印刷 高速道路 1000円 機械仕掛けの林檎 The half way 1 (カテゴリ:小説 ジョ×阿紫) 忍者ブログ
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 サハラに行く前にジョージって日本に来たんでしたっけ?
 来てなかったらパラレル。来てても移動は全部ヘリな気がするのでやっぱりパラレルですねw

 シリアス風味な癖にエログロです。阿紫花が痛い目に合ってますので、苦手な方はお控え下さい。

 ※加筆修正するかもです。

Half way

 完全と不完全の区別がつかない。
 それは病に近い。
 阿紫花はそう思う。

 子どもの頃、彼は「ひどく」優秀だった。勉学も、運動も、努力ナシで出来た子どもだった。顔立ちもまま良かった。
「お人形さんみたいな」
 そう言われていた事もある。大人たちは褒めたつもりだったのだろう、由緒正しい神社の総領息子として養子に来た身の上である。大人しく賢く見栄えがいい--それだけで良い、と、黒賀村の大人は言う。それは彼らなりの優しさだったと、村を離れた今では思える。
 しかし子どもの頃の彼が考えていたのは、
(つまらない村)
 退屈の潰し方だけだった。
 人形繰りにのめりこんだのも、ただそれだけの理由。退屈を紛らわすパワーゲームが気に入った。
 人形繰りが愉しかったせいもある。だがそれ以上の意味を、人形に見出していた。
(いつかこの腕で何か--デカイ事をする)
 そして村を出るのだ。人形と一緒に。
 折りしも才賀は黒賀の力を必要とし--若かった阿紫花は連綿とつならる才賀と黒賀の歴史の変遷の中のほんの少しの「ズレ」に気づく事もなく--人形を、才賀のために使った。
 殺しは--性に合った。
 見事な仕事だと誰もが言う。
「キレイな人形繰りね」
「腕がいいだけじゃない、度胸もいい」
「殺した相手がどれだけ強くても、君には敵わないんだ」
 そこでやっと、阿紫花は気づいた。
 何も--変わってないじゃないか。
「お勉強が出来て、えらい子ね」
「人形繰りだって村一番だな」
「さすが英良君ね」
 ああ。
 また、これだ。
 また、こうなるんだ。
 過去が追いついて胸を食い荒らす。
 優しかったはずの村人たちが化け物の顔で口々に言う。
「次はどうするの」
「壊れた人形みたいに捨てた」
「お人形がお人形を壊して」
「次は何を壊すの」
 どれだけ糸を繰っても、彼らの歩みは止まない。
 阿紫花のプルチネルラの腕がどれだけ彼らを打っても、彼らは壊れかけた皮膚からぼろぼろと歯車を落とし続ける。内臓のあるべき部分に噛みあった歯車が覗く。
 まるで自動人形のように、優しかった村の大人や同級生が追いかけてくる。逃げられない、それだけがはっきりと分かる。
 もう分かっている。自分はただのチンピラの殺し屋になった。将来を嘱望されていた神社の跡取りではない。二十歳を過ぎればただの人。勝のような本物の才能などなかった。わずかに誰かが(神様とは思いたくない)恵んでくれた才能も、人殺しに費やして枯渇した。
 完全だと思った自分は、最初から不完全だった。いつから自分はこうで、などと考えるだけ無駄だ。最初から、最初から生まれた時から半端な生き物だった。それに気づけず、また気づきたくなくて目を反らし続け--気がついたら、自分はただの人殺しだった。 
 叫びだしたい気持ちで人形を繰る。プルチネルラの腕が飛んだ。糸が切れて、反動で自分の首に巻きつく。苦しい。それなのに、今や壊れかけの自動人形の群を化した彼らは歩みを止めぬ。それどころか、ますます歩を早め阿紫花を追い詰める。
 助けて、と、叫ぶ権利は--人を殺めた瞬間に自分で捨てた。
(しめェさ)
 お終いだ。
 そう呟いた瞬間、何か、ぬるい何かが頬に触れた。
 それはとても懐かしい--。

