ハロウィン・ハロウィン!
「ハロウィン・パーティ?……人が国境で足止めをくらっていたのにか」
屋敷へ戻ってきたジョージの有様は、なかなか悲惨なものだった。
コートは所々擦り切れているし、サングラスもヒビが入っている。銀髪も乱れているし、髭も伸びたままだ。
某大国と某国の小競り合いに巻き込まれた。内乱が発生するのは一触即発だと聞いていたが、まさかジャストタイミングで巻き込まれるとは思っていなかったのだ。
ほとんど休みなしで銃弾や小競り合いの下をかいくぐり、気がつけば一緒に行動していたNPO団体の安全を両国に保証させ、第三者国家の領事館へ送り届けるのに一ヶ月費やした。昼も夜もなく銃声を聞いていた気がする。気が狂いそうになっているNPOのメンバーを叱咤し、両軍の指揮官に彼らの安全を求め……機械の体でなければ通算で20回ほど死んでいる。
骨が折れた。気疲れもしたし、有機的な疲労もしている。機械部分もメンテナンスが必要だ。
メイド人形が気遣うように、
「フウ様へ連絡なさいますか?出来るならパーティへ参加して欲しいと言付かっておりますが」
「いや、いい。私は休む」
既に夜の9時を回っている。子どものためのパーティだ。とっくに終わっているだろう。それに旅の疲れが酷い。身支度すら億劫だ。
自室に戻り、コートを脱いだだけでブーツを脱ぐのを忘れてベッドに倒れ込んだ。
それから数十分後。
さすがのしろがね-Oも睡眠中は意識が無い。しかし物音や気配への反応は通常の3割程度動いている。よほどおかしな物音がすれば、半ば自動的に目が開く。
その時ジョージが動かなかったのは、気配がごく身近な者のものだったからだ。
阿紫花だ。そっと、忍ぶようにジョージの部屋に入って来る。
鍵を掛け忘れたか、と不明瞭な意識でそう思ったが、疲れているし、阿紫花だって弁えて騒ぎ立てたりはすまい。そう決め付けて目を開けなかった。
寝てんですかい。--その小さな声と、そしてベッドに重みが加わる感覚。
一緒に寝たいのか。そう問う事も出来なかった。泥のように意識が沈んだままだ。
顔や胸に手が触れる。寝ているのを確かめているだけのようなので放っておいたが、やがて、口に何かが入ってきた。
「!」
ジョージは目を開けた。口の中が、べたついて甘い。掌に出すと、親指の先ほどの丸い物体だ。
「なんだこれは……」
詰問しようと阿紫花を見ると、いつもとは違う装いだった。
薄い和服のようだ。寄り添うように肘を突いて上体を起こしてこちらを見ている。
下に何を着ているのか、脹脛が夜目にも白く見えた。
「へへ……アメちゃんでさ。ギイさんに貰いやしてねえ」
そう言って起き上がり、ベッドの上で足を曲げて座った。太ももまで丸見えだ。
アメ、と聞いてジョージは掌に出したアメをもう一度口に含む。一気に噛み砕いた。
「……何をしにきた」
「お帰りなせえ、って挨拶しようと思いやして。一ヶ月ゴクローさん」
片膝を抱え、阿紫花はそう言ってジョージを見た。
男の癖に、内腿が白くて滑らかだ。
--まずい。
ジョージは疲れて機嫌が悪いフリをしながら、寝転がって毛布を被って阿紫花に背を向けた。ブーツを履いたままなのに気づいて、毛布の中で脱いで、適当に放り投げた。
「疲れている。眠らせろ」
「まだ9時半過ぎじゃねえか。起きなせえよ、一杯付き合ったっていいじゃねえか。アメちゃん食いなせえよ」
まるで猫はじゃれつくように、阿紫花が上に乗ってくる。重くは無いが、腰の上に乗られると、非常に不都合だ。
既にいくらか飲んできたらしく、阿紫花はブランデーの瓶を掲げて見せ、
「話くれえしたっていいじゃねえか。なあ、ジョージさんよォ……。綺麗好きなあんたが、髭も剃ってねえなんて珍しいや。イメチェンすんのかい?……一杯やりながら聞かせなせえよ、何して来たのか、よ」
下から見上げると、胸や太ももが肌蹴て、なんとも言えない色気がある。カーテンの隙間から漏れる薄明かりの中、肌が白く見えた。
