印刷 高速道路 1000円 機械仕掛けの林檎 インテルメディ、あるいは思い出 (カテゴリ:その他) 忍者ブログ
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 阿紫花と勝と平馬のシリアス。原作どおり。

 インテルメディ、あるいは思い出


 思い出話をしよう。

 怪我も病気も人並みにしてきたつもりであるが、思い出せばどれも生死に関わるものではない。舐めて治る傷や寝れば治る病気、病院などそうそう行った事が無い。
 病院に縁の薄い野良猫のような男は、不慣れゆえの大人しさで静かに廊下を歩いてきた。路上でするように、若く美しい女がいても声を掛けたりしない。相手が勤務中の看護婦だったせいもある。
 個室の並ぶ階まで、階段で昇る。階下とは打って変わって人気のない廊下だ。その奥の、プレートのない部屋の扉を、男は叩扉した。
 応えは無い。
 そっと、ドアを開けた。
 
 少年--才賀勝は眠っていた。
 付き人のしろがねはいないようだ。何か雑務で席を外しているのだろう。時計を見ると午後3時過ぎだ。
 ははあ、一人ですかい。--阿紫花は心の中で呟いて、勝の横たわるベッドに腰を下ろした。起きるかと思ったが、眠ったままだ。
「ありゃ。……」
 阿紫花は呟き、「窓開いてるじゃねえか」
 勝の頭が向いている先の窓が開いていた。先ほどから急に激しい雨が降り出している。立ち上がり窓を閉める時、湿気を含んだ冷たい風が、鼻先をかすめた。冷たい雨だ。急に気温が下がった。
 さて、と阿紫花が振り返り、勝の枕元に近づく--その時。
「……ァッ」
 勝が急に起き上がった。「うわああああッ!」
 悪い夢でも見たのか。内容は--阿紫花にも見当がついた。
 軽井沢で九死に一生を得たのは、ほんの少し前だ。
「は……っ」
 勝は恐慌状態にあるように泣いていた。これ以上大量の涙など流せまい程に泣いている。「鳴海……兄ちゃん……っ」
 阿紫花はふと。
 奇妙な表情で勝の肩に触れた。
 勝が振り返る。
「……っ」
「お目覚めですかい」
「あ……」
 立ったままの阿紫花は、勝を見下ろしていた。
 どこか寂しそうな目だ。
 その目が奇妙に勝の心に残る。
「阿紫花……さん」
 勝はシーツで涙を拭った。「来てたの」
「へえ。--無用心でやすね。ここまで素通りで来れやしたぜ。あのお嬢さんは?」
 勝は一瞬「阿紫花さんにはお金をまだ払っていない。誰かに頼まれてまた僕を殺しに来たのかしら」と疑ったが、違うようだ。十億以上出せる親族はいないはずだ。
 それに阿紫花は相変わらず伝法な口調だが、どこか明るい。以前殺意丸出しで近づいてきた時とは違う。
「しろがねは……多分、買い物かな。僕の……服とか、買ってくるって言ってたから」
 勝は首を動かし、土砂降りになりつつある窓を見上げた。
「雨、すごいね……」
「……」
「しろがね、傘持ってるかなあ」
 勝の呟きに、阿紫花はくすりと笑う。
「--じゃ、あたしはこれで」
「え?」
「パチンコで勝っちまってね。ケーキなんて似合わねえモン持ってきたんでさ。二個切りっきゃねえから、あのお嬢さんと食って下せェ」
 阿紫花は小さな箱をベッド脇のテーブルに置く。
 勝は目を丸くし、
「パチンコ……テレビで見たよ。いっぱい銀色の玉を取ると、お菓子とか缶詰くれるんでしょ?……ケーキも置いてあるの?」
「……あるんですねえ、これが。坊やも大人になったら自分で見てみなせェ。じゃ、あたしはこれで」
 ククク、と童話のチェシャ猫のように阿紫花は笑い、背を向ける。ドアまで歩いていく。
 勝は声で追いすがった。
「阿紫花さんッ!--行かないで」
 阿紫花は振り向いた。
「……」
「あ……その……。ごめん、……」
 勝はベッドの上で小さく俯いた。大き目の病院衣の隙間から、瘡蓋だらけの皮膚が見える。
「何でもない……ばいばい……」
 沈んだ表情で勝はそう言った。子どもらしくない態度だ。気を遣っている。
 「阿紫花さん帰っちゃうな」と、歩き始めた阿紫花の革靴の底の音に、勝は項垂れる。しかし。
「暗ェ面してっと、雨も晴れやせんや」
 阿紫花の声が近くでして、急に腰を掴まれて持ち上げられた。
 そして抱きかかえられる。
「うあっ」
「お、やっぱこれくれえは重てえもんでさあね」
 阿紫花はベッドに腰を下ろし、勝を後ろから抱きかかえた。
 コートで包むように勝の身体を強く抱く。
「ガキが気を遣っても、いい事ァありやせんぜ、坊や。あたしに気を遣ったって無駄無駄。アンタに雇われてんだし、--ガキは泣いたり怒ったりうるせえのがフツーでさ。大人の都合なんざ無視しまくりでさ。……あたしで良けりゃ、聞いてやりやすぜ。悪い夢でも見ちまったんでしょ?」
「……」
「泣くだけ泣きなせえよ。あたしゃ、男だから泣くんじゃねえ、なんて馬鹿は言いやせんよ。泣きたい時に泣けるのが、一番でさ」
「鳴海、兄ちゃんが」
 勝の声は震えている。「言ったんだ」
『笑うべきだと分かった時は、』
「泣くもんじゃないぜ、って……。僕生きてるよね?助かって、嬉しいはずなんだよね?……」
「……」
「だったら笑えば、いいんだよね?本当は、助かって、感謝して、僕、強くならなきゃいけないんだよね?」
 勝の声が、ブレている。「でも全然笑えないんだよ」
 嗚咽が、コートの中から聞こえる。
「鳴海兄ちゃんが助けてくれたのに、全然……笑えない。笑えないよ。僕、こんななら助からなきゃ良かった」
「……」
「どうしてこんな事になっちゃうんだよ」
 勝は涙を流した。
 阿紫花はコートの前を引っ張り、勝の前で掻き合わせた。
「泣きなせぇ」
「う、うっく、」
「泣ける時はね、坊や、泣きなせェ。……あの兄さんの言いそうなこった。笑うべき、なんつって、……テメェが消えたらどうしようもねえってのに。……」
「~~~ッゴメ、ゴメン、ね、コート、」
 勝はコートの前を掻き抱き、目に押し当てた。涙で濡れる。
 細い身体だ。阿紫花は見下ろし、--糸のように目を細めた。
「構いやせんよ。こんな薄汚ねェコート、縋って泣いてくれンのは坊やくれえでさ」
 阿紫花は勝を抱く手に力を込める。そして窓を見上げる。
 土砂降りの雨が降り続いている。
「泣いていいんですぜ。……雨みてえに、土砂降っちまいなせえ。雨だって必要だから降ってんでしょ?じゃあ止めねえ方がいいじゃねえですか」
 ぽん、と頭を撫でる。
「いつか晴れまさ……。そん時はちゃんと、笑いなせェよ」
「……阿紫花さん」
 くすっ、と。
 勝が鼻を鳴らして阿紫花を見た。「お祖父ちゃんみたいだね」
「ええ?坊やの……そんなご大層なお人と比べられちゃ、なんか照れちまいやすよ」
 そう、阿紫花はかすかに笑った。