「アシハナ」
 薄い鉄色が、自分を見下ろしている。
 阿紫花は目を開けた。ぬるい。閉め切った車の中だ。
 空気がぬるい。倒していた助手席のシートを起こしフロントガラスの四角い空を眺めると、先ほどのジョージの目の色のような曇天だ。
「……クーラー、点けてもいいですかね」
 運転席のジョージ・ラローシュは無言でクーラーのスイッチをオンにする。
「どうも。……」
 寝覚めが悪い。運転手への気遣いもなく熟睡した自分を棚に上げ、阿紫花はタバコを取り出す。
 空港へ向かう道のりだ。成田から特別便が出る。
 いつも通り渋滞する首都高の中では、時間の動きが狂ってしまうようだ。もう何時間も寝たような気分なのに、時計では十分ほどだ。
 もう少し渋滞を防ぐシステムとか、考えられないのだろうか?阿紫花は不機嫌にそう思う。
 せめてガードレールを花柄にするとか。
「合理的ではない」
 ジョージだ。阿紫花は一瞬息を詰める。花柄の事か?
「君の喫煙はなんら利の無い無駄な行為だ。肺気腫や肺癌を誘発する有害物質を自ら進んで摂取するそれに、どんな重大な意味がある」
「意味なんて……」
「副流煙による害悪も考えているのか?」
「……イヤならそう言ってくれりゃいいでしょうが。しろがね-Oってのは、副流煙くれえでダメになる機械なんですかね」
 阿紫花は窓を開ける。排気ガスが車内に満ちる。
 ジョージといると息が詰まる。排気ガスのほうがマシだ。
 運転手への配慮などせず、タバコに火を点ける。
「ああ、うめえや。……」
 煙を吐き、チラとジョージの顔色を伺う。
 いつもの鉄面皮だ。サングラスも掛け直している。阿紫花は無視する事にしたようだ。
 阿紫花にしてみれば、なんとも気が重い同乗者だ。人形を貰い受ける道中、ジョージはほとんど何も話さなかった。口を開けば「何故そんな事をする」「お前は無駄な事が多い」「しろがね-Oをお前と一緒にするな」……ワンパターンな嫌味を繰り返し聞かされた。
 口数が少ないのはまだいい。過去を話さないのも受け入れよう。否定的意見も流してしまおう。耐えられないのは「人間と一緒にするな」の一言だ。明らかに阿紫花を見下しているその言葉が、癇に障る。
 見下されて当然の稼業、しかし相手は、--「人形破壊者」しろがねだ。人間でないモノから見下されるのは、まるで繰りの途中で糸が絡まるように不愉快だ。意志の、動作の、疎通が出来ない。
 阿紫花はしかし耐えている。殴っても切っても無駄な相手だし、雇い主だからだ。でなければこんな不出来な人形とは、とっくの昔におさらばだ。
「ラジオ、つけてもいいですかい?」
 沈黙は辛い。阿紫花は新しく手入れしたグリモルディの繰りを思い出しながら両手の指を動かした。あれはいい人形だ。素直だ。「なんでもいいんで」
 ジョージは無言でカーオーディオに触れる。数度のチューニングの後に流れてきたのはクラシックだ。
 眠くなりそうだ。
 阿紫花はジョージを見る。
「好きなんで?」
「え?」
「こういう、眠くなりそうな高級な音楽」
「……」
 なぜかジョージはひどく失望したように見えた。何に失望したのか。
 ジョージがラジオの周波数を変える。
「……今日未明、埼玉県川越の……」
 ニュースだ。一番当たり障りの無い選択だ。
 誘拐だの殺人だの、殺伐としている事この上ないが。
「……どこにでもあるものだな」
 不意にジョージが口を開く。「当たり前だな」
「何がですかい」
「こういうニュースだ」
「そりゃあね……。物騒でしょうね。どこの国だってありまさあね。あたしもヤクザ者だし、殺し屋だし」
「……」
「……ラジオは好きでさ」
 阿紫花は両手の動きを早める。「顔が見えねえでしょ?殺した相手の顔が、流れてきちまうから。テレビだと……」
「……」
「仕事がキチッと終わったかどうか、確認できる……」
 頭を窓に預け、遠くの曇天を見上げ指を動かす阿紫花を、ジョージは脇見してすぐに前を見た。高速を降りる。
 阿紫花はずっと指を動かしていた。