「下りろ。……」
「話くれえしてくれねえのかい」
拗ねたような、しかしどこか誘うような声に、あっけなく何かが自分の中で切れたのをジョージは感じた。
「……疲れると、カテコルアミンが分泌される」
ああ、もう駄目だ、という気持ちでジョージは言った。
阿紫花は目を丸くしている。
「神経伝達物質だ。血管を拡張させる。海綿体もな」
「……今気づいたんでやすがね。あたしのケツに、なんか当たってんですけど」
「疲れると誰でもなる。お前にも経験があるだろう?そして私は、一ヶ月寝ていない。少しも、だ……」
グイ、と阿紫花の腕を捕まえ、ジョージは阿紫花を組み敷いた。
慌てる顔の阿紫花に、ジョージは冷静な声で、
「その格好は?初めて見た」
「め、珍しいじゃねえか。あたしの格好にあんたがケチつけるなんて」
「文句は言わない。わざとか?セクシーランジェリーで夫を待つ妻みたいな。実際に見た事はないが。あ、今見てるか」
自分が言った言葉に、ジョージが小さく笑う。全然面白くない。
少しハイになっているようだ。確かに、疲れている。目の下にクマが出来ているし、口元は笑っているのに眉は深く皺を刻んだままだ。
掴まれた腕から、ジョージの体温が伝わる。やけに熱い。疲れているのは本当らしい。
「こ、これは忍者の衣装の上半分で……」
「ああ、確かに忍んできたな。……」
耳の後ろを舐められ、阿紫花は息を呑む。
「べ、別にあんたのために着たんじゃありやせんや。ジョージ、あんた疲れてどっか飛んでンじゃねえですかい?」
「毎回意識を飛ばす奴に言われたくないな。誰のために着たんだ?その格好でパーティへ行ったのか?……いささか、穏やかじゃない気分だよ」
ジョージの手が、ばっ、と、阿紫花の着物の前を広げた。
「酒も誰と飲んだ?子どもが主役のパーティだからな、終わって帰りに誰かと飲んで来たのか?ギイやフウではないだろう」
「誰って……帰りがけに若ェ医者に一杯どうだって言われて、飲んだだけでさ」
「若い医者?」
あからさまにジョージは眉をしかめる。
「男か」
「一杯飲んですぐ帰りやしたよ。携帯電話の番号交換しただけだし」
「携帯電話の番号!?」
ぎょっとして目を見開き、思わず阿紫花の太ももを掴んだ手に力を込め、ジョージは叫んだ。
阿紫花は厄介なものでも見るかのように見返し、
「いちいち騒ぐこってすかい。普通の若ェヤツでさ」
いわく「日本人を嫁さんにしたい」だの「それでフランス料理作って欲しい」だの「あとアメリカで仕事したい」だの。半ば愚痴のような他愛もない話をしてすぐに別れた。
「日本人好きだ、って言われやしたけど」
あたしの知ってる女はどうしたってカタギ少ねえし……素人もいやすけど、あたしからは顔合わせずれえし……、と阿紫花は心の中で反芻する。
しかしジョージは何を勘違いしたのか、
「アシハナ……」
「へえ?」
「もういい、喋るな。腹が立つ一方だ。どうしてお前は私の知らない場所で愛想がいいんだ」
舌打ちが聞こえてきそうなほど忌々しく口元を歪め、ジョージは阿紫花を見下ろした。
毎度なのだ。
欲望を抑えて振舞えば、阿紫花はジョージの態度に飽きてふらふらと歩き回る。そんな阿紫花を捕まえて腹立ちまぎれに抱き合って、まるで殴りあった方がマシ、という程互いに神経と肉体を疲弊させる。毎度「こんな関係は健全ではない」と思うが止められない。
抱き合ってセックスして、その行為に飽きてしまえば楽なのに、それが出来ない。息も絶え絶えに疲れ切った翌朝には、その夜の事を考えている。行為自体もその目的も、その欲望の中身も、まったくもってイカレている。いつでも求めている自分の頭がおかしくなりそうで、不安で阿紫花を抱きしめる。そして振り出しに戻る。
