印刷 高速道路 1000円 機械仕掛けの林檎 病室にて (カテゴリ:短編) 忍者ブログ
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 イリノリ後のヴィルマと阿紫花。ジョ阿紫前提。

 二人は出来ていたんだろうか……。でもなんかそういう空気がしないから分からない。二人の別れの場面より、ジョージに対する阿紫花の態度の方がそれっぽい……。腐女子EYEですか。知ってる。

 病室にて

「九死に一生を得るたあ、あたしも随分と悪運が強いもんだと、まあ自分でも呆れまさあね」
 阿紫花は苦笑してタバコに火をつけようとする。
 ヴィルマはすかさずライターを差し出して火をつけてやった。
 腸まで千切れた重傷人で、今も機械に繋がれた阿紫花はニヤリと笑う。
「あンがとさん。……」
 男の癖に嫌に線が細い。造作そのものは三十路を越したチンピラそのものだ。痩せた肩も骨ばっているばかりで、肉が無い。不健康だ。
 だがどこか、そう、サドの気があるヴィルマはつい、「泣いたらどんな顔すンのかね」と薄笑いしてしまう。
「気をつけなよ、アンタ」
 ヴィルマはそんな下心に似た薄笑いを消し、「助かっただけでも、めっけもんさ」
「……そうでしょうねえ」
 ジョージが死んだ。「そうなんでしょうねえ」
 ヴィルマも分かっている。明日は自分かも知れない。
 今でこそ施設の中は平穏そのものだ。一時的に皆休養する余裕がある。皆がその安寧を貪っている。希望を抱いている。だが希望とやらには犠牲が必要だと、黒い手をしたヴィルマや阿紫花、それにギィや鳴海は気づいている。
 その予感は、殺しをしてきた人間にしか分からない。
 明日は自分。死ぬ気はない。だが誰かが犠牲になるなら--もうサーカスの仲間や子ども達は死なせられない。
「なあんも、残してくれやしねえ」
 ぽつりと、阿紫花が呟いた。「別れ際にすがって泣く女も可愛いもんだと思ってましたけど--ケッ、みっともねえやねえ。いざ居なくなっちまうと、あっけなくて泣けもしねえでやんの……」
 あたしゃバカですねえ、と、阿紫花は呟いて灰皿に灰を落とした。
「やっぱ淋しくなるんでしょうかねえ。これから」
 これから誰が死んで淋しくなるのか、今はまだ分からない。「……花道作って待ってて貰えねえかねえ、神様ってお人が、もしいるんならよ」
「ハナミチ?どういう意味のジャパニーズ?」
 ヴィルマは素直に問う。
 ハナミチ、という単語でイメージが湧いたのだろう。
「ヴァージンロードみたいなモンかしら」
「ブハッ」
 阿紫花は煙を吐き出し、辛そうに眉をしかめる。傷に障った。
「どうしたんだい?何か変なコト言ったかい?」
「ハハッ……こりゃ面白れえ、だったらいいですねえ!ハハ……」
 傷を痛がる顔で、阿紫花は一筋涙を見せた。「傑作でさあ」
 死んだ人間は帰って来ない。だったら自分が、--会いに行くしかない。だがそれは無意味だと分かっている。
 弟を亡くしているヴィルマにも、鏡を見るように見覚えのある痛みだった。昔、自分も同じような顔で泣きながら笑ったはずだ。
 だからこそヴィルマは笑った。
「……そうねえ。フフ、アンタ、泣いた顔がカワイイじゃない」
「へえ?」
「長い事オトコには飽きてたんだけど、アンタならイケそうな気がする」
「姐さん、あれかい、女色好きかい」
 阿紫花は細い目を少し丸くする。「あたしゃオトコですぜ」
「構やしないよ、スキニーボーイ(痩せっぽち)。それにアンタが二人目さ。いいじゃないのさ。ここで泣いてるくらいなら、アタシのものにおなりよ」
「……」
「アタシも昔そうやって泣いたもんさ。その時はもう死んでもいいような気持ちでさ。……でも結構、アタシもかわいそうなヤツだったんだねえ。こうやって泣いてたんだもんね。アンタ見てると分かるわ。客観できる」
「あたしは可哀そうなんかじゃねえぜ。それに、同情はやめてくんな。余計虚しくなってくらあ」
「そういう強がりが、カワイイって言ってんのよ」
 本気の目でひるむ阿紫花に、ヴィルマは歯を見せて笑う。
