印刷 高速道路 1000円 機械仕掛けの林檎 今は昔・後編 (カテゴリ:長編) 忍者ブログ
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 性的描写・過去捏造につき閲覧注意。私のエロ小説はクドくてグロいです。いや、私自身全然甘甘ちゃんなので作品も全然ですけれど。
 ジョアシですが衝月×阿紫花チック。

 BGM : 某ホラゲのプレイ動画。何故だろう、外国の方の作ったゲームは怖くない。

 やっと終わりました。この夏休み設定で、まだ書きたいモノがあるんだけど夏が終わりました。時の流れに負け続けてます。女ですから。苦笑

 夏休み設定で書きたいネタ。
・フウの作った人形で肝試し。それぞれの反応ってあるよね。お盆だし、魂があった、と思われる人形たち(フランシーヌとか)は出てきてもいいじゃない!という話。
・阿紫花とジョージの朝の運動(夜のは別にやってる←オイ)。ミンシアとしろがねの、鳴海への愛合戦も。
・帰省初日に百合がインフルエンザ。看病ジョージ。そして三姉妹とうとう携帯電話を長兄に買わせる。現金かな、それともブラックカードかな……。フウさんの。(オイ

 他のキャラの話
・ギイとフランシーヌ人形の、91年ぶりの邂逅。ギイってフランシーヌ人形の事、少し好きだったよね、と思って。
・しろがねの過去と未来の一幕。戦いのアート、って、誰が見てアートなのか、って話。
・最終回後、生き残りパラレル。ミンシアと、パパラッチ対策のミンシアの身代わり人形の話。人形だって人を愛してもいいじゃない、と思う……。


 書けると良いな!笑

 今は昔

 広場へ続く木漏れ日の中、遠くから誰かが歩いてくる。
 登山用リュック一つの、まるでピクニックにでも出かけるような軽装だ。
 高綱の練習用の低い綱を、鉄棒とシーソーの間に張って、上でバランスを取っていた涼子は気づき、手を挙げた。
「あ、中国のお姉ちゃんだ」
「ハ~イ!元気?みんな!」
 ミンシアだ。遠くから駆けて来る。「来ちゃった!」
「お~、よく来たな」
 法安は懐かしげに、「元気だったか?」
「元気よォ!みんなも元気そうね」
 仲町サーカスの面々を見回し、ミンシアは笑う。
「姐さん!」
 鳴海が太い腕を掲げると、ミンシアは細腕をそこに交差させた。
「姐さん、久しぶり」
「おう、元気だった?ミンハイ。しろがねと仲良くやってる?」
 鳴海の隣に来ていたエレオノールの頬が一気に赤く染まり、一同は大笑いだ。
「てか、よく来れたわね。ハリウッド女優って、いつでもパパラッチに狙われてるんでしょ?」
「そうだよ。この村にまでパパラッチ来ちゃうんじゃない?」
 三牛親子の言葉に、ノリとヒロは「余計な事言うな!」と威嚇する。
 鳴海も眉を潜ませ、
「映画、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ!今は夏休み。それに、西海岸のアパート(外国の『アパート』は日本のマンションに相当する)には、フウさんに貰った自動人形置いてきたから」
 ミンシアは笑って、
「趣味はヨガとピラティス、ってインタビューに答えておいて良かったわ。休日ずっと引き籠っていてもおかしくないものね。私の代わりに、結構規則正しい生活しててくれてるはずよ」
「ふうん。なら大丈夫かな」
「もし何かあっても、そこはハリウッドよ、話題になればちょっとやそっとは何でもないわ!--そういえば、ギイさんやフウさんは?さっきジョージに会ったんだけど、一人だったわ。阿紫花探してるんですって」
 「あ……」と、一同は苦笑いを浮かべる。
 ジョージは仔細を説明していかなかったらしい。エレオノールが説明すると、ミンシアは呆れて目を丸くした。
「まあ、阿紫花!馬鹿ね~……ホント、どうしようもないわ。でも、面白い写真撮れたからいいか。ジョージの顔に落書きなんてね」
 ミンシアは日本製の一眼レフを持ち上げ、
「エリ王女にね、送ってあげるの」
「エリ……」
 鳴海の呟きに、ミンシアは微笑み、
「エリ王女は自由に見に来れないでしょう?王女様には休日なんてないもの。王女様は自動人形に勤まる仕事じゃないから、私みたいに出て来れないじゃない?--だから写真をね。黒賀村の事、私が話したらとても行きたがってたから」
「そっか……」
「うふふ、いつもはパパラッチされる私が今度はパパラッチする側よ。いいサーカス見せてね。ミンハイ、しろがね」
 フラッシュが輝き。
 驚いた顔の鳴海とエレオノールの一瞬を、ミンシアは撮影した。
「うふふ、いい顔いい顔」
「アナタもいい顔よ、お嬢ちゃん」
 スゥ、と、ミンシアの背後に陰が立つ。
 ミンシアの頬に頬を寄せ、ヴィルマが囁く。
「いい顔になったじゃない」
「そ、そう?てか近いわ。ヴィルマ」
 相変わらずスタイルのいいアメリカ美女に、ミンシアは畏怖と対抗心を覚える。ほとんど胸が見えそうなタンクトップ一枚で、乳首が浮いても平然としているのは、さすがアメリカンガール、としか言いようが無い。サーカスの面々は見慣れているが、これが健全な男子なら、真っ赤になって前かがみだ。
 髪を黒く染めるのはやめたらしく、赤みがかった茶髪になっている。
 ふと、ノリがヴィルマに、
「朝のナイフ投げ終わったのか?長かったじゃん。朝飯食ってないだろ、もうないぜ」
 ヴィルマは肩をすくめ、
「いいよ、食欲ない。ちょいと考え事しててね……。観客もいないのに余計に投げちまったよ。でもあたしからスキニーボーイかっさらった銀髪のロボコップに逢って、やる気無くした。あたしのオッパイ見ても顔色変えないんでやんの……」
 ジョージの事だろう。
 鳴海はうんざりと、
「ジョージ、どんだけ走ってんだよ……」
「しろがねならば一日でも走れる、鳴海」
 エレオノールは胸を叩き、「私も出来る」
「んん、それはしなくていいぞ」
 ボケとツッコミが最近はっきりしてきた鳴海とエレオノールをよそに、ヴィルマはナイフを指でなぞりミンシアを見る。
「可愛いお嬢ちゃん、アタシのナイフの的にならない?……」
 まんざら嫌いでもないタイプなのだろう。ヴィルマは以前エレオノールにしたのと同じ目で、
「可愛い顔してるじゃない。あっちの女優なら、こういうの動じないんじゃない?」
 ハリウッドの同性愛スキャンダルは多い。
「スキニーボーイに振られてこっち、男も女もその気になれなかったんだけど……どう?ナイフ投げ以外のアタシのテク、教えてあげるよ……」
 リーゼは以前のように「好きだケド。いけないワ。あわわ」と目をキラキラさせている。
 ミンシアは笑い、
「そうね、考えさせて」
「……」
「アナタを心から好きになれたら、ナイフの的でも何でもなってあげる。恋人として、好きになれたらね」
「『愛は火が点いた友情』って言葉、信じる?……」
「そうねえ。『友情は愛に変われるが、愛は友情にならない』ってのは嘘だけど。友情は愛になるかもね」
 はぐらかすようにミンシアは笑う。
「一筋縄じゃいかないお嬢ちゃんね」
 ヴィルマは笑い、
「練習してくる。夜までには戻るから」
 そう言って、森へ続く道へ消えた。

