[1]
[2]
変なタイトルで申し訳ない。
未成年者閲覧禁止。一人上手な話。
未成年者閲覧禁止。一人上手な話。
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温めておきました。
阿紫花が背中から抱きついてきても、最新型をさんざカスタマイズしたPCに向かったままジョージは振り返らなかった。
阿紫花は抱きついたまま、
「まァだなんかやってんで?お気に入りですもんねえ、この四角い箱」
買ったその日に、不必要なまでにスペックアップしたPCだ。本人いわく、「軍のコンピュータにも進入できる」らしいが、その必要もないらしい。なぜ無駄な改造をしたのか、阿紫花とギイが問うと「この屋敷のコンピュータに合わせた」との事だ。
屋敷のコンピュータと競合させる理由を問うと「技術に自信がある人間は、ラフマニノフやリストの練習曲を好むのさ」と、よく分からない事を言った。ギイが「だからメトロノームって言われるのさ」と小声で皮肉ったが、ジョージは気付いていない。
「また酒か。毎晩よく飽きないな」
「へへ……。女と酒がある地獄は極楽になるが、ねえなら極楽も地獄なのさ。……そんでアンタがいりゃ、完璧ってなモンで。神さんなんかいらねえくらい……」
ジョージの耳裏を舐めながら言ってみるが、当のジョージは動かない。
「寝る前に資料に目を通しておきたいんだ。ベッドを温めておいてくれ」
「ホリディ・イン(英国のホテルチェーン)みてえに?お仕着せのパジャマ着てビニールのキャップ被って?そんでアンタがベッドに来たら追い出されるんで?ホテルの従業員みてえに」
「従業員ほど働いてくれるならそうしてくれてもいいがな。ベッドメイキングもしてくれないんだろう?精々、ペットだな。私が子どもの頃は、老人は冬はネコを抱いて寝ていたな。おい、君はノミやダニはいないよな?」
「いればダニ取りで毎晩洗ってくれるんですかね。いねえよ、毛ジラミもいねえ。……馬鹿らし。あたしはネコじゃねえや」
ジョージを立ち上がらせる事を諦めて離れた阿紫花は、そのままジョージの寝室へ向かう。その背中に、振り向かないジョージが声をかける。
「シャワーは浴びてから入ってくれよ」
声を出さずに阿紫花は手を振った。
体を洗わずにベッドに入れるなら、大分楽だ。腹の中まで洗ってからでないと、ベッドはご一緒したくない。
「あ~あ、面倒臭ェ。……」
風呂上りに頭を拭きながら呟く。別にジョージにそれを強制されているわけではない。そうした方が気が楽なだけだ。弄って手が汚れると集中できないし、そういう趣味も無い。むしろ嫌っている。
入れずに済ませる事も出来るが、それだとお互いに物足りない。
「……仕方ねえな」
バスローブに手を通し、髪を乾かさずにバスルームを出た。
暖房をかけておいたが、効きが悪いようだ。石造りな上に、暖房器具がいささか古い。使わない暖炉と、セントラルヒーティングがあるだけだ。セントラルヒーティングでは事足りぬような急激な冷気は暖炉で補うしかない。
既に22時だ。メイド人形の一体に命じて火を起こさせてもいいが、そんな面倒をしてまでぬくもる気にもならなかった。吐く息が白いが、ベッドに入れば何とかなる程度の室温だ。
阿紫花はベッドに潜り込んだ。シーツが冷たい。テレビでもあれば寒さもごまかせるだろうが、ジョージの部屋にはテレビが無い。
煙草を吹かしても咽喉が冷えるだけだ。何か酒でもないものか、とサイドテーブルの引き出しを開けた。
整理整頓された中身だった。ペンや便箋、メモ帳がきちんとしまわれていた。聖書が入っていないのが不思議なほどだ。
「……ん?」
大きな戸の奥に何かある、と思って手を差し入れた。
コンドームとチューブのジェルだった。英語の説明書きがしてあるから全部は理解出来ないが、おそらくアナル用なのだろう。
なんだかんだ言って用意していたのか、と思うのと同時に、ゴムを使わない癖に持っている理由が気になった。阿紫花との際の念のためだろうが、女を相手に、という事も考えられなくはない。
「……」
少しばかり沸いて出た嫉妬に、阿紫花はイラつく。自分だって女を買うくらいする。同じ事をしてもされても、互いに干渉する問題ではないはずだ。
それなのに苛つく理由を言葉に出来ず、なんでえ、と悪態をついて呟いて、ゴムを放り投げた。ベッドにもう一度潜り込み、枕に顔を埋めた。
ジョージの匂いがする。香水の残り香じみたかすかな匂いで、不快ではない。
「……遅ェよ」
持ち主がいないベッドに独りで寝るのは、いささか虚しいものだ。いつまで待たされるのかは分からないが、阿紫花は確かに苛つき始めていた。
ジョージのベッドで、ジョージの匂いに包まれているのに、ジョージがいない。兆しを見せる熱を持て余しているのに。
ふと視線を移すと、枕元にチューブが落ちていた。ヒワイなショッキングピンクで『LOVE』なんとか、と書かれている。
一人で始めてしまおうか。
コレを手指で塗りこめて、ベッド中汁まみれにして、もう終わってんだ、と汚れたベッドで言ってやったら、どんなツラするだろう。悔しい顔をするだろうか。
中身は水性だったらしい。掌にたっぷり出して、練るように音を立てさせてみた。かなり粘る。
仰向けに寝て、その手で性器を擦った。気持ちいい。これだけでイッても構わないくらいには。
この感触が物足りないわけではない。前だけでも充分快感は得られるし、後ろに突っ込まれる苦しさがないだけ気も心も体も楽だ。
しかし腹の奥まで突かれて掻き回されて、苦しくて眩暈がしそうな中でイくのも、嫌いではない。むしろ好きだ。相手がジョージならばなおさら。
「……っ」
指先を潜り込ませ、前立腺をそっと押し上げた。ぴく、と性器が反応する。
--性器を擦りながら、何度も出し入れして指を増やして拡げた。荒い息で何度も。無愛想な堅物を思い出しながら。
事が始まるまでが遅い癖に、一度始まると終わらせられない不器用な仕儀を思い出す。一度終わってももう一度。何度も。何度も。
「……ふ、っ……」
疼く其処を拡げながら、何度も思い出す。その度に押し拡げた部分がヒクついて音を立てる。
物足りない。いつもなら、上昇と下降を繰り返すように苦しいほど内部を突かれて、どうにかなりそうな頭でイくのに、それがない。
「ふっ、んんっ……」
顔を動かして枕に鼻先を押し付けて、その匂いを吸い込んだ。馴染みのある、香水の残り香と有機的な体臭が混ざった匂いだ。
「あ、ああ」
匂いを吸い込んで、手をすばやく動かすと目の奥が瞬いた。くらくらする。気持ちいい。枕カバーを口に咥え、声を殺した。
指じゃ届かない。いつものようにもっと奥まで貫かれる様を思い出す。
物足りない。
イけない。
「……!」
欲しいのは、もっと太くて確かな--。
タスクバーの時計を見ると、23時十分前になっていた。
「あ、いかん。阿紫花を待たせすぎた」
口に出したが、それほど悪いと思っている訳ではない。
新しいPC端末を使っていると時間を忘れてしまいそうになる。何でもチューンナップしてカスタマイズするのが好きな性質だと最近知ったが、自分の手で性能を上げてやった端末はやはり優秀で使い勝手も良く、愛着が生まれるものだ。自分の手で組み立て、ソフトまで改造して、オーダーに忠実なシステムを作り出す快感は、きっと人形使いなら分かるはずだ。
(アシハナも、もう少し現代的な機械に触れればいいのに)
廊下に出て寝室に向かう。深夜なので薄暗い。別に真っ暗でも見えるが、小さな灯りが点いていた。
(自分の手で容量を増やして、システムを組む楽しみはいいものだ……。自分の好みに仕立て上げる過程が大事なんだ。エラーや不具合と戦いつつ、最高の形に仕上げる……。演奏と似ているじゃないか。私は根っからピアノが好きなんだな……あ)
ある事を思い出して、ジョージは固まりかけた。
思い出すのは、切れ長の目をしたアメリカ人の女のセリフだ。
『一度にたくさん使わないようにネ!ヤリ過ぎでバカになるとアレだから、塗るのは少しだけでいいからネ!気付かれないように使うとイイよ!コレで阿紫花をアタシの分まで可愛がってよ★』
(この間ヴィルマから貰った催淫剤入りのチューブがサイドテーブルの奥にしまいっぱなしだ……。ゴムも貰ったが、使わないし……。大体最初から調子を合わせるようなクスリが入ったモノなど、必要ないだろう。何に使うのだ?日頃から行為に不都合を感じていないというのに……)
日頃から相性はいいつもりだ。
きっと阿紫花は待っているか、寝てしまっているだろう。謝って一緒に寝よう。
微笑みながら、ジョージは寝室の扉を開けた。
「……あ、……いら、しゃい」
阿紫花は起きていた。
サイドに押し開いた足の間をしとどに濡らし、立ち上がったソレをさすりながら、後孔を3本の指で拡げた姿で。
息を呑んで凝視する視界に、あのチューブのジェルが飛び込んできた。サイドテーブルの上に、蓋を亡くして、大分使ってしまったらしくへこんだ腹を見せて。
立ち尽くして声を失っているジョージに、阿紫花は咽喉をそらして微笑み、
「ベッド、……暖めときやしたぜ。……っん」
語尾が吐息混じりになったのは、後孔に潜り込ませた指が止まらないせいだろう。
「ついで……に、こっちも……」
性器を擦っていた手を離し、左手で尻肉を拡げて見せた。
ジェルでぬらぬらと照る粘膜から筋が垂れて、シーツを濡らした。拡げられて柔らかくなった其処が、時折ヒクついて、呼吸しているかのように蠢いている。
「なあ……早く、」
表情も其処も、すっかり待ち焦がれているご様子だ。
(……どうして、こんな事に)
ジョージは大仰にため息をする。
自分がいない間に、チューブをイタズラしてこんな事になっているとは思わなかった。英語が詳しくない癖に、なぜチューブを使ってしまったのだ。しかも、微量しか使うべきではないモノを大量に使って。
チューブをくれた時の、ヴィルマの言葉を思い出す。
『もしいっぱい使っちゃった?え~、何、使う気満々じゃん。う、ウソだって。分かった、謝るよ……。もし使いすぎたら、』
ジョージのため息から、自分を呆れていると思ったのだろう、阿紫花が縋るような潤んだ目で見上げてくる。
「ジョー、ジ……、中、熱くて、なんか、いつもと違い、やが……っ、はあ、はあ、……」
『腰抜けても収まンないかもねー★』
「中、動いてるみてえ……も、アンタの、……太いの、突っ込んで……ッ!」
--自分の中の何かが切れる音を、ジョージは聞いた気がした。
そもそも自分はカスタマイズしたり、前戯に時間をかけるのが好きで、感じている顔を見たり、イク姿を見るのが特別好きなのだ。最初から用意された据え膳よりは、だんだん具合がよくなっていって耐え切れなくなって喘ぐのを相手にする方が絶対的に楽しいと思っていたのに。
「……そんなに、待ち遠しかったのか?」
サングラスを外し、サイドテーブルの上に置いた。
コートのボタンを外す。
「一人でイタズラするようなヤツには、手加減しないよ」
いつもなら、阿紫花は逃げようとして抵抗する事もあるのに、今日は、
「しねえで……いいから……ブッ壊れるくれえ、入れ、……」
肉を拡げて、阿紫花は言った。空気に晒された内部が、待ち焦がれるように蠢いている。
「……!」
脱ぎかけのコートを肩に引っ掛けたまま、ジョージは覆い被さった。
「……腰、痛い」
青い顔で阿紫花は言った。起き上がる事も出来ないらしい。
「だ、大丈夫か……?」
「これが大丈夫に見えるなら、その銀目くり抜いてパチンコ玉に混ぜてやっからな」
--抜かずに六時間以上ひたすら好き勝手にされていた阿紫花は、憔悴しきっていた。青いげっそりとやつれた顔だ。
「なんで……なんであんなしつこくやりまくってんだよ、アンタは!」
「……」
催淫剤の入ったジェルは、阿紫花の粘膜に触れるジョージのブツにも確かに作用していた様で。
(アレは不思議な感じだ……。アシハナの内部もスゴかったし……)
効能は大したものだが、二度と使う事は出来ないだろう。
「う、でかい声出したら吐きそう……」
阿紫花の負担が大きすぎるようだ。
まあ、どうせ二日もすればまたネコのようにじゃれてくるのだろうが。
「……水でも持ってこさせよう。何か食べたいものは?水分は水でいいのか?」
「酒飲みてえ」
「却下。水にしろ」
背後で阿紫花が、「ちぇー」と言っているのが聞こえる。
「ぼやくな。仕方ないから、今日はここにいるよ。……」
「え?あのパソコンでなんかしなくていいんで?」
「端末はまだあるんだ。ノート型のもあるし、どれを使ってもどこでだって出来るようにしてあるさ」
「ふ~ん。……」
「端末はいくらでもあるが、君は一人しか居ないからな。私もここにいるしかないだろう」
扉を閉める寸前で、ジョージが振り返らずに言った。
「……」
扉が閉まって、すぐ。
心底嬉しそうにニヤニヤしながら、阿紫花はベッドの上で何度も寝返りを打つ。
昨日の温もりの残るシーツに顔を埋めて、何度も微笑った。
END
阿紫花が背中から抱きついてきても、最新型をさんざカスタマイズしたPCに向かったままジョージは振り返らなかった。
阿紫花は抱きついたまま、
「まァだなんかやってんで?お気に入りですもんねえ、この四角い箱」
買ったその日に、不必要なまでにスペックアップしたPCだ。本人いわく、「軍のコンピュータにも進入できる」らしいが、その必要もないらしい。なぜ無駄な改造をしたのか、阿紫花とギイが問うと「この屋敷のコンピュータに合わせた」との事だ。
屋敷のコンピュータと競合させる理由を問うと「技術に自信がある人間は、ラフマニノフやリストの練習曲を好むのさ」と、よく分からない事を言った。ギイが「だからメトロノームって言われるのさ」と小声で皮肉ったが、ジョージは気付いていない。
「また酒か。毎晩よく飽きないな」
「へへ……。女と酒がある地獄は極楽になるが、ねえなら極楽も地獄なのさ。……そんでアンタがいりゃ、完璧ってなモンで。神さんなんかいらねえくらい……」
ジョージの耳裏を舐めながら言ってみるが、当のジョージは動かない。
「寝る前に資料に目を通しておきたいんだ。ベッドを温めておいてくれ」
「ホリディ・イン(英国のホテルチェーン)みてえに?お仕着せのパジャマ着てビニールのキャップ被って?そんでアンタがベッドに来たら追い出されるんで?ホテルの従業員みてえに」
「従業員ほど働いてくれるならそうしてくれてもいいがな。ベッドメイキングもしてくれないんだろう?精々、ペットだな。私が子どもの頃は、老人は冬はネコを抱いて寝ていたな。おい、君はノミやダニはいないよな?」
「いればダニ取りで毎晩洗ってくれるんですかね。いねえよ、毛ジラミもいねえ。……馬鹿らし。あたしはネコじゃねえや」
ジョージを立ち上がらせる事を諦めて離れた阿紫花は、そのままジョージの寝室へ向かう。その背中に、振り向かないジョージが声をかける。
「シャワーは浴びてから入ってくれよ」
声を出さずに阿紫花は手を振った。
体を洗わずにベッドに入れるなら、大分楽だ。腹の中まで洗ってからでないと、ベッドはご一緒したくない。
「あ~あ、面倒臭ェ。……」
風呂上りに頭を拭きながら呟く。別にジョージにそれを強制されているわけではない。そうした方が気が楽なだけだ。弄って手が汚れると集中できないし、そういう趣味も無い。むしろ嫌っている。
入れずに済ませる事も出来るが、それだとお互いに物足りない。
「……仕方ねえな」
バスローブに手を通し、髪を乾かさずにバスルームを出た。
暖房をかけておいたが、効きが悪いようだ。石造りな上に、暖房器具がいささか古い。使わない暖炉と、セントラルヒーティングがあるだけだ。セントラルヒーティングでは事足りぬような急激な冷気は暖炉で補うしかない。
既に22時だ。メイド人形の一体に命じて火を起こさせてもいいが、そんな面倒をしてまでぬくもる気にもならなかった。吐く息が白いが、ベッドに入れば何とかなる程度の室温だ。
阿紫花はベッドに潜り込んだ。シーツが冷たい。テレビでもあれば寒さもごまかせるだろうが、ジョージの部屋にはテレビが無い。
煙草を吹かしても咽喉が冷えるだけだ。何か酒でもないものか、とサイドテーブルの引き出しを開けた。
整理整頓された中身だった。ペンや便箋、メモ帳がきちんとしまわれていた。聖書が入っていないのが不思議なほどだ。
「……ん?」
大きな戸の奥に何かある、と思って手を差し入れた。
コンドームとチューブのジェルだった。英語の説明書きがしてあるから全部は理解出来ないが、おそらくアナル用なのだろう。
なんだかんだ言って用意していたのか、と思うのと同時に、ゴムを使わない癖に持っている理由が気になった。阿紫花との際の念のためだろうが、女を相手に、という事も考えられなくはない。
「……」
少しばかり沸いて出た嫉妬に、阿紫花はイラつく。自分だって女を買うくらいする。同じ事をしてもされても、互いに干渉する問題ではないはずだ。
それなのに苛つく理由を言葉に出来ず、なんでえ、と悪態をついて呟いて、ゴムを放り投げた。ベッドにもう一度潜り込み、枕に顔を埋めた。
ジョージの匂いがする。香水の残り香じみたかすかな匂いで、不快ではない。
「……遅ェよ」
持ち主がいないベッドに独りで寝るのは、いささか虚しいものだ。いつまで待たされるのかは分からないが、阿紫花は確かに苛つき始めていた。
ジョージのベッドで、ジョージの匂いに包まれているのに、ジョージがいない。兆しを見せる熱を持て余しているのに。
ふと視線を移すと、枕元にチューブが落ちていた。ヒワイなショッキングピンクで『LOVE』なんとか、と書かれている。
一人で始めてしまおうか。
コレを手指で塗りこめて、ベッド中汁まみれにして、もう終わってんだ、と汚れたベッドで言ってやったら、どんなツラするだろう。悔しい顔をするだろうか。
中身は水性だったらしい。掌にたっぷり出して、練るように音を立てさせてみた。かなり粘る。
仰向けに寝て、その手で性器を擦った。気持ちいい。これだけでイッても構わないくらいには。
この感触が物足りないわけではない。前だけでも充分快感は得られるし、後ろに突っ込まれる苦しさがないだけ気も心も体も楽だ。
しかし腹の奥まで突かれて掻き回されて、苦しくて眩暈がしそうな中でイくのも、嫌いではない。むしろ好きだ。相手がジョージならばなおさら。
