう。
自分は今憔悴しきった顔で、色気もへったくれもないはずなのだ。それなのにジョージは動きを止めない。局部だけ取り出して、阿紫花の内部に抽送し続けている。
「言っただろう」
ジョージは言った。
「逃がさない。足りない」
真っ赤な夕日が差し込んでいて、そう言ったジョージの顔も赤く染まっていた。
「っ……」
溺れている--。そう思った。
苦しくて、視界が赤くて、綺麗で。
何もかも投げ出してただ溺れたかった。
鍵を掛けた扉の外から、「ジョージ、僕だ。ギイだ。日本人の客は来たのかい?人形の運搬の件で話があるんだ」と、育ちのよさそうな男の声がした。
それでもジョージは何も返さず、ただ阿紫花を押さえ込んでいる。どんどん、と強くノックされても、ジョージは何も言わない。やがてドアの向こうの誰かは「いないのか?気配はするんだがなあ」と呟いて去った。
「ジョージ、……」
「なんだ」
「……」
自分の顔に垂れてくるジョージの長い銀髪を掴み、阿紫花は言った。
「続き、しやしょうや」
溺れるだけ、溺れるだけだ。
「ジョージ、っ、……」
これまでの生き方など変えられない。それにそんな事、どうでもいい。
今はただ、溺れて、息の根が止まるほど貪っていたい。
「--っ」
ぐぷ、と、奥に吐き出されたものが音を立てた。
ああ、--あたしを溺れさすのはコイツだ。
阿紫花は自分の中に滴ったそれを意識の片隅に、自分もジョージの手の中に放った。
白い大きな手の隙間から、ぽたり、と。
夕日に照らされて色づいた白濁が滴った。
くらり、と。
天と地が逆転した。
青空が近づいたように見えて、阿紫花は思わず座り込んだ。
「はぁ……へ、へへ……」
煙草を取り出した。
ジョージが返してくれた煙草だ。
「眠ィ……」
左半身はもう孔だらけだ。経口の大きい散弾銃のような銃撃は避けられなかったし、--避けようとも思わなかった。
人形は倒したが、すでに阿紫花からは大量の血液が流れ出してしまったようだ。はあはあとわずかに息を荒げ、それを煙草の煙で抑えこんだ。
血が足りなくなると酸素の運搬が出来なくなる。出血多量となると、陸にいながら溺れるような感覚に落ちいって死んでいく。肺が機能していても同じ事なのだ。
--溺れていく。
阿紫花は青空を見上げた。
「……三回目は、あたしがしてやるよ……」
三回目の迎えを待つなどもうしない。
会いたいのはどうしてなのかなど、もう考えなかった。この気持ちに名前があってもなくても、どうでもよかった。
ただこの溺れるような気持ちを知らずに生き続けるよりはずっと、いい結末だった。
煙草を吸い込んだことで余計にくらりと視界が揺れた。まるで空が近づいてくるような、不思議な感覚だった。その感覚に身をゆだね、阿紫花は目を閉じた。溺れるような息苦しさはゆっくりと去っていく。
瞼の奥に赤く、--瞼の血管の赤が映った。
いつかの夕日の色に、よく似ていた。
涙が一筋だけ左頬を流れた。
後悔はなかった。
END
悲しいお話。
すべからく、って言うのは「すべてこうなるべき」という意味らしい。
誰かを愛してしまうってのは悲しい事でもある。
再会後のジョアシ。エリオットの詩を読んでてもやもやしたので書いてみた。
え、これなんて少女漫画?なただのエロ。
※エロ描写がクドイので注意。未成年者閲覧禁止。
ゲイとかホモはイヤ、BLは平気、という方は特にご注意。
え、これなんて少女漫画?なただのエロ。
※エロ描写がクドイので注意。未成年者閲覧禁止。
ゲイとかホモはイヤ、BLは平気、という方は特にご注意。
すべからく溺死
We have lingered in the chambers of the sea
By sea-girls wreathed with seaweed red and brown
Till human voices wake us, and we drown.