 フロントでジョージのサインを盗み見しながら、阿紫花は頬を掻く。大理石の床に、一様に金のかかった身なりの色んな人種の客。絨毯もふかふかで、足元が不安だ。高級すぎる。
 受付をしたホテルマンが奥へ引っ込んだ瞬間、ジョージは言った。
「なんだ」
「あ、いやね。こんな高いホテルに泊まるのは初めてでしてね。……兄さんと一緒の部屋ですかい?」
「続き部屋だ。中では分かれている」
「違う部屋にしていただけませんかねえ」
 小さな声でジョージが反論した。
「……なるべく上等な部屋に泊まるべきだ。襲撃された時、逃げ道が多い」
「そりゃそうでしょうけど。ここは日本なんですぜ?あたし--女残して来ちまってるんで。顔見せてやらねえと」
「……貴様……これは任務で……!」
「分かってまさぁ!落ち着いて、ジョージさん。人が見ますぜ」
「……いいか、危険なんだ。連中にこの任務が知れれば、このホテル中が自動人形でいっぱいになるかも知れない。そんな場所にお前は、女を連れ込む気か」
 ジョージは人差し指を阿紫花に突きつける。「許さんぞ、アシハナ」
「チェッ……」
 阿紫花は舌打ちし背を向ける。
「どこへ行く?」
「電話。あたし今携帯持ってねェんで。部屋は別にしてくだせェよ。アンタと一緒の部屋で寝ンのまではお代に入ってねェんでね」
 フロント中の人間に聞こえる声で、阿紫花は言った。

 一人になりたいのは、何もジョージが嫌いだからだけではない。
「あのお人はあたしなんか信用しちゃいない。監視されるのもゴメンだね。……」
 ロビーの公衆電話のダイアルを押す。「部屋の電話も盗聴されっだろーからな……。ジョージならやりかねねえ。あたしゃゴメンですよ。首輪つけて部屋の中で飼い殺しみてえなのは……」
 勿論比喩だ。しかし一晩でもジョージと二人きりというのは気が重い。
 気が合わない人間と一緒にいる苦痛は、より立場の弱い方がひたすら味わうものだ。ジョージは多分気づいていない。優越感の塊みたいな機械人間だ。阿紫花の事など無視か軽蔑だ。ぼやきたくもなるだろう。
「ったく……」
 --なじみの女はすぐに電話に出た。出入りしていたクラブの女だ。仕事での繋ぎ代わりに使っている。
 今日は手下の様子を聞くだけのつもりだった。
「--阿紫花さん?お久しぶり」
 よくなじむ柔らかい女の声だ。肉感的な艶やかさを受話器の奥に感じる。阿紫花はそれだけで気が休まる想いがした。
「今、大丈夫かい」
「ええ。お店もまだよ。わかってる癖に。で、今日は何--あ、そうだ。さっきね。来たわよ、伊坂さんのトコの若いの」
「……伊坂?なんで」
 以前仕事をくれたそっちの筋の親分だ。「あの人は--いいや、で、何だってんでェ」
「なんでも羽佐間さんが伊坂さんのトコに遊びに行ってるンですって」
「はァ?」
「日本に帰ってきてるなら、阿紫花さんも遊びに来ないか、ですって。でもいつもの事務所よ?何しに来いってのかしら?」
「……。連絡先とか聞いたかい?」
「ええ、名刺置いてったわ。いい?番号は……」
 電話番号を唱え終わった女が不意に声を曇らせ、
「ねえ、阿紫花さん。気をつけてね。……あの人、なんかいけすかないのよ。仏の伊坂、なんて自分じゃ言ってるけど、仏像好きの強欲ジジイなだけじゃない」
 嫌悪に満ちた声だったが、顔が見えないので阿紫花は笑っていられる。
「はは……」
「誰も仏の、なんて呼びやしない。店の女の子も怖がってるわ。サディストなのよ、あの人。頬を叩かれて鼻を折った女の子もいるって話よ。この間なんて、蹴られて……流産した子が、ね」
 運の無い女もいたものだ。阿紫花は神妙な声音で呟く。
「誰だい?お前さんの店の子かい」
「いえ、違うわ。知り合いのママの店。マジメに結婚してた子なのよ?それが……お金詰まれて泣き寝入りさせられた、って……。--気をつけてね、阿紫花さん」
 何か含む声だった。何を含んでいるのかは、自分でも見当はついている。
「あたしに御執心なのはありがたいね。--ああ、また頼む。じゃあ」
 女との電話を切り、阿紫花は伊坂の事務所の番号をダイアルし始めた。
 通りには雨が降り始めている。