「……っ」
指先を潜り込ませ、前立腺をそっと押し上げた。ぴく、と性器が反応する。
--性器を擦りながら、何度も出し入れして指を増やして拡げた。荒い息で何度も。無愛想な堅物を思い出しながら。
事が始まるまでが遅い癖に、一度始まると終わらせられない不器用な仕儀を思い出す。一度終わってももう一度。何度も。何度も。
「……ふ、っ……」
疼く其処を拡げながら、何度も思い出す。その度に押し拡げた部分がヒクついて音を立てる。
物足りない。いつもなら、上昇と下降を繰り返すように苦しいほど内部を突かれて、どうにかなりそうな頭でイくのに、それがない。
「ふっ、んんっ……」
顔を動かして枕に鼻先を押し付けて、その匂いを吸い込んだ。馴染みのある、香水の残り香と有機的な体臭が混ざった匂いだ。
「あ、ああ」
匂いを吸い込んで、手をすばやく動かすと目の奥が瞬いた。くらくらする。気持ちいい。枕カバーを口に咥え、声を殺した。
指じゃ届かない。いつものようにもっと奥まで貫かれる様を思い出す。
物足りない。
イけない。
「……!」
欲しいのは、もっと太くて確かな--。
タスクバーの時計を見ると、23時十分前になっていた。
「あ、いかん。阿紫花を待たせすぎた」
口に出したが、それほど悪いと思っている訳ではない。
新しいPC端末を使っていると時間を忘れてしまいそうになる。何でもチューンナップしてカスタマイズするのが好きな性質だと最近知ったが、自分の手で性能を上げてやった端末はやはり優秀で使い勝手も良く、愛着が生まれるものだ。自分の手で組み立て、ソフトまで改造して、オーダーに忠実なシステムを作り出す快感は、きっと人形使いなら分かるはずだ。
(アシハナも、もう少し現代的な機械に触れればいいのに)
廊下に出て寝室に向かう。深夜なので薄暗い。別に真っ暗でも見えるが、小さな灯りが点いていた。
(自分の手で容量を増やして、システムを組む楽しみはいいものだ……。自分の好みに仕立て上げる過程が大事なんだ。エラーや不具合と戦いつつ、最高の形に仕上げる……。演奏と似ているじゃないか。私は根っからピアノが好きなんだな……あ)
ある事を思い出して、ジョージは固まりかけた。
思い出すのは、切れ長の目をしたアメリカ人の女のセリフだ。
『一度にたくさん使わないようにネ!ヤリ過ぎでバカになるとアレだから、塗るのは少しだけでいいからネ!気付かれないように使うとイイよ!コレで阿紫花をアタシの分まで可愛がってよ★』
(この間ヴィルマから貰った催淫剤入りのチューブがサイドテーブルの奥にしまいっぱなしだ……。ゴムも貰ったが、使わないし……。大体最初から調子を合わせるようなクスリが入ったモノなど、必要ないだろう。何に使うのだ?日頃から行為に不都合を感じていないというのに……)
日頃から相性はいいつもりだ。
きっと阿紫花は待っているか、寝てしまっているだろう。謝って一緒に寝よう。
微笑みながら、ジョージは寝室の扉を開けた。
「……あ、……いら、しゃい」
阿紫花は起きていた。
サイドに押し開いた足の間をしとどに濡らし、立ち上がったソレをさすりながら、後孔を3本の指で拡げた姿で。
息を呑んで凝視する視界に、あのチューブのジェルが飛び込んできた。サイドテーブルの上に、蓋を亡くして、大分使ってしまったらしくへこんだ腹を見せて。
立ち尽くして声を失っているジョージに、阿紫花は咽喉をそらして微笑み、
「ベッド、……暖めときやしたぜ。……っん」
語尾が吐息混じりになったのは、後孔に潜り込ませた指が止まらないせいだろう。
「ついで……に、こっちも……」
性器を擦っていた手を離し、左手で尻肉を拡げて見せた。
ジェルでぬらぬらと照る粘膜から筋が垂れて、シーツを濡らした。拡げられて柔らかくなった其処が、時折ヒクついて、呼吸しているかのように蠢いている。
「なあ……早く、」
表情も其処も、すっかり待ち焦がれているご様子だ。
(……どうして、こんな事に)
ジョージは大仰にため息をする。
自分がいない間に、チューブをイタズラしてこんな事になっているとは思わなかった。英語が詳しくない癖に、なぜチューブを使ってしまったのだ。しかも、微量しか使うべきではないモノを大量に使って。
チューブをくれた時の、ヴィルマの言葉を思い出す。
『もしいっぱい使っちゃった?え~、何、使う気満々じゃん。う、ウソだって。分かった、謝るよ……。もし使いすぎたら、』
ジョージのため息から、自分を呆れていると思ったのだろう、阿紫花が縋るような潤んだ目で見上げてくる。
「ジョー、ジ……、中、熱くて、なんか、いつもと違い、やが……っ、はあ、はあ、……」
『腰抜けても収まンないかもねー★』
「中、動いてるみてえ……も、アンタの、……太いの、突っ込んで……ッ!」
--自分の中の何かが切れる音を、ジョージは聞いた気がした。
そもそも自分はカスタマイズしたり、前戯に時間をかけるのが好きで、感じている顔を見たり、イク姿を見るのが特別好きなのだ。最初から用意された据え膳よりは、だんだん具合がよくなっていって耐え切れなくなって喘ぐのを相手にする方が絶対的に楽しいと思っていたのに。
「……そんなに、待ち遠しかったのか?」
サングラスを外し、サイドテーブルの上に置いた。
コートのボタンを外す。
「一人でイタズラするようなヤツには、手加減しないよ」
いつもなら、阿紫花は逃げようとして抵抗する事もあるのに、今日は、
「しねえで……いいから……ブッ壊れるくれえ、入れ、……」
肉を拡げて、阿紫花は言った。空気に晒された内部が、待ち焦がれるように蠢いている。
「……!」
脱ぎかけのコートを肩に引っ掛けたまま、ジョージは覆い被さった。
「……腰、痛い」
青い顔で阿紫花は言った。起き上がる事も出来ないらしい。
「だ、大丈夫か……?」
「これが大丈夫に見えるなら、その銀目くり抜いてパチンコ玉に混ぜてやっからな」
--抜かずに六時間以上ひたすら好き勝手にされていた阿紫花は、憔悴しきっていた。青いげっそりとやつれた顔だ。
「なんで……なんであんなしつこくやりまくってんだよ、アンタは!」
「……」
催淫剤の入ったジェルは、阿紫花の粘膜に触れるジョージのブツにも確かに作用していた様で。
(アレは不思議な感じだ……。アシハナの内部もスゴかったし……)
効能は大したものだが、二度と使う事は出来ないだろう。
「う、でかい声出したら吐きそう……」
阿紫花の負担が大きすぎるようだ。
まあ、どうせ二日もすればまたネコのようにじゃれてくるのだろうが。
「……水でも持ってこさせよう。何か食べたいものは?水分は水でいいのか?」
「酒飲みてえ」
「却下。水にしろ」
背後で阿紫花が、「ちぇー」と言っているのが聞こえる。
「ぼやくな。仕方ないから、今日はここにいるよ。……」
「え?あのパソコンでなんかしなくていいんで?」
「端末はまだあるんだ。ノート型のもあるし、どれを使ってもどこでだって出来るようにしてあるさ」
「ふ~ん。……」
「端末はいくらでもあるが、君は一人しか居ないからな。私もここにいるしかないだろう」
扉を閉める寸前で、ジョージが振り返らずに言った。
「……」
扉が閉まって、すぐ。
心底嬉しそうにニヤニヤしながら、阿紫花はベッドの上で何度も寝返りを打つ。
昨日の温もりの残るシーツに顔を埋めて、何度も微笑った。
END
過去捏造で暗い話です。ほとんど全部が阿紫花の独り言。
漫画のネーム切れない切なさを小説にぶつけてみた。
※一部に不適切な表現があるので、18歳未満は閲覧禁止です。
漫画のネーム切れない切なさを小説にぶつけてみた。
※一部に不適切な表現があるので、18歳未満は閲覧禁止です。
冷たい夜
シャワーを浴びて戻ると、ジョージが眠っていたので阿紫花は嘆息した。
嘆息はしたが、事に及ぶ気がなくなったジョージに腹が立って太い息をもらしたのではない。細く小さく、諦念しただけだ。
フウの屋敷の客間のいいところは、風呂場やトイレが備わっているところだ。ベッドも大きい。悪い所は、部屋が広すぎる事。ベッドまでの十数歩が長い。
クイーンサイズのベッドの片側に、体の長い男が寝転がっている。上着とブーツが床に落ちているだけ、以前よりマシか。口に出した事は無いが、靴を履いたままベッドに上がるのだけはガマンがならない。
触れればすぐに起きるだろう。右半身を下に眠る、その背中に触れる気にもならず、阿紫花はベッドに腰を下ろした。バスローブが湿気を吸って、マットレスの冷たい柔らかさを尻に返してくる。しばらくそうしていたら風邪を引きそうだ。
(あたしも寝ちまおう。……)
寝ている人間にイタズラする気分ではなかった。それに、背中を見ているのも嫌いではない。寝ている男の背中など、あまり見ない。
煙草を吸おう、とサイドテーブルに手を伸ばす。予備の煙草が引き出しに詰まっている。テーブルの上の灰皿とライター、そして開けたばかりの煙草の箱を手に取った。
起こさないように火をつけて、阿紫花はジョージの背中を見下ろした。
肩幅が広く、手足が長い。いささか長すぎるだろう、と時々思う。
(あ。足の裏……)
初めて見た、と阿紫花は気づく。ジョージの、靴下を脱いだ素足の足裏が、曲げた膝の下敷きになっている。
白い足だ。人体の部品には、その人間の生活や職業、性格が現れるというが、そういった断片がまったくない足裏だった。皮膚が柔らかそうだ、と思うほど白い。
(……なんか、伺い知れねえやな)
外見からは中身が想像できない。しろがねだからかも知れない。ギイもエレオノールも、人形使いの癖に指にタコを作ったりしないし、どこもかしこも整い過ぎている。他のしろがねたちは詳しく知らないが、彼らはおそらく、その長すぎる年月を肉体に刻む事なく逝ったのだろう。人間が得るべき肉体の記憶もなく。
哀れなもんだ。--ジョージの足の裏を見て、阿紫花は初めて、彼ら--しろがねたちを哀れんだ。彼らが生命を失った時も、感慨は得たが哀れではなかった。「やるだけやって、おっ死んだ」。見事なもんだ、とすら、思ったのだ。恨みつらみでもいい、復讐に生きてその人生を燃やし尽くした。虚しく満ち足りた人生--悪くない。
どうせ堕ちるなら緩やかに堕ちたのではつまらない。急転下に真ッ逆さま。そして脳髄撒き散らして反吐吐き散らし終わるのも悪くない。どうせ死など一瞬だ。
しかしその時には、ゴミのような「阿紫花英良だった肉の塊」がその場に転がり、やはりその肉には生きた痕跡がまざまざ残る。両手の指は勿論、足の指さえタコだらけだし、ハラワタ切った傷跡や銃創の痕跡もそのままだ。下腹部に煙草の火を押し付けられた火傷跡や、使い込んでいるとすぐに分かる尻の穴が、肉体の部品として転がるのだ。
テメエの死んだ後の事などどうでもいいし、検死でケツ穴が開いているだの、ホモ野郎だオカマ野郎だと赤の他人の罵られても何とも思わない。そこに死体となって転がる自分に残ったそのいずれも、己が生きたそれまでが残るだけだ。恥などない。開き直りでもない。ただそれは自分で、他人でも人形でもない。
それが少し、今ではマシな事に思える。
生きた人形にされたあのサハラのしろがねたちは、やはり哀れだ。若いままで生かされ続けて、絶望しても死ぬ事も出来ず、人形を壊し続けるだけ。傷跡も変質も、生きた証もなく。
--タ、と、バスローブの太ももに煙草の灰が落ちた。
我に返り、寒気に気づいた。11時を過ぎて、セントラルヒーティングの設定温度が下げられたのだ。
ベッド脇の暖房を点ければ温まるが、ジョージのすぐ傍だ。スイッチを入れてすぐは、作動音がかなりうるさい。起きるかも知れない。どの道布団の上に眠っているから、一度起こさなければ布団にもぐり込む事も出来ない。だが起こす気にならない。
何をグダグダ考えていやがるんだあたしは--、と、煙草を灰皿に押し付けた。
あんな死んだ連中の事などどうでもいい。盆でもあるまいし、帰ってくるわけないのだ。だが--。
(あの褐色の肌のねえちゃんとは、ヤッてみたかった)
マジメそうだが話の分かる感じだった。したたかそうで、しかし男をさほど知らなさそうで。
あの女の体の中には、年月があったのだろうか。
死ぬまでに一度でも、ベッドで男の名前を呼んだ事があったのだろうか。
一度だって好きな男に抱かれた事があったのだろうか。
それが嬉しいと思って死ねたのだろうか。
「……下らねえ」
この世にはもっとみじめな人生が履いて捨てるほどある。クソ溜めで蠢く蛆虫のようにしか生きられない人間など、それこそ数え切れないほどだ。生まれを見下げ果てられ、生き様を蔑まれ、死ぬまで踏みつけにされるような連中に比べれば、なんだってマシだろう。
いや、「マシ」とか「マシじゃない」とか、そういう考え方が出来るのは余裕がある人間だ。当人はそれこそそれが当然でドブ水を啜っている。泥の中を沈んでいく。緩やかに退廃して、堕ちきる事は無い。生きている限り堕ち続けて、それに飽きたら死ぬだけで。
(感傷ってヤツですかい)
その場に居ない人間の事を思うのは感傷だろう。年寄りじみていて阿紫花の苦手な感覚。思い出して価値のある過去も無い。しかし時折思い出す。ベッドの中で--ジョージといると、時折。
(思い出しても、どうしようもねえ)
憎しみも怒りも最初からなかった。誰に対しても。
(もう居ねえ)
あの男ももう居ない。
人形を作った男。しかし人形など微塵も愛さなかった。
幾度も戯れに床に這いつくばせられ、生身を与えずに玩具で弄ばれた。人形に性交の真似事をさせて、それに翻弄される様を暗い目で憎しみすら込めて見つめていた。
侮蔑しきって、人形を見るような目で、冷え切った焼け付くような目で。
(あたしなど見ちゃいなかった)
白い肌も細い腰も、滑らかな肌も。人形に犯される阿紫花の断片に見ていたのは、記憶の中のあの女の断片だったのだろう。もしくは妄想だ。女神のようにあの女を愛しながら殴ったあの男の身勝手な。
(冷たい目で)
だがそれが、あの男にとっては愛だった。優先順位の低い愛ではあったが、確かに愛だった。
阿紫花にとっても。
支配され、思考を奪われ、何もかも明け渡すよう強制されて、それは、
(少なくとも、満ち足りてた)
貞義が死ぬまでは。貞義の愛人の子が現れるまでは。貞義の嘘偽りが分かるまでは。
覚めて欲しくない悪夢が覚めたような暴露でそれが消えてしまって。
クソ食らえ、と吐き捨てる気にもならない現実に取り残された。
(くっだらねえ)
下らない、人生だ。
ちょうどジョージが寝返りを打ってすぐ、阿紫花は銃の激鉄を起こした。安全装置を外す。枕の下に忍ばせていた銃だ。
撃つつもりはなかった。ジョージの額を撃っても弾のムダだし、今更自殺する理由も無い。ただ構えて、ジョージの額の真ん中に照準を合わせた。
綺麗な白いオデコだ。いささか後退気味ではあるが、作り物じみて綺麗な肌だ。以前、至近距離から9mmで撃ち抜いたのに、傷跡もない。
残らないのだ。傷跡も、生きた年月も、人生も。
家電製品の親戚だろうと叫んで皮膚の下にある電気コードを引きずり出してやっても(あればの話だ)、すぐに回復していく。傷跡も残さず。
こうして同じベッドにいても、何も残せない。今があるだけで、その「今」も、ブチ壊したい欲望に駆られる。二度と再起動できないほど頭蓋をぶちのめして、アクチュエータ(各部を動かすシステム・部品)を分解して、身動き取れなくなった体を抱きしめたら、やっと安心するだろうか。
銃などでは物足りない。残したいだけだ。ジョージの体に、自分の一部を。
「……玩具で遊ぶな」
物憂げな声がして、銃を持った手首を強く掴まれた。
阿紫花が問う。
「起きてたんですかい」
「リボルバーはやめたらどうだ。音が大きい」
「オートマはいざって時不便でね。複雑で性能が高けりゃいいってのは、人形だけでさ。……」
阿紫花から手を離し、ジョージが上体を起こした。
「冷えているな。いつからそうしていた。起こせば--良かったのに。銃で狙うほど腹が立ったのか」
謝りもしない。謝罪など期待していない阿紫花は、激鉄を戻した銃をサイドテーブルの上に置き、
「よっく寝てらっしゃるんでね。オデコに穴空けてやったらもっと眠れンじゃねえか--いえ、嘘でさ、冗談。……いえね、珍しいじゃねえですか。待ってる間にうたた寝するなんて」
険のある目でジョージは睨み、
「だから、起こせば良かっただろうが。お前は馬鹿なのか?そんなに冷え切って」
寝てしまった自分を恥じているのか、素直に謝れないのか。阿紫花はもう分かりきってジョージを見る。
「なんでアンタの方が怒ってんでえ、アホらし。--寝やすよ。もうね。ここで寝てってもいいですが、アンタ自分の部屋に帰るなり何なりしなせえよ」
「……ここで寝る」
「ここで寝ンなら、服脱いで寝て下せえよ。どうせ寝巻きねえんでしょ。ズボンも脱ぎなせえよ」
「ああ」
命じるような阿紫花の声に、ジョージは頷いてタンクトップ一枚になる。
「全部脱いぢまいなせえよ、面倒臭ェ。脱いだらそっち置きなせえよ。あたしの服とごっちゃにされっと、メイド人形どもになんやかや言われンだから」
「ああ」
「そんで脱いだら、大人しく寝ンですね。あたしゃ嫌がらせに冷たい足絡ませたりしやすけど、ガマンすんですね」
「ああ」
「冷たい手でやらしいトコ触っても、ガマンしなせえよ」
「ああ」
「……なあ、冗談で言ってるって、分かってやす?」
「あはは」
「いや、笑う類の冗談じゃねえんですけど……」
明らかに作り笑いの顔のジョージに、阿紫花は眉をひそめる。分かりきっていると思った次の瞬間には首をひねらされている。いつもだが、よく分からない性格だ。(お互い様かも知れないが)
ジョージは作り笑いをやめ、
「君に従う。これでいいんだろう?君のルールを守りさえすれば」
「……ええ、まあ」
「わかった」
「……おやすみなせえ」
(規則とかルールとか大好きなトコもあたしと合わねえ……)
阿紫花は心の中で呟いた。バスローブを脱いで布団を被る。隣のデコ助は、確実に過去に出会わなかったタイプの男だ。
ヤバさでは過去最高だ。銃を玩具くらいにしか思っていない男など、そうはいなかった。それは悪くない。だが。
(……好いた惚れたじゃねえからよ。寝ンだけの関係でさ)
強がってみるがそれも虚しいだけだ。
(面倒臭ェ)
それは愛でも恋でもない。ただの、--。
ただの、「何」だ?