(赤茶けた海藻の冠を戴いた人魚たちに誘われるまま
私たちは海の底に留まり続ける
誰かの声で目覚めるまで 私たちは溺れていく)
『The Love Song of J. Alfred Prufrock』より引用--(意訳:デラ)
「あんたに来て貰って、良かったかも知れねえなあ」
阿紫花は呟いた。
「賭け事はかなり好きですけどね、金以外のモン賭けろって言われっと、あたし冷めちまう性分でね」
窓から薄汚い街を見下ろし、阿紫花はベッドに腰を下ろす。
「最初はまともなカジノで遊んでたんですがね、一応ましな身なりで……。勝ちやしたよ。あたし弱くねえもの」
ロンドンも場末になると、治安が悪く喧騒が絶えない。フウの屋敷に直行せずジョージが案内したのは、何故かそんな場末の安宿だった。
窓からは酔っ払いのケンカの怒声、隣室からは売春婦の喘ぎ声。今もギシギシというベッドのきしみが耳につく。
反りの浮いた木の壁に背を預け、ジョージは腕を組んで足元を見下ろしている。何を考えているのか、上等な黒のコートにささくれた木の端が引っかかろうとお構いなしだ。
阿紫花は窓を見下ろし続け、
「あたしと張り合おうてえヤツもいやしたけどね。言葉分からねえフリしてたら、チップ配りに、ボウヤ体は賭けねえのか、とか吐(ぬ)かされてよ。フランス語で返したら目丸くしてやんの。あと、金持ちだかなんだか知らねえけど、変なゲイのジジイにも絡まれるし。笑えンでしょ?こんなオッサンのケツ追っかけてよ。カジノ出たら尾けてきた男に銃突きつけられて、ケツ出せとか言われたりよ」
「……窓を閉めろ」
ジョージは阿紫花を見ずにそう言った。
「もう見飽きただろう。そこからじゃ何も見えないんだろう?」
「……金に明かせてあたしでヒマ潰そうとするヤツに飽きちまってね。場末の賭場に行ったんでさ。金のねえ連中相手なら、こっちを殺しても金欲しいってモンだろうと思ってさ。でもおんなじこってしたよ」
「窓を閉めろ」
ジョージが近づいてきて、窓を下ろした。
手を伸ばせば、抱きしめる事も出来る距離だ。それなのにジョージは阿紫花を見ない。
阿紫花はジョージの横顔を見上げ、離れた耳元に囁くように喋り続ける。縋るような声音にも聞こえただろうに、ジョージは動かない。
「二言目には、あたしと寝ないかって、そんな賭けの話ばっかりさ。……賭場で色気出したって仕方ねえや。風呂入らねえで、髭も髪の伸ばし放題で汚ねえシャツ着て、……それでもしつこいヤツはしつこかったけどな。最悪な話でさ。こんなオッサンでも、何人がかりだか忘れたが掘ってやろうって連中もいたっけな。薬飲まされてね。……ケツは痛ェし、服破られるし……まあ、殺されなかっただけマシってなもんですかねえ。金持ってかれたけど」
「反撃しなかったのか」
ジョージは窓を見つめたまま問う。阿紫花は目を細め、
「そのまま殺されちまっても仕方ねえとしか思ってなかったんでね。反撃か。そう言われっと、そうでやすかねえ。あんたらしいや。プライド高いあんただもの、男にヤられた事なんてねえんだろ」
「ないな。……」
「だと思った。じゃあ分からねえよ。……」
阿紫花は怒るでもなくそう言うと、ごろりとベッドに寝転がった。
「で?こんな安い宿に何の用があるんで?とうとうフウのジイさん破産したとか?だったらあたし元の賭場に戻りやすよ。……」
「三日、ある」
「へ?」
阿紫花が身を起こすと、ジョージはサングラスを外しベッドを見下ろしている。
「三日後、フウの屋敷に行く。……」
「……それまで、どうするってんでさ」
言葉にしなくても分かっている。
ぎしぎしと軋む隣室のベッド。
女の喘ぎ声。窓から差し込むネオン。
銀髪が、窓からわずかに差し込んだショッキングピンクのネオンサインに照らされている。
言葉に出来ずに項垂れるジョージを見上げたまま、阿紫花は、もう分かりきってそれを見上げる。
「私は、……」
言いかけて、手袋のはまった両手でジョージは顔を覆う。
羞恥ではない。泣いているのでもない。