 しろがねは走っていた。
 傘が無い。近くの商店街で買い物をしていると、強い雨が降り出した。わずかに弱まったのを見計らって雨空の下に飛び出したが、それでも雨は両腕に抱いた荷物を濡らしていく。
「お坊ちゃまの服を濡らしては申し訳ない」
 肩から下げたバッグの中には重要書類も入っている。しかしそれよりも、新しく買った勝の寝巻きや外出着を濡らしたくなかった。
 --飛び込むように、病院に入る。自分は大分濡れたが、荷物はそれほど濡れていない。安堵して、注意されない程度の早足で勝の病室を目指した。
 勝の病室のドアをノックしようと、手を挙げた時。
 中から勝の声がした。
 はっと息を飲んだ。

「僕ね。阿紫花さん。しろがねにだけは泣いてる顔、見られたくないんだ」
 阿紫花のコートに包まり、ザーッ、という雨音を聞きながら、勝は呟く。
「僕が泣いたら、しろがね、本当に可哀想な目をするんだ。……しろがね、優しいよ。すぐに抱きしめて、僕を『かわいそうなお坊ちゃま』って言ってくれるんだ」
「でしょうねえ」
「……さっきの阿紫花さんの目に、少しだけ似てる」
 飛び起きて最初に見た阿紫花の目だ。
「淋しそうで、何かガマンしてるみたいで、……」
「……そんなでした?あたし」
「うん。お祖父ちゃんみたいだな、って思ったよ。優しくて、僕を心配してくれて。……でも、しろがねはもっと、『悲しい』目をしてる。一人ぼっちみたいな」
 ぎゅ、と勝はコートを掴んだ。
「しろがねが泣きそうなのは、嫌だ。僕のせいでしろがねが悲しい目になるの、すっごく嫌だ」
 そこだけは強い口調で、勝が言い切った。
「だから、しろがねの前では泣かないでいたいんだ」