「--熱心ね。でも少し、……張り詰めてるわ」
 --ーミンシアは気遣うように呟く。
 鳴海は肩をすくめ、周囲が聞いていない事を確認し、
「……体を新しくしたはいいが、今度は正確すぎるんだと。投げるナイフが全部思った場所にしか行かないんだとさ。少しも外れないし、狂わない。……つまんねえんだろ」
「……」
「そりゃ、的やってる人間は安心するけどな。投げてる本人は、居た堪れねえよ……」

 ※

「居た堪れなかった」
 阿紫花は天井の染みを見つめ、呟いた。
「親父とお袋は悪くねえ。行く先の無ェあたしを貰ってくれた。守ろうとしてくれた。……あたしは別に長や人形使いどもも、嫌いじゃなかったし、恨んでもねェ。そんなの、なんつうか、次元の違う話だ。……」
 日が高くなりつつある。
 窓から差し込む陰の形の変化に、阿紫花は口角を歪める。
「ただあたし、……ちょいと苦手だったんでさ。……でけえ図体した人形遣いどもとか、何するってんでもねえのにな」
 脳裏に浮かんだのは、二十年間の言葉だ。
『何しても構やしやせん。何でもしやす』
 中学生の子どもが、あの状況で言える言葉か?
 外から五郎の「川行って来る!」というまだまだ無邪気な声がした。
 阿紫花はあの時、五郎とそう変わらない年齢だった。
 子ども顔をした、--商売女のような。
 いつ、どこでそんなものを知った?この村ではあるまい。そんな女もいない事はなかっただろうが、どんな性質の悪そうな女でも、子どもには大人らしい対応をしたはずだ。黒賀村の女どもはそういう、心根の丈夫さを持っている。
 まさか、この村の男に強要されて、というのはあるまい。そんな趣味の大人がもしいれば、--秘密裏に「仕置き」するだろう。それが長の息子でも、だ。秘密は秘密を守らない。村の秘密を守る人間には、そんな忌まわしい秘密など許されない。
 じゃあどこで?考えられるのは、黒賀村に来る前の、もっとずっとガキだった頃しか--。
 --衝月はぞっとした。ひくりと横隔膜が震えた。
 息子の--五郎の顔が脳裏に浮かんだ。
 阿紫花は鼻で哂う。
「今じゃ何クソって話だ。ここに来るまで知らなかったぜ。テメェが大人になっちまったら、ガキの頃のテメェが馬鹿に見えらあ。大人だってまともなのもいらあね。……衝月。そんな、バケモノ見るような顔、すんな」
「違う……阿紫花ァ、俺は」
「違わねえ。何も、アンタは間違ってねえよ。……」
 黒手袋が、タバコの箱をポケットから取り出した、
 少し手が震えている。そう見えたのは衝月の気のせいか。
「昔から、な……アンタは正しい。今もそうだ。……」
「英……」
「衝月」
 今はもう、昔の話。--阿紫花はそう言った。
「そう思う事にしようぜ。忘れちまって、よ……」
 阿紫花はタバコを咥えた。
 火は無い。
 もうこの小屋には、どんなに小さな火も灯ることは無いのだ。
 衝月は首を振り、
「お前ェは忘れてェだろ。でも俺は、忘れられねェ。--なんでお前は、人形を持って行った。俺の人形とお前ェの人形を交換して」
「……」
 阿紫花はクス、と微笑んだ。
「分かンねえかね。だろうな」
 人を小馬鹿にしたような笑みだ。
 衝月はすごんだ。効果は無いと分かっている。
「答えろよ。……」
「叩き壊したかったのさ」
 阿紫花は呟いた。
「アンタがイイって言うから、あたしはあたしに似た人形を作っちまった。でもあたし、あんな人形、本当は大嫌ェだった。金もったいねえからって言い訳して、面倒臭ェ一心で白一色にしてやったら、アンタ喜んで、自分の人形は黒にしやがった。どうせ負ける人形、負けなきゃいけない人形だ、あたしゃ精々派手にブチ壊してやろうとしか思ってなかったんでェ」
「負ける?お前ェが?」
「あたしが一番になって誰が喜ぶよ?それにあたしが自分で白御前を操って一回戦で潰せば、……決勝であんたとやらなくて済む。気に入らない人形、あんたのために一回戦で潰してやろうとしか思ってなかったでェ」
 阿紫花は夢を見るような目で、
「でも前の夜に、目が覚めちまった。人形相撲で負けても勝っても、あたしは負けだ。一番になっても、負けは変わらない。……」
「どういう意味だ?」
 阿紫花は答えず、
「……だったら壊してやろうと思った。決勝までお互い勝ち進みゃ、あたしはあたしの手で、あたしに似た人形をブッ壊す。あんたに似た黒い人形で、あたしを、……」
 壊れたかったンでさ。--夢を見るような瞳のまま、阿紫花は呟いた。
「あんた、あたしを壊してくれねェんだもの……」
 ぞくりとするような笑みだった。
 二十年経っても変わらない、いや、なおいっそう凄絶に。
「だからあたし、あんたの人形であたしの人形、ブッ壊したんでさ」
 衝月を見つめ、暗く紅い色の滲む笑みを浮かべた。