迷いや慙愧、とまどいや、そして阿紫花の思いもよらない事象の様々に揺れている。
(らしくねえよ、ジョージ)
阿紫花は目を見開く。
抱かれに来た訳ではない。ただ形は違えど、こうなるとは思っていた。だが阿紫花は、ジョージにしたらこれはきっと純粋に退屈しのぎなのだろうと勝手に決め付けていた。ジョージが自分との事で、こんな風に動揺するはずがないと思っていた。
(あたしなんか好きじゃないって言ってたあんたが)
好きだと言われた事などない。抱かれはしたが、合意でもない。
だが触れる指は、誰よりも優しかった。これまで触れたどの指より。
(あんな触れ方しといて、今さらどう言い繕うってんだ。あたしに--あんな)
もう一人では眠れない。
(言えよ!言いやがれ!あたしを抱くんだって、あたしを、メチャクチャにしてやるんだって!もうあんた以外の誰と眠れるってんだ!)
その輪郭に憎しみすら滲む心臓で、阿紫花の心が叫ぶ。
(あんな、あたしの何もかも攫ってくような抱き方して!言えよ!あたしを抱きたいって!あたしを、--愛してるって言いやがれ!)
怒りと愛情が入り混じった叫びを、阿紫花は心の中で繰り返す。しかし、
「……おこがましいだろう」
ジョージは呟き、顔を覆い嘆くように背を丸めた。
「今更君を、……」
嘆くように、ジョージは黒い手袋で顔を覆った。
何を思い出しているのか。
阿紫花と出遭ってからの事か。それともそれ以前か。それは分からないが。
色を変え続けるネオンで輝く銀髪と、真っ黒い手袋を見上げていると、
すべて受け入れていいような気がした。
ただ名前を叫びたい。そんな気持ちを、阿紫花は思い知った。
「ジョージ」
「……」
「ジョージ、ジョージ」
阿紫花の連呼に、ジョージは阿紫花を見る。
叫び出したいような、縋りつくような。
そんな目で、阿紫花は両手を広げた。
受け入れる、という言葉の代わりに。
「……」
一瞬、ためらうように何か言いかけ。
しかしジョージは何も言わず阿紫花を抱きしめた。
ざらりと髭が頬を擦った。
「ン……シャワー、浴びて……髭剃って来やしょうか?……」
ベッドに押し倒される形で口腔を貪られていた阿紫花がそう問うた。
「髭あンのは……萎えるってモンでしょ……」
「このままでいい。三日しかない」
阿紫花のべたつく髪に指を通し、阿紫花を抱き込んだジョージは何度も口付ける。宝物にするような指で。
「は……」
そんな指先を裏切った貪るようなキスを交わしながら、互いに相手の服をむしろうと懸命にまさぐった。阿紫花のシャツのボタンが飛んだが、それを意識の片隅に置く余裕は無い。
どちらのものとも分からぬ唾液を啜りながら、相手の肌に触れようともがく。
「脱いで、脱いで--全部、脱いで」
急かすように阿紫花が言うと、ジョージは阿紫花の腰の辺りに跨るようにして身を起こしコートの襟を開き、ボタンを外す。袖や頭を抜いて、およそコートらしくない脱ぎ方をして、ジョージはコートを床に放った。
黒いランニングを脱ごうとしたジョージに、阿紫花は手を伸ばし、
「こっちのが先」
ベルトの金具を外した。前を開く。下着も黒い。
その奥にある銀色の毛に触れようとするが、それより先に、ランニングを脱いだジョージに動きを封じられるように抱きしめられた。
「待って、はは、ジョージさん……」
「待たない」
「ブーツ脱いだら?行儀悪ィよ。それとも下、履いたまましやすかい?あたしはいいけど。体位変えてブーツ当たったら痛ェだけだもの」
じゃれるように軽口を叩き、阿紫花はジョージの背を抱きしめた。
小さく唸るように呻き、ジョージは抱きしめられたままブーツの金具を外し、まだるこしそうにブーツを脱いだ。
阿紫花は笑う。
「がっつきなさんなって。逃げねえよ」
「逃がさないのに?」
「言うねえ。ジョージさん、しばらく見ねえうちにハラ据わったんじゃねえですかい?前よりあんた……」
人間らしくなった、と言いかけて阿紫花は止めた。
自分はどうなった?何か変われたものが一つでもあるか?
