すべからく溺死
いつだって後ろから獣同士の交接のように貫かれて、うなじに鼻息をかけられるだけだった。生理的の漏れる喘ぎ声に勝手に興奮されて、勢いづかれて手荒く突かれては引き離されるだけ。挙句に中に放出された白濁を、惨めたらしく自分の手で処理するだけ。性交の最中に殴られて出た鼻血や折れた奥歯の始末をしながら。
男が終われば今度は女の相手。女はいい。柔らかくて暖かくて、いい匂いがして。イク顔も、男よりずっと綺麗だ。そして皆、愛されたがっている生き物だ。甘い声を欲しがっている。守ってくれる腕を欲しがっている。欲しがるものを与えてやりさえすれば、女どもは「誰かに優しく出来る」自分を確認させてくれる。
危うい精神のバランスを取るにはちょうどいい。マイナスをプラスで補う。薄い刃の上に立つような精神状態で夜の街をうろついた。
だがどこにも愛などない。薄ら寒く湿った粘膜の接触を繰り返すだけ。
誰も愛さない。
快楽は好きだ。だがそんなモノは誰が相手でも手に入る。誰が相手でも同じ事。ならば精々それを利用して、ずるくしぶとく生きて、他人を蹴落としていくだけだ。
阿紫花にとってのセックスなど、物事を有利に運ぶための茶番劇でしかなかった。
ズルゥ、と、受け入れた熱が奥に押し入ってくる。長くて太い。
阿紫花は息を詰まらせ、異物感を散らそう首をのけぞらせた。
「痛むか?……」
壊れ物を扱うようにジョージは阿紫花の頬に触れる。脇に押し開いた阿紫花の足の先が強張っている。引き攣っている。
「大丈……夫……。……へ、へへ。でけェから、ちょいと、……っ、くらくら、しやがる」
「出来そうか?」
「たりめェじゃねえか……、最後まで、全部入れ、なせェ、よ、っ」
言い終わらぬ内に、後孔の奥までゆっくり貫かれる。
溺れる者が助けを求めるように、阿紫花はジョージの体を抱きしめ、しがみついた。あ、ああ、と切れ切れに声が漏れた。
ジョージは阿紫花の首筋に顔を埋め、
「すまない。優しく出来そうにない」
道に迷い苛ついたような声で囁いた。
阿紫花は苦笑し、ジョージの髪を掴んだ。
「好きに、しやがれ。何でもいい、……早く、早く、」
女にするように優しくされたいと思った事は無い。それに今は、
「早く……!」
感じたい。頭の中にあるのは、それだけだった。
最中に何を喚いたか、覚えていない。
息が上がって、くらくらと溺れるような感覚の中で何度も達した。最後の方など、ほとんど射精もせずに達する感覚だけ繰り返していたように思う。
たがの外れた激しさで互いに貪り合った。
「ヒッ、ああ、あ、メチャクチャになって、る」
ジョージの上に載って腰を使いながら、阿紫花は天井の動かないファンを見上げて咽喉をのけぞらせた。
「あたしの中、あんたで、いっぱいンなって」
ひぅ、と阿紫花は咽喉を鳴らす。壊れるような激しさで下から突き上げられ、がくがくと腰が震えた。たまらずジョージの腹の上に置いた手に力を込めるが、その両手首を纏めて腹の上に押さえ込まれる。
手首を戒められ、自由の利かない腰が浮く勢いで、下から突き上げられあ、阿紫花は息を止めた。
ぐちゅぐちゅと粟立つような勢いで腰を使いながら、ジョージは平然と言葉をかける。「気持ちいいか?」「こうされたいか?」という単純な問いかけだ。
だが阿紫花は答えられない。聞いてはいるが、脳が理解しない。熱に浮かされたように声を漏らしながら喘ぐだけだ。
「壊れ、壊れる」
快感と熱に侵され、行為に溺れながら阿紫花はうわ言を繰り返した。
「あたし、ダメ、もっと、もっと、あ、ああ、っ壊して、全部、……」
ほとんど透明な液体しか放てなくなった阿紫花の先端から、それでも滴が飛び散る。先だって放出した欲情の証が腹や胸から垂れ、後孔から漏れるジョージの精液と混ざり合っている。
ぬかるんでどちらの肉とも分からなくなるような感覚。
溺れる。そう思った。
このまま溺れて死んでしまいたい。
そう思った瞬間。
無理矢理に抱き込まれた。上に載っていた阿紫花の体を捕らえ直し、ジョージは腰を突き入れた。