「--なっ、ちょ」
布団を被ってすぐに、背中から抱きしめられて目を剥いた。身動きが取れない。息苦しいほど強く胸を前で締められ、息を飲み込んだ。
「ぐっ……寝なせえよ」
「ああ。寝るとも。終わったら。ガマンするのは冷たい手足だけなんだろう?他の事はガマンしないでいい?」
「ガマンって、した事あんのかよ……ぐえっ。締め過ぎ、締め過ぎ!内臓口から出ンでしょうが!」
「それは困る」
ぱっ、とジョージは手を離す。阿紫花は青い顔で寝返りを打って、
「ちっとは考えやがれ!アンタら自動人形並みに馬鹿力なんでしょーが!あたしなんかすぐ締め殺されちまうだろーが!骨軋むっつの!」
「弱いからな、人間は」
「こっちが普通なんだっつの」
「あまりに冷たいから、暖めてやろうと思って」
平然とジョージは言う。
「風邪を引いたら困るだろう?」
「……」
「まず引かないだろうがな。イレズミも消えたし」
「……あんたのお陰でこちとら虫歯もねえよ」
「良かったじゃないか。銃の傷跡も消えてきたし」
「……あってもよかったんですよ」
「虫歯が?」
「それはどうだろう」という顔でジョージが問う。
分かってない。多分、これからも理解する事は無いだろう。
「……またスミ入れる時ゃ、アンタと別れてからって事ですかね」
「ああ……そうなるな」
「ふーん……」
覆い被さってくる体を拒むこともなく、阿紫花は天井を見上げる。
気のない顔の阿紫花に、ジョージが呟く。
「しばらく無理だな。諦めろ」
「どんくらい?次にスミ入れるの、どんくらいガマンしてりゃいいんですかね」
「死ぬまでしてろ」
「ン……」
「ついでに煙草と酒と……女もやめろ。あの女とは縁を--」
「ストップ。終わってからしやせんか、その話題」
「……ああ」
「……、」
ジョージの首に腕を回し、阿紫花は何か呟いた。
「何か言ったか」
「いえ……」
「お綺麗なこって」。--その呟きに、悪意はなかった。
ただそんな生き方が出来るなら、何もかもが悪くも--。
告げるつもりの無い言葉を口の中で転がし、ジョージの唇に吸い付いた。
暖かい感触だった。自分の体が冷え切っていた事を、阿紫花はやっと思い知った。
END
グダグダ書きですね。面目ない。
シャワーを浴びて戻ると、ジョージが眠っていたので阿紫花は嘆息した。
嘆息はしたが、事に及ぶ気がなくなったジョージに腹が立って太い息をもらしたのではない。細く小さく、諦念しただけだ。
フウの屋敷の客間のいいところは、風呂場やトイレが備わっているところだ。ベッドも大きい。悪い所は、部屋が広すぎる事。ベッドまでの十数歩が長い。
クイーンサイズのベッドの片側に、体の長い男が寝転がっている。上着とブーツが床に落ちているだけ、以前よりマシか。口に出した事は無いが、靴を履いたままベッドに上がるのだけはガマンがならない。
触れればすぐに起きるだろう。右半身を下に眠る、その背中に触れる気にもならず、阿紫花はベッドに腰を下ろした。バスローブが湿気を吸って、マットレスの冷たい柔らかさを尻に返してくる。しばらくそうしていたら風邪を引きそうだ。
(あたしも寝ちまおう。……)
寝ている人間にイタズラする気分ではなかった。それに、背中を見ているのも嫌いではない。寝ている男の背中など、あまり見ない。
煙草を吸おう、とサイドテーブルに手を伸ばす。予備の煙草が引き出しに詰まっている。テーブルの上の灰皿とライター、そして開けたばかりの煙草の箱を手に取った。
起こさないように火をつけて、阿紫花はジョージの背中を見下ろした。
肩幅が広く、手足が長い。いささか長すぎるだろう、と時々思う。
(あ。足の裏……)
初めて見た、と阿紫花は気づく。ジョージの、靴下を脱いだ素足の足裏が、曲げた膝の下敷きになっている。
白い足だ。人体の部品には、その人間の生活や職業、性格が現れるというが、そういった断片がまったくない足裏だった。皮膚が柔らかそうだ、と思うほど白い。
(……なんか、伺い知れねえやな)
外見からは中身が想像できない。しろがねだからかも知れない。ギイもエレオノールも、人形使いの癖に指にタコを作ったりしないし、どこもかしこも整い過ぎている。他のしろがねたちは詳しく知らないが、彼らはおそらく、その長すぎる年月を肉体に刻む事なく逝ったのだろう。人間が得るべき肉体の記憶もなく。
哀れなもんだ。--ジョージの足の裏を見て、阿紫花は初めて、彼ら--しろがねたちを哀れんだ。彼らが生命を失った時も、感慨は得たが哀れではなかった。「やるだけやって、おっ死んだ」。見事なもんだ、とすら、思ったのだ。恨みつらみでもいい、復讐に生きてその人生を燃やし尽くした。虚しく満ち足りた人生--悪くない。
どうせ堕ちるなら緩やかに堕ちたのではつまらない。急転下に真ッ逆さま。そして脳髄撒き散らして反吐吐き散らし終わるのも悪くない。どうせ死など一瞬だ。
しかしその時には、ゴミのような「阿紫花英良だった肉の塊」がその場に転がり、やはりその肉には生きた痕跡がまざまざ残る。両手の指は勿論、足の指さえタコだらけだし、ハラワタ切った傷跡や銃創の痕跡もそのままだ。下腹部に煙草の火を押し付けられた火傷跡や、使い込んでいるとすぐに分かる尻の穴が、肉体の部品として転がるのだ。
テメエの死んだ後の事などどうでもいいし、検死でケツ穴が開いているだの、ホモ野郎だオカマ野郎だと赤の他人の罵られても何とも思わない。そこに死体となって転がる自分に残ったそのいずれも、己が生きたそれまでが残るだけだ。恥などない。開き直りでもない。ただそれは自分で、他人でも人形でもない。
それが少し、今ではマシな事に思える。
生きた人形にされたあのサハラのしろがねたちは、やはり哀れだ。若いままで生かされ続けて、絶望しても死ぬ事も出来ず、人形を壊し続けるだけ。傷跡も変質も、生きた証もなく。
--タ、と、バスローブの太ももに煙草の灰が落ちた。
我に返り、寒気に気づいた。11時を過ぎて、セントラルヒーティングの設定温度が下げられたのだ。
ベッド脇の暖房を点ければ温まるが、ジョージのすぐ傍だ。スイッチを入れてすぐは、作動音がかなりうるさい。起きるかも知れない。どの道布団の上に眠っているから、一度起こさなければ布団にもぐり込む事も出来ない。だが起こす気にならない。
何をグダグダ考えていやがるんだあたしは--、と、煙草を灰皿に押し付けた。
あんな死んだ連中の事などどうでもいい。盆でもあるまいし、帰ってくるわけないのだ。だが--。
(あの褐色の肌のねえちゃんとは、ヤッてみたかった)
マジメそうだが話の分かる感じだった。したたかそうで、しかし男をさほど知らなさそうで。
あの女の体の中には、年月があったのだろうか。
死ぬまでに一度でも、ベッドで男の名前を呼んだ事があったのだろうか。
一度だって好きな男に抱かれた事があったのだろうか。
それが嬉しいと思って死ねたのだろうか。
「……下らねえ」
この世にはもっとみじめな人生が履いて捨てるほどある。クソ溜めで蠢く蛆虫のようにしか生きられない人間など、それこそ数え切れないほどだ。生まれを見下げ果てられ、生き様を蔑まれ、死ぬまで踏みつけにされるような連中に比べれば、なんだってマシだろう。
いや、「マシ」とか「マシじゃない」とか、そういう考え方が出来るのは余裕がある人間だ。当人はそれこそそれが当然でドブ水を啜っている。泥の中を沈んでいく。緩やかに退廃して、堕ちきる事は無い。生きている限り堕ち続けて、それに飽きたら死ぬだけで。
(感傷ってヤツですかい)
その場に居ない人間の事を思うのは感傷だろう。年寄りじみていて阿紫花の苦手な感覚。思い出して価値のある過去も無い。しかし時折思い出す。ベッドの中で--ジョージといると、時折。
(思い出しても、どうしようもねえ)
憎しみも怒りも最初からなかった。誰に対しても。
(もう居ねえ)
あの男ももう居ない。
人形を作った男。しかし人形など微塵も愛さなかった。
幾度も戯れに床に這いつくばせられ、生身を与えずに玩具で弄ばれた。人形に性交の真似事をさせて、それに翻弄される様を暗い目で憎しみすら込めて見つめていた。
侮蔑しきって、人形を見るような目で、冷え切った焼け付くような目で。
(あたしなど見ちゃいなかった)
白い肌も細い腰も、滑らかな肌も。人形に犯される阿紫花の断片に見ていたのは、記憶の中のあの女の断片だったのだろう。もしくは妄想だ。女神のようにあの女を愛しながら殴ったあの男の身勝手な。
(冷たい目で)
だがそれが、あの男にとっては愛だった。優先順位の低い愛ではあったが、確かに愛だった。
阿紫花にとっても。
支配され、思考を奪われ、何もかも明け渡すよう強制されて、それは、
(少なくとも、満ち足りてた)
貞義が死ぬまでは。貞義の愛人の子が現れるまでは。貞義の嘘偽りが分かるまでは。
覚めて欲しくない悪夢が覚めたような暴露でそれが消えてしまって。
クソ食らえ、と吐き捨てる気にもならない現実に取り残された。
(くっだらねえ)
下らない、人生だ。
ちょうどジョージが寝返りを打ってすぐ、阿紫花は銃の激鉄を起こした。安全装置を外す。枕の下に忍ばせていた銃だ。
撃つつもりはなかった。ジョージの額を撃っても弾のムダだし、今更自殺する理由も無い。ただ構えて、ジョージの額の真ん中に照準を合わせた。
綺麗な白いオデコだ。いささか後退気味ではあるが、作り物じみて綺麗な肌だ。以前、至近距離から9mmで撃ち抜いたのに、傷跡もない。
残らないのだ。傷跡も、生きた年月も、人生も。
家電製品の親戚だろうと叫んで皮膚の下にある電気コードを引きずり出してやっても(あればの話だ)、すぐに回復していく。傷跡も残さず。
こうして同じベッドにいても、何も残せない。今があるだけで、その「今」も、ブチ壊したい欲望に駆られる。二度と再起動できないほど頭蓋をぶちのめして、アクチュエータ(各部を動かすシステム・部品)を分解して、身動き取れなくなった体を抱きしめたら、やっと安心するだろうか。
銃などでは物足りない。残したいだけだ。ジョージの体に、自分の一部を。
「……玩具で遊ぶな」
物憂げな声がして、銃を持った手首を強く掴まれた。
阿紫花が問う。
「起きてたんですかい」
「リボルバーはやめたらどうだ。音が大きい」
「オートマはいざって時不便でね。複雑で性能が高けりゃいいってのは、人形だけでさ。……」
阿紫花から手を離し、ジョージが上体を起こした。
「冷えているな。いつからそうしていた。起こせば--良かったのに。銃で狙うほど腹が立ったのか」
謝りもしない。謝罪など期待していない阿紫花は、激鉄を戻した銃をサイドテーブルの上に置き、
「よっく寝てらっしゃるんでね。オデコに穴空けてやったらもっと眠れンじゃねえか--いえ、嘘でさ、冗談。……いえね、珍しいじゃねえですか。待ってる間にうたた寝するなんて」
険のある目でジョージは睨み、
「だから、起こせば良かっただろうが。お前は馬鹿なのか?そんなに冷え切って」
寝てしまった自分を恥じているのか、素直に謝れないのか。阿紫花はもう分かりきってジョージを見る。
「なんでアンタの方が怒ってんでえ、アホらし。--寝やすよ。もうね。ここで寝てってもいいですが、アンタ自分の部屋に帰るなり何なりしなせえよ」
「……ここで寝る」
「ここで寝ンなら、服脱いで寝て下せえよ。どうせ寝巻きねえんでしょ。ズボンも脱ぎなせえよ」
「ああ」
命じるような阿紫花の声に、ジョージは頷いてタンクトップ一枚になる。
「全部脱いぢまいなせえよ、面倒臭ェ。脱いだらそっち置きなせえよ。あたしの服とごっちゃにされっと、メイド人形どもになんやかや言われンだから」
「ああ」
「そんで脱いだら、大人しく寝ンですね。あたしゃ嫌がらせに冷たい足絡ませたりしやすけど、ガマンすんですね」
「ああ」
「冷たい手でやらしいトコ触っても、ガマンしなせえよ」
「ああ」
「……なあ、冗談で言ってるって、分かってやす?」
「あはは」
「いや、笑う類の冗談じゃねえんですけど……」
明らかに作り笑いの顔のジョージに、阿紫花は眉をひそめる。分かりきっていると思った次の瞬間には首をひねらされている。いつもだが、よく分からない性格だ。(お互い様かも知れないが)
ジョージは作り笑いをやめ、
「君に従う。これでいいんだろう?君のルールを守りさえすれば」
「……ええ、まあ」
「わかった」
「……おやすみなせえ」
(規則とかルールとか大好きなトコもあたしと合わねえ……)
阿紫花は心の中で呟いた。バスローブを脱いで布団を被る。隣のデコ助は、確実に過去に出会わなかったタイプの男だ。
ヤバさでは過去最高だ。銃を玩具くらいにしか思っていない男など、そうはいなかった。それは悪くない。だが。
(……好いた惚れたじゃねえからよ。寝ンだけの関係でさ)
強がってみるがそれも虚しいだけだ。
(面倒臭ェ)
それは愛でも恋でもない。ただの、--。
ただの、「何」だ?
「--なっ、ちょ」
布団を被ってすぐに、背中から抱きしめられて目を剥いた。身動きが取れない。息苦しいほど強く胸を前で締められ、息を飲み込んだ。
「ぐっ……寝なせえよ」
「ああ。寝るとも。終わったら。ガマンするのは冷たい手足だけなんだろう?他の事はガマンしないでいい?」
「ガマンって、した事あんのかよ……ぐえっ。締め過ぎ、締め過ぎ!内臓口から出ンでしょうが!」
「それは困る」
ぱっ、とジョージは手を離す。阿紫花は青い顔で寝返りを打って、
「ちっとは考えやがれ!アンタら自動人形並みに馬鹿力なんでしょーが!あたしなんかすぐ締め殺されちまうだろーが!骨軋むっつの!」
「弱いからな、人間は」
「こっちが普通なんだっつの」
「あまりに冷たいから、暖めてやろうと思って」
平然とジョージは言う。
「風邪を引いたら困るだろう?」
「……」
「まず引かないだろうがな。イレズミも消えたし」
「……あんたのお陰でこちとら虫歯もねえよ」
「良かったじゃないか。銃の傷跡も消えてきたし」
「……あってもよかったんですよ」
「虫歯が?」
「それはどうだろう」という顔でジョージが問う。
分かってない。多分、これからも理解する事は無いだろう。
「……またスミ入れる時ゃ、アンタと別れてからって事ですかね」
「ああ……そうなるな」
「ふーん……」
覆い被さってくる体を拒むこともなく、阿紫花は天井を見上げる。
気のない顔の阿紫花に、ジョージが呟く。
「しばらく無理だな。諦めろ」
「どんくらい?次にスミ入れるの、どんくらいガマンしてりゃいいんですかね」
「死ぬまでしてろ」
「ン……」
「ついでに煙草と酒と……女もやめろ。あの女とは縁を--」
「ストップ。終わってからしやせんか、その話題」
「……ああ」
「……、」
ジョージの首に腕を回し、阿紫花は何か呟いた。
「何か言ったか」
「いえ……」
「お綺麗なこって」。--その呟きに、悪意はなかった。
ただそんな生き方が出来るなら、何もかもが悪くも--。
告げるつもりの無い言葉を口の中で転がし、ジョージの唇に吸い付いた。
暖かい感触だった。自分の体が冷え切っていた事を、阿紫花はやっと思い知った。
END
グダグダ書きですね。面目ない。
ハロウィン・ハロウィン!