以前は感じなかったその欲望に、ジョージは苦しんでいる。阿紫花がいなくなったらどうしよう、なんて事を抱き合っている時に考える。その事自体が愚かしい。いなくならないように、とまるで縛り付けたいような気持ちで抱きしめる。何度も快楽を与えてやればいいのか、他とは比べ物にならないそれを与えてやればいいのか、と頭の芯が煮え滾るような本能的な何かに苦しめられた。
こんな真似すべきじゃない--そう思いながら毎回結果は同じなのだから、考えても無駄だと諦めるべきかも知れないがそれも出来ない性分だ。理性ある人間のする事ではない、と頭の中で繰り返しながら腰を振る。しかも「こうすればお互い気持ちいいだろう」などと考えながら。
いっそ別れたら、と思うが「別れンなら死んだ方がマシ」という阿紫花の言葉に全面同意する自分もいる。阿紫花は面倒くさい事ばかりの男なのだ。別れた方が仕事も人生も楽だ。一人で戦場に立って、一人で眠る。一人で何でも出来るし、何でもどうでも良くなるだろう。何を見ても何を聞いても、何をしても感じない人生がやって来る。以前のような、何が起きても心乱されない人生。何を殺しても何も感じない。死んでいるのと大差ない自分が戻ってくるだけだ。なるほど、確かに死んだ方がマシ、だ。
だが、だからといってこんな行為でヒトを縛り付けてはいけないのだ。
分かっているのに。
「や……出し、て」
四つん這いになって枕に頭を押し付け、阿紫花は呻いた。
「そんなん全然……ヨく、ねえ」
「なんでもいい。私がやってみたいだけだ。それに……」
汁気を滲ませる阿紫花のそれの先端を、ジョージは指先で割るように拭った。びくりと阿紫花の体が揺れる。
「まったく感じないワケでもないようじゃないか」
「違……」
後孔に舌の感触を感じ、阿紫花は呻いた。
「もう一個入れてやる」
口に含んで、微細な突起や傷が無い事を確かめた飴玉を舌の上で転がした。
直径1インチ(約2.54センチ)ほどの飴玉だ。閉じてひくついている後孔を舌でほぐし、飴玉を押し入れる。すぼまった肉が、こじ開けられる感覚にひくりと蠢いた。
「もう無理……っ、入らねェって--くっ、う……」
「ああ、入ったじゃないか。何個目だ?言え」
「……」
「言わないともう一個入れる」
荒く息を乱し、阿紫花は小さな声で呻いた。
「……個」
「聞こえない」
「~、10個!」
「結構入ったな」
勿論何個入れたかなど覚えている。
阿紫花の先端から、透明な滴が滴った。
わざとらしく感心したような声でジョージはせせら笑う。
「流石。私のモノだって入るものな。入らないはずないか。ああそうだ。日本語には『ケツの穴の小さい』男だって言い方があったかな。お前は違うな。こんなに入るんだ」
「ひ……ぎっ」
急に二本指を突き入れられ、阿紫花は悲鳴をあげた。
「か、掻き回さねえで……っ」
「取らなくていいのか?……ああ、なんだか随分ぬるぬるすると思ったら、最初に入れた飴が溶けてきているんだな。大分……小さくなってる」
指先で大きさを確かめて、奥へ押し込むように指が蠢く。
「中は体温が高いんだ。溶けたんだ」
言いながら、前立腺を抉るように指で突いた。溶けてねばついた甘い液体をぐちゃぐちゃ掻き回している内に、阿紫花の強張った下肢に汗が浮いた。自身の先端からも、ぽたぽたと透明な液体が滴っている。
「それ……やめ、やめてっ……!中で当たってン--」
「何が」
「飴、が……」
「あああ」とだらしなく声をあげて阿紫花は呻く。
溶けかけの飴玉がいくつも内壁を刺激しているのに、前立腺を抉るのをやめてくれない。
大分泣きの入った声で、阿紫花は懇願した。
「やめ、も、それ、堪忍し……」
止める訳無いだろう--と、ジョージは阿紫花を見下ろす。
もっと見たい。羞恥と快楽で顔を歪めて、それでも求めている姿が見たい。泣いても喚いても止めてやらない。
(私はこんなに)
不安でたまらない。
(求められたいと思ってしまった)
もっともっと感じさせたら去らないだろうか?もっと気持ちよくさせたら、他の誰も見ないでくれるだろうか?