内部でジョージの肉がランダムに、無茶苦茶に暴れている。その動きにすら快楽を求めて、阿紫花の腰ががくがくと揺れる。
激し過ぎるその動きに、腰が浮いてしまっている。抽送の度、後孔から滴りが小さく飛び散った。
空気を含んだいやらしい水音が耳に付く。忘我の淵で阿紫花は喚いた。すがり付いて必要の無い許しを請う。
カーテンの隙間から、朝の陽光がちらついている。長い時間ずっとイき過ぎてもう何もかも逃げ出したくなるほどだったが、それでも体の内部が足りぬと蠢いている。
三日しかない。三日だけ。後はきっと、こんなには溺れてはくれない。
これまでにないほど欲深い己を、そして行為への耽溺を懺悔するように、阿紫花はわめき頭を振った。
「ひっ、ひぃっ、やめ、堪忍、堪忍し--」
「許さない」
一体何時間行為を続けるつもりなのか、ジョージはそう言って、阿紫花の唇を噛み付くように貪った。
「絶対にやめない。許してもやらない。逃がさない。足りない」
「あああ、」と、阿紫花の体がまたびくびくと震え始める。射精できないのに快感だけが持続している。
悲鳴にしかならない声で、阿紫花は叫んだ。
「っ、ああ、っ足り……ねェ?まだ?まだ、欲しいのかよ!っ」
「ああ、足りない。もっと奥まで、もっと、」
本気で犯り殺されるかも知れない、と頭の隅で恐怖と快哉を同時に叫ぶ自分が居る。このままもう半日も抱かれ続けたら、また昏睡状態くらいにはなれるかも知れない。それともジョージの体液でタフになっているだろうから、まだまだ耐えられるかも知れない。どちらでもいい。
好きな男に死ぬほど抱きしめられるってのは、悪くない。そんな死に方は、悪くない。
しかし、
「ジョ、ジ、……ジョージ」
ただの人間である阿紫花の体力の限界はとうに超えていて。
ジョージの名前を呼びながら、阿紫花は気を失った。
海に沈むように暗くぼやける視界で、「アシハナ」と、ジョージが呼んだ気がした。
身に落ちるその重みがこれほど嬉しかった事は無い。
阿紫花は目を開け、自分がジョージの腕の下になっている事にうっすら笑った。
以前サハラ砂漠で昏睡状態に陥って、目が覚めるとジョージはいなかった。その時阿紫花は、シケたツラして英語しか喋らない軍医をシカトして、さっさと基地を出た。英語がよく分からなかったのもムカついたが、何よりジョージがいないのが気に障った。
それが今は、目覚めるとジョージがいる。眠っている。
無機質な銀色の瞳は閉じられている。色素の薄い顔色だ。
あれだけ一晩中抱き合ったのに、疲労した様子は無い。既に昼を過ぎたが、それでも短い睡眠しか阿紫花は取っていない。髭も伸びているし、涙やよだれの痕もヒドそうだ。今の自分はきっと最悪の顔だろう、と阿紫花はうんざりした。
裸で寝ていたのに、寒さは感じなかった。季節もあるが、男二人で寝ていればそれなりに暑苦しい。阿紫花はジョージの腕の下から起き出した。
寝ている間に、ある程度身を清めてくれていたようだ。腹や胸に散った乾いた精液の感触も無い。下腹部もだ。体内の残滓が後孔から太ももを伝う感覚も無い。
シャワーを浴びて来よう、と、阿紫花は立ち上がろうとした。ベッドの外に足を放る。
「!」
がたがたがた、と音がして、ジョージは目を開けた。
自分にしては随分深く眠ったらしい。睡眠時の異常はなかったようだ。眠っている間、人形や武器の気配や音は感知しなかった。
「アシハナ?」
阿紫花がいない。
「アシハナ……!」
「痛ェ……」
阿紫花は、ベッドの脇に項垂れて座り込んでいた。転んだか尻餅をつくかしたようだ。
「どうした!」
「腰が、立たねェ」
「え?」
「腰が、抜けやした」
阿紫花はジョージを睨み、
「あんだけ動かされりゃ、腰も抜けまさ」
阿紫花が睨んでいるのだが、ジョージは。
「……そうか。……くっ」
小さく喉の奥で笑ったように見えた。
(笑った)
阿紫花は一瞬呆気に取られるが、すぐに睨み、