「ハロウィン・パーティ?……人が国境で足止めをくらっていたのにか」
屋敷へ戻ってきたジョージの有様は、なかなか悲惨なものだった。
コートは所々擦り切れているし、サングラスもヒビが入っている。銀髪も乱れているし、髭も伸びたままだ。
某大国と某国の小競り合いに巻き込まれた。内乱が発生するのは一触即発だと聞いていたが、まさかジャストタイミングで巻き込まれるとは思っていなかったのだ。
ほとんど休みなしで銃弾や小競り合いの下をかいくぐり、気がつけば一緒に行動していたNPO団体の安全を両国に保証させ、第三者国家の領事館へ送り届けるのに一ヶ月費やした。昼も夜もなく銃声を聞いていた気がする。気が狂いそうになっているNPOのメンバーを叱咤し、両軍の指揮官に彼らの安全を求め……機械の体でなければ通算で20回ほど死んでいる。
骨が折れた。気疲れもしたし、有機的な疲労もしている。機械部分もメンテナンスが必要だ。
メイド人形が気遣うように、
「フウ様へ連絡なさいますか?出来るならパーティへ参加して欲しいと言付かっておりますが」
「いや、いい。私は休む」
既に夜の9時を回っている。子どものためのパーティだ。とっくに終わっているだろう。それに旅の疲れが酷い。身支度すら億劫だ。
自室に戻り、コートを脱いだだけでブーツを脱ぐのを忘れてベッドに倒れ込んだ。
それから数十分後。
さすがのしろがね-Oも睡眠中は意識が無い。しかし物音や気配への反応は通常の3割程度動いている。よほどおかしな物音がすれば、半ば自動的に目が開く。
その時ジョージが動かなかったのは、気配がごく身近な者のものだったからだ。
阿紫花だ。そっと、忍ぶようにジョージの部屋に入って来る。
鍵を掛け忘れたか、と不明瞭な意識でそう思ったが、疲れているし、阿紫花だって弁えて騒ぎ立てたりはすまい。そう決め付けて目を開けなかった。
寝てんですかい。--その小さな声と、そしてベッドに重みが加わる感覚。
一緒に寝たいのか。そう問う事も出来なかった。泥のように意識が沈んだままだ。
顔や胸に手が触れる。寝ているのを確かめているだけのようなので放っておいたが、やがて、口に何かが入ってきた。
「!」
ジョージは目を開けた。口の中が、べたついて甘い。掌に出すと、親指の先ほどの丸い物体だ。
「なんだこれは……」
詰問しようと阿紫花を見ると、いつもとは違う装いだった。
薄い和服のようだ。寄り添うように肘を突いて上体を起こしてこちらを見ている。
下に何を着ているのか、脹脛が夜目にも白く見えた。
「へへ……アメちゃんでさ。ギイさんに貰いやしてねえ」
そう言って起き上がり、ベッドの上で足を曲げて座った。太ももまで丸見えだ。
アメ、と聞いてジョージは掌に出したアメをもう一度口に含む。一気に噛み砕いた。
「……何をしにきた」
「お帰りなせえ、って挨拶しようと思いやして。一ヶ月ゴクローさん」
片膝を抱え、阿紫花はそう言ってジョージを見た。
男の癖に、内腿が白くて滑らかだ。
--まずい。
ジョージは疲れて機嫌が悪いフリをしながら、寝転がって毛布を被って阿紫花に背を向けた。ブーツを履いたままなのに気づいて、毛布の中で脱いで、適当に放り投げた。
「疲れている。眠らせろ」
「まだ9時半過ぎじゃねえか。起きなせえよ、一杯付き合ったっていいじゃねえか。アメちゃん食いなせえよ」
まるで猫はじゃれつくように、阿紫花が上に乗ってくる。重くは無いが、腰の上に乗られると、非常に不都合だ。
既にいくらか飲んできたらしく、阿紫花はブランデーの瓶を掲げて見せ、
「話くれえしたっていいじゃねえか。なあ、ジョージさんよォ……。綺麗好きなあんたが、髭も剃ってねえなんて珍しいや。イメチェンすんのかい?……一杯やりながら聞かせなせえよ、何して来たのか、よ」
下から見上げると、胸や太ももが肌蹴て、なんとも言えない色気がある。カーテンの隙間から漏れる薄明かりの中、肌が白く見えた。
「下りろ。……」
「話くれえしてくれねえのかい」
拗ねたような、しかしどこか誘うような声に、あっけなく何かが自分の中で切れたのをジョージは感じた。
「……疲れると、カテコルアミンが分泌される」
ああ、もう駄目だ、という気持ちでジョージは言った。
阿紫花は目を丸くしている。
「神経伝達物質だ。血管を拡張させる。海綿体もな」
「……今気づいたんでやすがね。あたしのケツに、なんか当たってんですけど」
「疲れると誰でもなる。お前にも経験があるだろう?そして私は、一ヶ月寝ていない。少しも、だ……」
グイ、と阿紫花の腕を捕まえ、ジョージは阿紫花を組み敷いた。
慌てる顔の阿紫花に、ジョージは冷静な声で、
「その格好は?初めて見た」
「め、珍しいじゃねえか。あたしの格好にあんたがケチつけるなんて」
「文句は言わない。わざとか?セクシーランジェリーで夫を待つ妻みたいな。実際に見た事はないが。あ、今見てるか」
自分が言った言葉に、ジョージが小さく笑う。全然面白くない。
少しハイになっているようだ。確かに、疲れている。目の下にクマが出来ているし、口元は笑っているのに眉は深く皺を刻んだままだ。
掴まれた腕から、ジョージの体温が伝わる。やけに熱い。疲れているのは本当らしい。
「こ、これは忍者の衣装の上半分で……」
「ああ、確かに忍んできたな。……」
耳の後ろを舐められ、阿紫花は息を呑む。
「べ、別にあんたのために着たんじゃありやせんや。ジョージ、あんた疲れてどっか飛んでンじゃねえですかい?」
「毎回意識を飛ばす奴に言われたくないな。誰のために着たんだ?その格好でパーティへ行ったのか?……いささか、穏やかじゃない気分だよ」
ジョージの手が、ばっ、と、阿紫花の着物の前を広げた。
「酒も誰と飲んだ?子どもが主役のパーティだからな、終わって帰りに誰かと飲んで来たのか?ギイやフウではないだろう」
「誰って……帰りがけに若ェ医者に一杯どうだって言われて、飲んだだけでさ」
「若い医者?」
あからさまにジョージは眉をしかめる。
「男か」
「一杯飲んですぐ帰りやしたよ。携帯電話の番号交換しただけだし」
「携帯電話の番号!?」
ぎょっとして目を見開き、思わず阿紫花の太ももを掴んだ手に力を込め、ジョージは叫んだ。
阿紫花は厄介なものでも見るかのように見返し、
「いちいち騒ぐこってすかい。普通の若ェヤツでさ」
いわく「日本人を嫁さんにしたい」だの「それでフランス料理作って欲しい」だの「あとアメリカで仕事したい」だの。半ば愚痴のような他愛もない話をしてすぐに別れた。
「日本人好きだ、って言われやしたけど」
あたしの知ってる女はどうしたってカタギ少ねえし……素人もいやすけど、あたしからは顔合わせずれえし……、と阿紫花は心の中で反芻する。
しかしジョージは何を勘違いしたのか、
「アシハナ……」
「へえ?」
「もういい、喋るな。腹が立つ一方だ。どうしてお前は私の知らない場所で愛想がいいんだ」
舌打ちが聞こえてきそうなほど忌々しく口元を歪め、ジョージは阿紫花を見下ろした。
毎度なのだ。
欲望を抑えて振舞えば、阿紫花はジョージの態度に飽きてふらふらと歩き回る。そんな阿紫花を捕まえて腹立ちまぎれに抱き合って、まるで殴りあった方がマシ、という程互いに神経と肉体を疲弊させる。毎度「こんな関係は健全ではない」と思うが止められない。
抱き合ってセックスして、その行為に飽きてしまえば楽なのに、それが出来ない。息も絶え絶えに疲れ切った翌朝には、その夜の事を考えている。行為自体もその目的も、その欲望の中身も、まったくもってイカレている。いつでも求めている自分の頭がおかしくなりそうで、不安で阿紫花を抱きしめる。そして振り出しに戻る。
以前は感じなかったその欲望に、ジョージは苦しんでいる。阿紫花がいなくなったらどうしよう、なんて事を抱き合っている時に考える。その事自体が愚かしい。いなくならないように、とまるで縛り付けたいような気持ちで抱きしめる。何度も快楽を与えてやればいいのか、他とは比べ物にならないそれを与えてやればいいのか、と頭の芯が煮え滾るような本能的な何かに苦しめられた。
こんな真似すべきじゃない--そう思いながら毎回結果は同じなのだから、考えても無駄だと諦めるべきかも知れないがそれも出来ない性分だ。理性ある人間のする事ではない、と頭の中で繰り返しながら腰を振る。しかも「こうすればお互い気持ちいいだろう」などと考えながら。
いっそ別れたら、と思うが「別れンなら死んだ方がマシ」という阿紫花の言葉に全面同意する自分もいる。阿紫花は面倒くさい事ばかりの男なのだ。別れた方が仕事も人生も楽だ。一人で戦場に立って、一人で眠る。一人で何でも出来るし、何でもどうでも良くなるだろう。何を見ても何を聞いても、何をしても感じない人生がやって来る。以前のような、何が起きても心乱されない人生。何を殺しても何も感じない。死んでいるのと大差ない自分が戻ってくるだけだ。なるほど、確かに死んだ方がマシ、だ。
だが、だからといってこんな行為でヒトを縛り付けてはいけないのだ。
分かっているのに。
「や……出し、て」
四つん這いになって枕に頭を押し付け、阿紫花は呻いた。
「そんなん全然……ヨく、ねえ」
「なんでもいい。私がやってみたいだけだ。それに……」
汁気を滲ませる阿紫花のそれの先端を、ジョージは指先で割るように拭った。びくりと阿紫花の体が揺れる。
「まったく感じないワケでもないようじゃないか」
「違……」
後孔に舌の感触を感じ、阿紫花は呻いた。
「もう一個入れてやる」
口に含んで、微細な突起や傷が無い事を確かめた飴玉を舌の上で転がした。
直径1インチ(約2.54センチ)ほどの飴玉だ。閉じてひくついている後孔を舌でほぐし、飴玉を押し入れる。すぼまった肉が、こじ開けられる感覚にひくりと蠢いた。
「もう無理……っ、入らねェって--くっ、う……」
「ああ、入ったじゃないか。何個目だ?言え」
「……」
「言わないともう一個入れる」
荒く息を乱し、阿紫花は小さな声で呻いた。
「……個」
「聞こえない」
「~、10個!」
「結構入ったな」
勿論何個入れたかなど覚えている。
阿紫花の先端から、透明な滴が滴った。
わざとらしく感心したような声でジョージはせせら笑う。
「流石。私のモノだって入るものな。入らないはずないか。ああそうだ。日本語には『ケツの穴の小さい』男だって言い方があったかな。お前は違うな。こんなに入るんだ」
「ひ……ぎっ」
急に二本指を突き入れられ、阿紫花は悲鳴をあげた。
「か、掻き回さねえで……っ」
「取らなくていいのか?……ああ、なんだか随分ぬるぬるすると思ったら、最初に入れた飴が溶けてきているんだな。大分……小さくなってる」
指先で大きさを確かめて、奥へ押し込むように指が蠢く。
「中は体温が高いんだ。溶けたんだ」
言いながら、前立腺を抉るように指で突いた。溶けてねばついた甘い液体をぐちゃぐちゃ掻き回している内に、阿紫花の強張った下肢に汗が浮いた。自身の先端からも、ぽたぽたと透明な液体が滴っている。
「それ……やめ、やめてっ……!中で当たってン--」
「何が」
「飴、が……」
「あああ」とだらしなく声をあげて阿紫花は呻く。
溶けかけの飴玉がいくつも内壁を刺激しているのに、前立腺を抉るのをやめてくれない。
大分泣きの入った声で、阿紫花は懇願した。
「やめ、も、それ、堪忍し……」
止める訳無いだろう--と、ジョージは阿紫花を見下ろす。
もっと見たい。羞恥と快楽で顔を歪めて、それでも求めている姿が見たい。泣いても喚いても止めてやらない。
(私はこんなに)
不安でたまらない。
(求められたいと思ってしまった)
もっともっと感じさせたら去らないだろうか?もっと気持ちよくさせたら、他の誰も見ないでくれるだろうか?
でもその挙句にすべてを壊してしまいそうな不安も感じている。
これが愛だと言うなら、世界は絶望的だ。
だから愛しているなどとは絶対に言わない。
「ジョージ……ィッ」
切羽詰った声で鳴く阿紫花の耳を強く噛んで、ジョージは囁いた。
「ああ、ここにいるよ」
「あああっ……」
ぱたたっ、と。
触れていない阿紫花の先端から白い滴が垂れた。
(愛しているなど、言わないから)
一緒にいたい。
「は……っ、あ」
「大分余裕が……出来たな」
ぎしっ、と、加重の位置がが変わり、マットレスが音を立てた。
「!?」
「大分小さくなったし、奥に押し込んだからな。入る……」
「やめ、まだイッたばっか--ああっ……あああ」
飴などよりよほど質量のあるモノが入ってくる。イッて敏感になった後孔に押し入られる感覚に、阿紫花の目の奥が瞬いた。
「ひぃっ……」
ただでさえ固い異物の入ったソコに、かなり質量のあるモノを突き入れられ、入り口だけでなく内壁が押し広げられる感覚に目が眩んだ。丸い飴玉が、内部でジョージのソレにまとわりつくように転がって、内壁を刺激する。
根元まで押し入れた所で、ジョージは止まった。
ぶるぶると震えながら耐える阿紫花に覆い被さり、耳元で、
「気持ちいいか?……結構、中がキツいな。締まる……」
「……っ、」
「気持ちいいかどうか、言ってくれないと意味が無いんだ。言え」
きゅ、と阿紫花の自身を柔らかく握る。ジョージは囁いた。
「一緒じゃないと意味が無い」
(卑怯だ)
そんな迷子みたいな声でそんな事聞いて、しかもサド丸出しの仕打ちをしまくるなんて。
(卑怯じゃねえか)
どうして一緒じゃ『なくなれる』ってんだ。こんなに何もかも好き勝手にしてくれて、しかも性質が悪いのは初めてだ。自覚が無いのが頭にくる。
(分かってんだろ。あたしがあんたにぞっこん惚れてンのが。チクショウ、言ってやるもンかよ)
素直になど、なってやるものか。
(『愛してる』も、絶対言わねえ)
「……た、りねえ、よ」
「……」
「足りねえ、や。こんくれえ、じゃ……あたし、……どっかのパブででも相手漁った方がマシ--ぎゃっ」
乳首に爪を立てられ、阿紫花は悲鳴を上げた。
そのままねじりあげられる。
「ひっ、取れるっ、取れ--」
「分かった。お前は誰でもいいのだものな。私も勝手にするさ。勝手に--私が満足するまで離さない」
「ああっ、ひぐっ、ひぃ、」
阿紫花が悲鳴を上げた。逃げようにもスペースが無いし、腰はしっかりと馬鹿力で掴まれている。長いストロークで抽送され、逃げる事も出来ずにシーツに頬を押し付けて小さな悲鳴を上げさせられた。
目を見開き、握り締めたシーツに涙が染み込んでいくのをただ見ているだけだ。
「あっ、あ、ああ堪忍して……も、許し--」
「感じるか?小さくなった飴が、私ので掻き出されて出てくる。分かるだろう?」
「ひっ、ひっ、……」
感触はある。言葉で責められて思わず強く締め付けてしまったくらいだ。
「堪忍して」と泣く声に、ジョージは淡々と、
「断る。絶対断る。絶対……後少しだ」
そんな事を言った。
阿紫花は視線を後ろにやり、訴えた。
「~、もう出ンだって!ああっ、ダ、メ、出る、出る……っ」
「出せよ……勝手に出せばいいだろう」
「ひっ--」
「後少しで、全部……」
ジョージもどこかうわ言めいた事を口にしている。
「私のしかなくなる……」
飴玉が、結合部の間を縫って排出されていく感覚に、阿紫花は悲鳴を上げた。
飴玉が少しずつ出て行って、ジョージのソレの固さだけがやけに肉に残る。
「--っ、ああっ、ダメ……っ」
「……」
「一緒って、言ったじゃねえか……っ」
首をのけぞらせてそう泣いた顔に。
ジョージはキスをした。
キスの刺激と、ぎりりと乳首をひねり上げられた痛みとで、阿紫花は息が止まった。
「っ--!」
射精したせいで尻の肉がひどく引き攣った。
ジョージが小さく呻いた。
「……後で、アメちゃん弁償しなせえよ」
「……悪かった」
翌朝、阿紫花の目覚めて最初の一言がそれだったので、ジョージは頭を下げた。
やりすぎた。それに食べ物を粗末にしたのはいけない事だ。理性を振り切って悪ノリした自分を、責めても責めきれない思いだ。
疲れ過ぎて、思考が『ハイな鬱』状態になっていたのがいけないのだ。今後は気をつけないといけない。不快な気持ちで阿紫花に触れるのは、良くない。阿紫花の負担になるだけだ。
「……でもっすねえ」
阿紫花は小さく呟いた。
「あんた素直になってやしたよ」
「素直?……どこが」
「……覚えてねえならいいっすよ」
起き上がって、襦袢を羽織ると阿紫花は出て行った。
『一緒でないと意味が無い』
「……本心ってな、こぼれねえと出てこねえんですよねえ」
廊下の片隅で、ふうと息を吐いて阿紫花は呟いた。
「……素直に言えるようになるまで、気づかねえフリ、しといてあげやすよ」
END
おまけ
「見てくれ!日本のアメだぞ」
その日の昼、何も知らない(が、分かっている)ギイは嬉々として、
「子宝アメ」
リアルな造形に阿紫花は昨晩の惨事を思い出す。
「うっぷ……ギイさん……」
「おっと、こんなモノ必要ないな。もう悪阻か?いけないな」
「勘弁してくだせえよ……」
ハロウィン関係なかった。それが一番の失敗です(致命的)
「ハロウィン・パーティ?……人が国境で足止めをくらっていたのにか」
屋敷へ戻ってきたジョージの有様は、なかなか悲惨なものだった。