 そ、っと。
 しろがねは腕を下ろした。
 荷物を抱えたまま、足音を立てずにドアから離れる。
 頭をめぐらせた先には、待合に使う小スペースがある。
 びしょ濡れのまま、静かにしろがねは歩いていった。

「そんな事気にするから、ガキらしくねェんでやすよ、坊や」
 阿紫花は言う。「大人がテメェの都合でアンタに構ってんなら、どんな面しようが、あのお嬢さんの勝手でさ。いいじゃねえですか。泣きそうでも、一人ぼっちでも。アンタに構いたくてあのお嬢さんが寄って来たんでやしょ?事情は知らねえが」
「うん……僕も知らない」
「あのお嬢さんにゃ、なんか事情があるんでしょうよ。テメエのために坊やを守ろうってんだ、好きにさせときなせえ」
「でも……」
「じゃ坊やは、あのお嬢さんがどんな面してりゃ満足なんで?泣かなきゃいい、ってだけじゃ、人は人形と同じでやす」
 勝は目を見開く。
「僕……」
「誰も助けちゃくれねえ。警察も、頼りにならねえ。大人は誰が信じられるのか分からねえ。アンタの命を狙う連中の道理ってヤツは、アンタが道理と思う事じゃねえ」
「……」
「泣いても叫んでも誰も来ねえ。誰に裏切られたって、ガキは丸まってるしかねえ。殴られても蹴られても、もっとひでえ目にあっても、連中はやり遂げる。金でなんでもしちまう。アンタが考えもしねえヒドイコトを平気でやる。--あたしもそうだから、よく分かンのさ」
「……!」
 息を呑んだ勝は、振り向いて身をよじった。
 阿紫花は--冷えた目をしていたが、
「あのお嬢さんが、坊やを守ってくれやすよ」
 そう言って笑った。
 瞳に温度が戻る。
「あのお嬢さんも、色んな世界を見て来たのかも知れねえよ、坊や」
「……」
「泣くな、って言ってやるより、泣けと言ってやるのも、男じゃねえのかね。坊やはまだ小せえよ。でも大人になりゃ、こうやって、」
 と、阿紫花は勝の小さな肩を包む。
「抱いて慰めてやれやすよ」
「……」
 どこか祈るような声だ。--勝はそう思った。
 阿紫花は勝の肩を抱きしめたまま、
「抱擁ってのは便利でね。こうして慰めたり、……大好きだって証明してやったりね。女相手だとこりゃもー、最っ高に効果が……冗談でやすよ、冗談」
 訝しげに身を引こうとする勝に阿紫花は弁解し笑う。
 勝は眉尻を下げ、
「阿紫花さんも、……淋しいの?」
「え?」
「ううん、なんでもない。……僕、しろがねに笑ってもらいたいな」
 小さく、しかし泣いてはいない声で勝は呟く。「泣いたり、笑ったりしながら、……ずっと一緒に、いたい。それじゃダメかなあ?」
 そう問いかける勝の純粋な目に、阿紫花は口角を引き上げた。
「アンタはいい男になりやすよ、坊や。あたしみてえな色男にね」
「え……阿紫花さんみたいな?」
「なんでそんな嫌そうなんでさ!」
 ぐりぐりと阿紫花にくすぐられ、勝は笑い泣きの態で暴れた。
「ひゃっ、ひゃっ、ごめんっ!嫌じゃないけど!ひゃひゃひゃ!」
「生意気言う坊やはこうしてやりまさ!」
「ひゃっ、やめて!くすぐったいよぉ!」
 本当に久しぶりに。
 勝は笑う事が出来た。

 枕の上に座る勝の膝にタオルケットを掛け、阿紫花は戸口へ向かった。
「じゃ、また。坊や。大人しく寝てなせえよ」
「寝てるの飽きちゃった。早く外に……出たら、阿紫花さんにお金払わないとね……」
 そうしたらもう逢えない。
 淋しいのだろう、勝は俯く。
 あえて阿紫花は背を向けた。
「坊や、お代さえいただけりゃ、あたしはサヨナラするだけでさあ。あたしみてえな下らねえ半端者に、金輪際関わっちゃいけやせんよ」
「阿紫花さんは違うよ」
 勝の声に、阿紫花は振り向く。
「僕を助けてくれた。僕、忘れないからね」
「……」
「ホウヨウ、とか、覚えておくよ。誰かにしてあげる。泣いてる人とかいたら、してあげるんだ」
 阿紫花は一瞬淋しそうな目をし、何か呟いた。
「……坊やが……ならなぁ……」
「え?」
「なんでもありやせん。抱擁すんのはいいですが、変な連中にゃしちゃいけやせんよ。アマっ子専門にしときなせえ」
「?」
「じゃ、坊や」
 苦笑しながら阿紫花は出て行った。