「何笑ってんでさ!あんたのせいじゃねえかい!」
「いや、笑ってない。……良かった。これで逃げられないじゃないか」
後の二日(正味一日半)は、ただひたすら抱き合うのに費やされた。
食事などほとんど摂っていない。阿紫花が眠っている間にジョージが買ってきた(不味い)パンくらいだ。
狭い室内のほとんどで抱き合った。体がおかしくなっても構いはしない、と阿紫花は腹を括っていたが、そうはならなかった。普通半日も使えば局部など開いて赤く腫れ上がるものだが、それもない。おそらく体液のせいだろう。阿紫花はその効能を存分に活用した。
考えられるだけのやり方すべてで抱き合った。無理をされても良かった。されたかった。体中の水分すべてが干上がってしまうほど快楽を吐き出し、ぬかるんだ後孔に溢れるほど注ぎ込まれて。
過去にないほど、快楽を、そして相手を貪った。
「……君は思ったより、賢そうだね。阿紫花君」
世界一の大富豪は、そう言ってパイプの煙を吐いて阿紫花を見た。
鋭さは無いが、奥行きのある眼差しだ。阿紫花はフウを値踏みし、
「そうでやすかねえ?そりゃ、ありがてえね……」
フウの屋敷だ。ジョージに連れられてフウの元へ来たのはほんの数十分前だ。
阿紫花はやつれた顔だった。顔色も悪いが、目だけは輝いている。
やつれ切った顔立ちよりも白い、真っ白なスーツを着ていた。
ジョージはいない。契約について話すから、と人払いをされたのだ。
「ジョージに五日もくれてやってくれて、感謝しやすぜ。おかげでこちとら、イイ目見させて頂きやした。殺されっかってェくれェ、イイ思いしやしたぜ」
「それは良かった。五日もあれば、二日で君を見つけ出すだろうと思っていたからね。後の三日をどう使おうが、君らの自由だし、それにそれが、君の要望だったからねえ」
サハラ砂漠から帰還し、連合軍の基地で目覚めた阿紫花はフウからのメッセージを受けた。
事情は明かせないが、人形遣いである阿紫花をいつかまた必要とするかもしれないとの事。その時は出来るだけジョージを交渉人にするとの事。
暗にジョージと阿紫花の関係を示唆させる文面が気に入らなかった。その時、蟲目の存在を知らなかった阿紫花は、ジョージにこの事を報せるべきかとも考えたが、しなかった。自分を置いて行った男に何を言えばいいのか分からなかったし、--また迎えに来ればいいと思った。こちらから動く事は無い。
阿紫花はことさらフウと連絡を取ろうとはしなかったが、いつでも監視の目がある事だけは理解していた。無茶な真似をして反応を見ていたという事もあるが、それでもフウは人形遣いの腕を必要としていた。
ジョージに見つけ出される三日前。阿紫花は酒場で男に携帯電話を渡された。フウの監視である男はすぐに去ったが、電話の向こうのフウは馴れ馴れしく、
「契約しないかね。二百億だ。そして何なら、銀髪の玩具の兵隊も付けよう」
銀髪--『しろがね』はもう世界に数人しか残っていない、と認識していた阿紫花は電話の向こうを睨んだ。脅迫か、と思った。
だが話していると高圧的な空気はないし、それにフウの口ぶりが気に入った。悪くないジイサンのようだ。
「いいですぜ。やりやしょ。でも一個だけ、我侭してェな」
「なんだい?」
「ジョージさんなら二日もありゃあたしを見つけて運んでいくでしょうね。でも五日与えてたら、後の三日、どうすっかな、と思いやしてねえ。あたしこれでも狙った獲物は必ず撃ち落としてきた男なんですがね、……一匹、逃がしちまったのがいやしてね。もう一回会ったら絶対に落とそうって思ってンでさ。……」
「……三日。全部で五日。OK。それと二百億円だ」
「ドル」
「……二百億ドル。OK」
フウは電話の向こうで笑った。
「会うのが楽しみだよ、日本の人形使い」
「あんたのおかげで、楽しめやした。……ホント、死ぬほど……」
ニィ、と、阿紫花は微笑んでフウを見つめた。
戦う者としての人生を捨て、ただ老いた『しろがね』は、その笑みを畏怖するように見返した。
(死ぬほど抱き合った)