コートは所々擦り切れているし、サングラスもヒビが入っている。銀髪も乱れているし、髭も伸びたままだ。
某大国と某国の小競り合いに巻き込まれた。内乱が発生するのは一触即発だと聞いていたが、まさかジャストタイミングで巻き込まれるとは思っていなかったのだ。
ほとんど休みなしで銃弾や小競り合いの下をかいくぐり、気がつけば一緒に行動していたNPO団体の安全を両国に保証させ、第三者国家の領事館へ送り届けるのに一ヶ月費やした。昼も夜もなく銃声を聞いていた気がする。気が狂いそうになっているNPOのメンバーを叱咤し、両軍の指揮官に彼らの安全を求め……機械の体でなければ通算で20回ほど死んでいる。
骨が折れた。気疲れもしたし、有機的な疲労もしている。機械部分もメンテナンスが必要だ。
メイド人形が気遣うように、
「フウ様へ連絡なさいますか?出来るならパーティへ参加して欲しいと言付かっておりますが」
「いや、いい。私は休む」
既に夜の9時を回っている。子どものためのパーティだ。とっくに終わっているだろう。それに旅の疲れが酷い。身支度すら億劫だ。
自室に戻り、コートを脱いだだけでブーツを脱ぐのを忘れてベッドに倒れ込んだ。
それから数十分後。
さすがのしろがね-Oも睡眠中は意識が無い。しかし物音や気配への反応は通常の3割程度動いている。よほどおかしな物音がすれば、半ば自動的に目が開く。
その時ジョージが動かなかったのは、気配がごく身近な者のものだったからだ。
阿紫花だ。そっと、忍ぶようにジョージの部屋に入って来る。
鍵を掛け忘れたか、と不明瞭な意識でそう思ったが、疲れているし、阿紫花だって弁えて騒ぎ立てたりはすまい。そう決め付けて目を開けなかった。
寝てんですかい。--その小さな声と、そしてベッドに重みが加わる感覚。
一緒に寝たいのか。そう問う事も出来なかった。泥のように意識が沈んだままだ。
顔や胸に手が触れる。寝ているのを確かめているだけのようなので放っておいたが、やがて、口に何かが入ってきた。
「!」
ジョージは目を開けた。口の中が、べたついて甘い。掌に出すと、親指の先ほどの丸い物体だ。
「なんだこれは……」
詰問しようと阿紫花を見ると、いつもとは違う装いだった。
薄い和服のようだ。寄り添うように肘を突いて上体を起こしてこちらを見ている。
下に何を着ているのか、脹脛が夜目にも白く見えた。
「へへ……アメちゃんでさ。ギイさんに貰いやしてねえ」
そう言って起き上がり、ベッドの上で足を曲げて座った。太ももまで丸見えだ。
アメ、と聞いてジョージは掌に出したアメをもう一度口に含む。一気に噛み砕いた。
「……何をしにきた」
「お帰りなせえ、って挨拶しようと思いやして。一ヶ月ゴクローさん」
片膝を抱え、阿紫花はそう言ってジョージを見た。
男の癖に、内腿が白くて滑らかだ。
--まずい。
ジョージは疲れて機嫌が悪いフリをしながら、寝転がって毛布を被って阿紫花に背を向けた。ブーツを履いたままなのに気づいて、毛布の中で脱いで、適当に放り投げた。
「疲れている。眠らせろ」
「まだ9時半過ぎじゃねえか。起きなせえよ、一杯付き合ったっていいじゃねえか。アメちゃん食いなせえよ」
まるで猫はじゃれつくように、阿紫花が上に乗ってくる。重くは無いが、腰の上に乗られると、非常に不都合だ。
既にいくらか飲んできたらしく、阿紫花はブランデーの瓶を掲げて見せ、
「話くれえしたっていいじゃねえか。なあ、ジョージさんよォ……。綺麗好きなあんたが、髭も剃ってねえなんて珍しいや。イメチェンすんのかい?……一杯やりながら聞かせなせえよ、何して来たのか、よ」
下から見上げると、胸や太ももが肌蹴て、なんとも言えない色気がある。カーテンの隙間から漏れる薄明かりの中、肌が白く見えた。
「下りろ。……」
「話くれえしてくれねえのかい」
拗ねたような、しかしどこか誘うような声に、あっけなく何かが自分の中で切れたのをジョージは感じた。
「……疲れると、カテコルアミンが分泌される」
ああ、もう駄目だ、という気持ちでジョージは言った。
阿紫花は目を丸くしている。
「神経伝達物質だ。血管を拡張させる。海綿体もな」
「……今気づいたんでやすがね。あたしのケツに、なんか当たってんですけど」
「疲れると誰でもなる。お前にも経験があるだろう?そして私は、一ヶ月寝ていない。少しも、だ……」
グイ、と阿紫花の腕を捕まえ、ジョージは阿紫花を組み敷いた。
慌てる顔の阿紫花に、ジョージは冷静な声で、
「その格好は?初めて見た」
「め、珍しいじゃねえか。あたしの格好にあんたがケチつけるなんて」
「文句は言わない。わざとか?セクシーランジェリーで夫を待つ妻みたいな。実際に見た事はないが。あ、今見てるか」
自分が言った言葉に、ジョージが小さく笑う。全然面白くない。
少しハイになっているようだ。確かに、疲れている。目の下にクマが出来ているし、口元は笑っているのに眉は深く皺を刻んだままだ。
掴まれた腕から、ジョージの体温が伝わる。やけに熱い。疲れているのは本当らしい。
「こ、これは忍者の衣装の上半分で……」
「ああ、確かに忍んできたな。……」
耳の後ろを舐められ、阿紫花は息を呑む。
「べ、別にあんたのために着たんじゃありやせんや。ジョージ、あんた疲れてどっか飛んでンじゃねえですかい?」
「毎回意識を飛ばす奴に言われたくないな。誰のために着たんだ?その格好でパーティへ行ったのか?……いささか、穏やかじゃない気分だよ」
ジョージの手が、ばっ、と、阿紫花の着物の前を広げた。
「酒も誰と飲んだ?子どもが主役のパーティだからな、終わって帰りに誰かと飲んで来たのか?ギイやフウではないだろう」
「誰って……帰りがけに若ェ医者に一杯どうだって言われて、飲んだだけでさ」
「若い医者?」
あからさまにジョージは眉をしかめる。
「男か」
「一杯飲んですぐ帰りやしたよ。携帯電話の番号交換しただけだし」
「携帯電話の番号!?」
ぎょっとして目を見開き、思わず阿紫花の太ももを掴んだ手に力を込め、ジョージは叫んだ。
阿紫花は厄介なものでも見るかのように見返し、
「いちいち騒ぐこってすかい。普通の若ェヤツでさ」
いわく「日本人を嫁さんにしたい」だの「それでフランス料理作って欲しい」だの「あとアメリカで仕事したい」だの。半ば愚痴のような他愛もない話をしてすぐに別れた。
「日本人好きだ、って言われやしたけど」
あたしの知ってる女はどうしたってカタギ少ねえし……素人もいやすけど、あたしからは顔合わせずれえし……、と阿紫花は心の中で反芻する。
しかしジョージは何を勘違いしたのか、
「アシハナ……」
「へえ?」
「もういい、喋るな。腹が立つ一方だ。どうしてお前は私の知らない場所で愛想がいいんだ」
舌打ちが聞こえてきそうなほど忌々しく口元を歪め、ジョージは阿紫花を見下ろした。
毎度なのだ。
欲望を抑えて振舞えば、阿紫花はジョージの態度に飽きてふらふらと歩き回る。そんな阿紫花を捕まえて腹立ちまぎれに抱き合って、まるで殴りあった方がマシ、という程互いに神経と肉体を疲弊させる。毎度「こんな関係は健全ではない」と思うが止められない。
抱き合ってセックスして、その行為に飽きてしまえば楽なのに、それが出来ない。息も絶え絶えに疲れ切った翌朝には、その夜の事を考えている。行為自体もその目的も、その欲望の中身も、まったくもってイカレている。いつでも求めている自分の頭がおかしくなりそうで、不安で阿紫花を抱きしめる。そして振り出しに戻る。
以前は感じなかったその欲望に、ジョージは苦しんでいる。阿紫花がいなくなったらどうしよう、なんて事を抱き合っている時に考える。その事自体が愚かしい。いなくならないように、とまるで縛り付けたいような気持ちで抱きしめる。何度も快楽を与えてやればいいのか、他とは比べ物にならないそれを与えてやればいいのか、と頭の芯が煮え滾るような本能的な何かに苦しめられた。
こんな真似すべきじゃない--そう思いながら毎回結果は同じなのだから、考えても無駄だと諦めるべきかも知れないがそれも出来ない性分だ。理性ある人間のする事ではない、と頭の中で繰り返しながら腰を振る。しかも「こうすればお互い気持ちいいだろう」などと考えながら。
いっそ別れたら、と思うが「別れンなら死んだ方がマシ」という阿紫花の言葉に全面同意する自分もいる。阿紫花は面倒くさい事ばかりの男なのだ。別れた方が仕事も人生も楽だ。一人で戦場に立って、一人で眠る。一人で何でも出来るし、何でもどうでも良くなるだろう。何を見ても何を聞いても、何をしても感じない人生がやって来る。以前のような、何が起きても心乱されない人生。何を殺しても何も感じない。死んでいるのと大差ない自分が戻ってくるだけだ。なるほど、確かに死んだ方がマシ、だ。
だが、だからといってこんな行為でヒトを縛り付けてはいけないのだ。
分かっているのに。
「や……出し、て」
四つん這いになって枕に頭を押し付け、阿紫花は呻いた。
「そんなん全然……ヨく、ねえ」
「なんでもいい。私がやってみたいだけだ。それに……」
汁気を滲ませる阿紫花のそれの先端を、ジョージは指先で割るように拭った。びくりと阿紫花の体が揺れる。
「まったく感じないワケでもないようじゃないか」
「違……」
後孔に舌の感触を感じ、阿紫花は呻いた。
「もう一個入れてやる」
口に含んで、微細な突起や傷が無い事を確かめた飴玉を舌の上で転がした。
直径1インチ(約2.54センチ)ほどの飴玉だ。閉じてひくついている後孔を舌でほぐし、飴玉を押し入れる。すぼまった肉が、こじ開けられる感覚にひくりと蠢いた。
「もう無理……っ、入らねェって--くっ、う……」
「ああ、入ったじゃないか。何個目だ?言え」
「……」
「言わないともう一個入れる」
荒く息を乱し、阿紫花は小さな声で呻いた。
「……個」
「聞こえない」
「~、10個!」
「結構入ったな」
勿論何個入れたかなど覚えている。
阿紫花の先端から、透明な滴が滴った。
わざとらしく感心したような声でジョージはせせら笑う。
「流石。私のモノだって入るものな。入らないはずないか。ああそうだ。日本語には『ケツの穴の小さい』男だって言い方があったかな。お前は違うな。こんなに入るんだ」
「ひ……ぎっ」
急に二本指を突き入れられ、阿紫花は悲鳴をあげた。
「か、掻き回さねえで……っ」
「取らなくていいのか?……ああ、なんだか随分ぬるぬるすると思ったら、最初に入れた飴が溶けてきているんだな。大分……小さくなってる」
指先で大きさを確かめて、奥へ押し込むように指が蠢く。
「中は体温が高いんだ。溶けたんだ」
言いながら、前立腺を抉るように指で突いた。溶けてねばついた甘い液体をぐちゃぐちゃ掻き回している内に、阿紫花の強張った下肢に汗が浮いた。自身の先端からも、ぽたぽたと透明な液体が滴っている。
「それ……やめ、やめてっ……!中で当たってン--」
「何が」
「飴、が……」
「あああ」とだらしなく声をあげて阿紫花は呻く。
溶けかけの飴玉がいくつも内壁を刺激しているのに、前立腺を抉るのをやめてくれない。
大分泣きの入った声で、阿紫花は懇願した。
「やめ、も、それ、堪忍し……」
止める訳無いだろう--と、ジョージは阿紫花を見下ろす。
もっと見たい。羞恥と快楽で顔を歪めて、それでも求めている姿が見たい。泣いても喚いても止めてやらない。
(私はこんなに)
不安でたまらない。
(求められたいと思ってしまった)
もっともっと感じさせたら去らないだろうか?もっと気持ちよくさせたら、他の誰も見ないでくれるだろうか?
でもその挙句にすべてを壊してしまいそうな不安も感じている。
これが愛だと言うなら、世界は絶望的だ。
だから愛しているなどとは絶対に言わない。
「ジョージ……ィッ」
切羽詰った声で鳴く阿紫花の耳を強く噛んで、ジョージは囁いた。
「ああ、ここにいるよ」
「あああっ……」
ぱたたっ、と。
触れていない阿紫花の先端から白い滴が垂れた。
(愛しているなど、言わないから)
一緒にいたい。
「は……っ、あ」
「大分余裕が……出来たな」
ぎしっ、と、加重の位置がが変わり、マットレスが音を立てた。
「!?」
「大分小さくなったし、奥に押し込んだからな。入る……」
「やめ、まだイッたばっか--ああっ……あああ」
飴などよりよほど質量のあるモノが入ってくる。イッて敏感になった後孔に押し入られる感覚に、阿紫花の目の奥が瞬いた。
「ひぃっ……」
ただでさえ固い異物の入ったソコに、かなり質量のあるモノを突き入れられ、入り口だけでなく内壁が押し広げられる感覚に目が眩んだ。丸い飴玉が、内部でジョージのソレにまとわりつくように転がって、内壁を刺激する。
根元まで押し入れた所で、ジョージは止まった。
ぶるぶると震えながら耐える阿紫花に覆い被さり、耳元で、
「気持ちいいか?……結構、中がキツいな。締まる……」
「……っ、」
「気持ちいいかどうか、言ってくれないと意味が無いんだ。言え」
きゅ、と阿紫花の自身を柔らかく握る。ジョージは囁いた。
「一緒じゃないと意味が無い」
(卑怯だ)
そんな迷子みたいな声でそんな事聞いて、しかもサド丸出しの仕打ちをしまくるなんて。
(卑怯じゃねえか)
どうして一緒じゃ『なくなれる』ってんだ。こんなに何もかも好き勝手にしてくれて、しかも性質が悪いのは初めてだ。自覚が無いのが頭にくる。
(分かってんだろ。あたしがあんたにぞっこん惚れてンのが。チクショウ、言ってやるもンかよ)
素直になど、なってやるものか。
(『愛してる』も、絶対言わねえ)
「……た、りねえ、よ」
「……」
「足りねえ、や。こんくれえ、じゃ……あたし、……どっかのパブででも相手漁った方がマシ--ぎゃっ」
乳首に爪を立てられ、阿紫花は悲鳴を上げた。
そのままねじりあげられる。
「ひっ、取れるっ、取れ--」
「分かった。お前は誰でもいいのだものな。私も勝手にするさ。勝手に--私が満足するまで離さない」
「ああっ、ひぐっ、ひぃ、」
阿紫花が悲鳴を上げた。逃げようにもスペースが無いし、腰はしっかりと馬鹿力で掴まれている。長いストロークで抽送され、逃げる事も出来ずにシーツに頬を押し付けて小さな悲鳴を上げさせられた。
目を見開き、握り締めたシーツに涙が染み込んでいくのをただ見ているだけだ。
「あっ、あ、ああ堪忍して……も、許し--」
「感じるか?小さくなった飴が、私ので掻き出されて出てくる。分かるだろう?」
「ひっ、ひっ、……」
感触はある。言葉で責められて思わず強く締め付けてしまったくらいだ。
「堪忍して」と泣く声に、ジョージは淡々と、
「断る。絶対断る。絶対……後少しだ」
そんな事を言った。
阿紫花は視線を後ろにやり、訴えた。
「~、もう出ンだって!ああっ、ダ、メ、出る、出る……っ」
「出せよ……勝手に出せばいいだろう」
「ひっ--」
「後少しで、全部……」
ジョージもどこかうわ言めいた事を口にしている。
「私のしかなくなる……」
飴玉が、結合部の間を縫って排出されていく感覚に、阿紫花は悲鳴を上げた。
飴玉が少しずつ出て行って、ジョージのソレの固さだけがやけに肉に残る。
「--っ、ああっ、ダメ……っ」
「……」
「一緒って、言ったじゃねえか……っ」
首をのけぞらせてそう泣いた顔に。
ジョージはキスをした。
キスの刺激と、ぎりりと乳首をひねり上げられた痛みとで、阿紫花は息が止まった。
「っ--!」
射精したせいで尻の肉がひどく引き攣った。
ジョージが小さく呻いた。
「……後で、アメちゃん弁償しなせえよ」
「……悪かった」
翌朝、阿紫花の目覚めて最初の一言がそれだったので、ジョージは頭を下げた。
やりすぎた。それに食べ物を粗末にしたのはいけない事だ。理性を振り切って悪ノリした自分を、責めても責めきれない思いだ。
疲れ過ぎて、思考が『ハイな鬱』状態になっていたのがいけないのだ。今後は気をつけないといけない。不快な気持ちで阿紫花に触れるのは、良くない。阿紫花の負担になるだけだ。
「……でもっすねえ」
阿紫花は小さく呟いた。
「あんた素直になってやしたよ」
「素直?……どこが」
「……覚えてねえならいいっすよ」
起き上がって、襦袢を羽織ると阿紫花は出て行った。
『一緒でないと意味が無い』
「……本心ってな、こぼれねえと出てこねえんですよねえ」
廊下の片隅で、ふうと息を吐いて阿紫花は呟いた。
「……素直に言えるようになるまで、気づかねえフリ、しといてあげやすよ」
END
おまけ
「見てくれ!日本のアメだぞ」
その日の昼、何も知らない(が、分かっている)ギイは嬉々として、
「子宝アメ」
リアルな造形に阿紫花は昨晩の惨事を思い出す。
「うっぷ……ギイさん……」
「おっと、こんなモノ必要ないな。もう悪阻か?いけないな」
「勘弁してくだせえよ……」
ハロウィン関係なかった。それが一番の失敗です(致命的)
ハロウィンネタ。Kさんと衣笠さんとチャットして書きたくなったのでw
18禁。疲れてちょっとアレなジョージと、えらい目にあう阿紫花。
18禁。疲れてちょっとアレなジョージと、えらい目にあう阿紫花。
ハロウィン・ハロウィン!