賭け事ついでにケツ掘られたり、マワされてただけのあたしが。
すべての答えをどこに見つけていいのか分からず、阿紫花は紛らわせるためにジョージの唇に吸い付いた。
苦いキスだ。
ジョージは思う。
これは慣れる味なのだろうか。タバコの味はこんな味なのだろうか。
阿紫花が抱いた女どもは、多分この味を知っているのだろう。どんな女どもかは知らないが、まあ昨今の女性はタバコを吸う自由を与えられているのだし、女の方もニコチンまみれなら気にならないか。
苦いキス。女どもがどれだけこの味を知っていたとしても構いはしない。
「ジョージ、……ハ……っ、ふ」
後孔を指で開かれ、ローションでぬるついた其処をひくつかせ、阿紫花は耐えるように顔を背けている。足を開いて曝け出した性器が、硬く張り詰めている。肉の強張りをほぐす様に、ゆるく内壁を擦りながら性器をしゃぶった。
「あ、ああ」
首を反らし、阿紫花はシーツを掴み色めいた低い吐息を洩らす。達するのを耐えているのだろう。後孔の筋肉がひくついている。
指一本しか入れていないのだが、阿紫花は左手で左の尻の肉を割り拡げた。
「も……入れ、ていい、から」
まだだろう、とジョージが言うと、
「イっちまう……」
と、囁いた。
ぞくぞく、と自分の背筋が震えるのを、ジョージは感じた。
後孔を開かれ、ローションに塗れた其処を晒し、快楽にこそ耐える姿など、阿紫花が女には見せない痴態だろう。まして行きずりの男や暴漢どもに、見せる姿ではない。自分と阿紫花は同じ「男」、と言い切るにはセクシャリティの差があり過ぎるが、それでも「人間」として一般的な知識と経験則で理解できる。
これは自分にだけ見せる顔かも知れない、という事。体と、思考のどこか奥深い部分を開放した相手にだけ見せる。そういう希少なモノかも知れない。
「……まだだ」
「ンッ……!」
阿紫花の膝を割り開き、ぴたりと体を合わせてまるで性交の真似事のように、指を出し入れする。指を増やしてもさほど抵抗しなくなった肉の感触を確かめる。
3本の指で掻き回すように拡げられている間、阿紫花は耐えてただしがみついていた。時折引き攣るような声で息を吐き、嫌々と首を振り。
「あ、あ、ジョージッ、そこばっか、嫌ッ……ダメ、ダメ、そこ押されっと、あたしッ」
がくがくと腰を揺らし、阿紫花は耐え切れないとでも言うように叫ぶ。
阿紫花の反応に意識を持っていかれていたジョージは気づき、息を呑み動きを止めた。
「あ……、ふあ」
阿紫花の体の強張りが弱まり、荒く短い呼吸を繰り返す。
達しそうな熱をやり過ごす事も出来ない。
「……焦らしてん、ですかい」
両手で顔を覆い、阿紫花は指の下から睨むようにジョージを見上げる。潤んだ目だ。いつものガンくれる睨みではない。いつでも色事の匂いを予感させる目ではあるが(阿紫花にその気はなくとも)、その目が今ははっきりと熱を帯びて濡れている。とまどいと羞恥すら滲ませて。
はあ、と。
吐く必要の無い二酸化炭素をジョージは吐く。
ため息や嘆息ではない。ただ「何となく」そうしてみたくなった。すると欲情が急に鮮明に意識出来たから不思議なものだ。一瞬だけ、獣になった気さえした。(なったとしても機械仕掛けの獣など滑稽なだけだろうが)
高ぶった自身を掴んで、下着から引きずり出した。