 ドアを閉め、阿紫花はふと気づく。
 革靴の底がやけに滑る。
 水滴だ。誰かが水を滴らせたようだ。
「……」
 廊下を見回す。壁の陰の待合スペースのソファに誰かが座っているのが見えた。
 銀髪--しろがねだ。
 近づいて様子を伺う。
 背中しか見えなかったので、横に回りこんでみると、しろがねはまっすぐ前を見つめていた。
 びしょ濡れだ。傍らにはあまり濡れていない紙袋がある。抱きかかえて来たのか。
「……水も滴るって、日本語、知ってやす?」
「……」
 阿紫花のジョークに、何も返さない。ただ前を見つめている。怖いくらいに真剣な、しかし何も見えていない目。
 人形の目だ。
「坊やがね」
「……!」
 しろがねは振り向いた。
 阿紫花は苦笑する。
「嬢ちゃんと、これから先ずっと一緒にいてえんだと。そう笑ってやしたよ」
「……お坊ちゃま」
「行ってやりなせえよ」
 人形の目が、揺らいだ。泣きそうに歪む。
 両手で胸を押さえ、しろがねはうつむいた。何かをこらえるように。
「どっか苦しいんで?」
「……私は坊ちゃまを笑顔に出来ない……」
 だから苦しい、とでも言うように、しろがねは呟いた。
「私は笑えない、--人形だ」
「……」
「鳴海のようには、私は……」
 静かな声だ。「坊ちゃまの笑顔にはなれない」
 悲しい声だ。
「……若ェのに、何言ってやがんでえ」
 阿紫花は笑った。「賢いってのはいけねえやね。先の事見えてる気になっちまうんでしょーが、明日の事なんて誰に分かンでさ。明日が雨か晴れか雪か嵐かも分かンねえ癖して。今日が雨でも、明日は晴れらあね。今日が雨だからって、明日も泣くつもりかい?」
「……」
「坊やにゃ、もうアンタしかいねェんじゃねェのかい」
「……!」
 だっ、と。
 立ち上がったしろがねは走り出した。
 「どうしたの?しろがね」という声が聞こえたが、阿紫花は黙って立ち去った。


 思い出話をしよう。

 冷たい部屋だった。
 遺体を置く地下室だ。無理も無い。ドライアイスも、冷凍庫も無い。冷房だけをやたらと掛けてあるだけだ。
 まだ本格的に痛み出してはいないのだろう、臭いは無かった。だが誰かがお香を焚いてくれている。線香とは違う、刺激的ないい匂いがした。
「坊ちゃま。……」
 後ろからしろがねが、勝の肩を押さえる。行かせたくないのではない。勝が悲しむのが辛いのだ。
 前を向いたまま、勝は答えた。
「大丈夫だよ、しろがね。……」
「でも……」
「泣きたい時は泣いていいんだよ、しろがね」
 振り向き、しろがねの目を見つめ、勝は言った。
「ギイさんと、僕はさよならしたよ。でも今も、僕、泣きたい気持ちだ。多分しばらくずっと、泣きたいままだと思う」
「坊ちゃま……」
「泣いて。しろがね。泣いて泣いて、飽きたら笑おうよ」
 う……、と、しろがねはこみ上げる涙を抑えきれずに嗚咽する。
 泣くしろがねの肩を、鳴海が抱きしめた。
 二人のそんな様子を認めてから、勝は歩き出した。
「平馬……」

「坊ちゃまに、似ているから、行かせたくない」
 嗚咽の中、しろがねはそう漏らした。
 鳴海は問い返す。
「え?誰が?」
「アナタを喪った、坊ちゃまに、そっくりだから……」

「平馬……」
 小さな肩だ。--勝はそう思った。
 祖父の記憶を追体験したからよく分かる。自分たちは本当に無力で、小さい。
 阿紫花の顔は綺麗だった。身体は見せられない、ときつくシーツで覆われている。だが顔はむき出しだ。
「阿紫花さん。……少し、笑ってる」
 確かに、阿紫花の死体は少し笑っているように見えた。
 勝は平馬の横に立ち、……平馬の顔を覗き込んだ。
 大きく目を見開いたまま、平馬は動かない。
「平……」
 声を掛けた時、背後の廊下で泣き声がした。
 涼子だ。