フウの屋敷は俗に言う豪邸であり、近隣はもちろん裕福な家ばかりである。ロンドンでも高級住宅街として名高い地区だ。季節の行事にはそれぞれが凝ったイルミネーションやアウトテリアを設えて、賑々しく、あるいは敬虔な空気で行事を行う。有名人も多く、そういう人間が自宅の屋敷でパーティを行ったりするから、クリスマスやイースターの夜はいっそう賑やかで華やかだ。
その年、フウはある事を思いついた。
「ハロウィンなんだけどねえ。ちょっとパーティをやろうかと思うんだ」
朝食の席で急に言い出されて、ギイも阿紫花も目を見交わす。
二人とも、フウめ、また変な思い付きをして、という目だ。もしここに任務でロシアに行っているジョージがいれば、「何だ、いきなり」と問い返しただろう。
「今年から新たなに希少難病研究機関を作っただろ?」
難病にもいろいろあるが、症例が少ない難病は、どこの国でも政府からの援助をほとんど受けられない。フウはそういった難病患者の支援病院や研究機関も運営している。
専門外ではあるが医者であるギイは頷き、
「そういう子たちのためにかい?」
「まあそうだね。病院は……ほら、娯楽が少ない。子どもには酷だろう?普通の子どもはハロウィンを楽しんでいられるのに、ベッドで寝ていなくちゃいけないのだから。中には病気のために孤児となった子もいる。捨てられてしまった子も」
ギイはよく知っている。頷いてカフェオレを一口飲み、
「僕は構わないよ。ハロウィンの夜は何も予定が無い。阿紫花もだろう?」
「あ~……あんですね、ブリクストンのバーでオッパイパーティを……」
「却下。ジョージに言いつけるぞ。怪しげなトップレスバーに入り浸るくらいなら、子どもたちに人形でも見せてやりたまえ」
「うへえ」と阿紫花は言うが、素直にOKするのがくすぐったくてバーの話など持ち出したのだろう。ギイに脅しのネタにされれば、OKせざるを得ないから。
「ちょいと柄じゃねえからケツがこそばゆいが、仕方ねえや。やりやしょ。ガキどもに人形操って見せるだけっすよね」
やれやれと呟いて、阿紫花は承諾した。
「あ?でもジョージさんいねえや。ジョージさんはハロウィンまで……」
「戻ってこないんじゃないか?国境沿いで紛争に巻き込まれたとかで、帰りは11月になるかも知れない。通信が切れているから、何とも言えないが」
「なぜ僕が君よりジョージの予定を把握しているんだ」とギイは阿紫花を見るが、阿紫花はどこ吹く風、という顔だ。
フウは肩をすくめ、
「ま、もし間に合ったら、ピアノを弾いてもらおうよ。彼はあれで子どもが好きだからね。きっと断るまいよ」
そして当日の夜がやって来たのだが。
「ジョージさん、間に合わなかったんでやすねえ」
フウの屋敷のクローゼットルームで阿紫花は黒い忍者の衣装を着ながら、そう言った。
鏡の前でタイを結んでいたギイは頷き、
「残念だな。せっかく君の人形に合わせてピアノを弾く事になっていたのに」
ギイは吸血鬼の衣装だ。似合って仕方が無い。
阿紫花は顔を隠す口当てを付け、
「通信が回復したし、ドンパチ終わって後は帰るだけってんだ。上等なモンでさ。仕方ねえ」
「マスクは要らないな、阿紫花。子どもが不審がる。ジョージにも用意して置いたのになあ、衣装」
ちなみにジョージの衣装はバッドマン(ダークナイト版・真っ黒)だ。ギイと阿紫花とフウが選んだにしては、良心的だ。
「ま、これは来年使えばいいさ。機会があったらね」
着替え終わったギイはクローゼットルームを出る。すると、
「着替え終わったかい?ああ、似合うじゃないか、お二人さん」
フウは、いつものピエロの衣装で車椅子に座っていた。
ギイと阿紫花はそれを見下ろし、
「……普段着だろ、それ」
「初めて見た気がしやせんね……」
不満げな二人に、フウは子どものように頬を膨らませ、
「だってあたしゃ二百年生きてんだよ?大概の服は仮装になりゃしない。ギイ君が着てる吸血鬼の服だって、あたしの若い頃の金持ちの普段着そっくりさ」
「そんな言い逃れはいい。阿紫花、適当な衣装はないか」
阿紫花はクローゼットを見回し、
「え~と……神父さんは?」
「病院で宗教色の強い衣装はダメだ。神経質な人間もいる」
「骨人間とか、囚人の縦じま衣装は?」
「老人にはちょっとな……虐待だと思われたくない」
「半裸の海賊は老骨にキちまいそうだしなあ、寒さが」
好き勝手言いまくる中年二人の背後で、フウは杖の柄で掌をパシパシと叩き、
「聞こえてるよ」
「狼男でいいんじゃないかな。暖かいし、これなら着た事ないだろう」
フウは「やれやれ」と頷いた。
施設内のパーティとはいえ、なかなか豪勢だった。
広いロビーに料理やキャンドルを用意してある。医師や看護士も、それぞれハロウィンにちなんだマスクや帽子だ。子どもたちも、ハロウィンの衣装が着られて楽しそうだ。童話のキャラクタや、映画のヒーローに扮して笑顔で走り回っている。一見すると病気なのか分からないほどだが、看護士がじっと見つめているのを見ると、やはり病気なのだという気がした。
子どもたちの歌の発表が終わり、ギイや阿紫花は医師たちと輪になり、
「確認しよう。僕は症状の軽い動ける子どもたちと一緒に、近隣の連絡済の家を数軒回って戻ってくる。阿紫花は屋外へ出られない子どもたちを監督。施設内の各所に職員や医師が待機しているから、彼らにお菓子を貰いに行く子どもたちを見ていてくれ」
ギイはテキパキと念のための携帯用の医療器具を用意しながら、携帯電話を取り出した。
「僕への連絡は携帯電話へ。定期的に子どもたちの数や顔を確認しろ。いなくなる事も怖いが、最中に症状が急変するのも問題だ。人の顔色を伺うのは得意だろ、注意してくれたまえ」
「へえへ。怒る気にもならねえや」
阿紫花は煙草が吸えないのが不満らしい。だがどうにもならないので我慢している。
ギイはくすりと微笑み、
「イイ子にしてたらお菓子をあげよう、阿紫花」
そう言って、子どもたち連れて数人の医師とともに出て行った。
フウと阿紫花はロビーで数人の看護士と待機だ。他の職員は、施設の各所に散って、子どもたちが来るのを待っている。
「イイ子ね……性質が悪ィや、ギイさん」
阿紫花は肩をすくめ、ミニスカの魔女に扮した若い女性看護士を見て鼻の下を伸ばしていたが、
「……ねえ、ねえ」
「あ?」
小さな子どもに服を引っ張られ、我に返った。
見れば、巻き毛の金髪の子どもだ。まだ10歳にならないだろう。
「NINJAって言うんでしょ、おじさん」
「……へえ。忍者でやすよ」
「いいなあ!僕テレビで見たんだ。Teenage Mutant Ninja Turtles!」
「?」
よく分からないが、金髪の子どもはポーズまで付けて、
「4人でシュレッダーをやっつけるんだ!カッコイイんだよ!」
「……」
ふと脳裏に、
『勝と人形相撲してよ、俺優勝したんだぜ、兄貴!』
平馬の顔が浮かぶ。
阿紫花は微笑んで、
「坊やの言ってるヒーローにゃ、あたしはなれやせんけど……」
傍らの大きなスーツケースのくぼみに両手で触れた。
手を引くと、指貫が嵌って糸が伸びている。
今日は手袋はなしだ。
「ちょいとだけ、楽しんで頂きやしょう」
ばかっ、とスーツケースが開き、キリキリリ、と糸が鳴いて骨組みが勝手に組みあがっていく。
スーツケースの上で、大きな人形がゆっくりと、芸人のように頭を下げた。今日は特別カボチャ頭の人形だ。
「お代は見てのお帰りでえ」
子ども達も職員も驚いて、しかし拍手を送ってくれた。
「オジサン……NINJAじゃなくて、トランスフォーマーだったの?」
呆気に取られた子どもの顔に、阿紫花は微笑んだ。
長くなりそうな予感もしつつ、続きはいずれ。ちと体調が。
フウの屋敷は俗に言う豪邸であり、近隣はもちろん裕福な家ばかりである。ロンドンでも高級住宅街として名高い地区だ。季節の行事にはそれぞれが凝ったイルミネーションやアウトテリアを設えて、賑々しく、あるいは敬虔な空気で行事を行う。有名人も多く、そういう人間が自宅の屋敷でパーティを行ったりするから、クリスマスやイースターの夜はいっそう賑やかで華やかだ。
その年、フウはある事を思いついた。
「ハロウィンなんだけどねえ。ちょっとパーティをやろうかと思うんだ」
朝食の席で急に言い出されて、ギイも阿紫花も目を見交わす。
二人とも、フウめ、また変な思い付きをして、という目だ。もしここに任務でロシアに行っているジョージがいれば、「何だ、いきなり」と問い返しただろう。
「今年から新たなに希少難病研究機関を作っただろ?」
難病にもいろいろあるが、症例が少ない難病は、どこの国でも政府からの援助をほとんど受けられない。フウはそういった難病患者の支援病院や研究機関も運営している。
専門外ではあるが医者であるギイは頷き、
「そういう子たちのためにかい?」
「まあそうだね。病院は……ほら、娯楽が少ない。子どもには酷だろう?普通の子どもはハロウィンを楽しんでいられるのに、ベッドで寝ていなくちゃいけないのだから。中には病気のために孤児となった子もいる。捨てられてしまった子も」
ギイはよく知っている。頷いてカフェオレを一口飲み、
「僕は構わないよ。ハロウィンの夜は何も予定が無い。阿紫花もだろう?」
「あ~……あんですね、ブリクストンのバーでオッパイパーティを……」
「却下。ジョージに言いつけるぞ。怪しげなトップレスバーに入り浸るくらいなら、子どもたちに人形でも見せてやりたまえ」
「うへえ」と阿紫花は言うが、素直にOKするのがくすぐったくてバーの話など持ち出したのだろう。ギイに脅しのネタにされれば、OKせざるを得ないから。
「ちょいと柄じゃねえからケツがこそばゆいが、仕方ねえや。やりやしょ。ガキどもに人形操って見せるだけっすよね」
やれやれと呟いて、阿紫花は承諾した。
「あ?でもジョージさんいねえや。ジョージさんはハロウィンまで……」
「戻ってこないんじゃないか?国境沿いで紛争に巻き込まれたとかで、帰りは11月になるかも知れない。通信が切れているから、何とも言えないが」
「なぜ僕が君よりジョージの予定を把握しているんだ」とギイは阿紫花を見るが、阿紫花はどこ吹く風、という顔だ。
フウは肩をすくめ、
「ま、もし間に合ったら、ピアノを弾いてもらおうよ。彼はあれで子どもが好きだからね。きっと断るまいよ」
そして当日の夜がやって来たのだが。
「ジョージさん、間に合わなかったんでやすねえ」
フウの屋敷のクローゼットルームで阿紫花は黒い忍者の衣装を着ながら、そう言った。
鏡の前でタイを結んでいたギイは頷き、
「残念だな。せっかく君の人形に合わせてピアノを弾く事になっていたのに」
ギイは吸血鬼の衣装だ。似合って仕方が無い。
阿紫花は顔を隠す口当てを付け、
「通信が回復したし、ドンパチ終わって後は帰るだけってんだ。上等なモンでさ。仕方ねえ」
「マスクは要らないな、阿紫花。子どもが不審がる。ジョージにも用意して置いたのになあ、衣装」
ちなみにジョージの衣装はバッドマン(ダークナイト版・真っ黒)だ。ギイと阿紫花とフウが選んだにしては、良心的だ。
「ま、これは来年使えばいいさ。機会があったらね」
着替え終わったギイはクローゼットルームを出る。すると、
「着替え終わったかい?ああ、似合うじゃないか、お二人さん」
フウは、いつものピエロの衣装で車椅子に座っていた。
ギイと阿紫花はそれを見下ろし、
「……普段着だろ、それ」
「初めて見た気がしやせんね……」
不満げな二人に、フウは子どものように頬を膨らませ、
「だってあたしゃ二百年生きてんだよ?大概の服は仮装になりゃしない。ギイ君が着てる吸血鬼の服だって、あたしの若い頃の金持ちの普段着そっくりさ」
「そんな言い逃れはいい。阿紫花、適当な衣装はないか」
阿紫花はクローゼットを見回し、
「え~と……神父さんは?」
「病院で宗教色の強い衣装はダメだ。神経質な人間もいる」
「骨人間とか、囚人の縦じま衣装は?」
「老人にはちょっとな……虐待だと思われたくない」
「半裸の海賊は老骨にキちまいそうだしなあ、寒さが」
好き勝手言いまくる中年二人の背後で、フウは杖の柄で掌をパシパシと叩き、
「聞こえてるよ」
「狼男でいいんじゃないかな。暖かいし、これなら着た事ないだろう」
フウは「やれやれ」と頷いた。
施設内のパーティとはいえ、なかなか豪勢だった。
広いロビーに料理やキャンドルを用意してある。医師や看護士も、それぞれハロウィンにちなんだマスクや帽子だ。子どもたちも、ハロウィンの衣装が着られて楽しそうだ。童話のキャラクタや、映画のヒーローに扮して笑顔で走り回っている。一見すると病気なのか分からないほどだが、看護士がじっと見つめているのを見ると、やはり病気なのだという気がした。
子どもたちの歌の発表が終わり、ギイや阿紫花は医師たちと輪になり、
「確認しよう。僕は症状の軽い動ける子どもたちと一緒に、近隣の連絡済の家を数軒回って戻ってくる。阿紫花は屋外へ出られない子どもたちを監督。施設内の各所に職員や医師が待機しているから、彼らにお菓子を貰いに行く子どもたちを見ていてくれ」
ギイはテキパキと念のための携帯用の医療器具を用意しながら、携帯電話を取り出した。
「僕への連絡は携帯電話へ。定期的に子どもたちの数や顔を確認しろ。いなくなる事も怖いが、最中に症状が急変するのも問題だ。人の顔色を伺うのは得意だろ、注意してくれたまえ」
「へえへ。怒る気にもならねえや」
阿紫花は煙草が吸えないのが不満らしい。だがどうにもならないので我慢している。
ギイはくすりと微笑み、
「イイ子にしてたらお菓子をあげよう、阿紫花」
そう言って、子どもたち連れて数人の医師とともに出て行った。
フウと阿紫花はロビーで数人の看護士と待機だ。他の職員は、施設の各所に散って、子どもたちが来るのを待っている。
「イイ子ね……性質が悪ィや、ギイさん」
阿紫花は肩をすくめ、ミニスカの魔女に扮した若い女性看護士を見て鼻の下を伸ばしていたが、
「……ねえ、ねえ」
「あ?」
小さな子どもに服を引っ張られ、我に返った。
見れば、巻き毛の金髪の子どもだ。まだ10歳にならないだろう。
「NINJAって言うんでしょ、おじさん」
「……へえ。忍者でやすよ」
「いいなあ!僕テレビで見たんだ。Teenage Mutant Ninja Turtles!」
「?」
よく分からないが、金髪の子どもはポーズまで付けて、
「4人でシュレッダーをやっつけるんだ!カッコイイんだよ!」
「……」
ふと脳裏に、
『勝と人形相撲してよ、俺優勝したんだぜ、兄貴!』
平馬の顔が浮かぶ。
阿紫花は微笑んで、
「坊やの言ってるヒーローにゃ、あたしはなれやせんけど……」
傍らの大きなスーツケースのくぼみに両手で触れた。
手を引くと、指貫が嵌って糸が伸びている。
今日は手袋はなしだ。
「ちょいとだけ、楽しんで頂きやしょう」
ばかっ、とスーツケースが開き、キリキリリ、と糸が鳴いて骨組みが勝手に組みあがっていく。
スーツケースの上で、大きな人形がゆっくりと、芸人のように頭を下げた。今日は特別カボチャ頭の人形だ。
「お代は見てのお帰りでえ」
子ども達も職員も驚いて、しかし拍手を送ってくれた。
「オジサン……NINJAじゃなくて、トランスフォーマーだったの?」
呆気に取られた子どもの顔に、阿紫花は微笑んだ。
長くなりそうな予感もしつつ、続きはいずれ。ちと体調が。
エレと鳴海と阿紫花とジョージ。コメディ。
生き残りパラレル。黒賀村にて。
生き残りパラレル。黒賀村にて。
習うより慣れろ
恋する女は美しい--と、昔誰かが言ったが阿紫花は信じてはいなかった。気持ち一つで容姿が変われるなら苦労はない。それに色恋も泥沼ならば泥まみれのツラにしかならないからだ。男に殴られて目の周りを痣で染めて、それでも夜の街で生きる女なら山と見た。恋も愛もそりゃイイモノではあろうが、男に振り回されてそれでも幸せだと思い込んだブスッ面など、むしろ殴って捨てたい程嫌悪に駆られる。
同属嫌悪だと気づいたのはついこの間ではあるけれど。
黒賀村に帰ってきて数日。
その日阿紫花は、離れで人形の手入れをしていた。
新しくフウから与えられた人形を、阿紫花は気に入っているがギミックが多くて苦労している。しろがね専用の人形の複雑さだけはどうにも慣れない。技巧派を気取っていた阿紫花ではあるが、しろがねの世界ではそのテクもチャチなものだ。今なら分かる。もしギイのオリンピアを動かせと言われたら逃げ出したくなっているだろう。ギミックが多く、手数が多い人形の繰りは骨が折れる。
「あるるかん」が練習用だというのは、すぐに体で理解できた。ギミックが少ない、パワーで勝負する人形だからだ。実践ではタイミングで勝負しなくてはいけないから、変にギミックの多いオリンピアに比べれば、これもまた操手を選ぶ人形という事になるだろうが、それでも操りやすい。隠し手や隠し武器の多い人形は、使いこなせなければパワータイプの人形に簡単に負ける。しろがねの集中力や体力がなければ、とてもではないが操りきれない。
阿紫花の新しい人形は、操手である阿紫花には不釣合いなのだ。
オリンピアのギミックと、あるるかんのパワー。そのどちらも兼ね備えた--といえば聞こえはいいが、要は真ん中取りだ。プラスもマイナスも減っている。人間である阿紫花だから、それくらいでちょうどいいだろうとフウもギイも言うが、阿紫花は釈然としない。操りやすいだけの人形に用はない。欲しいのは、戦場に立てるだけの人形だ。
「気に入らなければ、君が改造しろ。それはもう君のものだ」
ギイは阿紫花の首に指を当て、
「君が好きにしろ。だが壊れたらそれで終わりだ。代わりはない。しろがねはそうなんだよ。自分の人形を壊してしまったら、後は自分の体の中の『生命の水』くらいしか武器がない」
怖いほど冷たい顔で、ギイは阿紫花に釘を刺す。
「この人形が壊れたら、君も壊れる。それくらいの覚悟で操れ。出来なければ操り人形は諦めて、メイド人形でも作るんだな。そっちも人手はいつでも欲しいんだ。君みたいな人間でも、人形作りの腕があるから、戦場になど行かなくても生きて行ける」
それじゃ意味がねえ、と笑った阿紫花にギイは、
「では意味ある生き方のために努力をしたまえ。君がどう思っているかは知らないが、僕は努力を笑ったりしない。この世には、天賦の才など存在しないからだ。努力だけが自分の力だ、阿紫花」
努力したまえ。
……そう言われたので、阿紫花は自分なりに頑張ってはいる。
「でも、あたしただの人形使いでやすからね……。しろがねたちみてえに、知識まではそんなに持ってねえのになあ」
夜の街の歩き方とか、女の落とし方ならよっく知っているが。
「白銀とかいう人の記憶がありゃ、ちっとはマシなんでしょうけどよ……」
薄暗い離れの土間に人形を置き、阿紫花は首を傾げる。隅から隅まで、など、分かるはずがない。自分が作ったものではないし、阿紫花の知らない機能もあるかも知れない。
「……ま、何とか、しやすかね……」
自分がこれまで見てきた人形の記憶なら、鮮明に残っている。抱いた女の股座以上にははっきりしている。