 ※

 記憶の中で、歓声が聞こえる。
 人形のための土俵の外から。
 土俵が結界だとか、義父親はそう言った。
 外界と隔てられた場所。
 神聖なその場所で、必ずどちらかがぶちのめされる。
 --最初は互角に見えた。
 阿紫花の操る、衝月の拵えた「黒武者」。
 衝月の操る、阿紫花の拵えた「白御前」。
 大きさで言えば黒武者がでかいが、白御前は素早い。
 繰り手は互角と、皆が思い込んでいた。
「お前ェ、ずっと力を隠してやがった」
 武者の腕が、足が。
 白御前よりも素早く動いた。
 作った衝月ですら思いもせぬ動きだった。 
 重量のある、目にも留まらぬ刀の動き。
 あっという間に白御前はひび割れ、崩れていく。
「みんな、あんたを応援してやしたっけ……」
 阿紫花の腕が立ちすぎた。まるで理不尽な暴行を、白い人形へ加えているようにみえただろう。衝月への応援は、阿紫花への様々な反発の集まりだった。
 阿紫花の人形繰りの腕への妬み、打ち解けぬ態度への大人たちの不信、阿紫花の態度に違和感を感じていた級友たちの不満、各個はささやかなはずの悪意が、人形相撲の場で一つの大きなうねりとなっていた。
「丸盆(リング)に立つ人形があたしみたいな木偶じゃあ、観客はそりゃ金返せってなもんでさ……」
 罵倒と歓声が、肌に刺さるように身に沁みた。
「……あたしの人形を、あたしは羨ましいって、思っちまった」
 壊れることが出来て。それで村のみんなに応援されて。
「あんたに、操ってもらってさあ……」
「じゃあなんで手を抜いた」
 あと一撃で阿紫花の勝利、というその瞬間。
『衝月君!勝って!』
 ちょうど阿紫花の背後から。
 花嫁の叫び声がした。
「お前ェ、なんであの時笑った」
 白い雪の中、黒い人形に守られるようにしていた白い少年は。
 くす、と、花嫁の声に微笑んだ。
 そして一瞬、すべての動きが止まった。
 一度の瞬きの後。
 白御前は黒武者の足を、叩き折っていた。

