印刷 高速道路 1000円 機械仕掛けの林檎 アンドゥをどうぞ 忍者ブログ
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 タイトルは私の好きなアーティストの歌から。
 

 残酷で哀しくて、戻れないだけの話。
 阿紫花とギイ。

 ※話中の知識はうろおぼえです。細かい数字とか調べると合ってないです。信用しないように。

 アンドゥをどうぞ

「日本の、シホーってどんなだか、知ってやす?……」
 包帯に巻かれ、生命維持装置に繋がれた男がそう問うた。
 眠っているとばかり思っていたから、ギイは驚いて目を見開く。
 思った以上にしっかりした目線が、枕元から見上げてきていた。
「シホー?……司法?」
「そう、Une loi……、Une loi de la justice(正義の法)」
 静かな顔で、阿紫花が呟いた。
 突然なぜそんな話をするのか分からず、顔に出さずギイは戸惑う。

 イリノイの決戦後だ。
「銀髪も男もしろがねも見たくねえや」
 そう小さく漏らしたのを、ヴィルマが聞いていた。
 事情を察し、該当する者は阿紫花に近づかなくなった。唯一、子どもの平馬だけが阿紫花とヴィルマのひと時に混ざろうとするのみで。
 ギイや鳴海、エレオノール、米軍兵士やサーカスの仲間たちは、阿紫花に近づかなかった。
 ギイが阿紫花の近くにいたのには単純な理由があった。人手が足りないので、重傷者をちらりと確認するだけの手間を買って出たのだ。
 どうせ阿紫花は薬が効いて寝ている、と思い込んでいたギイは、そうして阿紫花の問いかけに遭遇した。

「日本だとね、殺人が殺人だって認められないケースが、案外多いんですよ。疑わしきは罰せず、とかいうハナシじゃなくて、ちょっと凝った殺し方すりゃ、司法解剖もしないで火葬しちまう、って、ハナシ……」
 アシハナは答えも待たずに喋り出す。
 幻覚を見ているのか、とギイは疑うが、瞳孔の散大も焦点の不定もないようだ。問わず語り、というヤツなのだろう。応え(いらえ)を求めない、独り言のような。
 精神的に不安定になっているのかも、と医師として心配したギイは、穏やかに、
「気分は?喋って苦しいところは?」
「ねえよ。……いや、苦しいから、あたし喋ってんのかも知れねえ」
 阿紫花は苦笑する。精神が不安定になっている風でもない。
 分からないぞ、人は顔で笑顔でも心の中じゃ泣いているものだ--ギイはそう思うが、だからといって何が出来るものでもない。薬で眠らせる事も考えたが、今はきっと、そうすべきではない。
 ジョージが死んで、まだ三日だ。一人思うだけでは整理がつかない事もあるだろう。何でもいいからとりあえず誰かに話して楽になるなら、それは必要な事だ。
「……司法解剖が出来る医者ってね、東京にゃほとんどいねえんですよ。出来る人間がいねえから、司法解剖からしてやらねえ。百人死んだら一人、犯罪だって分かって解剖されたらマシな方の数字なんだそうでね……。検死、って分かりやす?」
「遺体の検分だろう。正しくは検視、変死体であればすべて行われる」
「そう。でもそれだって、出来る医者はこれまた少ねえ。検案書書く医者が東京に5人しかいねえ、とか、……そりゃ、ザルだと思いやせんか?」
 流石プロ--と、言いかけてギイはやめた。
 代わりに問う。
「何か欲しいものは?」
「いえ、何も。ただ少し、聞いてっちゃくれやせんか。殺しがメシのタネ、の、極道者にすら弾かれる馬鹿な男の話ではありやすけどね」
「……」
「人間、死ぬ時ゃ誰でも『心不全』なんすよね。心臓動かなくなった死ぬ。血が足りなくなって、とか、デカイ傷負ってショックで心臓止まる、とか、そういう理由で誰でも心臓動かなくなって死ぬから、もし検死で『心不全』て書かれたら、そいつは、『原因不明』と同じ事なんだとさ」
「……そう」
「で、監察医者は手が足りねえから、そういう原因不明の死体は『心不全』扱いにしちまって、司法解剖だの行政解剖(犯罪性の無い死体の解剖)だのもしねえで、検死だけで燃やしちまう……」
 『心不全』--ギイは何かがひっかかるのを感じた。
 『誰か』も、そんな死に方ではなかっただろうか。
「でね、ギイさん。あたしプロだったから言いやすけど、人間一人を事故死だの病死に見せかけるってな、結構簡単なんですよ」
「……」
「心不全に見せかけろ、てんなら、改造したスタンガンとかを目に付かない--耳の中とか、アソコとかケツの穴の中にでも入れてさ、火傷もねえようにしときゃ、『原因不明』の『心不全』の出来上がりでね。そんでそいつを、机で仕事中、とか、家事の最中、な感じに置いとけば、さ……心臓発作、心不全、とか、手が足りねえもんだからざっとしか調べねえ警察は、見向きもしねえワケ」
 誰だ。誰--。そんな死に方をした人間を、ギイは確かに知っている。比較的最近だ。
「坊やは」
 あ、と、阿紫花の声に、ギイは声を上げそうになった。
 そうだ。『心不全』。勝の--。
「ここにはいねえんですね」
 阿紫花は静かに笑った。