勃ったせいで窮屈だったのが楽になったせいだろう、引きずり出されたそれは充分な硬度を保ちつつある。すぐ入れられそうなほどだ。
阿紫花の顔を見ると、咽喉仏が上下に動いていた。息か唾液か飲み込んだのだろう。
「やっぱ、結構デケエ」
「……知らん。他人の性器など見ない」
「そりゃそうでしょうけど。……」
ごくり、と今度は音が聞こえる大きさで、阿紫花が咽喉を鳴らす。まるで猫だ。性的でならない。
「……舐めるか?」
「……」
ジョージが膝立ちでそう問うと、阿紫花は身を起こした。勃起した性器に顔を寄せる。
阿紫花はニヤケ顔で、
「ちょいと、だけ……すぐ入れてくだせェよ」
先端を口に含み、舌先で舐めた。
「……しょっぺェ」
味を確かめるように、阿紫花は先端を舌で弄り続ける。
「あんたの、……味……」
「……アシハナ、もういい。やめろ」
阿紫花の口から引き抜き、
「入れたい」
「……どうしやす?」
お前の顔を見たまましたい、とジョージが言うと。
「へへ……」
何故かひどく嬉しそうに、阿紫花はニヤケて笑った。
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By sea-girls wreathed with seaweed red and brown
Till human voices wake us, and we drown.
(赤茶けた海藻の冠を戴いた人魚たちに誘われるまま
私たちは海の底に留まり続ける
誰かの声で目覚めるまで 私たちは溺れていく)
『The Love Song of J. Alfred Prufrock』より引用--(意訳:デラ)
「あんたに来て貰って、良かったかも知れねえなあ」
阿紫花は呟いた。
「賭け事はかなり好きですけどね、金以外のモン賭けろって言われっと、あたし冷めちまう性分でね」
窓から薄汚い街を見下ろし、阿紫花はベッドに腰を下ろす。
「最初はまともなカジノで遊んでたんですがね、一応ましな身なりで……。勝ちやしたよ。あたし弱くねえもの」
ロンドンも場末になると、治安が悪く喧騒が絶えない。フウの屋敷に直行せずジョージが案内したのは、何故かそんな場末の安宿だった。
窓からは酔っ払いのケンカの怒声、隣室からは売春婦の喘ぎ声。今もギシギシというベッドのきしみが耳につく。
反りの浮いた木の壁に背を預け、ジョージは腕を組んで足元を見下ろしている。何を考えているのか、上等な黒のコートにささくれた木の端が引っかかろうとお構いなしだ。
阿紫花は窓を見下ろし続け、
「あたしと張り合おうてえヤツもいやしたけどね。言葉分からねえフリしてたら、チップ配りに、ボウヤ体は賭けねえのか、とか吐(ぬ)かされてよ。フランス語で返したら目丸くしてやんの。あと、金持ちだかなんだか知らねえけど、変なゲイのジジイにも絡まれるし。笑えンでしょ?こんなオッサンのケツ追っかけてよ。カジノ出たら尾けてきた男に銃突きつけられて、ケツ出せとか言われたりよ」
「……窓を閉めろ」
ジョージは阿紫花を見ずにそう言った。
「もう見飽きただろう。そこからじゃ何も見えないんだろう?」