「--お前ェは自分で負けた」
「……フフ。あんたの息子、人形操ってる顔、あんたにそっくりなんだって?……こちとら、流し流され風呂屋の三助かってな稼業してたがよ、血ってのは怖ェやな」
 阿紫花は目を細めた。
「あんた、あの一瞬、あのアマっ子の声で、奮い立っただろ。獣みてえな目であたしを見た。……」
「……」
「あたしに乗っかってる時、一回でもそんなツラした事なかった。女にゃイイ顔しやがって死んじまえ--とか思っても良かったんだけどよ。それじゃあたし、ミジメなだけだ。あたし全部に負けたんだ、って、そう思い知ったら、--笑えて来てよ。あのアマっ子にも、あんたにも、この村にも、……あたしの人形にも、あたし自身にも、あたしは負けちまった」
 懐かしい、どこか悲しい顔で阿紫花は言った。
「それにあんた、ギラギラしたイイ顔してたぜ。そんなツラ見せられちゃあ、な。正直、もちっと見てたかったぜ」
「……」
「こんな顔見れたんだ、負けても勝ってもそんなのどうでもいい、こうなるしかないって……ああ、あたしは確かにあんたが、……嫌いじゃなかった、って、思ったんでさ」
 それで--笑って、阿紫花の操る「黒武者」は壊された。
 花嫁と祝言を挙げたのは、衝月だ。
「そのアマっ子と、あんた結婚した。あんた似のゴローも生まれた。……あの日の事はもう、笑い話にしようぜ。それが一番、いいんじゃねえか。あたしらもう、大人になっちまった」
 阿紫花はそう、笑った。
 衝月は重い気持ちで被りを振り、
「お前ェ、……それで、貞義のとこに転がり込んだのか」
「あ?……ああ、そんな男もいやしたっけねえ……」
 薄情に多情な女のようにそんな科白を阿紫花は吐き、
「まともなオッサンだったぜ。貞義は。--最初だけな。人形遣う腕だけで奉公してたが、……性質悪ィんだ、あのオッサン。今じゃ分かるんだがよ、ほれ、綺麗なお嬢さん来てンだろ、広場に。サーカスの。銀髪の」
「ああ、正二様のお嬢様か」
「あの嬢ちゃんを、良いようにしてえと思ってたんだろうな。あのオッサンは。どうやったらガキから信用されっか、どうやったら……ガキでも体投げ出してくるのか、実験してたんかな。……」
「おい……」
 聞きたくは無い。しかし、厭う権利もない。
 衝月の心情を察しているのだろう、阿紫花は口元だけで笑う。
「貞義のクソ野郎、人形壊す実験、ガキ弄ぶ実験って、さすがにあんな人形ども作っただけある頭してやがった。人を人と思わねえ殺人人形……。あたしも、あの人の人形だったって事でさ……今思うと、狂ってやがった、あたしもあの男も。でも同じ狂ってんでも、頭の作りのいい方がマトモな振り出来ンだよな。あたしはあの人が『正しい』って思ってた。何でもしやす、って言い切った。その代わりに、……」
「英良!言うな!」
 阿紫花は暗がりを見るように目を細め、
「聞きたくねえんだろ?……だよなあ。胸糞悪ィもんな」
「違う。--お前ェが、惨めなだけだからだよ」
「……惨め?今更……あのな衝月、この世で本当に惨めな事はこんな事じゃねえよ。金が無ェとか飢え死にしそうだとかもそれなりに惨めだけどな。生きてンならそういう事もあらぁな。色恋で惨め思いするなんてよ、人間様らしいがあたしは……、上等すぎらあ。金で買った女につれなくされるとか、これだと思った男に軽くあしらわれるなんざ、全然マシだ。ましてやこんな昔語り、どうて事ねえ」
 女を買う事も男に冷たくされるのも、衝月には経験のない事柄だったが、言いたい事はなんとなく分かる。
「あの男は、こっちが惚れて惚れて体が疼く、ってその時になって、平然とまるで親同然って顔で『君にそういう働きは求めていない』だのよ。……この世で本当に惨めなのはよ。惚れた相手に冷めたツラで『本当の君は、もっと優れた人間だ』なんてほざかれる事だ。馬鹿に、しやがって」
「……」
「死んでザマ見やがれ。ケッ、死んで心底笑いたくなるヤツってのは、本当に死んでいいヤツだけでさ」
 もしくは心の底では死んで欲しくない人間か。--そう思ったが、衝月はそこには触れず、
「……寝たのか?貞義と」
「寝てねえよ、気色悪ィな」
 阿紫花は嫌悪に満ちた声で返し、
「一発付き合ってくれてりゃ、あたしだってもちっとマシな事言ってらあ」
 ククク、と、まるでそれがとても面白い冗談のように阿紫花は笑った。
 衝月は笑えない。
「確かに面白い男ではあったな。色恋にずっぽりはまっちまってる気持ちにさせてくれはしたが、……肝心要が無ェーんだもの。抱いてくれねえならそれで終わりでさあね。ま、エレオノールの嬢ちゃん落とす手口を実験してたんだ、ガキの男なんか、色恋の最後まで面倒見るつもりも無かったんだろうぜ」
 心を許して捨てられた。簡略化されたセンテンスではある。
 阿紫花は冷めた声で、
「それからは人形の腕だけであの人と繋がってる--そんな錯覚だけでさ。ま、錯覚だって気づいたのは、坊ちゃんが書類持って来たあの瞬間でさ。……分かってたんだがな」
「そうかよ。……」
「あの日、あの夜」
 阿紫花は己の黒い手袋を見る。
「人形相撲の晩に、あの人が声を掛けてくれた時は、……」
 --脳裏に浮かぶのは白の中の黒だ。
 雪の降る森に、黒い大型車が停まっている。
『味方が、いないような顔だね。……君はここにいたいのかい?……』
 否、と。
 あの黒衣の男に答えるべきではなかったのかも知れない。
『僕も、一人なんだよ……』
 ずっと、長い間……、と、男は呟いた。
 淋しそうな人だ、と。
 少年の阿紫花は思った。
 今はそうは思わない。
 阿紫花は憐憫と軽蔑の目で呟いた。
「一人なのは独りよがりなテメエのせいじゃねーか……」
「あ?」
「いんえ独り言。--もういいじゃねーか。昔の事なんてよ。あたしも、今は『レコ』(隠語で恋人の事)がいるんでね。あんたみたいな、昔の男っても言えねえようなダチ公、何とも思ってる暇も無ェや。、ましてや死んだクソ野郎の事なんて、ケツが痒くならあ」
 ははは、と阿紫花は笑う。開き直ったような明るさに、小屋の中の湿度が下がった気がした。
 衝月も息が楽になった気持ちがして安堵した。詰めていた息を吐き、
「あの--しろがねの機械か」
 阿紫花は仕方なさそうに頷き、
「ホント、機械なら機械らしく器用に生きればいいんでさ……でも出来ねえ、って……」
 阿紫花は目を閉じた。
「でも、あいつァあたしの人形繰りを、『それでいい』って」
『アシハナ、お前はそれでいい』
「自動人形だらけのクソ暑い砂漠の地下で、絶対に助からねえって、そんな状況だったがよ--あたしは思い切り人形を操ってた。思い切り、ブチ壊して熱くなってた」
「……」
「何年ぶりだったか分からねえや。背中預けてドンパチやって、楽しくて、……熱くなって。あたしは生きてんだ、って、ぶっ壊れてく人形見て思ってた。殺されてたまっか、あたしは、人形じゃねえ、って」
 うっすら、阿紫花の目が輝いている。
「それで、『お前はそれでいい』って、言われちまってよ……」
 窓枠の格子の陰影が阿紫花の顔に落ちている。
 その奥で、目が少しだけ輝いた。
「あたしが惚れた側になっちまうなんてよ、……笑っちまうぜ。……でもあいつァ、退屈なんて思わせてくれねえや……。こいつとずっと危ねェ橋渡ってよ。死ぬまで、ドンパチやれたらな、って……夢見ちまった」
「……お前ェは」
 衝月の脳裏に、雪の中一人微笑む少年が浮かぶ。
 だがそれもすぐ消えた。
 目の前の阿紫花は、夏の熱を持って確かにそこに座り込んでいる。
「……それでいいんだな」
「これ以上は神さんに釣り返さねえとならねえよ。返してやらねえけど」
「どっちだよ」
「返せねえからいらねえってこった。あたしはあたしの人形と、……あの銀髪の機械人形一個あれば上等だ。あ、酒と女は別腹だけどな」
 別腹にするな。
 「どうしてお前ェは最後まで話を良い形でまとめられねえんだ」と、衝月がツッコミと説教を折半した声を上げようとした瞬間。
「アシハナはいるか!」
 スパン!と扉が開いた。