「直してよ!直して!……」
「出来ないよ、お嬢ちゃん……」
 悲しげなフウの声がした。「それはあたしには出来ない」
「アルレッキーノを直して!パンタローネも、元に戻して!」
「出来ないよ、頭を吹き飛ばされて、それにもう時間が経ち過ぎた。あたしでも壊れちまった思考機関の復元は出来ない。神様だって、出来ないよ」
「嘘!」
 弾け飛ぶような泣き声だった。
「どうして元に戻せないの!人形なのに!壊れただけなら、元に戻して!」
 うわああ、と涼子は祖父の胸で泣き出した。
 法安は孫娘を抱きしめた。
「涼子。……」
「直して、直してェ……、人形なら死なないはずよ」
 直して、と泣きながら繰り返す涼子に、法安は悲しげに囁いた。
「……だからいつかまた会えるじゃろうて。天幕の中でなあ……」

 涼子の嗚咽にも、平馬は振り向かなかった。
 時が止まったように、阿紫花の死体を見つめているだけだ。
「平……」
 平馬の手を握ろうと、勝が触れた瞬間。
 思い切り平馬は振り払った。
 勝は目を見開くが、平馬はこちらを見ない。凍ったまま、阿紫花を見つめている。
「……平馬!」
 勝は。
 平馬を後ろから抱きしめた。
「阿紫花さんが言ったんだ」
 暴れかけ、身じろぎした平馬に、早口で勝は言い聞かせた。
「悲しい時は泣いていい、って」
『泣くな、って言ってやるより、泣けと言ってやるのも、男じゃねえのかね』
「それを言われて、僕はやっと楽になったんだ。平馬、阿紫花さんは、泣いてる僕をこうやって後ろから、抱きしめてくれたんだ」
「……なんで」
 平馬がやっと、声を出した。
「いっつも勝ばっかなんだよ。……英兄ィ、なんで、勝ばっか……っ」
 ず、と鼻をすする音がした。そして涙声がした。
「なんで勝にばっか優しくしてんだよ、兄貴!」
「違うよ、平馬。阿紫花さんは、僕に優しくしたかったんじゃない」
 勝の記憶の中の阿紫花の目は、時折淋しげだ。
 病室へ見舞いに来てくれて、目覚めて最初に見た顔も、祈るように勝を抱きしめた時も、
「平馬に優しくしたかったんだよ。僕にじゃない、僕を、平馬の代わりに、抱きしめてただけだったんだ」
「~~っ、なんで……っなんでっ」
 ばっ、と平馬は振り向いた。
 その目には涙が零れている。
 勝は平馬を抱きしめた。
「泣いて、平馬。僕も泣く、から……」
「う、うわああぁ……」
「僕に、こうしろって阿紫花さんが言ったんだ」
『抱擁ってのは便利でね。こうして慰めたり、……大好きだって証明してやったりね』
「大好きだったんだ。阿紫花さんは、平馬が大好きだったんだ」
「兄貴ィ……っ」
「でも好き過ぎて、大事で、遠ざけてしまう事もあるんだよ、平馬」
 祖父の記憶、感情を追体験させられた勝には、少し分かる。しろがねを、祖父はやむなく遠ざけた。ルシールも、娘を追放した。
 それしかなかったと、勝は思う。
 でも大人って、子どもが思うよりずっと、不器用なんだ。
「そんな愛し方しか見つからない事もあるんだ」
「でも、やだよっ……やだよぅ……兄貴ィ……」
「だから泣こう、平馬。泣いて泣いて、そしていつか、」
 思い出話をしよう。
 平馬。
 思い出が思い出になる前に。
「僕たちはあの人が大好きだった」
 ずっと、覚えていよう……。
 天幕の中、また会う日まで。


 薄暗がりの幕間に、男が立っている。
 --泣き虫な坊やたちでやすねえ。
 タバコを咥え、男は笑って黒手袋を嵌めた手を掲げる。
 --あたしはちょいと、頂き損ねたお代を頂きに行って来やすよ……。
 軽薄な男だった。軽薄で、無責任で、逸脱した男だった。
 下り行く幕の中、男は笑う。
 --今日が雨でも、明日は晴れらあね。そん時はちゃんと、笑いなせェよ……。
 そして幕が下り。
 微笑いながら男は退場した。


 END

 インテルメディ=幕間劇。
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