 毛足の長い絨毯のいい所は、足音が消える所だ。しかしそれ以外に何があるのか、阿紫花はふとそんな事を思った。
 そっとホテルの部屋を抜け出した。
 午後七時。ホテルの中は食事のための客の出入りが増える。部屋に戻る客や、レストランへ出る客、食事だけ目的に来た客。様々だが、それらに紛れて外に出ようと思った。
 ジョージがとった部屋は、スイートやインペリアルといった部屋ではなかった。それぞれ一人になれるだろうシングルの部屋だ。阿紫花にはそれが自分の知るホテルのスイートに相当する設備に思えたが、それは置いといて。
 二人が違う部屋をとった事の利点は、廊下に出なければ相手の部屋に行けない事だ。部屋を出ても気づかれずに済む。
 阿紫花はドアを開け、拍子抜けした気持ちで歩き出した。想像では、ドアを開けた瞬間に「どこへ行く貴様!!」と隣の部屋のドアが開く、というコミカルな場面だった。
 気が楽になって歩き出した瞬間、
「アシハナ」
「……」
 背後にジョージの気配を感じる。
 振り向くと、いつもの黒い服を着たジョージが、廊下と部屋のちょうど中間、ドア枠の中に立っていた。
 背が高いので頭が枠につきそうだ。
「ちっと出かけてきやす……コレのトコに」
 阿紫花は小指を立てる。
 ジョージは表情を変えない。
「大人しくしていろ」
「出来やせん。こればっかりは、機械の身体のアンタに指図できねェはずですぜ。ジョージさん。あたしが女に逢って来ようが、何しようが、夜まで拘束されるいわれは無ェ」
「……」
 怒りだすかと思ったが、ジョージは無言だった。身動き一つしない。
 機械の身体、といっては見たが実際はどうなのか、阿紫花は知らない。
 もしかしたら、男性としての機能まで捨てているのかも知れない。それともウブで女も知らないのか。--そう思うと、何か優越感に似た黒いモノが胸の中にこみ上げてくる。
 出来の悪い人形に、あたしが指図される謂れは--ねェ。
「それとも……」
 思わせぶりに近づき、銀色の髪を掴んだ。きつく引く。
 甘い香りが鼻をかすめる。ジョージの髪の匂いか?
 まるで女の匂いだ。
「アンタが代わりになるってんですかい?」
 髪を引っ張られ、頭皮が痛んだのだろう、ジョージが眉宇を寄せる。
 それを見て阿紫花はすばやく身を引いた。
「シンデレラ(十二時)までには戻りやすよ。心配しなさんな、ジョージさん」
 --ホテルを出て、阿紫花はやっと振り向いた。
 ジョージはついてこない。それでいい。
 まさかプロの自分を着けて来れるほど、地味に徹する事が出来るとは思えない。ネオンの騒がしい東京の街中では、銀髪は光って仕方が無いだろう。
「シンデレラ……か」
 とんだ灰被りだ。
 被るものが灰であればいいが。
 土砂降りの雨だが、阿紫花は傘が無い。