よし、と、呟いて、阿紫花は人形の手入れを始めた。
服を脱がせ、四肢の外側の殻を外し、中を確かめる。見た限りでは手足に異常はない。歯車も磨耗していないし、噛み合せも綺麗なものだ。糸を引っ張っても、キリリと綺麗な稼働音が聞こえるだけだ。感触も悪くない。
胴体部分を開いた。
その時、土間の入り口から声がした。
「すいません……誰か」
聞き覚えのある澄んだ女の声だ。阿紫花は振り向く。
「あ?姐ちゃん」
「阿紫花……さん」
エレオノールだ。袖の無い地味な白のハイネックTシャツにジーンズ、という格好だが、体の線の美しさが際立って見える。
エレオノールが日仏混血と阿紫花は以前に知ったが、異人種の混血は時に純血の何倍も美しく見えるらしい。白人のバタ臭さも日本人の平坦さも見られない代わりに、彫りが深いのにどこかあどけなく若く見える。銀髪になって目立つのもあるだろうが、エレオノールは確かに生まれ付いて父母の長所を受け継いでいるようだ。
「さん付けなんぞ要りやせんよ。姐ちゃんにそう呼ばれっと、なんか痒ィや。前は男みてえにあたしを怒鳴りつけてたのによ」
「……」
「阿紫花、で構いやせんよ。懐かしく思えるくれえだ。ま、入って座ったらどうだい。ジョージならいねえよ」
「知ってる。サーカスの設営を、手伝ってくれているから」
「はは、鳴海兄さんと力仕事やらせるなら適任っすからねえ。あ、茶ならそこに缶あっから、適当に飲んで下せェ。冷えてねえけど」
阿紫花は顎で転がっている缶を示し、エレオノールに背を向け、人形の調子を見る。話があってきたのなら、適当に話していくだろう。そう思った。
エレオノールは離れを見回した。八畳ほどの土間の奥に、部屋が数室あるだけの離れだ。物置きめいて、物が多い。古いダンボール箱が並んでいたり、古書が並んでいたりして、子どもの秘密の遊び場としては最適だろう。誰がかつて使ったのか分からない、スポーツカーを模した古い足こぎ車が、エレオノールの足元に置いてあった。
時の流れを感じ、エレオノールは他人の事ながらどこかで懐かしさを覚えた。きっと誰にでも、しろがねにも共通する--郷愁だ。
「--で?鳴海の兄さんと、ケンカでもしやしたかい」
「え?」
エレオノールは阿紫花の背を見る。
阿紫花は手を休めず、
「だってあんたがあたしに用があるワケねえもの。あるとしたら、この村にもサーカスにも関係ねえこった。しろがねの話ならギイさんのトコ行くだろうし、あんたの今の生活の中で、村ともサーカスとも関係ねえモンがあるとしたら、鳴海の兄さんとの男と女の話ぐれえっしょ」
「……」
「しかも多分、男の意見を聞きたいってトコじゃねえかい?--浮気でもされたかよ」
「いいえ!いいえ--でも、いっそそれなら、どれだけ……」
そいつは穏やかじゃない。
阿紫花は振り向いた。
エレオノールは土間に立ち尽くし、耐えるように目を伏せている。
「……こっち座ンなせえよ」
阿紫花は煙草を取り出し、自分の隣を示す。人形を間に挟むようにして、二人は上がり口に座り込んだ。
プフー、と煙を吐いて阿紫花が問うた。
「で?何がどうしたってんで?」
「その……阿紫花」
何故かエレオノールは真っ赤だ。
その顔を見て、阿紫花は「随分可愛くなっちまいやがってなあ」と、記憶の中のキツイ顔のエレオノールを思い出す。今の顔の方が、断然親しみやすい。
「私は……その、魅力がないんだろうか」
「あ?」
「私を見て、……その、……だ、抱き、た、いとか」
阿紫花は急いで周囲を見回した。ギイがもし聴いていたら、どんな目にあわせられるか分からない。
まるでエレオノールが阿紫花にアプローチを仕掛けているような構図ではあるが、エレオノールは他意の無い顔で阿紫花を見ている。
「阿紫花?」
「(いねえ!良かった!)……や、こっちの事……。あの、なんでそんな風に思うんでさ」
「鳴海と、まだ、……ないのです」
かあ~、と聞こえそうなほど、エレオノールの顔が赤くなる。とても可愛い。
こりゃ手を出すなって方が酷だわ……、と阿紫花はヴィルマの気持ちを理解するが、実際に手を出したらどんな目に合うか。ジョージよりギイのが怖い。
「あんたら、あの列車で何日も二人きりだったんじゃねえか」
「あ、あんな時に何を……。それに鳴海はあの時、私を忘れていた……」
記憶を失って、エレオノールの出生の秘密を曲解したために鳴海はエレオノールを憎んでいた。
「……私を思い出しても、鳴海はあの時、先がないからと私を突き放していた……」
「じゃあ今は好き勝手ヤリまくンなよ。いいね~若いって。何発でもヤりゃいいじゃねえか」
イヒヒヒヒ、と中年男の顔で阿紫花が笑うが、エレオノールは顔を曇らせ、
「そ、そう、ですよね……男の人って」
「……あンですね。今のは立派な、セクハラっちゅーんじゃねえのかね」
「そうなのですか?」
エレオノールは本気でそう問う。
マジで経験無ぇのか、と阿紫花は心の中で目を丸くする。
こりゃちっと世間擦れが必要だわ、と阿紫花は思い、
「言っときやすが、あたしただの中年男なんですぜ。あたしに相談していいんですかい?男も相手に出来るが女のが断然好きな、ヤクザ者だってお忘れじゃねえかい?前にあんたの服裂いてやったの忘れたかい……」
阿紫花は蛇のような目で見るが、エレオノールは怖じず、
「私は貴方よりずっと強い。貴方に襲われても、私は勝てる。それに貴方は、昔とは違う気がする」
「あたしの何を知ってるってんで?」
「目が、」
優しくなった、と、エレオノールは言った。
「坊ちゃまを守ってくれた」
「……」
信用してるって事か?それにしてもちと無防備すぎるとは思うが、--悪い気はしなかった。エレオノールのまっすぐな、しかし暖かい目の奥を見つめていると、確かに時の流れを実感できた。
この娘も、以前は冷たい人形の目だった。
「……サーカスの女に聴きゃいいじゃねえっすか」
「ヴィルマは私に迫ってくるし、後の二人は子どもだから。村の女性たちに知り合いはいないし、……私は、他に友達がいない」
「……仕方ねえなあ」
阿紫花は笑った。
「話だけでも、聴きやしょ……」
「ありがとう」
エレオノールは、そう言って微笑んだ。
歯車の手入れを、それぞれ左右に分かれて、阿紫花としろがねは行い始めた。話の合間に手が空くのは勿体ない、と阿紫花もしろがねも思ったのだ。
それに何かしていた方が、しやすい話もある。
「避けられているわけではないと思う。鳴海は皆とも、打ち解けているし、私にもとても優しい」
エレオノールは柔らかい布で歯車を優しく磨く。
「でも、皆が気を遣って二人きりにしてくれたり、……宿でも二人きりになるように部屋を割り振ってくれたり、してくれても、鳴海は……」
「何もしねえのかい」
阿紫花は糸を調節しながら、胴体部の巻き込みに手を加えている。
「私を抱きしめて終わり。別々のベッドで寝るだけ」
「そりゃ勿体ねえな」
「そうなの。部屋代だって割高なはずなのに!」
「……(男としてアンタに手を出さないのは勿体ないって話)で、何も言って来ねえのかい、鳴海の兄さんは。普通男の方がヤリたがるもんなのにな」
「わ、私は別にそんな……」
「あ?女が誘ったっていいじゃねえか。それに、そんな事したってアンタが淫乱だとかってんじゃねえでしょ」
「い、淫ら……」
絶句するエレオノールに、阿紫花は眉をしかめ、
「……言葉が悪かったなら謝りやすよ。話進まねえじゃねえか」
「……分かった。……私たちはしろがねだから、多分、人間よりはそういう欲望が少ないのだと思う。生殖能力も低い。過去に生まれたしろがねの子どもは私だけだと言うくらいだから。……鳴海も、もしかしたら……」
「……インポ?」
今度は阿紫花が絶句した。それはない。しろがね-Oのジョージですらそういう欲求はあるし、機能もある。(充分すぎるほど)
ギイですら、あれでなかなか遊んでいるのだ。
だが男どものそんな顔など知らないエレオノールは、心配そうに、
「悩まないで言って欲しい……悩みがあるなら、分かち合いたい」
「いやそれは分かち合われても男としては切ないっつうか……、いや、ねえよ。無い無い。だってジョージだってあんな……」
「あんな?」
ぱっ、とエレオノールが顔を上げる。
もしかしたら、しろがねの性生活の情報が欲しくてジョージの連れである自分のところに来たのではないか、と、阿紫花は勘繰る。
「……少なくとも、あたしは満足してやすよ……」
「一ヶ月に何回するものなの!?一週間単位は?一日何回出来るのかしら?」
エレオノールは彼女なりに必死な顔だ。こんな薄暗い二人きりの離れで、彼女にこんな風に迫られ、そんな性的な話題を振られても、阿紫花としては切ないばかりだ(主に股間が)。
「……それ、答えなきゃいけやせん?」
「是非!私は私たちの事がもっと知りたい。キュベロンじゃ教えてくれなかった」
「学〇では教えれくれな〇事」とかいう番組だか本だかがあったなあ、と、阿紫花はうっすら思う。
「教えて、阿紫花。私と鳴海の未来のために!」
「あたしの羞恥心も思いやってくだせえよ……」
そしてジョージの下半身事情も思いやって、と、阿紫花は項垂れた。
「ジョージ、お前さ……」
テント設営の休憩中、何となく鳴海とジョージは離れた場所で二人だけで昼食を食べていた。鳴海は黒賀村婦人会の手作り弁当だが、ジョージは持参したパウチ入りの液体を飲むだけだ。
ジョージは気づき、手にしていたパウチを差し出し、
「……お前も欲しいのか」
「何それ」
「サイボーグ用の高蛋白アミノ酸。ミネラル入り経口摂取タイプ。お前が飲んでも適合する」
「いらねえよ。……そんなの食って、満足すんのか?」
「食欲はない。空腹もない」
「ああそう。……」
「だが、たまに味が知りたくなるな。それが食欲なのかは忘れた」
「……消化できンなら、食ってもいいんじゃねえか?」
「阿紫花と一緒ならな。酒だけでカロリーを満たそうとする馬鹿に栄養を取らせようと思ったら、一緒に食べないと駄々をこねる。どうしようもないんだ、あいつは」
「……」
ノロケじゃねーか、と、鳴海は言いたいが、ぐっとこらえ最後の一口を飲み込んだ。そして呟くように、隣のジョージに話しかけた。
「阿紫花さ……。痩せてるよな」
ジョージは遠くを見たままだ。設営したテントの張り具合と、サーカスのメンバーに異常が無いか、惰性で確認しながら答えた。
「ああ、そうだな」
「腰、細いよな」
「まあ、男だからな」
「ケツ、小せえ、じゃん」
「……」
「お前の、入ンの?……」
「殴っていいか」
ジョージは遠くを見たまま、
「本気で殴っていいか。いや、こんな時は確認を取るべきではない。殴る。殴らせろ」
「待てよ!」
「ボラがあればイリノイの決着をつける所だ。置いてきたから私の拳で勘弁してやる。殴らせろ」
「は、話が終わったら殴らせるって!話を聞けって」
「……何の話だ」
やっとジョージが振り向いて鳴海を見る。
鳴海は赤い顔で、
「……その、あのな。お前、女とやった事ある?」
「ノーコメントだ」
「……初めてって、困んなかった?」
「……何に」
「全然違ェじゃん!体の大きさが!女って大概小さくて細くてよォ、……その、悩ンでんだ。大きさで」
鳴海は真剣な顔で遠くの山々を睨んだ。
ジョージは機能停止の顔でそれを眺めている。
鳴海は必死な顔で、
「あんな細い腰なんだぞ!?ケツだって、全然俺より小せえし!それに俺--結構、デカいんだ」
「お前は何の情報を私から引き出したいんだ?」
「だから!入るか、って事!お前だって体でけえじゃん、阿紫花は、そりゃそんなに小さくはないけど、細いしよ。体格に差があるだろ。だから、その、……初めてで失敗とかしなかったのか、と思って」
「……なるほど。自分が失敗するのが怖いから、参考の体験談が欲しいのか。最初からそう言え」
「え、言ってたじゃん……話の流れとかで分かンねえ?普通」
「結論から話せ、面倒な男だな」
「お前はもう少し人の気持ちを察してもいいと思うぞ……」
「結論から言うと、お前はアホだ」
んだとぉ!と鳴海がいきり立つ。ジョージは顔色を変えず、
「私はそういったプライベートを他人に話したくない。だが、言わせて貰うなら、私と話すよりエレオノールにそう伝えるべきだという事だ」
「出来ンならやってるって……」
「加えて言うなら、成人女性の体はその行為に及べるよう出来ている」
「……なんか、マジメな言葉で喋ったほうが卑猥だな」
「ではこう言えと言うのか。セックスなんかやれば出来るものだ。いくらデカくても、やろうと思えば出来る。大体、そんなにデカいのか?エレオノールにベッドで鼻で笑われて終わりじゃないのか?」
「ジョージ、テメエ……しろがねはそんな女じゃねえよ!」
「私はお前のパートナーをけなす事はしない。お前と違ってな。人のパートナーの身体について、最初にアレコレ言うからだ。不愉快な」
尻が小さいとか、腰が細い、とかか。
鳴海は気づいて身を縮める。
「……そりゃ、……でも言い出すキッカケ、つうか」
「エレオノールもしろがねだ。さっきお前が言ったな。だから言うが、傷はすぐ塞がる」
「は?」
「だから、……裂けても、塞がるだろう」
今度は鳴海が絶句した。
ジョージは心配そうに、
「ヘタそうだからな。お前は」
「ど、どどどど!どんだけだと思ってんだ!テメエは!いくら俺だって、いくら初めてだって、そんな無茶あるか!」
「ならいいんだがな。エレオノールが気の毒だ」
ジョージがそう呟いた瞬間。
背後に陰が立った。
「……エレオノールが、どうかしたかい」
「黒賀村公民館」と書かれた薬缶を持ったギイが、立っていた。
お茶を持ってきてくれたのだ。
「ギ、ギイ」
「いつから……」
ギイは白磁の肌をさらに白く青くさせている。
「やれば出来るとか、サイズがどうとか……、君たちは、こんな太陽の下で誰の事を話していたんだい……?」
ゆらりとギイの陰が揺れる。
鳴海とジョージは青ざめ、
「ま、待て、落ち着け」
「私はただ経験の薄いコイツに相談されて--」
弁解も遅かった。
エレオノールの父親役と兄役を請け負っていた男は、怒りで色をなくした顔で、手術用のメスを両手に十本も持ち出し。
黒髪と機械の体のしろがねたちを追い掛け回した。
「あ、いい腕してんじゃん、あのハンサムガイ」
周囲の人間が「また何か面倒事が」と引く中、ヴィルマだけが感心していた。
「……なるほど、男性の機能に、問題はないはずなのですね。しろがねでも。一般の男性と比べても、遜色ないのですか」
ふむふむ、とマジメに頷くエレオノールの前で、阿紫花は「すいやせん、ジョージさん、ギイさん」と、項垂れている。ほとんどはジョージの話だが、機械の体では参考にならないかも、と、ギイの事まで持ち出してしまった。
「……お役に立てやして?」
「はい!ありがとう。これで鳴海に、少し聞いてみます。もし体に何か不具合があっての事なら、やっぱり私も協力すべきですから」
根がマジメなエレオノールは、そう決意して拳を固める。
男である阿紫花としては「ほっといてもらった方が精神的に楽なんじゃねえかなあ」とは思うが、当人たちの問題だ。口出しすべきではない。
エレオノールは何気なく、
「しろがねの男性と暮らす人間の女性はいたはずですものね。ルシール先生のように、人間の男性とお付き合いしていたしろがねの女性もいたし……愛があれば、きっと、乗り越えられるはずです」
「……」
「私はもう成果は求めない。ただ鳴海が悩んでいる事の一部でも、知る手がかりが欲しかった」
エレオノールは呟き、
「ありがとう、阿紫花。鳴海に、ぶつかってみます」
--ああ、綺麗な顔だなあ。
エレオノールの顔を見つめ、阿紫花はそう思った。
「恋する女の顔も、悪くないモンでやすねえ」
「え?」
「自分と相手次第って事なんですねえ、何事もさ」
阿紫花は煙草の煙を吐き、人形を見下ろした。
「こいつとじゃねえと歯車が噛み合わねえ--てなモンさ、色恋てのは」
あんた綺麗になりやしたねえ、と、阿紫花はエレオノールに言った。
「ギイのしょげ返った顔など、初めて見た」
ジョージは帰ってきてそう言った。
「エレオノールが一言言っただけで、まるで捨て犬のような顔になったよ」
ギイに追いかけられる鳴海とジョージを見つけ、サーカスに戻ってきたエレオノールは、
『鳴海と私の事に、ギイ先生は口を出さないで下さい!』
そう怒鳴って、ギイを叱り飛ばしたという。
「ギイめ、いいザマだ」
それを聴きながら、布団に寝転がり、土間の人形を眺めながら、阿紫花は呟く。
「今夜は、姐ちゃんと鳴海の兄さん、出かけるとか言ってたかい?……」
「さあ?だったら何なんだ?」
「……いんえ、別に」
後は当人たちの問題だ。そもそも阿紫花もジョージも、彼らの問題に巻き込まれるべきではなかったのだし。
「明日ギイさんを、慰めに行きやすかね……」
阿紫花は呟いて、煙草を灰皿に押し付けて布団を被った。
END
エレオノール大胆すぎるだろ。
恋する女は美しい--と、昔誰かが言ったが阿紫花は信じてはいなかった。気持ち一つで容姿が変われるなら苦労はない。それに色恋も泥沼ならば泥まみれのツラにしかならないからだ。男に殴られて目の周りを痣で染めて、それでも夜の街で生きる女なら山と見た。恋も愛もそりゃイイモノではあろうが、男に振り回されてそれでも幸せだと思い込んだブスッ面など、むしろ殴って捨てたい程嫌悪に駆られる。
同属嫌悪だと気づいたのはついこの間ではあるけれど。
黒賀村に帰ってきて数日。
その日阿紫花は、離れで人形の手入れをしていた。
新しくフウから与えられた人形を、阿紫花は気に入っているがギミックが多くて苦労している。しろがね専用の人形の複雑さだけはどうにも慣れない。技巧派を気取っていた阿紫花ではあるが、しろがねの世界ではそのテクもチャチなものだ。今なら分かる。もしギイのオリンピアを動かせと言われたら逃げ出したくなっているだろう。ギミックが多く、手数が多い人形の繰りは骨が折れる。
「あるるかん」が練習用だというのは、すぐに体で理解できた。ギミックが少ない、パワーで勝負する人形だからだ。実践ではタイミングで勝負しなくてはいけないから、変にギミックの多いオリンピアに比べれば、これもまた操手を選ぶ人形という事になるだろうが、それでも操りやすい。隠し手や隠し武器の多い人形は、使いこなせなければパワータイプの人形に簡単に負ける。しろがねの集中力や体力がなければ、とてもではないが操りきれない。
阿紫花の新しい人形は、操手である阿紫花には不釣合いなのだ。
オリンピアのギミックと、あるるかんのパワー。そのどちらも兼ね備えた--といえば聞こえはいいが、要は真ん中取りだ。プラスもマイナスも減っている。人間である阿紫花だから、それくらいでちょうどいいだろうとフウもギイも言うが、阿紫花は釈然としない。操りやすいだけの人形に用はない。欲しいのは、戦場に立てるだけの人形だ。
「気に入らなければ、君が改造しろ。それはもう君のものだ」
ギイは阿紫花の首に指を当て、