 ギイは自動人形を見るような目で、阿紫花の笑みを見る。
 そんなギイの心の内をすべて分かっているように、阿紫花が笑った。
「坊やがね。言ったそうなんですよ」
『そうしたら、きっと僕は、天国の大事な人に会えなくなる!』
「誰かを守るために、誰かを殺しちゃ、いけないって……。平馬が言ってやがったんでさ。坊やがそう言ってた、って、菊がね、聞いたそうで」
 義兄にぴったり寄り添っていた平馬の姿が、ギイの目に浮かぶ。平馬と一緒にいる阿紫花からは、悪意など微塵も感じなかった。
 そして今も阿紫花から悪を感じていない事に、ギイは既視感を覚える。
 あの人形もそうだった。多くを殺める元凶となった女の人形。おぞましいからくり人形、しかし慈しむ手で赤子のエレオノールに触れた人形--。
 あの人形は確かに、悪ではなかった。しかし善でもあり得なかった。どちらでもない、という事が最も悪であるかも知れない、とギイは思う。しかしあの人形は確かに--人間を、エレオノールを、愛した。
 その事だけは、曲げようの無い真実だ。
「……会いたい人が、出来たのかい?……」
 ギイが問う。
「だから、罪の告白をしたいのかい?……」
 阿紫花が、笑った。
「出来やせんよ。一個二個じゃねえんだから。あたしが今まで殺してきたのは、それこそ数え切れねえんでね。全部悔い改めてたら、あっという間にジジイんなって死んじまう。あたしが死んでもね、償いになんてならねえんですよ」
「……」
「でも、もし。もし、ただ一個でも誰かに許されたら--、一人くらいは会える気がしねえでもなかったんですよ」
 白い床で、阿紫花が笑う。
 許されたい相手は、あの子なのだろう。
「でも来ねえんだ。やっぱ、そんなに甘くねえって事なんですよ」
「……」
「すいやせんね、あたしなんかのつまらねえ話につき合わせちまって。は~あ、なんか眠ィ気がする」
 阿紫花の顔を見下ろし、ギイは言った。
「阿紫花。僕は昔、とてもある女(ひと)に失礼な事をして、その女が死ぬ最後まで、その事を謝れなかったんだよ。僕はそれを許してもらいたくて、泣いて泣いて、自動人形を壊しまくって、でもそれでもその女は帰ってこなくて……」
 阿紫花は黙って目を見開いて見上げてくる。
 阿紫花のその顔がまるで人形のようだ、と、ギイは思う。
「だから僕は、あの子を守って、……今度は許してもらいたいんだよ」
「……百年も、アンタよくやりやしたよ。多分その女は今じゃきっと、アンタを誉めてると思いやすよ」
「そうだね……。うん、きっとね、やり遂げたら、また会えると信じる気持ちは分かるよ。誰かが許せば、か。……僕は君を許すよ、阿紫花」
「……」
「あの子の代わりになど、ならないだろうが……」
「いや、充分でさ。充分、……」
 阿紫花が右手を目を覆ったので、泣いているのかと思ったが、そうではなかった。むしろ清々しく乾く冬の朝のような目で、
「煙草、取ってくれやせん?メイド人形が引き出しに入れちまってね。自分じゃ出せねえんで」
 一本くらいは吸わせてやるか、と、ギイは引き出しに手をかける。そして気付く。
 拳銃が入っている。銃弾もあるが、市販されていない改造弾だ。自動人形に抗するための銃だ、と、ギイは気付く。
 阿紫花が天井を見上げて言った。
「また会ったら、今度は心底笑ってくれっかなあ」
 勝のことか、それとも--。
 ギイは問うことも出来ない。

 『誰』が笑ってくれるのか、は、煙草を咥えさせても阿紫花は言わなかった。ギイも聞かず、そして部屋を出る。
 病室の外では、怪我人が溢れていた。その中を、エレオノールが忙しく立ち働いている。
 彼女はギイを見つけ、安堵の表情になった。
「ギイ先生」
 そう言った彼女は改めて見直す必要も無く一人の大人の女性になっていて、ギイはエレオノールの中に確かにその面影を見つける。
 会いたい人、か。
「先生?……」
 やり直せないから、人は苦しいのだな。
 だけどやり直せる愛も命も、ありはしないのだ。
 この子だけは、守らなければ。
 僕の命に換えても。

「……エレオノール、後で整備を手伝ってくれないか。君に頼まないと進まないんだよ。ああ、配膳だね。僕もついでに一緒に少し怪我人の具合を見よう」
「はい!」
 そして二人は兄と妹、あるいは父と子のように連れ立って。
 怪我人たちの中で入って行った。


 END
 

 すべてアンドゥ(やり直し)出来ない。
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