 ※

「阿紫花君、帰ったの?」
 洗濯物を干そうと庭に出てきた嫁に、衝月は頷く。
「相棒の外人さんが連れてった」
「あら~、フラれたのね。父ちゃん」
「バッ……」
 馬鹿野郎!と叫びたかったが、昔の事があるので何も言えない。
 黙りこんだ衝月に、嫁は笑い、
「なあに?ほっぺた、バツつけて」
 油性ペンでバッテン。
「……英良の馬鹿だよ」

「あいたたた、ジョージさん、優しくして……」
「やかましいわ!お前は私の顔をキャンバスか何かと勘違いしているのか!?」
「そりゃそれだけ広いオデコしてやがんだもの、描きではありやしたよ」
 ヘヘへ、と笑う阿紫花に、銀髪の外国人は堪忍袋の緒が切れた、という顔だ。
 衝月は「そこらのブツ壊すなよ……」と心理的に遠巻きに見るしかない。ジョージの顔の油性ペンの痕を見れば、事情はすぐに分かった。
「もういい。よーく、分かったぞアシハナ」
「あ?どーしやした?ジョージ……げえっ」
 ゴッ、と、肉と骨に拳が食い込む音がした。
 鳩尾に一発食らい、阿紫花はジョージの前によろめいた。
「フン。サハラでの仕返しだ」
「~、こんなトコで、蒸し返すなっつーの……」
 なんとか意識は失っていない阿紫花を、ジョージは軽々と肩に担ぐ。
 阿紫花は痛みに呻きながらも、大人しく担がれている。余計な事を言うと、腹の下の肩で突き上げられるからだ。
 ジョージは鼻をならした。衝月に背を向ける。
「フン。お前が悪い。--邪魔したな」
「……あんたら、いつもそんな荒っぽいのかい」
「荒いか?考えた事もなかったな」
 そりゃマジで物騒な話だ。
 痛みで吐きそうな顔をして阿紫花が呻いた。
「……あたしら不器用なんでね……あ~、痛ェ……、衝月ゥ」
 肩に担がれている阿紫花が、顔を上げて衝月を手招きする。
「?」
 近寄った衝月に。
「花丸じゃなくて悪ィな」
 阿紫花はバツを頬に描いた。

「あの外人さん、また怒り狂ってよ。阿紫花担いで帰ったよ。帰って説教してやるんだと。……ガキかよ、って、なあ」
 衝月は垢を擦り落とすように頬を撫でた。
 嫁は笑い、
「あははは、阿紫花君、冗談ばっかり。でも安心したァ。阿紫花君、なんか普通になったね」
「普通?」
「前に、--中学生の時に、人形相撲で私と父ちゃん、祝言挙げたでしょ。最後の試合の前にね……ムフフフ」
「なんだよ気味悪ィな」
「それが恋女房に言う言葉?--阿紫花君に、求愛、されちゃった」
「は?」
「最後の試合の前よ。花嫁に近づいちゃいけない、って言われてたけど、神事の関係者は近くにいないといけないじゃない?神社の息子だったし、それに阿紫花君、あの時なんでか、クラスの友達のトコに近寄らなかったじゃない」
 友達に、ではなく、衝月に近づきたくなっただけだろう。
「で、言われたのよ」
『あたしに愛されちゃくれねえかい?……』
「幸せにしやすよ、って。子ども心に、綺麗だったわあ。ほら、寒くて真っ白い顔で、真っ白い袴だったじゃない。唇と目元だけ赤っぽくて--まるでお化粧したみたい。それが似合ってたのが悔しいわ~!あたしなんて、長老たちに散々、白粉塗ったオカメだ狸だ、って言われたのに!今年はハズレだ、って言うんだもん!だから、阿紫花君は男の子なのにいいなあ、って思っちゃった」
「……そうかい」
「そうかい、って、聞きたくないの?」
「あ?」
「こ、た、え!私がなんて答えたのか、知りたく無いの?結構グラッと来てたのよ!だってあんな風に言われるなんてなかったのよ!?そりゃ、父ちゃんは口下手だから、私に素直に好きと言えないのも許してあげてるけども」
 オカメ顔で明るく嫁が笑う。
 気立てがいいのが取り柄だ。衝月の母とも、仲が良かった。
「……そりゃどうもありがとよ。で、お前ェなんて答えた」
「そりゃ……阿紫花君の言葉は嬉しかったんだけどね」
『あたしに愛されちゃくれねえかい?……幸せにしやすよ』
『--ありがと。嬉しいな。阿紫花君優しいね。でも私、愛されなくてもいいんだ。衝月君が好き、で、それで幸せだから……もうそれだけで充分。愛されるために、愛してるワケじゃないもの』
『愛されるために……愛するんじゃない』
「可哀想なくらいに白い顔になって、そう呟いてた。あ、悪い事言ったかな、って思ったっけ。だって本当の両親じゃない、って聞いてたから、結構普通の家みたいに素直に親に反発したりとか出来ないから、愛されたがってんのかな、って思っちゃった。今なら分かるよ?本当の親とか、ニセモノとか、ないんだって事くらい。阿紫花さん夫婦は本当にいい人たちだもの。でもあの当時の阿紫花君、なんか今思うとおかしかったもの。よく笑ってるけど、なんか嘘みたいな笑い顔だったし」
「……ああ」
「でもさっき見たら、普通に笑ってたなあ。一瞬誰か分からなかった。サーカスの人かな、って思ってたら『変わらねえなあ、イ~イオカメ顔してらあ!』って。ニヤニヤ薄笑いしてるんだもの。何よ、自分だってオッサンになってる癖に、って言ったら大笑いしてた」
 イイ顔、になったのは、阿紫花も同じだろう。
「……そうかい」
「良かったね。なんか、父ちゃん嬉しそうだよ」
「……そうかい」
 さや、と風がはためき、「父ちゃんも干すの手伝ってよ」という嫁の声に、衝月は頷いた。
「お前にゃ花丸、くれてやるよ……」