「君が好きにしろ。だが壊れたらそれで終わりだ。代わりはない。しろがねはそうなんだよ。自分の人形を壊してしまったら、後は自分の体の中の『生命の水』くらいしか武器がない」
怖いほど冷たい顔で、ギイは阿紫花に釘を刺す。
「この人形が壊れたら、君も壊れる。それくらいの覚悟で操れ。出来なければ操り人形は諦めて、メイド人形でも作るんだな。そっちも人手はいつでも欲しいんだ。君みたいな人間でも、人形作りの腕があるから、戦場になど行かなくても生きて行ける」
それじゃ意味がねえ、と笑った阿紫花にギイは、
「では意味ある生き方のために努力をしたまえ。君がどう思っているかは知らないが、僕は努力を笑ったりしない。この世には、天賦の才など存在しないからだ。努力だけが自分の力だ、阿紫花」
努力したまえ。
……そう言われたので、阿紫花は自分なりに頑張ってはいる。
「でも、あたしただの人形使いでやすからね……。しろがねたちみてえに、知識まではそんなに持ってねえのになあ」
夜の街の歩き方とか、女の落とし方ならよっく知っているが。
「白銀とかいう人の記憶がありゃ、ちっとはマシなんでしょうけどよ……」
薄暗い離れの土間に人形を置き、阿紫花は首を傾げる。隅から隅まで、など、分かるはずがない。自分が作ったものではないし、阿紫花の知らない機能もあるかも知れない。
「……ま、何とか、しやすかね……」
自分がこれまで見てきた人形の記憶なら、鮮明に残っている。抱いた女の股座以上にははっきりしている。
よし、と、呟いて、阿紫花は人形の手入れを始めた。
服を脱がせ、四肢の外側の殻を外し、中を確かめる。見た限りでは手足に異常はない。歯車も磨耗していないし、噛み合せも綺麗なものだ。糸を引っ張っても、キリリと綺麗な稼働音が聞こえるだけだ。感触も悪くない。
胴体部分を開いた。
その時、土間の入り口から声がした。
「すいません……誰か」
聞き覚えのある澄んだ女の声だ。阿紫花は振り向く。
「あ?姐ちゃん」
「阿紫花……さん」
エレオノールだ。袖の無い地味な白のハイネックTシャツにジーンズ、という格好だが、体の線の美しさが際立って見える。
エレオノールが日仏混血と阿紫花は以前に知ったが、異人種の混血は時に純血の何倍も美しく見えるらしい。白人のバタ臭さも日本人の平坦さも見られない代わりに、彫りが深いのにどこかあどけなく若く見える。銀髪になって目立つのもあるだろうが、エレオノールは確かに生まれ付いて父母の長所を受け継いでいるようだ。
「さん付けなんぞ要りやせんよ。姐ちゃんにそう呼ばれっと、なんか痒ィや。前は男みてえにあたしを怒鳴りつけてたのによ」
「……」
「阿紫花、で構いやせんよ。懐かしく思えるくれえだ。ま、入って座ったらどうだい。ジョージならいねえよ」
「知ってる。サーカスの設営を、手伝ってくれているから」
「はは、鳴海兄さんと力仕事やらせるなら適任っすからねえ。あ、茶ならそこに缶あっから、適当に飲んで下せェ。冷えてねえけど」
阿紫花は顎で転がっている缶を示し、エレオノールに背を向け、人形の調子を見る。話があってきたのなら、適当に話していくだろう。そう思った。
エレオノールは離れを見回した。八畳ほどの土間の奥に、部屋が数室あるだけの離れだ。物置きめいて、物が多い。古いダンボール箱が並んでいたり、古書が並んでいたりして、子どもの秘密の遊び場としては最適だろう。誰がかつて使ったのか分からない、スポーツカーを模した古い足こぎ車が、エレオノールの足元に置いてあった。
時の流れを感じ、エレオノールは他人の事ながらどこかで懐かしさを覚えた。きっと誰にでも、しろがねにも共通する--郷愁だ。
「--で?鳴海の兄さんと、ケンカでもしやしたかい」
「え?」
エレオノールは阿紫花の背を見る。
阿紫花は手を休めず、
「だってあんたがあたしに用があるワケねえもの。あるとしたら、この村にもサーカスにも関係ねえこった。しろがねの話ならギイさんのトコ行くだろうし、あんたの今の生活の中で、村ともサーカスとも関係ねえモンがあるとしたら、鳴海の兄さんとの男と女の話ぐれえっしょ」
「……」
「しかも多分、男の意見を聞きたいってトコじゃねえかい?--浮気でもされたかよ」
「いいえ!いいえ--でも、いっそそれなら、どれだけ……」
そいつは穏やかじゃない。
阿紫花は振り向いた。
エレオノールは土間に立ち尽くし、耐えるように目を伏せている。
「……こっち座ンなせえよ」
阿紫花は煙草を取り出し、自分の隣を示す。人形を間に挟むようにして、二人は上がり口に座り込んだ。
プフー、と煙を吐いて阿紫花が問うた。
「で?何がどうしたってんで?」
「その……阿紫花」
何故かエレオノールは真っ赤だ。
その顔を見て、阿紫花は「随分可愛くなっちまいやがってなあ」と、記憶の中のキツイ顔のエレオノールを思い出す。今の顔の方が、断然親しみやすい。
「私は……その、魅力がないんだろうか」
「あ?」
「私を見て、……その、……だ、抱き、た、いとか」
阿紫花は急いで周囲を見回した。ギイがもし聴いていたら、どんな目にあわせられるか分からない。
まるでエレオノールが阿紫花にアプローチを仕掛けているような構図ではあるが、エレオノールは他意の無い顔で阿紫花を見ている。
「阿紫花?」
「(いねえ!良かった!)……や、こっちの事……。あの、なんでそんな風に思うんでさ」
「鳴海と、まだ、……ないのです」
かあ~、と聞こえそうなほど、エレオノールの顔が赤くなる。とても可愛い。
こりゃ手を出すなって方が酷だわ……、と阿紫花はヴィルマの気持ちを理解するが、実際に手を出したらどんな目に合うか。ジョージよりギイのが怖い。
「あんたら、あの列車で何日も二人きりだったんじゃねえか」
「あ、あんな時に何を……。それに鳴海はあの時、私を忘れていた……」
記憶を失って、エレオノールの出生の秘密を曲解したために鳴海はエレオノールを憎んでいた。
「……私を思い出しても、鳴海はあの時、先がないからと私を突き放していた……」
「じゃあ今は好き勝手ヤリまくンなよ。いいね~若いって。何発でもヤりゃいいじゃねえか」
イヒヒヒヒ、と中年男の顔で阿紫花が笑うが、エレオノールは顔を曇らせ、
「そ、そう、ですよね……男の人って」
「……あンですね。今のは立派な、セクハラっちゅーんじゃねえのかね」
「そうなのですか?」
エレオノールは本気でそう問う。
マジで経験無ぇのか、と阿紫花は心の中で目を丸くする。
こりゃちっと世間擦れが必要だわ、と阿紫花は思い、
「言っときやすが、あたしただの中年男なんですぜ。あたしに相談していいんですかい?男も相手に出来るが女のが断然好きな、ヤクザ者だってお忘れじゃねえかい?前にあんたの服裂いてやったの忘れたかい……」
阿紫花は蛇のような目で見るが、エレオノールは怖じず、
「私は貴方よりずっと強い。貴方に襲われても、私は勝てる。それに貴方は、昔とは違う気がする」
「あたしの何を知ってるってんで?」
「目が、」
優しくなった、と、エレオノールは言った。
「坊ちゃまを守ってくれた」
「……」
信用してるって事か?それにしてもちと無防備すぎるとは思うが、--悪い気はしなかった。エレオノールのまっすぐな、しかし暖かい目の奥を見つめていると、確かに時の流れを実感できた。
この娘も、以前は冷たい人形の目だった。
「……サーカスの女に聴きゃいいじゃねえっすか」
「ヴィルマは私に迫ってくるし、後の二人は子どもだから。村の女性たちに知り合いはいないし、……私は、他に友達がいない」
「……仕方ねえなあ」
阿紫花は笑った。
「話だけでも、聴きやしょ……」
「ありがとう」
エレオノールは、そう言って微笑んだ。
歯車の手入れを、それぞれ左右に分かれて、阿紫花としろがねは行い始めた。話の合間に手が空くのは勿体ない、と阿紫花もしろがねも思ったのだ。
それに何かしていた方が、しやすい話もある。
「避けられているわけではないと思う。鳴海は皆とも、打ち解けているし、私にもとても優しい」
エレオノールは柔らかい布で歯車を優しく磨く。
「でも、皆が気を遣って二人きりにしてくれたり、……宿でも二人きりになるように部屋を割り振ってくれたり、してくれても、鳴海は……」
「何もしねえのかい」
阿紫花は糸を調節しながら、胴体部の巻き込みに手を加えている。
「私を抱きしめて終わり。別々のベッドで寝るだけ」
「そりゃ勿体ねえな」
「そうなの。部屋代だって割高なはずなのに!」
「……(男としてアンタに手を出さないのは勿体ないって話)で、何も言って来ねえのかい、鳴海の兄さんは。普通男の方がヤリたがるもんなのにな」
「わ、私は別にそんな……」
「あ?女が誘ったっていいじゃねえか。それに、そんな事したってアンタが淫乱だとかってんじゃねえでしょ」
「い、淫ら……」
絶句するエレオノールに、阿紫花は眉をしかめ、
「……言葉が悪かったなら謝りやすよ。話進まねえじゃねえか」
「……分かった。……私たちはしろがねだから、多分、人間よりはそういう欲望が少ないのだと思う。生殖能力も低い。過去に生まれたしろがねの子どもは私だけだと言うくらいだから。……鳴海も、もしかしたら……」
「……インポ?」
今度は阿紫花が絶句した。それはない。しろがね-Oのジョージですらそういう欲求はあるし、機能もある。(充分すぎるほど)
ギイですら、あれでなかなか遊んでいるのだ。
だが男どものそんな顔など知らないエレオノールは、心配そうに、
「悩まないで言って欲しい……悩みがあるなら、分かち合いたい」
「いやそれは分かち合われても男としては切ないっつうか……、いや、ねえよ。無い無い。だってジョージだってあんな……」
「あんな?」
ぱっ、とエレオノールが顔を上げる。
もしかしたら、しろがねの性生活の情報が欲しくてジョージの連れである自分のところに来たのではないか、と、阿紫花は勘繰る。
「……少なくとも、あたしは満足してやすよ……」
「一ヶ月に何回するものなの!?一週間単位は?一日何回出来るのかしら?」
エレオノールは彼女なりに必死な顔だ。こんな薄暗い二人きりの離れで、彼女にこんな風に迫られ、そんな性的な話題を振られても、阿紫花としては切ないばかりだ(主に股間が)。
「……それ、答えなきゃいけやせん?」
「是非!私は私たちの事がもっと知りたい。キュベロンじゃ教えてくれなかった」
「学〇では教えれくれな〇事」とかいう番組だか本だかがあったなあ、と、阿紫花はうっすら思う。
「教えて、阿紫花。私と鳴海の未来のために!」
「あたしの羞恥心も思いやってくだせえよ……」
そしてジョージの下半身事情も思いやって、と、阿紫花は項垂れた。
「ジョージ、お前さ……」
テント設営の休憩中、何となく鳴海とジョージは離れた場所で二人だけで昼食を食べていた。鳴海は黒賀村婦人会の手作り弁当だが、ジョージは持参したパウチ入りの液体を飲むだけだ。
ジョージは気づき、手にしていたパウチを差し出し、
「……お前も欲しいのか」
「何それ」
「サイボーグ用の高蛋白アミノ酸。ミネラル入り経口摂取タイプ。お前が飲んでも適合する」
「いらねえよ。……そんなの食って、満足すんのか?」
「食欲はない。空腹もない」
「ああそう。……」
「だが、たまに味が知りたくなるな。それが食欲なのかは忘れた」
「……消化できンなら、食ってもいいんじゃねえか?」
「阿紫花と一緒ならな。酒だけでカロリーを満たそうとする馬鹿に栄養を取らせようと思ったら、一緒に食べないと駄々をこねる。どうしようもないんだ、あいつは」
「……」
ノロケじゃねーか、と、鳴海は言いたいが、ぐっとこらえ最後の一口を飲み込んだ。そして呟くように、隣のジョージに話しかけた。
「阿紫花さ……。痩せてるよな」
ジョージは遠くを見たままだ。設営したテントの張り具合と、サーカスのメンバーに異常が無いか、惰性で確認しながら答えた。
「ああ、そうだな」
「腰、細いよな」
「まあ、男だからな」
「ケツ、小せえ、じゃん」
「……」
「お前の、入ンの?……」
「殴っていいか」
ジョージは遠くを見たまま、
「本気で殴っていいか。いや、こんな時は確認を取るべきではない。殴る。殴らせろ」
「待てよ!」
「ボラがあればイリノイの決着をつける所だ。置いてきたから私の拳で勘弁してやる。殴らせろ」
「は、話が終わったら殴らせるって!話を聞けって」
「……何の話だ」
やっとジョージが振り向いて鳴海を見る。
鳴海は赤い顔で、
「……その、あのな。お前、女とやった事ある?」
「ノーコメントだ」
「……初めてって、困んなかった?」
「……何に」
「全然違ェじゃん!体の大きさが!女って大概小さくて細くてよォ、……その、悩ンでんだ。大きさで」
鳴海は真剣な顔で遠くの山々を睨んだ。
ジョージは機能停止の顔でそれを眺めている。
鳴海は必死な顔で、
「あんな細い腰なんだぞ!?ケツだって、全然俺より小せえし!それに俺--結構、デカいんだ」
「お前は何の情報を私から引き出したいんだ?」
「だから!入るか、って事!お前だって体でけえじゃん、阿紫花は、そりゃそんなに小さくはないけど、細いしよ。体格に差があるだろ。だから、その、……初めてで失敗とかしなかったのか、と思って」
「……なるほど。自分が失敗するのが怖いから、参考の体験談が欲しいのか。最初からそう言え」
「え、言ってたじゃん……話の流れとかで分かンねえ?普通」
「結論から話せ、面倒な男だな」
「お前はもう少し人の気持ちを察してもいいと思うぞ……」
「結論から言うと、お前はアホだ」
んだとぉ!と鳴海がいきり立つ。ジョージは顔色を変えず、
「私はそういったプライベートを他人に話したくない。だが、言わせて貰うなら、私と話すよりエレオノールにそう伝えるべきだという事だ」
「出来ンならやってるって……」
「加えて言うなら、成人女性の体はその行為に及べるよう出来ている」
「……なんか、マジメな言葉で喋ったほうが卑猥だな」
「ではこう言えと言うのか。セックスなんかやれば出来るものだ。いくらデカくても、やろうと思えば出来る。大体、そんなにデカいのか?エレオノールにベッドで鼻で笑われて終わりじゃないのか?」
「ジョージ、テメエ……しろがねはそんな女じゃねえよ!」
「私はお前のパートナーをけなす事はしない。お前と違ってな。人のパートナーの身体について、最初にアレコレ言うからだ。不愉快な」
尻が小さいとか、腰が細い、とかか。
鳴海は気づいて身を縮める。
「……そりゃ、……でも言い出すキッカケ、つうか」
「エレオノールもしろがねだ。さっきお前が言ったな。だから言うが、傷はすぐ塞がる」
「は?」
「だから、……裂けても、塞がるだろう」
今度は鳴海が絶句した。
ジョージは心配そうに、
「ヘタそうだからな。お前は」
「ど、どどどど!どんだけだと思ってんだ!テメエは!いくら俺だって、いくら初めてだって、そんな無茶あるか!」
「ならいいんだがな。エレオノールが気の毒だ」
ジョージがそう呟いた瞬間。
背後に陰が立った。
「……エレオノールが、どうかしたかい」
「黒賀村公民館」と書かれた薬缶を持ったギイが、立っていた。
お茶を持ってきてくれたのだ。
「ギ、ギイ」
「いつから……」
ギイは白磁の肌をさらに白く青くさせている。
「やれば出来るとか、サイズがどうとか……、君たちは、こんな太陽の下で誰の事を話していたんだい……?」
ゆらりとギイの陰が揺れる。
鳴海とジョージは青ざめ、
「ま、待て、落ち着け」
「私はただ経験の薄いコイツに相談されて--」
弁解も遅かった。
エレオノールの父親役と兄役を請け負っていた男は、怒りで色をなくした顔で、手術用のメスを両手に十本も持ち出し。
黒髪と機械の体のしろがねたちを追い掛け回した。
「あ、いい腕してんじゃん、あのハンサムガイ」
周囲の人間が「また何か面倒事が」と引く中、ヴィルマだけが感心していた。
「……なるほど、男性の機能に、問題はないはずなのですね。しろがねでも。一般の男性と比べても、遜色ないのですか」
ふむふむ、とマジメに頷くエレオノールの前で、阿紫花は「すいやせん、ジョージさん、ギイさん」と、項垂れている。ほとんどはジョージの話だが、機械の体では参考にならないかも、と、ギイの事まで持ち出してしまった。
「……お役に立てやして?」
「はい!ありがとう。これで鳴海に、少し聞いてみます。もし体に何か不具合があっての事なら、やっぱり私も協力すべきですから」
根がマジメなエレオノールは、そう決意して拳を固める。
男である阿紫花としては「ほっといてもらった方が精神的に楽なんじゃねえかなあ」とは思うが、当人たちの問題だ。口出しすべきではない。
エレオノールは何気なく、
「しろがねの男性と暮らす人間の女性はいたはずですものね。ルシール先生のように、人間の男性とお付き合いしていたしろがねの女性もいたし……愛があれば、きっと、乗り越えられるはずです」
「……」
「私はもう成果は求めない。ただ鳴海が悩んでいる事の一部でも、知る手がかりが欲しかった」
エレオノールは呟き、
「ありがとう、阿紫花。鳴海に、ぶつかってみます」
--ああ、綺麗な顔だなあ。
エレオノールの顔を見つめ、阿紫花はそう思った。
「恋する女の顔も、悪くないモンでやすねえ」
「え?」
「自分と相手次第って事なんですねえ、何事もさ」
阿紫花は煙草の煙を吐き、人形を見下ろした。
「こいつとじゃねえと歯車が噛み合わねえ--てなモンさ、色恋てのは」
あんた綺麗になりやしたねえ、と、阿紫花はエレオノールに言った。
「ギイのしょげ返った顔など、初めて見た」
ジョージは帰ってきてそう言った。
「エレオノールが一言言っただけで、まるで捨て犬のような顔になったよ」
ギイに追いかけられる鳴海とジョージを見つけ、サーカスに戻ってきたエレオノールは、
『鳴海と私の事に、ギイ先生は口を出さないで下さい!』
そう怒鳴って、ギイを叱り飛ばしたという。
「ギイめ、いいザマだ」
それを聴きながら、布団に寝転がり、土間の人形を眺めながら、阿紫花は呟く。
「今夜は、姐ちゃんと鳴海の兄さん、出かけるとか言ってたかい?……」
「さあ?だったら何なんだ?」
「……いんえ、別に」
後は当人たちの問題だ。そもそも阿紫花もジョージも、彼らの問題に巻き込まれるべきではなかったのだし。
「明日ギイさんを、慰めに行きやすかね……」
阿紫花は呟いて、煙草を灰皿に押し付けて布団を被った。
END
エレオノール大胆すぎるだろ。
必読:ブログの説明
※「か〇くりサー〇ス」女性向け非公式ファンサイトです。CPは「ジョ阿紫」中心。また、予定では期間限定です。期間は2010年内くらいを予定してます。
※管理人多忙につき、更新は遅いです。倉庫くらいに思ってください
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プロフィール
名前:デラ
性別:女性(未婚)
年齢:四捨五入して三十路
備考:体力と免疫力が無い
性別:女性(未婚)
年齢:四捨五入して三十路
備考:体力と免疫力が無い
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