 悪趣味は極めると独特の妙味を醸し出すらしい。
 まあ、何を醸し出してもドブからはドブの匂いしかしないものだが。
「前にS市の仏像を盗んでもらって以来だァねえ、阿紫花さん」
 ドブの主は部屋の奥に鎮座ましましていた。
 伊坂組組長・伊坂だ。
 多くの仏像や仏具が部屋を埋め尽くしている。金色のものが多いのは、そのまま掛けられている金額の多寡をしめすものだろう。
「アン時の、ほら、そこに」
 阿紫花は横の棚を見る。「あんだろ。十一面観音菩薩像。木造なので欲しくなるのは珍しかったンだけどねえ。アンタに三百万で盗んでもらったのが、俺には何か、縁があるように思えてね……。ほら、俺ァみんな金塗りが好きだから。ご利益ありそうな気がするだろ?金は。そいつは小さいけど、ハハ……顔がね、好きなんだわ。なぁんか、色っぽいだろ」
「はあ」
 阿紫花は興味が無い。ドブの中を這いずり回って生きる身の上の自分には、仏像など縁が無い。
 それに目の前の伊坂も、仏の恵みに預かれるほど徳のある人間には思わなかった。ぶくぶくと肥え太り、ドブ水でもなんでも啜りやがれと阿紫花が悪態をつきたくなるような醜怪さだ。
「そこいくとこっちの--これもまあ、裏で500万くらいだったね」
 伊坂は笑いながら、子どもほどもある大きさの、ふくよかな面の仏像を指し示す。「こっちは色気がねえのよ。なんつうか、妊婦みてえだろ。女ってだけで、顔もそれほどじゃねえ。金色なのが余計なあ、下品だろ」
 下品なのはテメー様のお顔でやす。--阿紫花は声に出さず口元にわずかに笑みを作る。
 その顔に、伊坂は目を見張る。
「その顔!その顔だよ阿紫花さん~!アンタそっちの菩薩に似ててさあぁ」
 伊坂は阿紫花が盗んだ仏像を指差し、「色っぽいんだ、ホント。切れ長の目で細面で、俺はたまんないワケよ」
「……そりゃあ、どうも」
 阿紫花は頭を下げる。「……親分さんのご高説は、拝聴してて面白いんですがね。出来ればなんでここにうちの羽佐間がお邪魔してんのか、聞かせて頂きてェ」
 仏像どもの足元に、羽佐間は縛られて転がされている。
 意識は確からしい。目が合うたびに身をよじる。口に布が噛ませられている。いくらか殴られたようだが、動けるなら安心だ。
「それからアンタのトコの若い連中、チャカ(拳銃)持って張り付かれちゃ、話もろくろく楽しめねェ」
 阿紫花の背後には、サブマシンガンやベレッタ、トカレフを持った黒服が十数人張り付いている。
「あたしは招かれて来たんですぜ。これがアンタの、迎えの仕儀かい」
「……へへ……。怖ェなあ、阿紫花さん。でも、その顔がイイねえ。人形みたいな面に赤みがさしてさ。--あんた、才賀と組んで色々やってたが、小遣い稼ぎにちょくちょく色々やってただろ?俺の頼んだコレ」
 と言って、伊坂は盗んだ仏像を指差す。「とか、他の組の尻拭いとかよ。死体扱いも人形と同じかい?」
「……」
「殺しも請け負ってたっけなあ。たっくさん……たっくさん……」
 ぐにゃあ、と醜く伊坂の顔が歪んだ。
「俺は才賀の仕事の次に、アンタに仕事を頼む約束をしてたろ?忘れたとは言わせねえ。ちぃと厄介な仕事さ。代議士のお偉方の注文を受けて、色々始末する。色々ね。金になっただろうなあ……」
 「うー、うー!」と、猿轡を噛まされた羽佐間がわめく。伊坂の言う通りに動いていれば、それはもう阿紫花は伊坂の懐中物になったのと同じだ。
「やかましい!」
 伊坂が叫び、羽佐間を蹴り飛ばした。
 す、と阿紫花はわずかに伊坂に向かって身を構えた。
 阿紫花の機嫌を伺うように、伊坂は卑屈な目になり、
「……へへ……。騒ぐなよ、何、言う通りにすりゃ、お前さんは帰してやる。それにアンタも」
 阿紫花を見る。「今の仕事なんぞ何してんのか知らんが、こっちがいいって言い出すようにしてやるよ」
 阿紫花の脳裏に浮かんだのはジョージの顔だった。どっちがマシだろうか?鉄面皮のしろがね野郎と、仏像マニアのブタ以下のオッサンと。
「どっちかねェ……」
「まあ、ビジネスの話をしようや。その前に、前の仕事のアナ、埋めてもらうかねえ」
 ドン、と硬質な重い音がした。伊坂が机の上に何かを置いた。
「指詰めて貰うのもいいかと思ったんだが」
 いやらしい顔で伊坂は阿紫花の顔を嘗め回すように見る。「アンタは人形遣いだ。指切っちゃ仕事にならねえ。俺もそれは避けてぇね。だからよ、阿紫花さん」
「……」
「爪、片手全部、剥がしちまうか」