「……金に明かせてあたしでヒマ潰そうとするヤツに飽きちまってね。場末の賭場に行ったんでさ。金のねえ連中相手なら、こっちを殺しても金欲しいってモンだろうと思ってさ。でもおんなじこってしたよ」
「窓を閉めろ」
ジョージが近づいてきて、窓を下ろした。
手を伸ばせば、抱きしめる事も出来る距離だ。それなのにジョージは阿紫花を見ない。
阿紫花はジョージの横顔を見上げ、離れた耳元に囁くように喋り続ける。縋るような声音にも聞こえただろうに、ジョージは動かない。
「二言目には、あたしと寝ないかって、そんな賭けの話ばっかりさ。……賭場で色気出したって仕方ねえや。風呂入らねえで、髭も髪の伸ばし放題で汚ねえシャツ着て、……それでもしつこいヤツはしつこかったけどな。最悪な話でさ。こんなオッサンでも、何人がかりだか忘れたが掘ってやろうって連中もいたっけな。薬飲まされてね。……ケツは痛ェし、服破られるし……まあ、殺されなかっただけマシってなもんですかねえ。金持ってかれたけど」
「反撃しなかったのか」
ジョージは窓を見つめたまま問う。阿紫花は目を細め、
「そのまま殺されちまっても仕方ねえとしか思ってなかったんでね。反撃か。そう言われっと、そうでやすかねえ。あんたらしいや。プライド高いあんただもの、男にヤられた事なんてねえんだろ」
「ないな。……」
「だと思った。じゃあ分からねえよ。……」
阿紫花は怒るでもなくそう言うと、ごろりとベッドに寝転がった。
「で?こんな安い宿に何の用があるんで?とうとうフウのジイさん破産したとか?だったらあたし元の賭場に戻りやすよ。……」
「三日、ある」
「へ?」
阿紫花が身を起こすと、ジョージはサングラスを外しベッドを見下ろしている。
「三日後、フウの屋敷に行く。……」
「……それまで、どうするってんでさ」
言葉にしなくても分かっている。
ぎしぎしと軋む隣室のベッド。
女の喘ぎ声。窓から差し込むネオン。
銀髪が、窓からわずかに差し込んだショッキングピンクのネオンサインに照らされている。
言葉に出来ずに項垂れるジョージを見上げたまま、阿紫花は、もう分かりきってそれを見上げる。
「私は、……」
言いかけて、手袋のはまった両手でジョージは顔を覆う。
羞恥ではない。泣いているのでもない。
迷いや慙愧、とまどいや、そして阿紫花の思いもよらない事象の様々に揺れている。
(らしくねえよ、ジョージ)
阿紫花は目を見開く。
抱かれに来た訳ではない。ただ形は違えど、こうなるとは思っていた。だが阿紫花は、ジョージにしたらこれはきっと純粋に退屈しのぎなのだろうと勝手に決め付けていた。ジョージが自分との事で、こんな風に動揺するはずがないと思っていた。
(あたしなんか好きじゃないって言ってたあんたが)
好きだと言われた事などない。抱かれはしたが、合意でもない。
だが触れる指は、誰よりも優しかった。これまで触れたどの指より。
(あんな触れ方しといて、今さらどう言い繕うってんだ。あたしに--あんな)
もう一人では眠れない。
(言えよ!言いやがれ!あたしを抱くんだって、あたしを、メチャクチャにしてやるんだって!もうあんた以外の誰と眠れるってんだ!)
その輪郭に憎しみすら滲む心臓で、阿紫花の心が叫ぶ。
(あんな、あたしの何もかも攫ってくような抱き方して!言えよ!あたしを抱きたいって!あたしを、--愛してるって言いやがれ!)