 ※

「……怒ってんですかい」
 阿紫花は問う。
 ジョージの肩の上だ。痛みも消えたし、もう逃げないと言っているのに担がれたままなのだ。
 集落へ続く森の中の小道だから、誰も見ていない。ただ歩き続ける中で、木漏れ日が斑模様を次々顔に落としていくだけだ。
「謝りやすってば……あたしが悪かった、って……」
 肘を突く形で阿紫花は頬に手をやる。 
「坊ちゃんには金輪際、ああいうお願いはしやせんよ。……そりゃあね。確かに坊ちゃんにゃ五年早かったと思いやすよ」
「……」
「あたしのガキの時分と一緒にしちゃ、いけやせんねえ……」
「私は」
 ジョージが急に口を開いた。
「この二時間、ずっと走り通しだった」
「……はあ、そりゃ律儀なこって。GPS辿ってすぐ来ちまうだろうと踏んでたんですがねえ。だからちっと淋しかった、なんてね……」
「見つけて欲しかったんだろう?アシハナ」
「……」
「……イリノイでも、そういう子がいたよ。心配させたくてかくれるんだ。止せばいいのに、発作をこらえて、一人で棚の奥で、見つけてくれるのを待っていた。……」
 イリノイか。いつの話だ。
「……その子、」
「死んだ。……死ぬ数週間前のかくれんぼだった。私が見つけてしまった。適当に探す振りをしていただけなのに。……子どもの頃の私だったら、どこに隠れるかな、と思ってしまった。そして見つけてしまった」
『ジョージ、さんかあ……』
「その子は軽い発作を起こして、それでも隠れていた。見つけた私に、泣きながらかすかに笑った。見つかっちゃった、抱っこして、連れて行って。いつも他の職員にそう言う癖に、私には言わなかった」
『僕、見つかっちゃったから、みんなのとこ行くね……』
「不快な記憶だ。どうしてあの時私は、見つけた時あの子に笑いかけてやれなかったのだろう。あの子がどうせ死ぬのなら、」
『僕、いくね……』
「優しくしてやればよかった。笑って、発作を鎮めてやればよかった」
「……」
 湿っぽいのは嫌いだ。阿紫花は思う。
 だが聞いていたい。ジョージが自分の事を話すのは、珍しいから。
 ジョージは乾いた声で、
「お前を探さなくては、と思った時に、何故か思い出した。お前がガキ臭いからだろうな。……」
「……。そういう事にしときやすよ。で?だから2時間?走ってたんで?そういやGPS……」
「使ったら意味が無いだろう。走り回って探して欲しかったから、あんな……落書きをしたんだろう?」
「……別にそんなんじゃねーんだけどよ。……あたしガキじゃねえし」
「お前を子ども扱いした事は無い。だからこうして一緒にいるんだろうが。子ども相手に何をするというんだ。……子ども臭い大人だとは思っているがな」
「……自分だって」
「フン。何とでも言え。--来る途中、見つけたんだが、あそこが……先客か」
 以前勝が試練を経験した、蓮華畑へ通じる洞窟の手前まで来て、急にジョージが歩を止めた。

「ハーイ、お二人さん。何よ、朝からイチャイチャし腐って」
 心の底ではイラついているのだろう。ヴィルマはナイフをジャグリングのように何本も空中で回し、
「顔に落書き、ほとんど取れたじゃないか。良かったね。ねえ、的になってくれんなら、手伝ってよ、練習」
 空中にあったはずのナイフが、カカカカカ、と鋭く木に命中していく。丸を描くようにヒットしている。いい腕だ。
 最終決戦前に関係を持った癖に逃げていった阿紫花としては、そのナイフが少々怖い。ずるずると肩から下り、
「あのな、ヴィルマ……」
「すまないがフロイライン(お嬢さん)……」
 ジョージがヴィルマに何か耳打ちしている。
「え?……ヤダよ、馬鹿にしないでよ。なんであたしが……」
「限界なんだ」
「……この先アンタがスキニーボーイと別れてどっかの女と付き合いだしたら、アンタのために殺し屋復活するからね」
「覚えておこう。……阿紫花、来い」
 ジョージは阿紫花の手首を掴んで洞窟へ誘った。
 阿紫花は二の足を踏んでいる。
「へえ?ジョージさん?ちょいと、この洞窟、怖いからくりがあるって言い伝えが--」
「私とどっちが怖いんだ?」