でもその挙句にすべてを壊してしまいそうな不安も感じている。
これが愛だと言うなら、世界は絶望的だ。
だから愛しているなどとは絶対に言わない。
「ジョージ……ィッ」
切羽詰った声で鳴く阿紫花の耳を強く噛んで、ジョージは囁いた。
「ああ、ここにいるよ」
「あああっ……」
ぱたたっ、と。
触れていない阿紫花の先端から白い滴が垂れた。
(愛しているなど、言わないから)
一緒にいたい。
「は……っ、あ」
「大分余裕が……出来たな」
ぎしっ、と、加重の位置がが変わり、マットレスが音を立てた。
「!?」
「大分小さくなったし、奥に押し込んだからな。入る……」
「やめ、まだイッたばっか--ああっ……あああ」
飴などよりよほど質量のあるモノが入ってくる。イッて敏感になった後孔に押し入られる感覚に、阿紫花の目の奥が瞬いた。
「ひぃっ……」
ただでさえ固い異物の入ったソコに、かなり質量のあるモノを突き入れられ、入り口だけでなく内壁が押し広げられる感覚に目が眩んだ。丸い飴玉が、内部でジョージのソレにまとわりつくように転がって、内壁を刺激する。
根元まで押し入れた所で、ジョージは止まった。
ぶるぶると震えながら耐える阿紫花に覆い被さり、耳元で、
「気持ちいいか?……結構、中がキツいな。締まる……」
「……っ、」
「気持ちいいかどうか、言ってくれないと意味が無いんだ。言え」
きゅ、と阿紫花の自身を柔らかく握る。ジョージは囁いた。
「一緒じゃないと意味が無い」
(卑怯だ)
そんな迷子みたいな声でそんな事聞いて、しかもサド丸出しの仕打ちをしまくるなんて。
(卑怯じゃねえか)
どうして一緒じゃ『なくなれる』ってんだ。こんなに何もかも好き勝手にしてくれて、しかも性質が悪いのは初めてだ。自覚が無いのが頭にくる。
(分かってんだろ。あたしがあんたにぞっこん惚れてンのが。チクショウ、言ってやるもンかよ)
素直になど、なってやるものか。
(『愛してる』も、絶対言わねえ)
「……た、りねえ、よ」
「……」
「足りねえ、や。こんくれえ、じゃ……あたし、……どっかのパブででも相手漁った方がマシ--ぎゃっ」
乳首に爪を立てられ、阿紫花は悲鳴を上げた。
そのままねじりあげられる。
「ひっ、取れるっ、取れ--」
「分かった。お前は誰でもいいのだものな。私も勝手にするさ。勝手に--私が満足するまで離さない」
「ああっ、ひぐっ、ひぃ、」
阿紫花が悲鳴を上げた。逃げようにもスペースが無いし、腰はしっかりと馬鹿力で掴まれている。長いストロークで抽送され、逃げる事も出来ずにシーツに頬を押し付けて小さな悲鳴を上げさせられた。
目を見開き、握り締めたシーツに涙が染み込んでいくのをただ見ているだけだ。
「あっ、あ、ああ堪忍して……も、許し--」
「感じるか?小さくなった飴が、私ので掻き出されて出てくる。分かるだろう?」
「ひっ、ひっ、……」
感触はある。言葉で責められて思わず強く締め付けてしまったくらいだ。
「堪忍して」と泣く声に、ジョージは淡々と、
「断る。絶対断る。絶対……後少しだ」
そんな事を言った。
阿紫花は視線を後ろにやり、訴えた。
「~、もう出ンだって!ああっ、ダ、メ、出る、出る……っ」
「出せよ……勝手に出せばいいだろう」
「ひっ--」
「後少しで、全部……」
ジョージもどこかうわ言めいた事を口にしている。
「私のしかなくなる……」
飴玉が、結合部の間を縫って排出されていく感覚に、阿紫花は悲鳴を上げた。
飴玉が少しずつ出て行って、ジョージのソレの固さだけがやけに肉に残る。
「--っ、ああっ、ダメ……っ」
「……」
「一緒って、言ったじゃねえか……っ」
首をのけぞらせてそう泣いた顔に。
ジョージはキスをした。
キスの刺激と、ぎりりと乳首をひねり上げられた痛みとで、阿紫花は息が止まった。
「っ--!」
射精したせいで尻の肉がひどく引き攣った。
ジョージが小さく呻いた。
「……後で、アメちゃん弁償しなせえよ」
「……悪かった」
翌朝、阿紫花の目覚めて最初の一言がそれだったので、ジョージは頭を下げた。
やりすぎた。それに食べ物を粗末にしたのはいけない事だ。理性を振り切って悪ノリした自分を、責めても責めきれない思いだ。
疲れ過ぎて、思考が『ハイな鬱』状態になっていたのがいけないのだ。今後は気をつけないといけない。不快な気持ちで阿紫花に触れるのは、良くない。阿紫花の負担になるだけだ。
「……でもっすねえ」
阿紫花は小さく呟いた。
「あんた素直になってやしたよ」
「素直?……どこが」
「……覚えてねえならいいっすよ」
起き上がって、襦袢を羽織ると阿紫花は出て行った。
『一緒でないと意味が無い』
「……本心ってな、こぼれねえと出てこねえんですよねえ」
廊下の片隅で、ふうと息を吐いて阿紫花は呟いた。
「……素直に言えるようになるまで、気づかねえフリ、しといてあげやすよ」
END
おまけ
「見てくれ!日本のアメだぞ」
その日の昼、何も知らない(が、分かっている)ギイは嬉々として、
「子宝アメ」
リアルな造形に阿紫花は昨晩の惨事を思い出す。
「うっぷ……ギイさん……」
「おっと、こんなモノ必要ないな。もう悪阻か?いけないな」
「勘弁してくだせえよ……」
ハロウィン関係なかった。それが一番の失敗です(致命的)