 阿紫花は耳を疑った。が、すぐに理解した。伊坂の意図する事を。
 机の上の機械もどうやら、手動の爪剥がし機械のようだ。使用した事があるらしい。薄く血の脂が滲んでいるのが不快だ。
 脂肪を揺らし、伊坂は意地悪く哂う。
「それか、そうだなあ、……杯受けてくれるんでもいいぜ。アンタが舎弟になりゃ、俺もこんな意地悪言わねえで済む。人形操る手を傷つけられずに済む。手下も帰してやる。どうだい、阿紫花ァ」
「……」
「でもまあ、まさか、俺のこの一途な気持ちを無下にはしねえよな?な?分かるだろ?」
「……」
「俺はさあ、見てェのよ。その仏みてえな細面がぐしゃぐしゃに歪んで、胸掻き毟ってる姿が」
 伊坂は感極まったように腕を拡げ、「俺の腕の中で死んじまいそうな声でさあ、アンタがわめいてんのなんか--そこらのバシタ(ヤクザの連れの女性の事)なんかもう目に入らねえ!な、阿紫花ァ、俺のトコ来いや。俺もアンタの爪剥がすなんて可哀そうだしよォ」
「……」
「前に、アンタの仕事を見た。黒手袋にはまってたが、キレイな手だって分かった……。キレイな手だ。仏さんの手だよ。そうだとも。……警戒灯に照らされてさ、静かな顔で人形を操ってるアンタの顔……仏さんみてえだったねえ。俺はァ--惚れこんでンだ。アンタを横に置いておきてェ。人形さんだ、俺の--」
 ミミズの蠕動のようにしわがれ声が伊坂の口からひねり出てくる。それを聞きながら阿紫花は思った。
 --ジョージの方が幾分か、マシだ。
 阿紫花は小さく哂った。
「爪、剥がしやしょう」
「は……?」
「それで、あたしも羽佐間も帰してもらえるんでやしょ?親分さん、悪ィがあたしは今の雇い主から離れる気、ねーんでさ。大金貰ってますからね。それに、今晩はシンデレラだって言ってあんでさ。明日は遠出しやすんでね、帰れねえと困りやす」
 阿紫花の言葉に、伊坂は被りを振る。
「バカな!い--痛いぞ!」
 当たり前だ。
「腕や指なら人形繰りできなくなりやすからねえ、そしたらあたしに、何も価値が無くなっちまいやす。……指の爪くらいなら、ね、……」
「そ、そんな--バカな!」
「そうでやしょうか?人形繰りが出来なくなるのに比べりゃ、なんでもねえよ」
「人形--人形など!下らん人形が!お前の人形どもなど、何が大事だ!才賀の傀儡が!まだ人形が大事かよ!」
 その伊坂の威勢は。
 途中までしかもたなかった。
 阿紫花が伊坂を見ていた。
 何の表情も浮かんでいない。だが恐ろしく、剣呑だ。
 獣が発する「殺気」を、もし仮に人間が察知出来るとしたら、まさしくそれであろう。獰猛な獣ほど、表情は無くなる。小動物が人間に馴れ合うように媚など売る相手が、居ないからだ。媚の代わりに「飢え」が、彼らを動かす。切歯を静かに噛み鳴らす。
 一瞬先は咽喉笛に噛み付く。
 阿紫花の目に、伊坂は怖じた。
「……クッ、……ええい、分かった!この意地っ張りが!その代わり俺が剥がしてやる!片手全部--」
「両手」
「……あ?」
 今度は伊坂が耳を疑った。
「そこの羽佐間はあたしの片腕。そしてあたしの、身の上も賭けてる。あたしと羽佐間の命がかかってんだ。片手で足りるかい!」
 咽喉笛を見つめて、阿紫花は席に着いた。
「とっととやらねーか!」
 その叫びに、ビリッ、と空気が燃えた気がした、銃器を持った手下どもでさえ身じろぎする。
「い、いいだろう!おい、誰か腕を縛れ!さっさとしねえか!」
「煙草は勝手にやらせてもらいやすぜ……」
「さ、さあ!いくぞ!?いくぞ!?」
 伊坂はひどく愉しそうだ。
 床の上で羽佐間が激しくのた打ち回っている。
「羽佐間ッ!」
 阿紫花が怒鳴った。しかしすぐに静かな声に戻る。
 優しい声、と言ってもいいほどだった。
「いい子にしてなせえよ」
 阿紫花を背を見上げ、羽佐間は呻き涙を飲んで突っ伏した。
「そーらやっちまうぞーッ!」
 伊坂の声が響き渡った。「ざまあ見やがれこの人形がーッ!」
 ダン、と。
 誰かの首が落ちるようなそんな勢いで、爪が。