「アンタみたいな乾いた冷たい男が湿ってんのって、好きなのよ。へこまされちゃって、いい感じによろめいてるトコにつけこむのがたまんなくさ--快感なの。熱くしてやりたい気になるのよ」
「ケッ……」
 「乾いて冷たい男」か。どっかの機械仕掛けのしろがねを思い出す。
「湿っぽくなっても、熱くなっちゃおしめえだ。あたしらの生きてる世界じゃ、そうでしょうが。ねえ、姐さん」
「そう?アンタこの先も生きていく気があるの?」
「……」
「あんまり湿っぽいから、死ぬ気じゃないかと思ってさ。……」
 ひょい、とヴィルマはりんごを手に取る。それを剥き出す。
 剥いた皮が長く伸びる。
「……どうして」
 阿紫花は呟いた。「あたしに構うんですかい」
「似てるから。昔のアタシに」
「……」
「弟がゾナハ病で死んで、それでもアタシは殺しをやめられなかった。金になりゃなんでもやった。ナイフがあれば何でも出来た」
 タバコを咥えたまま、ヴィルマは器用にリンゴの皮をナイフで剥いていく。いつも研ぎ澄ましてあるナイフだ。よく切れる。
「死んでも構やしなかった。弟が待ってるんだって今でも信じてる。--食べる?」
 うさぎの形に切ったリンゴを目の前に差し出され、阿紫花は受け取る。
 リンゴの匂い。しろがねの血の匂いだ。
 ずっと前にそれを飲んだ。
「でも仲町サーカスに来て、なんかアタシ、変わっちまってねえ」
「……」
「弟がもし生きてたら、……きっとここにいて、あの坊ややしろがねやみんなと、一緒にさ……」
 リンゴを噛むと、口の中に匂いが拡がる。
「アタシはナイフ投げて、あの子は的……、口上は仲町で、音楽は三牛、リング裏で勝があの目で、『頑張れ』って、顔してるのが分かる」
「……」
「忘れてた。サーカスがこんなに愉しいものだったって事。サムが死んで、アタシはどっか螺子が飛んでたんだね。歯車が狂ったままだった。でもあの子の、勝の目で、正気に戻っちまった」
 ヴィルマは自分でもリンゴを食べた。
「だからさあ、阿紫花--アタシ、あの坊やに殺されちゃった」
「……」
「あの子の目にさ、心臓打ち抜かれちゃった。殺し屋ヴィルマのタマ取ったのよ、あの子は」
 さっき「アンタは二人目」と言ったのは、そういう意味か。--阿紫花は合点する。
 確かに勝は、そういう力強さを持っている。
「……ああ、分かりやすぜ」
 阿紫花は頷いた。「殺し屋、辞めるんですかい」
 人殺しは骨の髄まで黒い手をしている。辞められる筈が無い。二人とも分かっているが、阿紫花はあえて問うてみた。
 ヴィルマの答えは清清しかった。
「そうよ。殺しは廃業でさ、あの子達とずっと、サーカスをするんだ。だから--あの子達は死なせやしない」
 弟のようには、と、ヴィルマは呟く。「今度こそ、アタシはサーカスをやるんだ」
「……いいですねえ」
 阿紫花は心からそう言った。「そうなりゃ、あたしも見てみたいもんですぜ。サーカスってヤツを、よ」
「見た事ないの?人形遣いなのに」
「ねえですねえ。こちとらヤクザ者でさ。人形は殺しにしか使った事ねえかなあ……」
「しろがねと同じね」
「……違ェやすよ。全然。あんな綺麗な連中と一緒にされると、なんだか切なくなっちまう」
 リンゴの汁のかすかにべたつく自分の指を見下ろす。阿紫花は両手の指を広げ、動かした。ピアノを弾く動作にも、人形繰りの動作にも見える。
(なんでアンタが人形繰りやめたのか、あたしにもちっとは想像つきやすよ。ジョージ。似てたんでさね)
 その様子を見ていたヴィルマが急に言う。
「阿紫花。アンタも、行けるよ」
 ヴィルマは笑っていた。「サーカス、一緒に楽しもうよ」
「……いいですね。そいつは」
 阿紫花も笑う。「あたしも殺し屋廃業ですかねえ」

「……石に布団は、着せられねえんですがねえ……」
 ヴィルマの去った部屋の中、阿紫花は呟いた。
「あたしもすぐに、そうなっちまいそうですよ」
 リンゴの汁のついた人差し指の先をそっと咥えた。
 忘れない匂いだ。
「……仕方ねえや……」
 わずかに微笑み、阿紫花はそう呟いた。

 END
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