 --二人が洞窟に消えた数分後。
 集落の方から、平馬が歩いてきた。一人ではない。黒賀村の子どもたちも一緒だ。涼子やリーゼ、勝も一緒だ。
 皆ビニールバッグを持っている。中には明らかに水泳パンツのままの少年も混ざっているから、川にでも行くのだろう。
 おそらくサーカスの面々が、「子どもたちだけで遊んで来い」とでも言った。勿論稽古があるから遊べるのは今日だけだ。
「ヴィルマ~」
「なんだいブラザー。あたしは忙しいんだよ」
「兄ちゃん、見なかった?」
 平馬は水泳パンツのままだ。「一緒に川遊びしたいんだけど、まだ逃げてんのかね」
「……。じゃないの?アタシからも子ウサギみたいに逃げ回ってるくらいだからねえ」
「そりゃヴィルマが怖ェん--」
「的になりたけりゃその先を言いな」
「……ゴメンナサイ」
「とっとと行きな洟垂れども。的にしちまうよ」
 ヒュカカカカ!とヴィルマは何十本も、一気に遠く離れた木に刺してしまう。
 「すげー」と感嘆の声を上げる子どもたちに、
「次はあんたらが的だよ……」
 と、ゆらりと振り向いた。鬼気迫る顔だ
 それを見て一目散に逃げ出した子どもたちの背中に。
 弟もあの中にいればいいのに、と。
 少しだけ思った。
 ヴィルマは己の右手を見つめる。
「……フフ」
 ナイフ投げをしている時はいつもあの子が一緒だったっけ。
「……まだ投げられるよ」
 大丈夫、と呟いた。

 洞窟の中は暗い。
 湿っているし、なんだか空気が冷たくて淀んでいる。
 村の言い伝え(という名の嘘っぱち)の真相を知らない阿紫花は、少し怯えている。
 前を歩くジョージにしっかりと手を握られているから逃げられないだけで、本当なら逃げ出したい気持ちだ。
「ジョージさん……出やしょうよ……この洞窟にゃ主がいるとか--」
「--お前を探す間」
 不意に前を歩いていたジョージが言った。
「二時間も走り続けた。二時間だ」
「だからすいやせんて--」
「ボラは使ってない。離れに置いてきた。この足で走って来たんだ。それなのに、私の体は息が切れる事も、心臓が早く脈打つことも、汗を滲ませる事もしなかった。出来ないからな。そういう有機的精密性は、この体には無い」
「……」
「息を切らせたかったんだ。苦しくて、辛い気分になりたかった。きっとそういう状態でこそ、見つけてやる意味があるのだと思った。汗を滴らせて、苦しい息で、お前を見つけて、……古いキネマ(映画)のようにな」
「そんな気持ちだったんですかい……」
 その間、衝月と下らない事を話し込んでいたのが、少し気恥ずかしい。
 オボコのように頬を染めて木陰に隠れてりゃ良かった。--ジョージが『やめてくれ』と言いそうな事を阿紫花は考え、つい強く手を握り返した。
 ジョージが立ち止まった。
「この辺なら、入り口に人が立っても反響音でギリギリ感知できる」
「そうですかい?結構奥深くまで来ちまったようですけど」
 水辺のすぐそばだ。清流、とまではいかないが、冷えた水の弾ける匂いがした。
「アシハナ」
 水を見つめていた阿紫花は、手首を強く掴まれて目を見開いた。
 
 水の音だ。
 ちゃぷちゃぷじゃぶじゃぶ--、
 いや、
「あ、あたし、あ、あ」
 あたしの中の音か。
 抱きかかえられ、向かい合って貫かれている。
「おかしいだろう。自分でもそう思うんだ」
 ジョージは、軽々と阿紫花の体を良いように揺らし、
「欲望の必要などないはずの体だ。それは今でも変わらない。こうして君を抱いていても、肉体は性器以外はエレクトしない。息を切らしたり、腕が痛んだり、疲れたり、といった経時的疲労は存在しない。空腹も睡眠も、ほとんど訴えないはずの体なんだ」
「あ、ふあ、ジョ、ジさっ」
 阿紫花は聞いていない。
 急所を杭で深く穿たれて、重力などないかのように持ち上げられては自重で落とされる。持ち上げられ思わず締まったそこを、慣らしてぬるんでいるとはいえ、自分の重みでこじ開けられる。
 グチャグチャと、泥のような水音が聞こえた。
「あああ、あ、ひッ」
「それなのにこうして、もう何度目かも分からないほど君に対して繰り返している。当たり前に疲労して動きをやめる事も出来ない」
「ジョージ、ジョージッ……」
「限界だと思ったさ。額のメッセージを見た時、探し出して捉まえて、ここに来てまだ一度もしていない事を、こうしてやろうと思った。逃げ出しても捉まえて、嫌がっても許してやらない、私がこんな体でも感じている欲望を、ここに」
「あ、ひあッ」
 深く突き上げられ、阿紫花はしがみつく手に力を込めた。
「ブチまけてしまいたい。分からないんだ。この欲望は何だ。誤作動ではなさそうだとは分かる。おかしいだろう?ただの欲求では説明がつかない。これは--何だ」
「……」
 持ち上げられ、ジョージの額より高い目線になった阿紫花の視界に。
『Je t'aime,Mais vous ne m'aimez.』
 愛している、でも貴方は--。
 もう消えたそのメッセージの痕跡が映った。
 首を引き、そこへ何度もキスをした。
「もう消してしまった」
 ジョージは言うが、阿紫花は微笑み、
「……たし、が、」
「……」
「こうしてェ、だけ……」
 言葉などどうせ役に立たない。
「……」
 急に再び深く打ち込まれ、阿紫花は暗い天井を仰いだ。
 体に力が入らない。だがそれでも、繋がった部分だけは締め付けてしまう。
「ジョージ、もう、あたし……ッ、」
「その答えは、とても非合理だな。だが--」
 気に入ったよ、と。
 囁かれた瞬間。
「イクッ、出る、出ちまい、やがっ……!」
 触れていないはずのそこから迸った液体が、体を反らした阿紫花の胸に飛んだ。
「ヒッ、やめ、やめてくんッ、」
 迸らせる間にも、射精を促すように内部でそれがあばれ回っている。
 射精の時間が長ければ長いほど、快楽の時間も延びる。
 快楽に意識を飛ばしかけ、阿紫花はしがみついた。
「イクッ、また、イッ、か、堪忍、堪忍してッ……」
「出来ると思うか?私はまだ一発も満足していない」
「ひゃ、イヤだッやめ、ジョージ、ジョージッ、……」
 目を潤ませ、気を飛ばしかける阿紫花の口に、ジョージはキスをした。
 口内と下の急所を同時に激しくなぶられ、阿紫花は。
「……!」
 自分の中に迸ったモノの存在を意識の片隅で認めながら気を失った。