(あたしは、人形じゃない)
 痛みがある。
(あたしは、人形遣いだ)

 飛んだ。
 爪が、飛んだ。
 それはとても薄っぺらく軽かった。一枚の爪。それは血に塗れて床に落ちた。
「ハッハッハッハァッ!どォーだッ阿紫花ァッ!これで……」
 剥がれ飛んだ爪を認めた伊坂の視線が、阿紫花の顔に留まる。とたんに。語勢が弱まる。
 ヒュボッ、と、火が弾けた。
 ライターだ。
 阿紫花は視線を伊坂の顔から動かさず、ライターで咥えた煙草に火を灯した。そして声を出す。
「……で?」
 静かな声と顔だった。歪んでなどいない。いつもの阿紫花の方が、人間味があるほどだ。
 まさしく人形--。
「どうしたんでえ。続きを、やりなせえ」
 煙草の煙はゆらりと舞い上がった。
 伊坂はすぐに気を取り直し、
「は、ハッ、いつまでそうやってられっかな!?大概の女は一枚剥がされりゃ泣きいれて--」
「さっさとやれって言ってんだッ!!」
「ヒッ」
 主客転倒、ではないか。たった一枚剥がすのに、阿紫花は伊坂にどれだけ心労を与える気なのか。
 苦々しい顔で伊坂は機械の止め具を外す。違う指に付け替えるのだ。
「親分さん」
 阿紫花の声に、伊坂は一瞬手を止める。「やりなせえ。こいつを用意する間、ヒマでやしょ……。お話でもしやしょうや」
 あたしは退屈が嫌いでね、と、阿紫花は言った。
 その科白の間にも、声の乱れが全く無い。
 伊坂の方が息を乱している。
「あたしの手……親分さん、きれいだと思いやすか?……」
 思わず機械を見る。そこに納められた手は、男のもので骨ばっている。色白で皮が薄い。繊細そうな印象の皮膚だが、関節にマメが出来ている。傷も多い。
「よく見ておきなせえ。これが、人間の人形遣いの指だ。マメも出来りゃ傷も出来る。タマの取り合い削りあいしてりゃ、誰だってこうなりまさ」
 筋を分断するような傷跡こそ無いようだが、しかしお世辞にも、美しいとは言いがたい。黒手袋も伊達や酔狂ではないらしい。
 阿紫花のおしゃべりの合間にも、準備は着々と出来上がる。
「ガキの頃から、人形繰りだらけでさ。……」
「い、行くぞ……へ、っへ……これで、」
 ダン!と、機械の反動が机を打つ。
「ガキの頃からこんなモンだ」
 すぅ、と阿紫花の口から煙が浮かぶ。
「人形ばっかりさ」
 剥がされたばかりの指からは血が溢れてくる。
「なんで……痛がらねえ」
 伊坂は呻いた。「痛くねえのか?そんなはずねえ!」
「次の支度を、とっととしなせえ。……煙草が一本吸い終わっちまう。おたくらの仕事はだからハンチクだってんだ。手間隙かけてこの始末か!?」
「~やかましい!……クッ、人形が何だ、……テメエ、気に入らねえ。どうして怯えねえ!?……人形、人形か、テメエの村の人形、あるのか」
 伊坂は怒鳴り、阿紫花の手の指に触れ入れ換えようとする。しかしその手は震えている。
「ぶっ壊してえよ、阿紫花。テメエの村、ごと」
「出来るならやってみろ」
「何ッ!?」
「あたしゃガキの頃から、人形だけだった。あの村じゃ、それくれえしかする事無かった。作っちゃ操り、壊しちゃ作り……毎度それだけ。それだけの、あたし」