怒りと愛情が入り混じった叫びを、阿紫花は心の中で繰り返す。しかし、
「……おこがましいだろう」
ジョージは呟き、顔を覆い嘆くように背を丸めた。
「今更君を、……」
嘆くように、ジョージは黒い手袋で顔を覆った。
何を思い出しているのか。
阿紫花と出遭ってからの事か。それともそれ以前か。それは分からないが。
色を変え続けるネオンで輝く銀髪と、真っ黒い手袋を見上げていると、
すべて受け入れていいような気がした。
ただ名前を叫びたい。そんな気持ちを、阿紫花は思い知った。
「ジョージ」
「……」
「ジョージ、ジョージ」
阿紫花の連呼に、ジョージは阿紫花を見る。
叫び出したいような、縋りつくような。
そんな目で、阿紫花は両手を広げた。
受け入れる、という言葉の代わりに。
「……」
一瞬、ためらうように何か言いかけ。
しかしジョージは何も言わず阿紫花を抱きしめた。
ざらりと髭が頬を擦った。
「ン……シャワー、浴びて……髭剃って来やしょうか?……」
ベッドに押し倒される形で口腔を貪られていた阿紫花がそう問うた。
「髭あンのは……萎えるってモンでしょ……」
「このままでいい。三日しかない」
阿紫花のべたつく髪に指を通し、阿紫花を抱き込んだジョージは何度も口付ける。宝物にするような指で。
「は……」
そんな指先を裏切った貪るようなキスを交わしながら、互いに相手の服をむしろうと懸命にまさぐった。阿紫花のシャツのボタンが飛んだが、それを意識の片隅に置く余裕は無い。
どちらのものとも分からぬ唾液を啜りながら、相手の肌に触れようともがく。
「脱いで、脱いで--全部、脱いで」
急かすように阿紫花が言うと、ジョージは阿紫花の腰の辺りに跨るようにして身を起こしコートの襟を開き、ボタンを外す。袖や頭を抜いて、およそコートらしくない脱ぎ方をして、ジョージはコートを床に放った。
黒いランニングを脱ごうとしたジョージに、阿紫花は手を伸ばし、
「こっちのが先」
ベルトの金具を外した。前を開く。下着も黒い。
その奥にある銀色の毛に触れようとするが、それより先に、ランニングを脱いだジョージに動きを封じられるように抱きしめられた。
「待って、はは、ジョージさん……」
「待たない」
「ブーツ脱いだら?行儀悪ィよ。それとも下、履いたまましやすかい?あたしはいいけど。体位変えてブーツ当たったら痛ェだけだもの」
じゃれるように軽口を叩き、阿紫花はジョージの背を抱きしめた。
小さく唸るように呻き、ジョージは抱きしめられたままブーツの金具を外し、まだるこしそうにブーツを脱いだ。
阿紫花は笑う。
「がっつきなさんなって。逃げねえよ」
「逃がさないのに?」
「言うねえ。ジョージさん、しばらく見ねえうちにハラ据わったんじゃねえですかい?前よりあんた……」
人間らしくなった、と言いかけて阿紫花は止めた。
自分はどうなった?何か変われたものが一つでもあるか?
賭け事ついでにケツ掘られたり、マワされてただけのあたしが。
すべての答えをどこに見つけていいのか分からず、阿紫花は紛らわせるためにジョージの唇に吸い付いた。
苦いキスだ。
ジョージは思う。
これは慣れる味なのだろうか。タバコの味はこんな味なのだろうか。
阿紫花が抱いた女どもは、多分この味を知っているのだろう。どんな女どもかは知らないが、まあ昨今の女性はタバコを吸う自由を与えられているのだし、女の方もニコチンまみれなら気にならないか。
苦いキス。女どもがどれだけこの味を知っていたとしても構いはしない。
「ジョージ、……ハ……っ、ふ」
後孔を指で開かれ、ローションでぬるついた其処をひくつかせ、阿紫花は耐えるように顔を背けている。足を開いて曝け出した性器が、硬く張り詰めている。肉の強張りをほぐす様に、ゆるく内壁を擦りながら性器をしゃぶった。
「あ、ああ」
首を反らし、阿紫花はシーツを掴み色めいた低い吐息を洩らす。達するのを耐えているのだろう。後孔の筋肉がひくついている。
指一本しか入れていないのだが、阿紫花は左手で左の尻の肉を割り拡げた。
「も……入れ、ていい、から」