 ※

「あはははは!英兄その顔~!やり返されてやんの」
 夕飯前に戻ってきた長兄の顔を見て、れんげは大笑いだ。
「プッ、英兄自業自得」
 百合は素直に笑って、「ジョージさんナイス」
「当たり前じゃ!人様のお顔になんて真似したんじゃお前は!それくらいで許してもらって、有難いと思わんか!」
 養父も怒鳴り散らしているが、
「しかしお前、……面白い顔になったなあ。プクップププ」
「オヤジさん、そいつはあたしでも傷つきやすよ……」
 阿紫花はへばっていた。
 あの後、たっぷり時間をかけて弄繰り回され、大量に注がれて腰が抜けた。最後の方の記憶などすっかり飛んでいる。気がついたら夕焼け前の薄青い空の下を、ジョージに背負われていただけだ。後始末から着衣から、すべてジョージがやったのはいい。
 問題は。
「頭痛ェや……こんな顔で痛がっても、笑えるだけでさ」
 ジョージの落書きだ。チョビ髭やら眉間に皺やら、まあ阿紫花の描いた落書きよりはマシではある。
「晩御飯食べるの?英良。具合悪いなら、何か別なの作りましょうか」
 菊はひやむぎの束を見せ、「今晩鰻なんだけど、ひやむぎとか作りましょうか?」
「鰻……」
「どうする?あ、お父さんお風呂もう使って下さい。風呂から上がったらお夕飯にしますから」
 菊の言葉に、れんげと百合は立ち上がり、
「やった、鰻だ!」
「ねえ、櫃まぶし?お重?」
 菊は肩をすくめ、
「お重よ。手伝ってよ。それと、平馬と勝にはナイショよ。貰い物なんだから」
「やった!平馬と勝ちん、今頃カレーかな」
「ねえ、おにぎりの具にしてさ、少し残してあげてたらどうかな……かわいそうだよ」
 菊の答えに、れんげと百合ははしゃいで台所へ行ってしまった。
 養母は既に台所だ。
 ぐったりと寝転がる阿紫花の額に、ジョージが濡れタオルを載せてやっている。そんな光景が居心地悪かったのだろう、養父は咳払いをして立ち上がった。
「その、なんだ。風呂へな」
「へえへえ。ごゆっくり……」
「うむ」
 養父は何だかイヤに四角張って風呂場へ消えた。
 誰も居なくなってから、阿紫花はちらとジョージに目を遣り、
「あんた、鰻食うなよ」
「私の体に影響のある食品なのか?」
「……どっちかってえと、あんたよりあたしの体にかね……」
「?」
 
「ねえ、菊姉?」
 百合が茄子の煮びたしを作りながら、
「朝、ジョージさんのオデコに、何か書いてたでしょ?あれってどういう意味だったの?」
「え?……」
「今見たら、英兄のオデコにも何か書いてたんだけど、英語じゃないんだもの。分かんない」
 れんげが横から、
「英語だってそんなに分かんないじゃん。ねえ、茄子にししとうも入れようよ。美味しいかもよ」
「え~……ししとう?いい?お母さん。いい?--英語なら少しは分かるわよ。ねえ、菊姉。あれってどういう意味?分かるんでしょ?菊姉なら両方とも」
「……」
 割烹着を着て、菊はお吸い物の味を確かめていたのだが。
「--ジョージに聞いたら?案外、答えてくれるかも知れないわよ。しつこく聞けばね」

 ついさっき長兄の額に書かれていたメッセージには。
『Sie merken es nicht.』(君が気づかないだけだ)
 英良がドイツ語までは知らないだろうと踏んで書いたのだろうか。それとも、何か意味があるのだろうか。
 それは菊には分からないけれど。
「勝には教えるべきかしらね?……」
 菊と勝が語学に達者な事を、ジョージに教えるのだけは、しばらくやめておこう。
 そう心に決めて、菊は鍋に醤油を回してかけ入れた。


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