「ぐ……」
「からくり人形は歯車を懸糸で動かす。懸糸傀儡の--あたしたちの人形のの糸は丈夫でね。……村を出るはぐれの人形遣いが、まず何に苦労すると思う?……」
「し--知るか!」
「糸で、人形繰ってる仲間の首を刎ねねえように苦労するんでさ」
 ドン!と--これは爪を剥がした音ではない。雷だ。
 窓から稲光が見えた。
「一人で決められた場所で糸繰ってる村の決めたルールじゃ、そんな心配はまずしなくて済む。自分の周りにだけ気を配ってりゃそれで済む。だけどはぐれちまった野良が身を寄せ合ってんのは--辛ェよ、伊坂」
「……!」
 阿紫花の背後で羽佐間が涙を飲んでいる。
 記憶が少しずつ蘇ってくる。
 村での繰り。本当に最初の、稚拙な自分の繰りを励ましてくれた人たちだ。
 それは夢の中の化け物どもではない。
 見知った顔たちだ。 
「ワイヤーより丈夫な糸だ。首飛ばすのはワケねえんだ。簡単だ。こんなチマチマした機械、ヘッ、--黒賀じゃガキの玩具にもならねえ。あたしたちはずっと、人形を操ってきた。糸で爪剥がされるなんてカワイイ、ガキのする事さ」
「う、うう……!」
「人形を遣うってのは、そういう事でさ」
 伊坂は怖じている。雷光に浮かぶ阿紫花の顔--仏ではない。
 夜叉だ。
 指は三本目を機械に入れて、支度が整えられている。
「どうした。やりなせえ」
「う、うう」
「あたしはこの指に、あたしと仲間の命を賭けてる。人形を遣うってのは、人形に命を預けるって事だ。くだらねえ人形。あんたは確かにそう言った」
「う……」
「あたしの村の人形を壊す?やってみなせえよ。人形遣いのタマ、人間に取れんのか、やってみな。ただしおたくも、テメエのタマの一つも賭けンだね」
 煙草を放り、阿紫花は身を引きかけた伊坂の腕を引き寄せた。
 機械の上に伊坂の手を押し付ける。
 伊坂は恐慌に陥っている。だが阿紫花は決して引かない。自分の指の爪を、自分で飛ばすように、伊坂の手を押し付ける。
「あたしの人形は!」
「う、うわあ、ああ」
「あたしの命でさ!」
 阿紫花は伊坂の鼻先で叫ぶ。
「黒賀の人形遣いを、舐めンじゃねェッ!!」
「う、うわあああああ!」
(あたしは人形じゃねぇ!人形遣いだ!)
「爪くらいテメエにくれてやらァーッ!」

 鮮やかに。
 赤い色を吹き上げて爪が飛んだ。
 氷のような顔が、呟いた。
「どうしやした。……最後まで、やりなせえ。あたしと羽佐間の安全がかかってんだ。ハンチクは具合ェが悪イでやしょ」 
 伊坂は泣いていた。
「う、うう……」
 額を組んだ両手で押さえ、必死に何かを堪えている。
「伊坂さん」
「も、もう、いい……。か、帰ってくれ」
「……」
「もう、手出し、しない……」
 肥え太った男は、血の海と化した卓上でそう呻いた。

 おそらく分かったのだろう。
 目の前の男は、仏でも夜叉でも人形でもないのだと。
 人形遣いなのだと。
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