まだだろう、とジョージが言うと、
「イっちまう……」
と、囁いた。
ぞくぞく、と自分の背筋が震えるのを、ジョージは感じた。
後孔を開かれ、ローションに塗れた其処を晒し、快楽にこそ耐える姿など、阿紫花が女には見せない痴態だろう。まして行きずりの男や暴漢どもに、見せる姿ではない。自分と阿紫花は同じ「男」、と言い切るにはセクシャリティの差があり過ぎるが、それでも「人間」として一般的な知識と経験則で理解できる。
これは自分にだけ見せる顔かも知れない、という事。体と、思考のどこか奥深い部分を開放した相手にだけ見せる。そういう希少なモノかも知れない。
「……まだだ」
「ンッ……!」
阿紫花の膝を割り開き、ぴたりと体を合わせてまるで性交の真似事のように、指を出し入れする。指を増やしてもさほど抵抗しなくなった肉の感触を確かめる。
3本の指で掻き回すように拡げられている間、阿紫花は耐えてただしがみついていた。時折引き攣るような声で息を吐き、嫌々と首を振り。
「あ、あ、ジョージッ、そこばっか、嫌ッ……ダメ、ダメ、そこ押されっと、あたしッ」
がくがくと腰を揺らし、阿紫花は耐え切れないとでも言うように叫ぶ。
阿紫花の反応に意識を持っていかれていたジョージは気づき、息を呑み動きを止めた。
「あ……、ふあ」
阿紫花の体の強張りが弱まり、荒く短い呼吸を繰り返す。
達しそうな熱をやり過ごす事も出来ない。
「……焦らしてん、ですかい」
両手で顔を覆い、阿紫花は指の下から睨むようにジョージを見上げる。潤んだ目だ。いつものガンくれる睨みではない。いつでも色事の匂いを予感させる目ではあるが(阿紫花にその気はなくとも)、その目が今ははっきりと熱を帯びて濡れている。とまどいと羞恥すら滲ませて。
はあ、と。
吐く必要の無い二酸化炭素をジョージは吐く。
ため息や嘆息ではない。ただ「何となく」そうしてみたくなった。すると欲情が急に鮮明に意識出来たから不思議なものだ。一瞬だけ、獣になった気さえした。(なったとしても機械仕掛けの獣など滑稽なだけだろうが)
高ぶった自身を掴んで、下着から引きずり出した。
勃ったせいで窮屈だったのが楽になったせいだろう、引きずり出されたそれは充分な硬度を保ちつつある。すぐ入れられそうなほどだ。
阿紫花の顔を見ると、咽喉仏が上下に動いていた。息か唾液か飲み込んだのだろう。
「やっぱ、結構デケエ」
「……知らん。他人の性器など見ない」
「そりゃそうでしょうけど。……」
ごくり、と今度は音が聞こえる大きさで、阿紫花が咽喉を鳴らす。まるで猫だ。性的でならない。
「……舐めるか?」
「……」
ジョージが膝立ちでそう問うと、阿紫花は身を起こした。勃起した性器に顔を寄せる。
阿紫花はニヤケ顔で、
「ちょいと、だけ……すぐ入れてくだせェよ」
先端を口に含み、舌先で舐めた。
「……しょっぺェ」
味を確かめるように、阿紫花は先端を舌で弄り続ける。
「あんたの、……味……」
「……アシハナ、もういい。やめろ」
阿紫花の口から引き抜き、
「入れたい」
「……どうしやす?」
お前の顔を見たまましたい、とジョージが言うと。
「へへ……」
何故かひどく嬉しそうに、阿紫花はニヤケて笑った。
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必読:ブログの説明
※「か〇くりサー〇ス」女性向け非公式ファンサイトです。CPは「ジョ阿紫」中心。また、予定では期間限定です。期間は2010年内くらいを予定してます。
※管理人多忙につき、更新は遅いです。倉庫くらいに思ってください
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プロフィール
名前:デラ
性別:女性(未婚)
年齢:四捨五入して三十路
備考:体力と免疫力が無い
性別:女性(未婚)
年齢:四捨五入して三十路
備考:体力と免疫力が無い
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