真っ赤に溺れていく。
(二度とはねェよ)
人生で二度は無い--交わりだった。
夕日が廊下の大窓から見える。阿紫花は煙草を咥え、それを睨んだ。
フン、と夕日から顔を逸らし、客間を目指した。ジョージが待たされている。契約が済んだ事を伝えなくては。
「あ、ジョージさん」
廊下の向こうから、ジョージが歩いてくる。メイド人形が話し合いが終わった事を告げたのだろう、阿紫花の顔を見るとジョージは歩を早めた。
「ジョージさん、おかげさんで--」
「来い」
話も聞かず、ぐい、と阿紫花の手首をジョージは引いた。
「ジョージ、ジョージィ……ッ」
折角下ろした白のスーツもぐしゃぐしゃだ。
ジョージの居室の書斎机の上に押し倒され、阿紫花は息を荒げていた。
もう行為には飽きたと思っていたのに、数日間丹念に開かれた体が愛撫に応えてしまう。
自分は今憔悴しきった顔で、色気もへったくれもないはずなのだ。それなのにジョージは動きを止めない。局部だけ取り出して、阿紫花の内部に抽送し続けている。
「言っただろう」
ジョージは言った。
「逃がさない。足りない」
真っ赤な夕日が差し込んでいて、そう言ったジョージの顔も赤く染まっていた。
「っ……」
溺れている--。そう思った。
苦しくて、視界が赤くて、綺麗で。
何もかも投げ出してただ溺れたかった。
鍵を掛けた扉の外から、「ジョージ、僕だ。ギイだ。日本人の客は来たのかい?人形の運搬の件で話があるんだ」と、育ちのよさそうな男の声がした。
それでもジョージは何も返さず、ただ阿紫花を押さえ込んでいる。どんどん、と強くノックされても、ジョージは何も言わない。やがてドアの向こうの誰かは「いないのか?気配はするんだがなあ」と呟いて去った。
「ジョージ、……」
「なんだ」
「……」
自分の顔に垂れてくるジョージの長い銀髪を掴み、阿紫花は言った。
「続き、しやしょうや」
溺れるだけ、溺れるだけだ。
「ジョージ、っ、……」
これまでの生き方など変えられない。それにそんな事、どうでもいい。
今はただ、溺れて、息の根が止まるほど貪っていたい。
「--っ」
ぐぷ、と、奥に吐き出されたものが音を立てた。
ああ、--あたしを溺れさすのはコイツだ。
阿紫花は自分の中に滴ったそれを意識の片隅に、自分もジョージの手の中に放った。
白い大きな手の隙間から、ぽたり、と。
夕日に照らされて色づいた白濁が滴った。
くらり、と。
天と地が逆転した。
青空が近づいたように見えて、阿紫花は思わず座り込んだ。
「はぁ……へ、へへ……」
煙草を取り出した。
ジョージが返してくれた煙草だ。
「眠ィ……」
左半身はもう孔だらけだ。経口の大きい散弾銃のような銃撃は避けられなかったし、--避けようとも思わなかった。
人形は倒したが、すでに阿紫花からは大量の血液が流れ出してしまったようだ。はあはあとわずかに息を荒げ、それを煙草の煙で抑えこんだ。
血が足りなくなると酸素の運搬が出来なくなる。出血多量となると、陸にいながら溺れるような感覚に落ちいって死んでいく。肺が機能していても同じ事なのだ。
--溺れていく。
阿紫花は青空を見上げた。
「……三回目は、あたしがしてやるよ……」
三回目の迎えを待つなどもうしない。
会いたいのはどうしてなのかなど、もう考えなかった。この気持ちに名前があってもなくても、どうでもよかった。
ただこの溺れるような気持ちを知らずに生き続けるよりはずっと、いい結末だった。
煙草を吸い込んだことで余計にくらりと視界が揺れた。まるで空が近づいてくるような、不思議な感覚だった。その感覚に身をゆだね、阿紫花は目を閉じた。溺れるような息苦しさはゆっくりと去っていく。
瞼の奥に赤く、--瞼の血管の赤が映った。
いつかの夕日の色に、よく似ていた。
涙が一筋だけ左頬を流れた。
後悔はなかった。
END
悲しいお話。
すべからく、って言うのは「すべてこうなるべき」という意味らしい。
誰かを愛してしまうってのは悲しい事でもある。